ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

323 / 413
♯316 ゼロに還る

『これがブルブラッドキャリアの、その答えか』

 

 義体達が囁く。中央には先ほど入手した新型人機の映像があった。

 

『《トガビトコア》……、全てのデータ介入を拒んでいる。我々の権限では、どう足掻いてもこの機体を突破する情報は入手出来ない』

 

『しかし、エホバ側があの空域に現れたのは僥倖そのもの。アンヘル、C連邦艦隊を集中させ、一網打尽にする』

 

『そう容易く行くものか。敵はハイアルファー人機を有している』

 

『《モリビトクォヴァディス》』

 

 エホバの乗るモリビトの映像へと切り替わり、発生させた空間転移現象を何度も再生させる。

 

『相当な負荷がかかるはずだ。エネルギー兵器を装備していないのはそのためか』

 

『《クォヴァディス》自体の脅威度は低いだろう。問題なのは、敵陣営が三十機前後の人機の寄せ集めである事』

 

『信仰心は偉大だな。エホバという求心力だけで三十機か』

 

『比して、我が方で出せる兵力は限られている。《キリビトイザナミ》がいても、三十機は撃墜し切れるかどうか』

 

『否、今は一陣営を落とす事を第一に掲げるよりも、宇宙で待つブルブラッドキャリアのために、戦力の温存をしておくべきではないのか』

 

『だが、我々とブルブラッドキャリアは協定関係にある。あまりに決断を先延ばしにすれば勘のいい人間は疑問を挟むだろう』

 

『バベルネットワークを完全に物にするのには月面での戦闘は避けられない。ここでエホバ、ラヴァーズ、そしてブルブラッドキャリアを相手にするよりも、宇宙に兵力を回すべきなのではないか?』

 

『駐在軍より、情報は』

 

『ない。エホバの掌握したネットワークの中に宇宙との交信も含まれている。ブルブラッドキャリアの許したのは僅かな地上への拠点制圧情報のみ。言ってしまえば、《グリードトウジャ》という切り札を奪われた我々は押されている』

 

 認めたくない事実に、全員が黙りこくった。

 

 三機のトウジャタイプが地上より消え、エホバの有する最後のトウジャも《トガビトコア》に破壊された。

 

『残存戦力を渋っている場合ではない。アンヘルの解体案も議会を通りつつある』

 

『あまりにも使い勝手のよかった組織も、もう終わりか。いや、その使い勝手がゆえに、長くは持たないのは目に見えていた』

 

『我々に翼はない。この地下都市より、支配域を広めるしかないのだ。その目的のためには、最後の一滴まで、アンヘルは使わせてもらう』

 

『《キリビトイザナミ》は我らが悲願だ。あれを存分に利用し、《トガビトコア》を含む敵対勢力を駆逐する』

 

『全てはレギオンの完全なる支配のために』

 

 そう結んだ、その時であった。

 

『――いや、そこまでうまく事が進むとお思いですかねぇ』

 

 今までの通信チャンネルとは違う周波数に全員が困惑する。声の主は構わず続けた。

 

『レギオン。確かに総体がゆえに、強靭であったでしょう。ですが、世界を見る眼は腐り落ち、その理想は堕落した。だからこそ、もう手打ちにすべきではないでしょうか』

 

『何者だ。この地下都市に通信を繋ぐとは……』

 

『ブルブラッドキャリアか』

 

『いいえ。ブルブラッドキャリアではありませんとも。我々はグリフィス』

 

 投射画面に幻想の獣を象ったマークが表示され、レギオンは情報の波を漁るが、どこにもグリフィスなる組織は存在しない。

 

『……この地上に、我々の目を掻い潜れる存在など……』

 

『あなた方はずっと、バベルの眼に頼ってきた。万能の眼差しに。しかし、それを一度でも理解すれば、抜け道は容易い。知りませんでしたか? 得てして超越者というものは、小さな存在に足元をすくわれる』

 

 グリフィスの存在は不確定であったが、声紋認証がその声の主を突き止めていた。

 

『……貴様、ユヤマか! レギオンの一員であったはず……』

 

『義体化を拒み、どこへなりと消えたあの構成員が、どうして今頃……』

 

 こちらが突き止めたのを察したのか、投射画面に映し出されたのはユヤマの三次元図であった。

 

 生来の笑みを刻んだ面持ちで彼は嗤う。

 

『ばれましたか。さすがはレギオンだ』

 

『貴様はただの一構成員! ただのパーツであったはずだ。それがどうしてグリフィスなどと!』

 

『……アタシはね、世界をよくしたいんですよ。六年間、見させていただきました。あなた方の手腕を。ですが……世界は荒廃の一途を辿り、そしてやってはいけない事に手を出した。ブルブラッド重量子爆弾、ゴルゴダ』

 

