ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯323 赴くべき者達

「手痛い歓迎だな」

 

 確保されたユヤマという男に、ニナイは絶句していた。痩せぎすの中年男性。これと言った特徴もない、好々爺めいた顔だけがいやに目立つ。こんな男が、今の今まで自分達を翻弄し、世界を欺いてきたというのか。

 

 鉄菜は手錠をかけたユヤマに先を促させていた。

 

「本当に宇宙に行けるんだろうな?」

 

「疑い深いですなぁ。《キマイラ》の性能を見たでしょう? あれもエクステンドチャージが使えます。二隻分のエクステンドチャージで宇宙に上がる。それに《キマイラ》は高高度爆撃機能も有しています。先に上がるのは《キマイラ》。それに牽引される形で、《ゴフェル》を上げる」

 

「簡単そうに言うけれど、モモ達は疲弊している。……悔しいけれどね」

 

 桃は泣き腫らした目を隠そうともしなかった。それだけ強さが勝ったのだろう。彩芽を二度も失った自分は、どこかこの状況を浮いた目線で見つめていた。

 

 思えば不可思議なものだ。グリフィスという謎に包まれた組織。その実情がこのような男に弄ばれていたなど。

 

「安心してください。裏切る人間はもういませんよ。……まぁ、アタシ以外、みぃーんな、アンヘルに寝返っちまいましたがね」

 

 ブリッジにはユヤマしかいなかった。その事実に、ニナイはまだ痛みの走る身体を松葉杖で安定させる。

 

「……敵の戦力が増えた。しかも《キマイラ》は宇宙への航行能力を持つ。こう着状態はあり得ない」

 

「こちらが先に上がるか、向こうが先に上がるか、でしょう? ……何とも言えない戦局に追い込まれたわね」

 

 そう口にする茉莉花は先ほどから端末へと入力するのに余念がない。一体、何の作業をしているのかは不明であった。

 

「ですが、これで突破口は見えたはずです。月まで行ければあなた方の優位は保たれる」

 

「そこまで無事に行けるか……だけれど。アンヘル側の事もそうだし、エホバだって……」

 

 解決していない問題に閉口すると、鉄菜が口火を切った。

 

「私は……こいつの言うプランに賛成だ。いずれにせよ、地上で腐っていても仕方ない。――宇宙に行く。そこで起死回生の手段を見つけ出すしかない」

 

 頭では分かっている。ユヤマの計画に乗るしかない事を。だが、理屈ではない部分で、今、前に進む事を拒んでいた。

 

「……あなた達はでも、彩芽を利用した。たとえ彼女が望んでいたとしても。それに対する、贖罪が欲しい」

 

 分かっている。こんなもの、自分を慰める材料にしたいだけだ。自分のせいだけではない、という言い訳のためにユヤマにその一言を言わせたいだけ。どこまでも打算的で、どこまでも小汚い。それが自分なのだと、もう呑み込むしかなかった。

 

「……アタシは」

 

「いや、ニナイ。撃ったのは私だ。責めるのならば、私でいい。彩芽の死は、きっと誰に当ったところで仕方がないんだ。なら、私が咎を受ける」

 

「鉄菜……」

 

 ニナイは改めて、鉄菜の覚悟を思い知った。そうだ、彼女は撃った。撃てたのだ。自分達の憧れ、自分達の求めていたもの。

 

 彩芽を二度も失ったのは何も自分だけではない。その事実にニナイは恥じ入るように目を伏せた。

 

「そちらの言い分が正しいとして、バベルの制圧したとは言っても、あなた個人の所有物になったわけではないのでしょう?」

 

 タキザワの言及にユヤマは首肯する。

 

「ええ。バベルの所有権はアタシにありません。グリフィスが基本的に介入出来ますが、パスコードをいくつか設定しておきました。エクステンドチャージを相手が完全に物にするまでには少しばかり時間が稼げるかと」

 

「その時間で……僕らは宇宙に行く、か……」

 

 口にしてみても現実感はないのだろう。タキザワはどこか困惑気だった。

 

