ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯321 離別の先に

 

『アヤ姉……! 嫌っ……こんなお別れって……アヤ姉……ぇっ』

 

 咽び泣く桃の通信が漏れ聞こえる。鉄菜はコックピットの中で茫然自失のまま、頬を流れる涙をなぞっていた。

 

 これが、心。これが自分の探し求めていた、答え。

 

 その対価は、大切な人との再度の別れ。今度こそ、もう二度と会えないのだという、確信。

 

 自分が手にかけた。その重みに鉄菜は奥歯を噛み締める。

 

「……無理だ、彩芽。私はこれを背負えるほど……強くない。どうして、こんなにも不完全なんだ……。造られた血続のはずなのに……」

 

《ブラックロンド》部隊がエホバ側の人機と激しく交戦する。ラヴァーズ甲板に取り付いた《ブラックロンド》が型落ち人機達を蹴散らしていく。

 

『彩芽が墜とされた……? おのれ、よくも!』

 

 一機の《ブラックロンド》が飛翔し、こちらへと真っ直ぐに向かってくる。鉄菜は回避しようとも思わなかった。彩芽を失った悲しみが、深く胸に沈殿している。

 

 今の自分が本当に必要なのかさえも分からない。

 

『もらったァッ! モリビト!』

 

 その太刀筋を、阻んだのはリバウンドの光軸であった。顔を上げる。《ナインライヴス》がRランチャーを見舞っていた。

 

「……桃」

 

『クロ……、油断しないで。敵は! まだいるのよ!』

 

 無理やり奮い立てているのはその声音に滲んでいる。それでも、桃は進む事を選んだ。ここで彩芽の死に囚われず、先へと進む事を。

 

 その決意を無駄にしてはいけないのだろう。

 

 回避機動に入った《ブラックロンド》を追わず、鉄菜は《ナインライヴス》へと接触回線を響かせる。

 

「……すまない。戦局を」

 

『……《ゴフェル》のエラーは取り除かれたみたい。だから出られたんだけれど……』

 

「……ニナイが下したのか」

 

 肯定の沈黙に、鉄菜は戦場を眺める。エホバ陣営は《ブラックロンド》相手にほぼ防戦一方。ラヴァーズ側も《ダグラーガ》を中心とした猛者はいるものの、戦局を覆すほどではないようだ。

 

「……一機ずつ介入する。私はエホバ陣営の《ブラックロンド》を抑える。桃、お前はラヴァーズの援護を」

 

『クロ……、エホバを助けるの?』

 

 結果的にはそうなってしまうかもしれない。だが、いずれにせよ、この混戦の只中でアンヘルと連邦に仕掛けられれば敗北する。

 

「……私達の目的は宇宙への移動だ。それさえ果たせればいい」

 

 マニピュレーターを離し、鉄菜は《モリビトシンス》をエホバの戦局の真っ只中へと駆け抜けさせた。

 

 こちらもほぼ満身創痍。それでも、《ブラックロンド》を腰より伸長したRランチャーで引き剥がしていく。

 

『……モリビトが、加勢を?』

 

《フェネクス》の操主の声が通信網に入り混じる。鉄菜は冷徹に告げていた。

 

「エホバ。お前達はこんな混乱の中で裁かれるべきではない。裁くのは、私達だ。だから、ここでは生かす」

 

『……鉄菜君』

 

 背後より迫った《ブラックロンド》をRシェルソードで叩き割る。腰部分が砕け、血塊炉の青い血潮が迸った。

 

「……敵の母艦は、あれか」

 

 全翼機を視野に入れ、鉄菜は上昇しようとして、その道筋をさらに降下してきた《ブラックロンド》に阻まれた。

 

 ロンド系列はどれだけでも汎用性が利く。バックパックと重武装で固めた《ブラックロンド》が母艦を守るべくリバウンドの光条を咲かせる。

 

 張られた火線を掻い潜り、鉄菜は敵全翼機へと迫った。

 

