ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯314 トガビト

 戦闘空域に割って入った《イドラオルガノンジェミニ》の砲口は確かに、《エンヴィートウジャ》を捉えていた。

 

『蜜柑! 何だってそいつの味方をするんだ。やっぱり、キミだって、ボクを憎んで――』

 

『違う!』

 

 遮って放たれた声の切迫に、林檎は言葉を失ったようであった。

 

『違うよ……、違う。何もかも、違うの、林檎……。もう、やめよう? 誰かを憎んだって、妬んだって! その果てにあるのは苦しみだけだよ! 林檎が、苦しいだけなんだ! これ以上、林檎に自分を嫌いになって欲しくないよ……』

 

《イドラオルガノンジェミニ》から注がれるのは、ただの悲しみだけ。怨嗟でも、ましてや恨みでもない。蜜柑はこれ以上、自分と林檎が争うところを見たくないのだろう。

 

『……何だよ、それ。蜜柑だけは、分かってくれると思ったのに』

 

『分かってるよ。みんなのところに帰ろう? 林檎。誰も林檎の事を恨んじゃいない。誰も嫌ってなんかいないよ。だから、《ゴフェル》に――』

 

『そんなのさ! もう無理だって、分かり切っているだろ! ボクはこいつに剣を向けたんだぞ!』

 

 林檎がハイアルファーの力を使おうとして、その片腕を《イドラオルガノンジェミニ》の正確無比な銃撃が阻んだ。銃弾が片腕を根元から叩き落す。

 

『……どうしてだ、蜜柑……』

 

『やめようよ! もう戦う必要なんてないよ! ……一緒に資源衛星に戻って、全部の戦いを終わらせて、それでまた静かに暮らそうよ。そうすればきっと、恨みだって、憎しみだって、遠い出来事になるよ。元の林檎に戻れるからっ、だから……』

 

『元のボクって何! 蜜柑にボクの、何が分かるのさ!』

 

《エンヴィートウジャ》が《イドラオルガノンジェミニ》を射程に捉える。まずい、と鉄菜は習い性の身体を動かそうとした。

 

《エンヴィートウジャ》に予備動作は必要ない。ただ、二点の座標を睨み、念じればいいだけ。《イドラオルガノンジェミニ》を守るべく、鉄菜は手を伸ばした。

 

「やめろ――!」

 

『終わりなんだ! 何もかも、全て! ボクはこの世界が大嫌いなんだ!』

 

 叫びと共にハイアルファーの力が実行されるかに思われた。

 

 その瞬間、空より放たれた一条の光線が、《エンヴィートウジャ》を貫いた。

 

 何が起こったのか、誰も理解出来なかった。この空域にいる、全員が、何が起こったのかを理解出来ぬまま、その銃撃の主を仰ぐ。

 

 虹の皮膜を超え、一機の人機が佇んでいた。

 

 片腕を開いた形でこちらを睥睨する人機は現状のどの人機の設計思想とも異なっている。

 

 仮面のような頭部形状。金色の血脈を宿らせて、全ての罪から逃れたかのような白亜の機体は断罪の指先を弾かせた。

 

 その一動作だけで無数の光条がその機体の背面から放たれ、《エンヴィートウジャ》を射抜く。

 

『……醜い争いを見せるな。下界の者達……欠陥品共め』

 

《イドラオルガノンジェミニ》が《エンヴィートウジャ》へと近づこうとする。それを、鉄菜は反射的に塞いでいた。

 

『いや! 嫌だよ! 林檎! 鉄菜さん、退いて……退いてぇっ!』

 

「駄目だ! 蜜柑! 爆発に巻き込まれるぞ!」

 

『いいのぉ……っ! 林檎と一緒にいたい!』

 

『醜悪な喰い合いに、欠陥品がまだ喚く。散れ』

 

 謎の人機より四方八方に矢じり型の武器が放たれる。高速で自律機動するその兵装を、鉄菜は知っていた。

 

「Rブリューナク……だと……」

 

 全方位から迫り来るRブリューナクを相手に、鉄菜は逃げに徹するしかなかった。その間にも、《エンヴィートウジャ》との距離は離れていく。

 

『林檎ぉっ!』

 

 蜜柑の叫びに、林檎の声が通信に入り混じった。

 

『蜜柑……こんなになっても……ボクを呼んでくれるんだ。……何だか、今までで一番、姉妹になった気分、だね……』

 

『何を言ってるの、すぐに逃げて! 林檎!』

 