「《キマイラ》に重力圏突破能力はある。問題なのはタイミングでしょうね」

 

 茉莉花の言葉振りに、ゴロウが演算する。

 

『ざっと考えただけでも、アンヘルの邪魔立てに、それに連邦勢力、もっと言えばエホバに仲間割れしたグリフィスの《ブラックロンド》……、これだけの連中を吹っ切って宇宙に上がるのには、かなりの戦力が必要になる』

 

 つまり、まだ課題は山済み。この状態で本当に宇宙に行けるのか怪しくもある。

 

「なに、今までの戦いに比べれば楽でしょうとも。アンヘルはほとんど損耗している。その隊列にグリフィスが加わってもすぐには馴染まないでしょう。その隙を突く」

 

「簡単そうに言うけれど……」

 

 濁したニナイに鉄菜は言い切っていた。

 

「この期を逃すわけにはいかない。私達は月面まで飛ぶ。そして、月面で開発中の新型のモリビトを手に入れなければ勝てない。誰にも……」

 

 鉄菜はただ未来だけを見据えているようであった。それは彼女自身が過去に決定的なケリをつけたからだろう。

 

 しかし、まだ心の準備が出来ていない者も数多い。

 

 悲しみから脱し切れていない桃に、閉じ篭った蜜柑。それに瑞葉やタカフミにも問い質さなければいけないだろう。

 

 このままでいいのか。このまま、自分達と共に、最後の戦いへと赴いてくれるのか。

 

「……艦長。時間はあるようでない。全員に通達して欲しい。ここで降りるのならば、降りてもいい、と」

 

 タキザワの言葉にニナイは逡巡する。ここで《ゴフェル》の戦力が減る。それは致命的であろう。

 

 しかし、覚悟を問わなければこれから先の戦いなど絶対に立ち向かえまい。

 

 それだけは確かだった。

 

「……私にも、時間をちょうだい」

 

 ニナイは身を翻す。その背中に端末を抱えたままの茉莉花が続いた。彼女は複雑な演算式を使用しながらも、蹴躓く事さえもしない。それは彼女の生き方そのものでもあるのだろう。

 

 蹴躓いている暇があれば、無様に転がっても前に進む。どうしてそうしゃにむになれるのだろう。どうして、前だけを見て進めるのだろうか。

 

「……茉莉花。ラヴァーズとのお別れはいいの?」

 

 見当違いの質問だと分かっていても、ニナイは言葉を探っていた。茉莉花はブルブラッドと同じ青い髪をかき上げる。

 

「なんて事ないわよ。結局のところ、彼らだって選択肢でしょう? ラヴァーズがどうするか、も含めて」

 

 ニナイは立ち止まる。どうしても、自分のやった事が正解なのかどうか分からなかった。

 

「……私は、とんでもない間違いを犯したのかもしれない」

 

「ルイの事? ……でも艦長がやらないとケリはつかなかった」

 

 その代償が肩と脚の痛み。ならば甘んじて受けるべきだろう。

 

「でも……ルイは今まで……恨んでいつつも私達をサポートしてくれた。それだけは偽りのないのよ。私は……銃弾一発で、それを……」

 

 なかった事にしたわけでもない。全てを帳消しにしたわけでも。

 

 だが、弾丸は非情だ。他人の優しさや厚意を全て打ち砕く非情さがある。

 

 この世の中にあって、人の言語化出来る人情など、弾丸の冷徹一つで何もかも破壊出来るのだろう。

 

 ルイは偽らざる真実を口にして消えていった。ならば自分も、負い目と抱え込んだ不安ばかりを膨らませる事はないのかもしれない。

 

「……ニナイ。ルイが何を思っていたのか、それは彼女のものよ。こちらで推し量る事は出来ても、完全に理解は出来ない。そういうものでしょう? 人の世というのは」

 

「そう、そうなのかもね。……でもそれでも、信じたいじゃない」

 

「信じるのは勝手。でも裏切られたって文句は言っては駄目なのよ。信じたのだから。そこに裏切りという意味を見出すのは、所詮は人でしかない」

 