『分かっているのならば話は早い。ユヤマ、我らに加わり、エホバとブルブラッドキャリアを断罪せよ』

 

 その命令にユヤマは哄笑を上げる。

 

『いや、どこまでも度し難いとはまさにこの事! あなた方は機械の身体を手に入れ、悠久の時間を約束されたがために、目が曇った。レギオンは元々、あなた方のようなトップを作るための組織ではない。世界の総体が、集団無意識が! この世界を真に掌握するに相応しいのだと、証明するためにあったはず。しかしあなた方、もう変わりませんよ。旧態然とした支配者と』

 

『言葉を慎め、ユヤマ。貴様の位置など一瞬で割れる』

 

『それは……どうですかな。何なら、今、どこにいるかお分かりで?』

 

 レギオンはバベルネットワークを駆使してユヤマの通信先を逆探知する。その結果が弾き出された時、彼らは絶句した。

 

『直上……、上空だと!』

 

『正解です。あなた方はあまりに遅かった。地下都市ソドムはいただきますよ。我々グリフィスがね』

 

 上空の全翼型飛行物体より、何かが投下される。それを迎撃すべく、コミューンの防衛装置が作動した。

 

 レギオンの秘匿された地下都市ソドムは、連邦コミューンの辺境地に位置する。

 

 そのコミューン外壁より無数の銃座が展開され、不明物体を撃墜しようと火線を瞬かせた。

 

 黒々としたコンテナに抱かれた不明機が、直後にはコンテナを捨て去り、幾何学の軌道を描いて地上へと降下する。

 

『あれは……人機か。照合を!』

 

 しかし、その照合結果にレギオンは息を呑む。

 

『モリビト01……そんなはずは! モリビト01は六年前の殲滅戦で!』

 

 撃墜されたはずの人機が、今ソドムへと襲い掛かる。その事実があまりにも遊離していたせいか、レギオンの判断は遅れた。

 

 リバウンドブーツで銃火器の弾幕を回避し、モリビトが降り立つなり、周辺の銃座を完全に沈黙させる。

 

 武器腕が銃撃を奔らせ、瞬く間に防衛機構は意味をなくした。コミューンへと真っ直ぐに突き進む相手に、こちらが打てる手は全くない。

 

『やめさせろ! ユヤマ!』

 

『残念ながら、アタシがやめろと言っても彼女はやるんですなぁ。そういう風に、もう仕上がっているんです』

 

『貴様はっ!』

 

 タレットがユヤマの三次元図を射抜くが、それは所詮投射映像。本物のユヤマではない。

 

『残念です。かつての同志を、こんな形で失う事になるとは。レギオンはいい組織であったとは思うのですが、やはり人の身は恐ろしい。過ぎたる願いを抱いてしまう。野心、独占欲、野望、渇望、欺瞞――、あなた方はやはり、ヒトであった、という事です。ヒトである事を超えられなければ、最後の戦いへと赴く資格すらない』

 

『ユヤマ! 貴様の肉体の位置をトレースする! あの全翼機に乗っているな!』

 

 逆探知した刹那、ユヤマの生命反応が消滅した。先ほどまで全翼機の中にあったユヤマの反応は一瞬にして、制圧する人機の中へと移動している。

 

『……どういう事だ。何故、モリビトの中に……』

 

『確かに奴は上にいた! それは間違いない! ……どのような手品を使った! ユヤマ!』

 

『手品? まじない? はて、まさか機械に包まれた皆様方が、そのような世迷言を吐かれるとは思いもしない』

 

 ユヤマの三次元図が再び現れ、義体の間を闊歩する。

 

『古かった、とは思いませんよ。むしろ、よくもまぁ、持ったものです。アンヘルを組織し、アムニスにそこそこの自由な権限を与え、そして、世界の人機産業を塗り替えた。勢力図は確かに、あなた方の思うままであったでしょう。言論統制、それもうまく行っていました。ただ一つ、決定的なエラーを除いて』

 

『エラーだと? 我々総体にエラーなど、存在するものか!』

 

『ええ、確かに。限りなくエラーはゼロに出来るでしょう。ですが、そこに何の理念もなければの話。集団無意識とはいえ、目指すべき指標は存在する。あなた方は元老院とは正反対だ。彼らはあくまで現状の惑星の存続を願った。これよりよくしようとは微塵にも考えなかった。それがヒトと機械の差異。彼らはもう機械と言っても差し支えなかった存在でしたがあなた方は違う。願った、奪った、そして求めた。完璧なる世界を。その先にある幸福を。しかし、それこそが最大の弱点。あなた方は人間の集団無意識であるがゆえに、頭打ちが見えたのです。それこそが唯一のエラー。人間である事を捨て切れなかったからこそ、あなた方はアタシにつけ込まれた』

 

『……ならば、ユヤマ! 貴様は人間ではないとでも!』

 