《モリビトシンス》の行く手をRブリューナク数基が阻む。鉄菜は奥歯を噛み締めて上昇させていた。しかし、《イドラオルガノンジェミニ》の重量が邪魔をして、離脱挙動に入れない。

 

 確実に一基は食らう。そう確信した、瞬間だった。

 

『安心……しなよ。蜜柑は……死なせない』

 

 不可視の念動力が前方のRブリューナクを粉砕する。抜けたRブリューナクが《エンヴィートウジャ》を囲い込み、その血塊炉とコックピットに向けて、それそのものを質量粉砕兵器として、打ち込まれた。

 

《エンヴィートウジャ》の装甲が引き裂け、折れ曲がった機体フレームが次の瞬間、爆発の光に包まれた。

 

《イドラオルガノンジェミニ》から絶叫が迸る。

 

『いやぁっ! 林檎ぉっ!』

 

《イドラオルガノンジェミニ》を《ゴフェル》から支援にやってきた《カエルムロンド》と《ジーク》が受け取る。

 

『あいつ……何なんだ!』

 

『クロナ! あの機体は……』

 

 こちらの憎しみにも、相手は手を払って応じる。

 

『貴様らの地上での醜き行い、どこまでも愚行であった。神を名乗る男、エホバ。それに、解き放たれたトウジャタイプが地上を穢し、また罪を重ねる。どこまで行っても……星の者達は分からないと見える』

 

「……ブルブラッドキャリア本隊。その操主、……梨朱とか言ったか。《モリビトセプテムライン》の!」

 

『覚えてもらって光栄だな、旧式操主、鉄菜・ノヴァリス。ああ、しかしながら前回のように、この名を呼んでもさほど嫌悪と憎悪には包まれないな。やはり精神点滴の作用か。むしろ、貴様らは救済すべき……迷える衆愚なのだとさえも思えてくる』

 

 梨朱の言葉に鉄菜は迷わずRシェルライフルを引き絞っていた。銃撃を、不明人機は皮膜で弾く。

 

「リバウンドフィールドか……!」

 

『林檎ぉ……、いやっ……嫌だよぉ……っ!』

 

『弱いな。執行者とは、ここまで弱い代物であったか。裏切った個体を破棄も出来ない、出来損ない』

 

 瞬間、鉄菜の胸の中に宿ったのは灼熱であった。身を焼きかねない憤怒の衝動が《モリビトシンス》を稼動させる。

 

 エクステンドチャージの残滓を刻みながら、《モリビトシンス》がRシェルソードで敵人機へと肉迫していた。

 

 こちらの殺気に相手は涼しげに返す。

 

『……愚かしいのは貴様もか? 鉄菜・ノヴァリス』

 

「黙れ……、黙れ!」

 

 弾き返し、敵の懐に飛び込もうとして、全方位からの照準警告に鉄菜は飛び退っていた。

 

 Rブリューナクが赤い光を湛えて空間を引き裂く。

 

『賢い判断だ。飛び込めば八つ裂きだった』

 

「梨朱・アイアス……! 貴様、その人機は……!」

 

『初めてだったか。これこそが、ブルブラッドキャリアの真の切り札。惑星報復を成し遂げる人機。名を《トガビトコア》』

 

「トガビト……。新型の、人機だと」

 

『月面で粛々と新型を造り上げている貴様らとは違う。これこそが! 百五十年の叡智を掻き集めた、真の報復者! 真の復讐者だ!』

 

 そして、と《トガビトコア》が機体装甲を逆立たせる。波打った装甲からリバウンドフィールドが放たれ、あろう事か天上のリバウンドフィールドを無効化した。中和された皮膜の向こう側へと敵機は消えていく。

 

『貴様らは最早! 堕ちるしかない! この星と共に運命を共にしろ!』

 

『させるか! ハイアルファー【アエシュマ・デーヴァ】!』

 

 その言葉と共にエホバの操る《クォヴァディス》が空間を飛翔する。《トガビトコア》の背後へと、その機体は現れていた。《クォヴァディス》が十字剣を振るい上げる。その動作を、《トガビトコア》は振り向きもせずに対処していた。

 

 奔ったRブリューナクの一撃が《クォヴァディス》を射抜く。阻まれた形の機体へと、追い討ちの攻撃が放たれかけて、それを鉄菜はRシェルライフルで防衛していた。

 

『ほう……どちらの味方なのだ。貴様は』

 

「どちらでもない……、今は、お前を倒す。それが先決だと判断した」

 

『そうか。……どうせ、分かり合えぬ。だが、貴様との決着は持ち越しだ。宇宙で待っている。この愚かしき神を騙った男を罰するのも、今はやめておこう』

 