 そう、仲間だの、裏切りだの、それは人間でしか起こり得ない。自然界には発生しない現象。勝手に信頼して、勝手に裏切られた気持ちになるのは、そのような身勝手は人間だけだ。

 

「……でも、私の号令で全てが決まる。《ゴフェル》のみんなの、命運が……」

 

「そんなの今さらじゃない。月面で啖呵切ったのはあなたでしょう? なら、やり遂げてみせなさい」

 

「やり遂げる……」

 

 自分達も所詮、被造物。だが、それが何も特別なものでもないのだ。この世界にあまねく全ては、等しく何者かによって造られた代物。ならば、造られた悲哀を帯びて、勝手に可哀想がるのはおかしいだろう。

 

 ニナイは瞼をきつく閉じた後、目を開いた。

 

 ここから先の決断は、《ゴフェル》だけではない。星の命運をかけた、最後の戦いへと続く道。

 

 ならば、自分が惑ってどうする。

 

 ブリッジまで訪れたニナイをクルー達が立ち上がって見守る。

 

 艦長椅子に腰掛け、最後の号令へと口火を切った。

 

「みんな、これより《ゴフェル》は強襲母艦、《キマイラ》の支援を受けて宇宙へと上がります。これより先に待っているのはブルブラッドキャリア本隊、……それにアンヘル、連邦政府との最後の戦い。より熾烈を極める事になるでしょう。それでも、……ついて来てとは言わないわ。降りてもらっても構わない。それも一つの選択だから……。だから、よく考えて行動して。あなた達の、未来のために。三時間後、格納庫に同意してくれるクルーは集ってください。無理だと思うのなら、無茶はしないで」

 

 そこまで口にして、なんて非情なる宣告なのだろうと思い知る。ここで未来を変えられなければ、結局はアンヘルの支配を受け入れる形になる。

 

 否、グリフィスが今、レギオンに成り代わった以上、より酷い未来が待ち受けている可能性もある。

 

 それでも、行くか、去るか。それだけの二者択一。

 

 ニナイは艦長席から立ち上がり、ブリッジを後にする。

 

 誰も残らないかもしれない、と思っていた。もしかしたら覚悟を持っているのは一部だけで、それを総意だと勝手に思い込んでいるのかもしれない、と。

 

「……それでも、前に進みたいじゃない。彩芽、そうでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『《クォヴァディス》、でしたっけ。動きませんね』

 

 甲板よりエホバ陣営を見張っていたのはアンヘルの構成員であった。彼らはもう、戻る場所を奪われた者達。連邦に帰属するのが正しい在り方であろうが、そもそもブルブラッドキャリア駆逐作戦後に、何人残っているのかも分からない捨て石なのだ。

 

 自分もその一人、とUDはエホバ陣営をブリッジより見つめていた。

 

 空中展開するエホバ陣営は半数以上減ったであろうか。先の戦闘によるグリフィスなる組織の介入により、型落ち人機はほとんど撃墜された。そうでなくとも、ラヴァーズとの苛烈な戦いがあった。

 

「……UD。信仰の自由は失われて久しいが、あれを見るといい。あの二者は信仰で成り立っている点では同じものの、決定的に異なっている。それが何かは……」

 

 仄めかした司令官にUDは言葉を継ぐ。

 

「理想か、現実か、だろうな。ラヴァーズの信仰は理想だ。《ダグラーガ》なる偶像を崇拝する事によって出来上がっている。比して、エホバ……あのモリビトタイプは確固とした現実。この空域まであれほどの人機の隊列を率いてみせた。まさしく力の象徴だろう」

 

 その答えに満足したのか司令官が笑みを刻む。

 

「エホバは、交渉には応じない、と。先ほど伝令が来ていた」

 

「まだ、アンヘル側で交渉術を?」

 

「無意味だろうと分かっていても、あれは無傷で欲しいものだ。《モリビトクォヴァディス》。空間転移を可能にする人機だからね」

 

「……結局、人はこの戦いが終わった後まで考える」

 

「君はそうではないような言い草だ」

 

 司令官の試すような物言いに、UDは応じていた。

 

