プロパガンダの意味があるとは言った。
だがここまで道化を演じさせられるとは鉄菜も思っていない。《シルヴァリンク》のRソードがオラクルの国会に剣先を突きつける。群集が足元を行き過ぎる中、写真が撮られ、あらゆる人々の注目が集まっているのが分かった。
「……私も《シルヴァリンク》も、こういうのは慣れていない」
『慣れなくってもやるのよ、鉄菜。今の間にわたくし達が基地を襲撃する。オラクルの前線基地も今は手薄。ここで攻めなければ好機を失うわ』
「了解した。でも、いつまでこうしていれば? 刃を突きつけたのはいいが、実際には何も斬ってはならないんだろう?」
『クロ、もうちょっとの辛抱だから耐えて。水先案内人はロデムが務めたはずよ』
《ノエルカルテット》は今回、三機に分離しての作戦参加となっていた。ロデムと呼ばれる獣型の人機にはジャミング機能もあるらしい。最大の難関であるコミューンへの扉を開くのは造作もないようだった。その後の気密も含め、《シルヴァリンク》がコミューンの中に潜入するのに何一つ問題は起こっていない。
むしろこの状態こそが問題なのでは、と鉄菜は群集を眼下に入れる。
モリビトがこれほどの人々を前にしてでくの坊のように突っ立っているだけなど。
国会からは慌てふためいた政府高官が顔を覗かせている。馬鹿な、撃たれても文句は言えない身分である。
そのような分不相応な人々へと《シルヴァリンク》はRソードを突きつけ続けていた。
ここで蒸発させるのも已む無しだが、目的はそのような些事ではない。
『クロ、出来るだけ釘付けにさせておいて。モモはポセイドンを使って強襲する。なに、こんな小国の基地なんて恐れるまでもない』
『油断は死を招くわよ。今は、一機でもこちらに集中させないと』
『はいはい。アヤ姉』
二人の通信回線を聞きながら鉄菜は足元から次第に離れていく人々をモニターしていた。
『どうやら何かが来るみたいマジね。熱源関知マジ』
ジロウの声に鉄菜はこちらへと真っ直ぐに飛翔してくる機体を確認する。
振り返った《シルヴァリンク》の視線の先には着地した飛翔人機が二機、それぞれ銃口を構えていた。
『そこの不明人機! 所属とその行動理由を明言しろ! でなければ撃つ!』
鉄菜は眩暈を覚える。まさかこの世界においてモリビトの存在を知らないわけではあるまい。知らなくとも、こちらの武装を目にしてまさかまだ警戒レベルだとは。
「……オラクルの操主の熟練度の脅威判定を更新。脅威判定、Dマイナス」
『名乗れと言っている!』
相手の興奮した様子に鉄菜は反射的に理解する。
――戦い慣れていない。
操っている人機も借り物のようであった。オレンジ色に塗装された人機で、頭部が立方体になっており、単眼のセンサーが赤く覗いている。
改修機でありながらモリビトの参照データは基の機体名を反映させた。
「《バーゴイル》か。しかも、随分と型落ち品だ。こんなのを掴まされて反逆とは、操られている自覚もないのか」
標的の名称を《デミバーゴイル》と入力し直して、鉄菜は落ち着き払った様子で返す。
「モリビトとブルブラッドキャリアの宣戦を知らないわけではあるまい。そちらこそ、何故、攻撃もしてこない?」
『も、モリビト……? まさか本当に、モリビトだって言うのか……』
目の前にしても信じられないか。鉄菜は呆れさえ通り越して《デミバーゴイル》二体を睨んだ。
「遊んでいる場合ではないんだ。ここでの私の役割はお前達を釘付けにする事」
『分からぬ事を!』
《デミバーゴイル》のうち一機が銃弾を発射する。鉄菜は《シルヴァリンク》を一切動かさなかった。
銃弾はそのまま議事堂付近へと突き刺さる。国会議員達が悲鳴を上げた。
「命中精度も低い。こんな場所でやり合うのは間違っている」