 既にエクステンドチャージは途切れ、機体損耗率は五割以上である。それでも、ここで立ち向かわなければ何のために彩芽の示したビジョンを否定したのか分からない。

 

「……私は、破壊して作り直す! そのために、今はお前達を――斬る!」

 

《ブラックロンド》が武装を捨てて《モリビトシンス》へと取り付く。劈いた警告音を確かめる前に、自爆の衝撃がコックピットを激震した。

 

 血塊炉の血糊が《モリビトシンス》の装甲をより青に染める。各所の装甲が捲れ上がり、機体のダメージが七割を超えた事を警告する。

 

『鉄菜! 一時撤退を! 持たないぞ!』

 

 ゴロウの悲鳴に鉄菜は静かな心持ちでRシェルソードを構え直す。まだグリフィスの陣営は余裕がある様子だ。

 

 この状態で相手を生かすのは下策。ラヴァーズとエホバ、全員が総崩れになってしまう。

 

「……させるわけにはいかない。私は! モリビトの執行者! 鉄菜・ノヴァリスだ!」

 

 無理やり焚いた推進剤を棚引かせ、《モリビトシンス》が母艦を撃墜すべく飛翔する。取り付く敵をリバウンドフォールで弾き飛ばし、射程に入った相手を刃が断ち割った。

 

「……届く、届かないじゃない」

 

 ――届かせる。

 

 その願いに応じるように、《モリビトシンス》の眼窩が青く煌いた。ウイングスラスターを開いた《モリビトシンス》が一気に全翼機のブリッジへと至る。

 

「目標を……駆逐する!」

 

 振るい上げた剣筋に、ブリッジの中の人々が恐れに震えた、その瞬間である。

 

『そこまで』

 

 かかった声に、《モリビトシンス》の制御系が奪われていく。剣を振り翳したまま、《モリビトシンス》が硬直した。

 

「……何が……」

 

『ここまでやれたのなら、合格でしょう』

 

 それは月面でこちらへと交渉してきたグリフィスの頭目の声であった。聞き覚えのある相手の声に、《モリビトシンス》だけではない、《ブラックロンド》部隊も静止し、他の陣営の人機も同じようであった。

 

「……これは、バベルか」

 

『察しがよろしいですな。さすがはモリビトの執行者』

 

「貴様が……グリフィスの」

 

『ええ。頭目をやらせてもらっています。ユヤマと申します』

 

 名を名乗る、という事はこれまでの情勢ではないのだろう。鉄菜は相手の思惑を判じかねていた。

 

「……どういうつもりだ。私達を墜とすつもりだったのだろう」

 

『それは形式上の話。彩芽さんから聞いていませんか? もうテストは終わった、と』

 

「テスト……だと」

 

『あなた方ブルブラッドキャリアが真にこの惑星の命運を任せるべきか審議するテストですよ。彩芽さんはそれを一人で買って出た』

 

「……どういう意味だ。貴様らは、敵ではないのか」

 

『月で交わした通りですよ。我々はグリフィス。星の財宝を見張る神獣達。ですが財宝を守護するのと、それを手に入れる権利は別にあります』

 

「……ここで、お前らを斬る……」

 

 アームレイカーへと力を込めかけて、相手の声が人機を支配する。

 

『……血の気が多いですなぁ。しかし、それでこそ、というもの。我がグリフィス旗艦、《キマイラ》はこれより、《ゴフェル》の援護に回ります』

 

「……何を言って」

 

『多くを生かすための決断ですよ。ブルブラッドキャリア本隊は本気だ。本気で、星を壊そうとしている。それで報復は成るのだと。彼らを止めなければ、星の崩壊は免れない。ここは一時休戦と行きましょうよ』

 

「……それで納得出来るとでも」

 

『無論、納得出来ない方はどうとでも動いてください。これはアタシの一意見です。グリフィスを降りるのは任意で構わない』

 

