『《ゴフェル》のシステムが回復しとる! 彩芽! これは……!』
「ルイが仕留め損なったか、あるいは、ルイを誰かが……いいえ、誰かなんてナンセンスね。ニナイに決まってる」
『《ブラックロンド》部隊はこのまま《ゴフェル》を制圧すれば……』
その言葉尻を悲鳴が劈いていた。《ゴフェル》よりのシステム補助を取り戻した青いロンドと改造型のトウジャが《ブラックロンド》を圧倒する。
『数だけ揃えてりゃ、いいってもんじゃねぇぜ!』
『……これで底が見えた。クロナ! わたし達は防衛出来る! 今は、そいつを』
「……だ、そうよ。どうするの? 鉄菜。どっちつかずじゃ、わたくしを殺せないのは分かるでしょう?」
眼前の機体、《モリビトシンス》が剣を突きつける。しかし、片腕しかない今の相手に、《インぺルべインアヴェンジャー》を破壊するのは不可能だと彩芽は判じていた。
『……彩芽・サギサカ。痛みを背負った者達がいる。それをお前は、何とも思わないのか? この六年間で悪い方向だけではない、よくも変わっていったという事実から、目を背けるのか』
「目を背けるも何も、そんな事実はなかったのよ、鉄菜。ヒトは変わらない。元老院がレギオンになったとして、じゃあどうなった? アンヘルとか言う虐殺天使を使って、支配を広げただけじゃない。鉄菜、わたくしはね、グリフィスに入って世界を改めて目にしたわ。貧困、虐殺、それに怨嗟、終わりのない憎しみ。そんなものばかりなのよ、目に付くのは。だったら、世界なんて好きになれるわけないじゃない。それとも、鉄菜。貴女が見たものは違うって言うの? 戦場を渡り歩いてきたんでしょう? だったら、見たものは同じのはずよ」
『違う! クロナは――』
『瑞葉。私と彩芽・サギサカの話だ。今は黙っていて欲しい』
『クロナ……? でも』
「ほら、貴女だってやっぱり! どこかで線を引いている。どこかで相手と自分は違うのだと、やっぱり分かっている。この目に狂いはなかったわ。鉄菜! わたくしと一緒に何もかもを壊しましょう! そのほうがきっといいはず。貴女にとっての最良の道。偽りの神も、虐殺天使も、もっと言えば宇宙に陣取るブルブラッドキャリア本隊だって! 貴女となら何もかも壊せる! 何もかも破壊出来る! 破壊の後にこそ、創造はあるのよ。だから、これは、次なる創造への礎のために……」
『彩芽・サギサカ。私は破壊者だ。壊す事しか知らない。人機で他人を傷つけ、誰かの希望を潰えさせる。それが私、鉄菜・ノヴァリスだ』
「そうでしょう? だから――」
『そうだと、思い込んでいた。そう思って、希望なんて抱かないようにしていた。……それが間違いだとも知らずに』
「……鉄菜?」
《モリビトシンス》が剣を構える。確かな敵意がその構えに垣間見えた。
『彩芽・サギサカ。私はつい先刻までならば、その意見に耳を貸していただろう。その在り方も私だと、思っていたに違いない。だが、分かったんだ。私は、壊すだけじゃない。この手で作り直せる。何かを編み出すのに、壊すだけじゃ絶対に駄目なんだ。それだけは確固として言える。私は心がどこに在るのか、まだ分からない。しかし、それでも! 壊すだけの果てに待つのは虚無だという事は、それだけは言える! 私は、鉄菜・ノヴァリス! モリビトの執行者だ!』
鉄菜の返答は意想外であった。六年前の彼女ならば、あるいはモニターした限りの鉄菜ならば、この問いかけには当たり前のように同意するかに見えた。
だが、違ったらしい。とんだ、見込み違い。
「そう……だったら戦うしか、ないわね。理想に死ぬのよ? 貴女は」
『……理想を振り翳して、何が悪い』
「その理想に! 裏切られ続けたのが、わたくしだって言ってるの!」
リバウンドブーツが起動し、《モリビトシンス》へと瞬時に距離を詰める。相手も理解しているのか、すぐさま上昇した。
「遅い! ファントム!」
エクステンドチャージを纏い付かせたファントムが空間を飛び越え、《モリビトシンス》ともつれ合った。
振るわれた刃を溶断クローで受け止める。
「未来なんてないのよ! 鉄菜! こんな穢れた世界に、未来なんて!」
『だとしても、それは諦めているだけだ! ならば私は抗いたい!』
「いい子ちゃんぶって……! 貴女だって、裏切られたクチでしょうに!」
《インぺルべインアヴェンジャー》が《モリビトシンス》を蹴りつけ、その体躯へと一斉掃射を見舞う。
「アルベリッヒレイン!」
『リバウンド、フォール!』
反射された弾道を、完全に予見し、彩芽は《モリビトシンス》の懐に入っていた。溶断クローを起動させ、今度こそ、その頭蓋を打ち砕こうとする。
「さよならね! 鉄菜! ヒトなんて、こんなものなのよ!」
『そんなはずは……ない!』
刹那、銀色の瞬きが網膜に焼き付いた。
何が起こったのか、理解する前に《モリビトシンス》が銀色の稲光となって《インぺルべインアヴェンジャー》を突き飛ばす。
物理エネルギーの瀑布に機体が震えた。
「これは……! まさか、アンシーリーコート?」