『いいえ、人間ですよ。ただ、視点が違う。アタシはね、ここまで人間をやめて、総体の長になる必要性なんてないと思っている。それこそ、人間が、人間として、それぞれの思惑を胸にして奪い合い、争い合う。それこそが人間らしいのであるとさえも』

 

『野蛮人に戻れというのか。ここまで進化した人類の歴史を! ゼロに巻き戻せと?』

 

 その言葉にユヤマは口角を吊り上げた。

 

『取り違えているのはそこも、ですな。人間は、進化なんてしちゃいない。どこまでも愚かしく、どこまでも違いを認め合えない。それが人間です。だからこそ、その差を埋めようと努力する。その壁をなくそうと次に繋げられる。それをあなた方はどうだ? 何もかも、次を棄却し、次を放棄し、次を完全に否定した。次の必要性を消したのですよ。今さえあればいいと。自分達の世代である今の総体こそが絶対だと。それが、致命的であった。あなた方は確かに集団無意識であったでしょう。それは今を生きる人間の願いそのもの。欲望の権化。ですが、時代とはそうではないのです。間違いに間違いを重ねたからこそ、禁忌は生まれた。禁断の鍵を容易く手に出来る時代は、もう終わりにしましょう』

 

 最終防衛ラインをモリビトが超える。そこから先は地下都市まで一直線であった。

 

『人機部隊を出せ! 急発進させろ!』

 

『間に合いませんよ』

 

 おっとり刀の人機部隊をモリビトは蹴散らしていく。モニターするまでもない。全滅までものの三分もかからなかった。

 

『……ユヤマ。ここまでして、何をしたい? 次など、本当に必要だと思っているのか』

 

『さぁ? それは次になってみないと分かりませんね。ですが、だからこそ、楽しみなのではないのですか? 神もいない、絶対者もいない、次の人類こそが、何を成すのかが』

 

 隔壁が爆破され、地下都市ソドムへとモリビトが侵入する。

 

 義体と吊り下げられた機械人形を、モリビトの武器腕が根こそぎ破壊していく。

 

 レギオンの議会は完全に沈黙していた。ユヤマの言う「次」、「次世代」……。どれも考えの範疇になかった事だ。自分達「今の世代」こそが、間違っていないのだと、今を生きる人間こそが、絶対なのだと思い上がっていた。

 

 それこそが致命的。それこそが、自分達のエラーそのもの。

 

 突きつけられた現実にレギオンは哄笑を上げていた。

 

『ユヤマ! これが次に繋がると思うか? これでむしろ……終わりではないのか! 何もかもが! 地上の支配特権層は消える。その後は間断のない争いだ。終わる事のない利権闘争が続くだけ! 我々レギオンは一時的とはいえ、それを打ち止めに出来た! その功績を無視して、次に期待するか? それがどれほどの愚かさだと、分かっているのか?』

 

『ええ、愚かしいかもしれません。ですが、賢しいだけの現状維持はうんざりなのです。世界は変わる。変わらなくてはならない』

 

 モリビトの銃口が義体を照準する。

 

『モリビト! 貴様は変わる時代において不要な存在だ! 切り捨てられるのだぞ! それでもか!』

 

 モリビトの操主の声が通信網を震わせる。

 

『……そう、ね。でも、それでも次を……明日を信じるのに、今日しか見ないのは間違いだもの』

 

 瞬間、銃弾の嵐が義体の存在する議会を打ち砕いた。爆発が連鎖し、地下都市ソドムはその役目を、悠久の年月における支配者の席を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灼熱に抱かれるレギオンの議会を目にして彩芽は感じ入る。

 

 ――終わったのだ。これで支配者は消える。惑星は再び混迷の中。誰も支配者の座にいない時代はしかし、すぐに移り変わるだろう。世界は変化を求め、また激動の時代が訪れる。

 

 その波を止める事は出来ない。

 

『彩芽君。まだ、終わりではないとも』

 

『ええ、そうね。これからでしょう。グリフィス旗艦、《キマイラ》に通達。次なる目標へと迎撃行動に移る』

 

『承認。これより《キマイラ》はエホバ打倒を掲げ、戦闘空域へと介入します』

 

 返答に、彩芽は《インぺルべインアヴェンジャー》を飛翔させる。空想の玉座は焼け落ちた。今、これから先の時代を駆け抜けるのは、まさしく次の息吹。次なる風。それを邪魔する者、弊害は全て排除する。

 

 それがグリフィスの役割。自分の、生かされた命の役目だ。

 

『《インぺルべインアヴェンジャー》。最後の仕事に入るわよ。これより、ブルブラッドキャリアとの最終決戦へと、移行する』

 

 全ては古巣に決着をつけるため。

 

 そして神を騙る男を抹殺し、この世界を空白に戻す。

 

『世界は、変えなければならない。そのための露払いは我々、グリフィスが引き受ける。そのための組織だ』

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。