鉄菜の言葉に《デミバーゴイル》の操主が言葉を詰まらせる。
『どうすれば……』
《デミバーゴイル》の逡巡に鉄菜は《シルヴァリンク》を静かに飛翔させた。
「こっちへ来い。戦いならいくらでも請け負ってやる」
元々、議事堂を押さえた時点でこちらの勝利は揺るぎない。《デミバーゴイル》がおっとり刀で追いつこうとしてくる。
銃弾がいくつか《シルヴァリンク》を射抜こうとしたがどれも当てずっぽうの照準だ。《シルヴァリンク》が回避機動を取るまでもなくそれらはビル街に吸い込まれていく。
制動推進剤を焚き、《シルヴァリンク》が《デミバーゴイル》を見据えた。
「ここならば存分にやれるだろう。――来い」
『嘗めるな!』
《デミバーゴイル》が腰にマウントされたプラズマサーベルを繰り出した。接近攻撃を試みた《デミバーゴイル》を《シルヴァリンク》はRソードでいなす。
リバウンドの反重力で刀身が折れ曲がり、《デミバーゴイル》の左腕を切り裂いた。
後退した《デミバーゴイル》二機がアサルトライフルを構え、それぞれ連射する。
鉄菜はぐっと息を詰めて《シルヴァリンク》の操縦桿を握り締めた。
滑るように《シルヴァリンク》が銃弾の雨を掻い潜り《デミバーゴイル》の懐へと入る。
相手が気づいた時にはもう遅い。突き上げた刀剣の一撃が《デミバーゴイル》の機体の上半身を両断していた。
『まさか……まさか!』
もう一機が慌てふためいて照準するがあまりにもその精度が低い。銃弾はビルに打ち込まれ、《シルヴァリンク》のRソードが頭部へと突き刺さる。
コックピットを潰された《デミバーゴイル》が糸の切れた人形のように力をなくした。
「一号機と三号機に告ぐ。こちら二号機、コミューン内の戦力は削いだ。外の分の清算を頼む」
『了解したけれど、まだ内部の戦力はあるみたいよ?』
その言葉に鉄菜は編隊を組んでやってくる《デミバーゴイル》を視野に入れていた。
何機来ようと同じ事だ。鉄菜は嘆息をつき、《シルヴァリンク》に剣を構えさせた。
ロプロスの翼を得た《インペルベイン》が滑空する。
小銃の嵐を突き抜け、武器腕をそれぞれ的確に標的へと向けた。
《ナナツー弐式》の量産型に銃弾の雨が飛来する。キャノピー型のコックピットを潰し、《インペルベイン》が基地の前方に降り立った。
「三号機は海から来るって言っていたけれど……わたくしに翼を与えて、鉄菜に獣型の人機を与えたわけだから残っているのはあの逆関節の機体だけなのよね。どうするつもり――」
その時、横合いから《ナナツー》がロングレンジライフルを手に《インペルベイン》に照準してくる。
彩芽は振り向きもせずに《インペルベイン》の武器腕で《ナナツー》の足に一撃を与えていた。
勢い余った《ナナツー》がよろめいて盛大に転げる。隙だらけのその機体へと《インペルベイン》は間断のない銃撃を見舞う。
ロングレンジライフルが内部から引火し《ナナツー》の機体を爆風で吹き飛ばした。
炎を受けながら《インペルベイン》の機体が前線基地の無力化に走る。
「何機いたって同じ事! わたくしと《インペルベイン》には及ばない!」
こちらへと猪突してくる《ナナツー》にロプロスが分離してR兵装の光軸を発射した。
露払いくらいはお手のものか。ロプロスの作り上げたルートを《インペルベイン》が直進する。
腕や足を奪われた《ナナツー》へととどめの一撃を打ち込みつつ、《インペルベイン》は拠点制圧のために機体を反転させた。
先ほどまで機体がいた空間を空爆が消し去っていく。
「おかしいなぁ。オラクルってあんまり強い国家じゃないって聞いたんだけれど。これじゃ軍事国家じゃない」
空爆機へと《インペルベイン》は再びロプロスの翼を得て一気に飛翔した。高高度に位置取っていた爆撃機の操縦席が大写しになる。
