ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯313 心の赴く場所は

《モリビトシンス》が空域を駆け抜ける。その道筋を《エンヴィートウジャ》が阻んだ。

 

『行かせるものか。《モリビトシンス》! ハイアルファー――』

 

「邪魔だァッ!」

 

 黄金に染まった《モリビトシンス》がハイアルファーを発動する前の《エンヴィートウジャ》の眼前に迫る。

 

 Rシェルソードが無慈悲にその腕を断ち切っていた。大剣が海に没する。

 

『そうだ。憎しみを抱いて来い、鉄菜・ノヴァリス。それこそが、君には相応しい』

 

「墜とす! 私のモリビトで!」

 

 Rシェルソードを振るい上げ、鉄菜は《クォヴァディス》を破壊しようと一撃を極めかける。

 

 その時、Rシェルソードが根元より寸断――否、消滅した。

 

 思わぬ攻撃に鉄菜は腕ごと抹消させられた部位を振るう。

 

「何が……」

 

 起こったのか。理性が判じる前に、本能が鉄菜へと飛び退るのを命じさせていた。

 

 先ほどまで自分の機体があった空間を、不可視の力が捩じ切っている。

 

 片腕をもがれた《エンヴィートウジャ》が、もう片方の手を開き、それを操っていた。

 

『……まさか、この短時間で会得したと言うのか。二点の空間を完全に抹消する術を』

 

 ゴロウの驚愕に、鉄菜は肘まで消し飛ばされた右腕を目にする。発現すれば面倒だとは思っていたがまさかこのタイミングだとは。

 

『……させない。絶対に! エホバは墜とさせない! ボクらの希望なんだ! ボクの居場所だ!』

 

『その通りだ。我々は、世界に裏切られた。なればこそ、報復の刃を向けるだけ。貴様らと、変わりはしない!』

 

《フェネクス》の操主が《ダグラーガ》と打ち合う。二刀流の《フェネクス》に対し、《ダグラーガ》は不利を強いられていた。

 

《エンヴィートウジャ》と《フェネクス》、それに《クォヴァディス》が囲む空域で、《ダグラーガ》と《モリビトシンス》が背中を預ける。

 

「……どうするつもりだ。サンゾウ」

 

『どうもこうもない。拙僧は、もう決めたのだ。我が決断に、逡巡を挟む暇はなし。《クォヴァディス》を撃墜し、エホバ陣営を無効化する。手を貸してくれるな?』

 

 その問いは遥か向こう、《ゴフェル》より前に出たラヴァーズ旗艦、《ビッグナナツー》の甲板で拳を掲げる人機達に向けられていた。

 

 彼もまた、信仰心で他人の人生を弄んだ者。どこかで思うところがあるのだろう。

 

『《ダグラーガ》に! ラヴァーズに栄光あれ!』

 

 おおっ、といううねりはそのまま波のようにエホバ陣営に響き渡る。

 

 彼らもまた、武器を掲げ、エホバを称えていた。

 

『神の軍勢はここに! エホバこそが絶対の存在なり!』

 

 互いに正義を譲る気配のない者同士。ここまで、と鉄菜は悔恨を滲ませる。

 

 どうして、ここまで分かり合えない。どうして、憎まなくてもいい者同士が互いを憎み合う。

 

 彼らは立ち位置さえ違えば同じだ。同じ、世界に爪弾きにされた人々なのだ。

 

 その光を《ダグラーガ》に見たか、エホバに見たかだけの瑣末なもの。

 

 本人達は気づいているはずだ。どちらのために戦ったところで、本当に幸福は訪れないのだと。

 

 自分達二人の存在が、数多の人々の運命を弄んでいるのだと。

 

 ――ならば、それを理解している自分は? ブルブラッドキャリアとして、報復の刃を向けるはずだった自分はどうすればいい?

 

《モリビトシンス》。その力をどう振るうのが正しいのか。

 

 ない交ぜになった感情が鉄菜を硬直させる。

 

 刹那、敵機の接近警報に鉄菜はRシェルソードを掲げていた。

 

《エンヴィートウジャ》が武器も持たぬまま肉迫し、その不可視の念力で座標を引き千切る。

 

 一度でも扱い方を覚えさせれば厄介。そう感じてはいたものの、戦いを先延ばしにしたのは自分だ。どこかで、林檎を……仲間を墜としたくはないのだと、駄々を捏ねているのは自分自身なのだ。

 

《ダグラーガ》のように全てを捨て去る決意も。ましてやエホバのように、何もかもを背負って立つような覚悟もない。

 

 自分は何のために戦っている? 失いたくない。誰も死なせたくないと息巻いておいて、結局死人を増やしているだけではないか。

 

「……何をやっている。鉄菜・ノヴァリス。私は! 覚悟したはずだろう!」

 

 そうだ。《ゴフェル》のみんなに誓った。もう、誰も死なせない。誰も、無意味に死んで欲しくないのだと。それなのに、自分は何をやっている?