《モリビトシンス》は、と振り仰いだ瞬間、銀色の雷光になった敵影が直上に立ち現れる。
咄嗟に腕を交差させて防御するも、敵の猛攻は激しかった。
黄金の輝きが消え失せ、その代わりに銀色の眩い閃光が《モリビトシンス》を覆っている。
「これは……エクステンドチャージの、次の現象? 《モリビトシンス》はエクステンドチャージを超えたって言うの?」
鉄菜の雄叫びが通信網を震わせ、その剣が《インぺルべインアヴェンジャー》の片腕を叩き切った。
武器腕が肘から寸断される。
「このっ!」
残ったガトリングともう片方の腕で応戦しようとして、機体を翻した鉄菜の浴びせ蹴りがコックピットを揺さぶった。
――確実に強くなっている。鉄菜は、戦いの中で成長している。
それが分かっていながら、彩芽は先ほどより手を緩めていた。鉄菜の力がどこまで進化するのか。その行く末に何があるのか。
「……鉄菜。貴女の理想は何なの? 何のために、そこまでやれるの? こんな荒廃した世界で! こんなにも穢れた惑星で! 何が出来るって言うのよ!」
『諦めない限り、何度でもチャンスはある! ヒトは、そこまで弱くはない!』
「よく吼えるわね! ヒトでもないくせに!」
『造られた身でも、今この身体を突き動かすのは、鉄菜・ノヴァリスと言う私だ!』
《モリビトシンス》が銀色の雷撃を片腕に充填させる。刃と同化し、極大化した輝きが網膜に焼き付いた。
「……そう、それが貴女の、答えなのね」
《インぺルべインアヴェンジャー》の守りを一時的に解除する。瞬間、人機が腰より叩き割られていた。
激震が見舞い、彩芽は頭部を激しくぶつける。
鈍い痛みと共に血が滴った。
『……彩芽・サギサカ。今……』
「何も……、何も言わないで、鉄菜。貴女は勝ったの。勝利者なのよ。だから、何も」
赤い警戒色に塗り固められたコックピットより《モリビトシンス》を見やる。銀色の輝きが失せ、今の鉄菜の戸惑いをそのまま引き移しているかのようであった。
「何やっているのよ、鉄菜。勝ったんだから、胸を張りなさい。そんな、戸惑っていないで」
どうしてだろう。自分でも微笑みが出る理由が分からない。鉄菜は、それ以上に、意味が分からないと言いたげであった。
『……彩芽。最後、お前は手を抜いていた。私に……何を見ていたんだ』
「何度も言わせないで。貴女は素敵なのよ、鉄菜。破壊者としても素敵だけれど、何よりも女の子として。六年前に言ったでしょう?」
《インぺルべインアヴェンジャー》の血塊炉に異常が発生する。このままでは誘爆は免れないだろう。
『彩芽! 私はお前を……!』
「いいのよ。誤解したままでも。わたくしだって、貴女を六年間も騙していた。おあいこよ」
その時、《ゴフェル》より出撃した人機がモニターに表示される。桃色の人機に乗っている相手へと、彩芽は通信を繋いでいた。
「桃、……素敵な大人のレディになったのね。立ち振る舞いだけで分かるわ」
『アヤ姉! こんなのってないよ! どうして! どうしてこんな形でしか……、もう一度出会えなかったの? どうして……!』
――ああ、二人ともそんなに落ち込んで。
彩芽は《モリビトシンス》を見据えた。操縦桿を握り締め、腹腔に力を込める。
「鉄菜。貴女の答えを見せて。これが最後の問題。《インぺルべインアヴェンジャー》! エクステンドチャージ!」
機体が黄金の光を帯びて《モリビトシンス》へと猪突する。鉄菜は反射的にか、あるいは習い性か、その剣筋を血塊炉へと、寸分の狂いもなく打ち込んでいた。
刃が《インぺルべインアヴェンジャー》の中枢を貫通する。鉄菜の震えが剣から伝わってきた。
『……彩芽、お前は……』
『アヤ姉!』
「何も……何も言わないで、鉄菜。いい? 貴女は壊すだけじゃない、作り直す道も選んだ。それは多分、ただ壊すだけよりも困難な道。それでも、貴女は行くんでしょう? その足で、その手を伸ばして……、確証のない明日を手に入れるために」
『だが、そこにお前はいないのか? 居てはいけないのか!』
その言葉に彩芽はフッと微笑んでしまう。どこまでも非情になり切れない、弱い子……。
「でも……優しいのね。鉄菜、貴女は強いだけじゃない、そういう面もある。忘れないで。貴女の優しさが、いずれこの星を救える」
『嫌だ……彩芽! ……何なんだ、これは。頬を、涙が流れる。止め処なく……! 私の意思ではないのに! こんな、身体機能、必要ないのに……』
彩芽は《インぺルべインアヴェンジャー》を《モリビトシンス》より引き剥がす。その寸前に、声にしていた。
「鉄菜。覚えておきなさい。それが、心よ。貴女にはもう、心がある。その扱い方を持っているのなら……わたくしはもう、言い残す事はないわ。……ああ、でも出来るのならばもう一度だけ……、貴女達と一緒に、世界を飛び回ってみたかった……かな」
瞼を閉じる。その瞬間、誘爆の光が《インぺルべインアヴェンジャー》を押し包んだ。
どこまでも広がる累乗の虹空の向こう、彩芽は手を振っていた。