《トガビトコア》が成層圏を軽々と突破し、すぐに見えなくなった。ゴロウが解析結果にううなる。

 

『……あれは……まさしく新世代の人機だ。該当データがまるで存在しない。モリビトとも、キリビトとも違う、全く別種の機体』

 

 全く別存在の脅威に、鉄菜は歯噛みしていた。

 

 林檎を、助けられなかった。彼女を、取り戻せたかもしれないのに。それなのに、自分は愚かしくも争う道しか選べなかった。

 

 蜜柑の咽び泣く声が通信に入り混じる。鉄菜は拳でコンソールを殴りつけていた。

 

「……何が、何がモリビトだ。私は! 結局何も救えていないじゃないか……」

 

『後悔を噛み締めるのは後にするんだ。《ナインライヴス》がまずい』

 

 その言葉に、鉄菜は先ほどから《キリビトイザナミ》と激戦を繰り広げている《ナインライヴス》に視線を向けた。

 

 ウイングバインダーは四枚とも剥がれ落ちており、Rランチャーの継続放射は絶望的であった。

 

 それでも燐華の、《キリビトイザナミ》の猛攻は収まらない。

 

『行け! Rブリューナク!』

 

《キリビトイザナミ》の機動力を補助する四枚の翼が分離し、それぞれ幾何学の軌道を描いて《ナインライヴス》へと突き刺さろうとする。

 

 それを、鉄菜はRシェルライフルの銃撃で制していた。

 

 割って入った《モリビトシンス》に、桃から声が伝わる。

 

『ゴメン……、クロ。相手が、強過ぎる……』

 

「すまなかった、桃。林檎を……救えなかった……」

 

 その言葉に思うところがあったのだろう。桃も言葉少なであった。

 

『いいえ……それは、モモの……』

 

『鉄菜ぁ……っ。モリビトが……お前が、モリビトか……ぁっ!』

 

「燐華・クサカベ! 私を見ろ! 私は、《モリビトシンス》の操主、鉄菜・ノヴァリスだ!」

 

 今のステータスでは《キリビトイザナミ》には勝利出来ないだろう。片腕をもがれ、武器も損耗している。エクステンドチャージもまともに使えない。それでも、声は届くはずだ。

 

 言葉で、分かり合えればいいはずなのだ。

 

『いや……、鉄菜は……モリビトなんかには乗らない。だって、モリビトは全部奪っていった! 鉄菜も、みんなも! にいにい様も、隊長も! 何もかも奪ったのは、モリビトだァッ!』

 

 Rブリューナクが殺意を帯びて《モリビトシンス》を包囲する。鉄菜はRシェルソードに可変させ、物理性能を纏ったRブリューナクを打ち返した。

 

 燐華の呻き声が通信に混じる。

 

「燐華・クサカベ! 私は、ここにいる! ここにいる私が、鉄菜なんだ!」

 

『嘘、嘘だよぉ……っ。鉄菜はそこにいない……、あたしの傍にいてよぉ……ぅ。鉄菜ぁっ!』

 

「燐華! 私の声を聞け!」

 

 Rブリューナクの攻撃網を掻い潜り、鉄菜は《モリビトシンス》で《キリビトイザナミ》へと触れる。

 

 刹那、悲鳴が迸った。

 

 それでも呼びかけをやめない。

 

「燐華! 前を見ろ! 過去に縋るんじゃない!」

 

 瞬間、プレッシャーライフルの光条が《モリビトシンス》を狙い澄ます。後退した鉄菜は艦隊より現れた《ゼノスロウストウジャ》を見据えていた。

 

「援軍か……」

 

 口走った鉄菜は前に出た《ゼノスロウストウジャ》が燐華の搭乗する《キリビトイザナミ》を下がらせたのを目にする。

 

 これ以上の継続戦闘は不可能だと判じたのか。いずれにせよ、決着をつけなければならないのは自分も必至であった。

 

「……桃、《ゴフェル》へと帰投する」

 

『了解。……でも、蜜柑は』

 

「蜜柑も、だ。まだ、彼女には生きていてもらわなければならない。……どれほど世界が残酷でも」

 

《イドラオルガノンジェミニ》を《ナインライヴス》が回収し、鉄菜はこの混迷の戦場より離脱していた。

 

 エホバ――神の陣営は高空に位置し、こちらを見下ろしている。

 

 ラヴァーズの中枢たる《ダグラーガ》が《ビッグナナツー》甲板へと戻っていた。

 

 三つ巴の戦いは、収束の気配を漂わせぬまま、静かに継続する事になった。

 

 


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