「俺は……《イザナギ》であのモリビトを墜とす。それ以外は何も考えていない。モリビトを超える。それが俺の最終目的だ」

 

「命が尽きても、か。君らしい、実に武人めいた答えだな。少佐とは違う」

 

「……話したのか」

 

 振り向けた一瞥に司令官は苦々しい面持ちで返す。

 

「彼は……思ったほどではなかった。この圧倒的なリアルに、彼の精神はついて来れなかったらしい。その程度の、こけおどしだったという事だ」

 

 師範を馬鹿にされていたが、UDは黙していた。ここで言い争ったところで、リックベイの株が上がるわけではない。

 

 それに、とUDの眼差しはブルブラッドキャリア艦と合流した、全翼機に向けられていた。

 

「……あの構え、宇宙に上がる気か」

 

「阿呆な連中だよ。宇宙に上がったところで勝てる見込みは薄いというのに」

 

「しかし、アンヘルも追撃部隊を組織すると」

 

「耳聡いな。いや、君ならば当然か。志願するのだろう?」

 

「問われるまでもない」

 

 モリビトを超えられるのならばどこへなりと赴こう。それがたとえ地獄であったとしても、自分にとっては万全の死地だ。

 

「追撃部隊は最後の残りカスだ。彼らは死ににいくようなものだよ」

 

「貴殿は行かないのか?」

 

「決着がついてからの応対というものがある。上に立てば当然のものだ。分かるだろう?」

 

 そこから先は政の領域か。この司令官は軍属上がりでどうやら国の中枢にでも立つ気らしい。

 

 馬鹿馬鹿しい、とUDは断じる。戦士が戦場以外で返り咲くなど。

 

 それは侮辱の形でしかあり得ない。

 

「《イザナギ》のメンテナンスは完璧との事だ。黄金の力も使えるらしい」

 

「助力感謝する。司令官、ここまでの厚意、俺には過ぎたるものであった」

 

「謙遜はよすといい。君らしくない」

 

「俺らしく、か……」

 

 覚えず自嘲する。自分らしく、など捨て去った末の不死者の名前。だというのに、死んだこの身であっても、人間は人間らしさを強制される。

 

 ――どこまで行っても、度し難いのは人の身か。

 

 UDはブリッジを立ち去ろうと踵を返した。

 

「……これで君を見るのは最後になるのか」

 

 こぼした司令官に、UDは振り向かずに言いやる。

 

「戦場における武人は一時の幻のようなもの。幻に囚われてはいけない」

 

「肝に銘じておこう。UDという、生きた伝説の事を」

 

 司令官の敬礼には返礼せず、UDは格納庫を抜けていった。

 

 格納デッキには《イザナギ》が佇んでいる。最終決戦仕様に、と片腕には連装型パイルバンカーを。もう片手には一振りの刀を。

 

 奇しくも六年前と同じ装備に、苦笑が漏れる。

 

「あの時とは違う。モリビト、今度こそ引導を渡してくれよう。俺自身の手で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ナインライヴス》へとアクセスがかかる。桃は薄く浮かび上がった通信画面に腫れた目を向けていた。

 

 もう何度咽び泣いたか分からない。それでも、と奮い立たせようとして、何かが欠如していた。

 

「……何ですか」

 

『もうすぐ三時間経つ。君はどうする?』

 

 タキザワの無遠慮な声音に桃はぶっきらぼうに返していた。

 

「……モモは、モリビトの執行者です。降りるわけが――」

 

『艦長は降りてもいいと言った。それは、何も執行者だからだとか関係ないんじゃないか?』

 

「……じゃあ、どうしろって言うんですか! アヤ姉は死んだんですよ! 今度こそ、間違いようもなく……! 二度も大切な人を失った経験なんて、あんまりですよ……」

 

 そう、あんまりであった。どれほどこの結末を彩芽も望んでいたとしても。自分達は結局、状況に左右されるだけの駒でしかないのだ。

 

『そうだね。……二度も失うのは純粋に辛いだろう。だが、鉄菜はそれを乗り越えようとしている』

 