 この戦局で自分達の戦力を手離すと言うのか。その声に、数機の《ブラックロンド》が動いた。

 

《キマイラ》と呼ばれた母艦をプレッシャーライフルが狙い澄ます。

 

『……やはり、こうなりますか。反発が来るのは分かっていたんですがね』

 

『ボス……、あんたはうちらの志を無視して、自分勝手に世界を回そうとしてる。それを、許すわけないやんか』

 

『確かにその通り。撃たれてもおかしくはない事をしている。それは分かっておりますよ。だからこそ、モリビトの操主、これは取引です。アタシはまだ、人類に絶望したわけでも、ましてブルブラッドキャリアのように星を壊してまで原罪を分からせるべきでもないと考えている。ヒトには、まだ可能性があるのだと』

 

 ヒトの可能性。まだ、戻れる。まだやり直せるという希望。

 

『何言っとるん! あんたが扇動したんやろ! うちらを含めて、彩芽も!』

 

『アタシの目的は最初からこの場面にあった。バベルをレギオンより奪還し、そして星を支配する特権層よりの離脱を。今撃つべきは、誰か分かるはずですよ。モリビトの操主』

 

「撃つべき、相手……」

 

 しかし、と鉄菜は逡巡する。バベルを奪い取るのは自分達だけでは成せなかった。それを交渉手段に挙げてみせたグリフィスの手腕を、今は買うべきなのだろうか。

 

 だが相手は彩芽を利用した。否、この論調ならば彩芽は分かっていて自分達との最後の戦いに臨んだのか。

 

 堂々巡りの思考が脳内を支配する隙を突き、《キマイラ》が一隻、隊列を離れる。

 

『……時間はあまりないようですな。半数はアタシの下を離れるでしょう。《ブラックロンド》も、《キマイラ》も構成員もね。それでも、アタシはこの《キマイラ》弐番機だけは、残しておくと宣言しますよ』

 

「私、は……」

 

 答えを保留にしているうちに、背後へと《ブラックロンド》が回り込んでいた。

 

『ボス! あんたごと、モリビトを消してやる!』

 

『どうするのですか。鉄菜・ノヴァリス』

 

 突きつけられた現実に鉄菜は表層の考えを捨て去った。

 

《モリビトシンス》が挙動し、剣閃を浴びせる。《ブラックロンド》の腕が肘より両断された。

 

『……そうです』

 

《キマイラ》より無数のコンテナが投下される。彼らはユヤマの考えに同意出来なかった者達だろう。

 

 ブリッジもほとんど空になっていた。

 

『……分かっていましたが辛いものですね。しかし、あなた方を宇宙に橋渡しするのには、これくらいのリスクは負います』

 

「……グリフィスの情報網が相手に渡る。結果的にバベルを得たというのは不利なのではないか」

 

『あなた方だって月まで行ければ、というところでしょう。互いに持ちつ持たれつ、戦い抜こうじゃありませんか』

 

《ブラックロンド》が離脱した《キマイラ》へと収容され、アンヘル艦隊へと合流する。新たな敵を抱いた形で、この交渉は結ばれた。

 

「エホバ陣営も今は崩れている。この期を狙っていたのか?」

 

『まさか。こうなれば僥倖、ならなければそれも時代の抑止力だと思っていただけですよ』

 

 その時、鉄菜は《ゴフェル》から繋がった通信を聞いていた。

 

『ようやく接続出来た……。鉄菜、その母艦を撃墜しない、という事は……』

 

「ああ。こいつの言う、希望とやらを信じてみたくなった」

 

『……不確定要素には違いないけれど、いいわ。帰投して』

 

「了解。ニナイは……」

 

『医務室よ。……ルイとの決着は、ついたみたいね』

 

 ニナイもまた過去との決別を果たした。自分だけではないのだ、と言い聞かせても、鉄菜はまだ頬を伝う熱を止められなかった。

 

 


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