ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯318 痛みの末に

 

 しかし、振るった刃は空を切る。

 

 瞬時に反転し、距離を取った敵は六年前のインペルベインの性能を凌駕している。

 

『仲間、ね……。鉄菜、いい子に育ったのね。そうやって、仲間だって、まだ言ってくれるんだ?』

 

「……貴様は、何者だ」

 

『言って分からない? この《インぺルべインアヴェンジャー》でも? わたくしは、彩芽・サギサカよ』

 

『嘘……嘘よ! 彩芽が……生きていたの?』

 

 ニナイの慟哭に鉄菜は奥歯を噛み締める。

 

「……するな」

 

『どうしたの? 鉄菜。刃が鈍っているわよ?』

 

「私達の思い出を……穢すなぁーっ!」

 

 エクステンドチャージに入った《モリビトシンス》が怒りを体現した眼窩を煌かせ、《インぺルべインアヴェンジャー》へと肉迫する。

 

 瞬時の接近に相手は反応も出来ないはず。そのまま剣を払おうとして、敵の姿が掻き消えた。

 

 首を巡らせた時には、背後からの照準警告に機体を横滑りさせる。

 

《インぺルべインアヴェンジャー》は、こちらと同じ黄金の燐光を棚引かせていた。

 

「……まさか、エクステンドチャージだと……」

 

『言ったでしょう? 《インぺルべインアヴェンジャー》だって。それにわたくしは彩芽・サギサカ。モリビトの、執行者よ』

 

「違う! その資格は、私達だけのものだ!」

 

 拒絶の刃と敵の溶断クローがぶつかり合う。相手は余裕ありげに口にした。

 

『鉄菜。騙してごめんなさい。でも、わたくしは一度、是非を問うべきであった。世界に、そして貴方達、ブルブラッドキャリアに。そのために死を偽装した。……そうよね? ルイ』

 

 名前を紡がれた途端、《ゴフェル》から警告が発信される。《ゴフェル》の全システムがダウンした事が伝えられた。

 

「何をした!」

 

『ルイは今も昔も、わたくしを信じてくれている。嬉しいわ』

 

「だから、貴様が口にする言葉じゃない!」

 

 断じた剣筋はしかし、《インぺルべインアヴェンジャー》の軽業師のような動きについていけない。

 

 エクステンドチャージも手伝って、敵はこちらの予測を遥かに超える挙動で跳ね上がっていた。

 

『悪く思わないでね。これも、世界をあるべき姿に剪定するため。エホバと、ラヴァーズ、それにブルブラッドキャリア離反兵。貴方達はこれより、我がグリフィスの傘下に入ってもらうわ。拒否権はない。《ブラックロンド》は性能だけならばアンヘルの《スロウストウジャ弐式》に比肩する。システムダウンした《ゴフェル》で勝てるとでも?』

 

《ゴフェル》甲板へと黒いロンドが降り立っていた。それぞれ、瑞葉の機体とタカフミの機体に交戦している。

 

『こいつら……! 性能だけなら強いってわけかよ!』

 

『……油断ならない。クロナ!』

 

《ブラックロンド》はラヴァーズ戦艦、《ビッグナナツー》へと飛び乗り、甲板の人機を沈黙させていく。その戦火はエホバ陣営にも至っていた。

 

 飛行バックパックを装備した《ブラックロンド》がエホバ側の人機を撃墜していく。割って入る《フェネクス》と《クォヴァディス》だが敵の数が段違いであった。

 

「どういう……つもりだ。私達を分断して、何がしたい!」

 

『先にも言った通りよ。貴方達はまだ弱い。この世界を、あるべき姿にするのには、何もかも、ね。だから、グリフィスが裁く。鉄菜、レギオンを始末したわ。この意味、分からないわけではないでしょう?』

 

 まさか、と鉄菜は息を呑む。

 

「……惑星の支配権が……」

 

『そう、もうアンヘルにも、C連邦にも支配権はないの。今、星の大部分を牛耳っているのはわたくし達、グリフィスの陣営。指先一つで、貴方達を無力化するくらい、わけないのは、説明するまでもないでしょう?』

 

『……事実のようだ。地上のバベルネットワークがつい二時間前、完全に消滅した。ネットワーク権限は浮いているが、もし話が本当ならば……』

 

「あの母艦に、今のバベルの権限があると?」

 

『だから、そう言っているじゃない。頭が堅いのは相変わらずね』

 

《インぺルべインアヴェンジャー》が《モリビトシンス》を蹴りつける。リバウンド効果を帯びた蹴りに、《モリビトシンス》が吹き飛ばされていた。

 