「クロとモモは違いますよ。……そう、違うんです。あの子みたいに、強くなれない……」

 

 それはきっと自室に閉じ篭っている蜜柑も同じだろう。半身を失い、それでも戦う意味を問い質せるのかと言えばそうでもないはずだ。

 

『……思えば君ら執行者には辛い戦いばかりを強いてきた。僕らも同じ、罪人には違いない』

 

「……でも肩代わりなんて出来ない」

 

『そう、肩代わりは出来ないんだ。誰も、他人の痛みなんて。でも、分かち合う事は出来るはずだよ』

 

 分かち合う。その言葉に桃は真っ先に鉄菜を思い浮かべていた。

 

 鉄菜はどこまでも孤独にあろうとしていた。六年もの間戦い抜き、そして合流してからもどこか一線を引いていた。

 

《モリビトシンス》が完成してからは単独で前線に出る事も多くなった。

 

 彼女が一番に辛いはずだ。あらゆる痛みを背負ってきたのに、その小さな双肩には重過ぎるほどの世界の命運を負ってでも、鉄菜は佇んでいる。

 

 確固たる自分がないのだと、心が分からないのだと喘ぎながらも、鉄菜は決して諦めない。諦めるのは最後の最後、本当のどん詰まりでいいと思っているはずだ。

 

 そのどん詰まりまで、もう来ている。ここが終着点だ。

 

 この選択次第では、生死さえも大きく関わってくるだろう。ブルブラッドキャリア本隊、それにアンヘルと連邦との決着。

 

 赴く先は地獄とも限らない。

 

「……クロは……」

 

『彼女は今、《モリビトシンス》の最終点検に入っている。重力圏の離脱には邪魔が入るとの見立てだろう。……強いものだ。一度だって後ろは振り向かないんだな』

 

 最後の最後まで戦い抜こうとしている。それに比して自分は、林檎と蜜柑を育て、その責任があるはずなのに、また逃げようとしている。

 

 今度こそ、逃げてはいけないはずなのに。

 

『あと三分だ』

 

 格納庫に集った人間が、最後の戦いへと赴くという意思を持つ。

 

 桃は、ここから出ないのも一つの選択肢か、と感じていた。

 

《ナインライヴス》に収まったまま、自分の力を発揮しないままに終わる。

 

 それも一つ。だが、もう一つ、あるとすれば……。

 

「……蜜柑?」

 

 格納庫に集った人間の中に蜜柑を発見する。林檎の一件以来、まともに口も利かず、食べ物にも手をつけなかった蜜柑が、戦う意思のある者としてその場に佇んでいた。

 

 桃は思わず《ナインライヴス》から飛び出し、タラップを駆け降りた。

 

 蜜柑の腕を握り締める。

 

 彼女は驚愕に目を見開いていた。

 

「……蜜柑、でもあなたは……」

 

「桃お姉ちゃん。……ミィも、戦うよ。戦わなくっちゃいけない」

 

「でも、《イドラオルガノン》はもう……」

 

 ほとんど戦闘不能だ。それでも、と彼女の双眸は死んでいなかった。半身を失った悲しみを背負ってでも、前に進む眼差しを向ける。

 

「でも……鉄菜さんは一度だって、後ろを振り向かなかった。一度だって……後悔の言葉なんて吐かなかった。だったら! ミィもそうなりたい……! この弱さを、飼い慣らしたい……」

 

 蜜柑は彼女なりの答えを見出したのだ。自分は、と桃はこの迷いの胸中にピリオドを打つ。

 

「……そう、よね。クロは、そう。一度だって、振り返らなかった。なら、モモ達だって……」

 

 ニナイが格納庫へと訪れる。

 

《モリビトシンス》から歩み出た鉄菜を含め、全員の決意の眼差しが艦長へと注がれていた。

 

「……みんな……」

 

「ニナイ。もう逃げない。逃げないと決めた」

 

 桃の言葉に、クルー達が頷く。感極まった様子のニナイが片腕で顔を隠した。鉄菜が声にする。

 

「――行こう。最後の、戦いだ」

 

 


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