「ここまで昇ってくるのは想定外? でもま、落とされる覚悟くらいはあるわよね」
《インペルベイン》の武器腕が半回転し、現れた溶断クローが操縦席を引き裂いた。
その勢いを殺さず《インペルベイン》の銃撃が爆撃機を射抜く。たちまち噴煙に包まれた爆撃機が傾き、そのまま墜落に入る。
「さて、これくらいが戦力かしらね。もっと容易いかと思ったけれど、案外にしぶとい。弱小国家の意地って奴かしら」
残存した《ナナツー》が高空の《インペルベイン》に狙いを定める。その射線を掻い潜っていつでも打ち込めると彩芽が操縦桿に力を込めようとしたその時、海上から発射された焼夷弾が《ナナツー》部隊に降り注いだ。
地獄の炎に焼かれる《ナナツー》部隊に攻撃したのは今しがた海底から姿を現した奇形の機体であった。
鎌のように拡張した両腕にはあらゆる武器が内蔵されており、後方に位置するコーン型の推進装置が海面から一気にその機体を上昇させる。
『海中用の機体だと……!』
忌々しげに放った《ナナツー》部隊が機銃を掃射しようとして、先んじて放たれたフレアに照準をくらまされた。
たたらを踏んだ《ナナツー》へと奇形の人機がミサイルを叩き込む。
爆発の光と轟音を響き渡らせ、奇形の人機から通信回線が開いた。
『アヤ姉、首尾は上々みたいじゃない』
「そっちこそ。そんな機体で来るなんて思わなかったわ」
桃はフッと笑みを浮かべる。
『嘗めないでね。ポセイドンは単騎でも充分に強いもん。《ナナツー》くらいなら朝飯前よ』
ポセイドンと呼称するらしい逆関節が両腕を掲げる。関節の内部に装備された機銃が火を噴いた。
《ナナツー》部隊が蜘蛛の子を散らしたように散開する。
『散るな! 囲め! 全員で撃てばこんな敵……!』
「こんな敵扱いよ」
『みたいね。じゃあロプロス!』
桃の一声で装備されたロプロスが分離し、ポセイドンと合体する。
逆関節の脚部が持ち上がり、巨大な翼を得た《ノエルカルテット》は胴体だけ空いた形で立ち上がった。
翼が可変し内部から砲門を突き上げる。
R兵装のピンク色の光条が《ナナツー》部隊を蒸発させていった。
彩芽はその威力に口笛を吹く。
「やるじゃない」
『モモだってやれるんだから。……それにしたって倒しても倒しても……』
桃の言わんとしている事は分かる。《インペルベイン》は《ノエルカルテット》と肩を並べさせた。その視線の先には基地から次々と出撃する《ナナツー》の姿がある。
「湧いてくるわね。これ、弱小コミューンって言う前情報は嘘だったんじゃないの?」
『モリビトを試すために? あるいは、他国の動きを見るためだったのかもね。本来はどこの国が噛んでいるのかな?』
際限なく出てくる《ナナツー》と鉄菜の報告したバーゴイルもどきを鑑みれば自然と答えは導き出される。だが彩芽はあえて言わなかった。
どこの国の陰謀であっても、自分達はそれを潰すのみ。
「行くわよ、桃。拠点制圧をする」
『言われなくっても!』
《ノエルカルテット》がR兵装で道を作り《インペルベイン》が焼け爛れた空気を引き裂いて溶断クローを《ナナツー》の腹腔に叩き込んだ。
ブルブラッドの血潮が熱され、血煙が舞う。
そのまま《ナナツー》を叩き上げ、返す刀で銃撃網を見舞った。
ぐずぐずに融けた《ナナツー》が倒れ込み、背面の部隊に牽制を浴びせる。
「さぁ、かかって来なさい。命の限り、ね」
《インペルベイン》が両腕を交差させる。《ナナツー》部隊がたじろいだ様子であったが、ここで退けば結局のところ国家の敗北だ。
それを甘んじて受けるようならば最初から反逆などしないだろう。
猪突気味の《ナナツー》を《インペルベイン》と《ノエルカルテット》は一機、また一機と潰していった。