「だが、どうして! どうして混迷を生む! レギオンを倒した、ならば星の生活圏は! 星に還すべきだろう!」

 

『貴女、それが言えた義理? ブルブラッドキャリアは報復作戦がメインでしょう? 星の支配を取り戻すのが、そちらの本意のはず』

 

「……今は、アンヘルとレギオン、それに連邦との決着が先決だ。それにエホバも。それなのにどうして、こんな真似をする」

 

『変わっていないのね、鉄菜。そういうカタブツなところ。いい? レギオン亡き今、バベルを掌握するのはわたくし達か、エホバか。……整備の整っていない民間になんて任せられるわけないし、連邦もアンヘルも所詮は、レギオンの傀儡よ? 今さら統治なんて出来るわけがない。支配者は、自ずとどちらかになる。エホバに、バベルを渡すわけにはいかない。それは共通認識のはずじゃ?』

 

「……だが、だからと言って貴様らが手に入れていい道理はない」

 

 その言葉に彩芽は嘆息をついた。

 

『……本当、変わらないのね。こうと決めたら真っ直ぐに、貫き通す。その志、素敵だと思うけれど、変化を望む世界には邪魔なのよ』

 

「彩芽・サギサカ! 六年前にどうしてブルブラッドキャリアを裏切ったのか……それは聞かない。私達も似たようなものだからだ。だが! ならばどうして! 今、こうして私達を阻む! どうしてモリビトを使って戦っている!」

 

 Rシェルソードを手に、《モリビトシンス》が《インぺルべインアヴェンジャー》へと疾駆する。相手は溶断クローで一撃を受けてから、次なる拳を頭蓋へと叩き込んだ。

 

 今の《モリビトシンス》は片側ががら空きだ。彩芽ほどの腕ならばどこへなりと打ち込めるはずだろう。

 

『勘違いしないでね、鉄菜。わたくし達は何も、こんな事がしたくってしているんじゃないの。でも、エホバは抹殺しないといけない、そうでしょう? 神様なんていない世界で、神様を騙られちゃ、堪ったものじゃないわ』

 

「だが……貴様らのやっている事もまた、それと同じだ。バベルを掌握し、新たな支配者になろうとしている!」

 

 薙ぎ払った剣筋を敵は後退して回避し、銃撃を見舞った。リバウンドフォールで受けようとして、続け様に至近距離まで接近した敵人機が浴びせ蹴りを放つ。

 

 姿勢制御が崩れた《モリビトシンス》のコックピットを照準警告が劈いた。

 

 完全に王手を突かれた形である。

 

『だから、誤解しないで。エホバさえ死ねば、何でもないような世界に戻してあげるって言っているの。そのために、今はちょっと動かないで欲しいだけ。貴方達の報復作戦も、部分的には遂げさせてあげる。そうすれば本隊だってそれなりに納得するわ。鉄菜、分からない? 平和的に解決しようって言っているの』

 

 平和的。誰も傷つかない結末。最小限の被害で済む道筋。それは正しいようで――。

 

「……違う」

 

『鉄菜? 貴女だって分からないわけじゃないでしょう? 六年前の殲滅戦で、かなりの痛手を負ったはずだわ。だから離反に賛同した。貴女だって、死ぬ気で戦ってきたはずよ。それを、楽にしてあげるって――』

 

「それが! 違うと言っている!」

 

《モリビトシンス》が挙動し、鋼鉄の巨躯同士がぶつかり合う。押し返した形の《モリビトシンス》が剣を振るい落とした。《インぺルべインアヴェンジャー》がそれをいなす。

 

『……どういうつもり?』

 

「私達は……確かに痛みを背負いながらここまで来た。……出さなくてもいい死人も、犠牲も、たくさん出して。だがそれは! ただ平和になればいいだけのために、死んでいったわけじゃない! 掴み取るんだ! 私達は、自分達で選んだ未来を! 誰かに与えられた予定調和の未来のために、戦ってきたわけじゃない!」

 

 自分の中から突き動かすのは、これまでの戦い。これまでの幾度となく死線を潜ってきた感覚。それらがこの結末を是としていない。このような、与する形の終わりが正解であるものか。

 

『そう……。ちょっとは戦いを経て、賢くなったかと思ったけれど。鉄菜、貴女は相変わらず、愚直で、真っ直ぐで、変なところ馬鹿正直。だからこそ……分かり合えると思ったんだけれどね』

 

「彩芽・サギサカ。お前のために、今まで痛みを背負った人間がいる」

 

 


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