 

 ヒイラギを殺したくはない。燐華にも、死んで欲しくない。林檎を、手にかけたくない。どれもこれも、身に過ぎたわがままだ。誰も死なせない結末なんてない。誰も殺さないで済む終わりなんてあり得ない。

 

 自分達はブルブラッドキャリア。この星へと堕ちてきた凶星そのもの。

 

『墜ちろよォッ! 鉄菜・ノヴァリス!』

 

《エンヴィートウジャ》の睨む座標が《モリビトシンス》を捉えていた。逃げ切れない。二点の間を完全に「なかった事」にする能力。それは使いこなせば無敵だ。

 

『鉄菜! 撃墜されるぞ! 回避運動を取れ! 鉄菜!』

 

 ゴロウの叫びもどこか遠い出来事であった。ここで自分が死ねばいいのではないか。ここで自分が手打ちにするのには、やはり命を終わらせるしかない。

 

 自分が生んだ憎しみ。自分が育んだ怨嗟。自分のために、争う無垢なる者。

 

「……ゴロウ。私は……」

 

『……馬鹿者が!』

 

 口走った途端、《モリビトシンス》の行動権が《クリオネルディバイダー》側に移されていた。急速後退した《モリビトシンス》が辛うじて《エンヴィートウジャ》の攻撃を回避する。

 

『何をやっているんだ! まさか、自分が死ねば何もかも終わるなんて、そう思っているのではないだろうな?』

 

 沈黙を是とした鉄菜に、ゴロウが叱責する。

 

『思い上がるな! 一人の命で贖えるものなんてたかが知れている。一人は、一人なんだ。百人の代わりにはなれない。そう、我々に教えたのは、君のはずだ! 君が、我々に心を教えた。支配と悦楽しかない我々に、友愛を説いたのは、君だろう! 鉄菜・ノヴァリス!』

 

 ハッと、鉄菜は面を上げる。合い争う人機達。その中で、自分だけ逃れようというのか。自分だけ見ないようにしたいというのか。

 

 その傲慢さに、腹が立ったのは自分自身。

 

 どうして、何のためにここまで生きてきた? 何のために六年もの間、孤独に戦い抜いた?

 

 戦う理由が分からないと、瑞葉には言った。心の在り処なんてどこにもないのだと、投げ打った。

 

 だが、違ったのだ。

 

 こうして生きている事。こうして、誰かと合い争い、それ自体を深く悲しむ事。それこそが、既に――。

 

「彩芽、心は……ここに……」

 

『墜ちろよォッ!』

 

 再び構築させられかけた念動力を、鉄菜はフットペダルを踏み込んで加速する。

 

 不意に大写しになった《モリビトシンス》に、《エンヴィートウジャ》に乗る林檎が息を呑んだのが伝わった。

 

「私は……逃げない! 壊して壊して……、何度間違えたって、壊したって、また作り直す! それが人間なんだ。それが、モリビトの――あるべき姿だ!」

 

『世迷言を!』

 

 敵の手が《モリビトシンス》を握り潰そうとする。その敵機へと、鉄菜は蹴りを浴びせていた。よろめいた《エンヴィートウジャ》に、Rシェルライフルで間断のない銃撃を見舞う。

 

 装甲が弾け飛び、機体のフレームが震えた。

 

「私は……私の罪を背負う。罪から逃げる事は出来なくとも、罪に向き合い続ける。それが、私だ!」

 

『……鉄菜・ノヴァリス。それが貴様の答えだというのか』

 

《エンヴィートウジャ》が忌々しげにこちらを見据える。鉄菜は是の代わりに、砲撃を照射していた。

 

 Rランチャーの一撃を回避し、海上を《エンヴィートウジャ》が疾走する。

 

『ああ、妬ましい! どうして、そう思い切れる! 何もかも……世界の重力から逃れて、どうしてそう、簡単に答えを決め込める! ボクが……どう頑張ってもその答えだけは否と言いたかった答えに、何で容易く手を伸ばせるんだァーっ!』

 

「それが、人間だからだ。エクステンドチャージ!」

 

 黄金の速度に至った《モリビトシンス》が《エンヴィートウジャ》と並走する。互いに相手を許すまじと判断している二機がもつれ合い、拒絶の攻撃を交し合った。

 

『どうしてなんだ! 何で、お前は全部持っている? どうして、ボクの手にはない!』

 

「私が全部持っているんじゃない。……みんなに預けたんだ。私の全てを」

 

『だからっ! それが綺麗事の塊だって、言っているんだろうが!』

 

《エンヴィートウジャ》が攻撃しようとした矢先、不意打ち気味の火線が機体へともたらされた。

 

 振り返った鉄菜はその機影にまさか、と声にする。

 

「《イドラオルガノンジェミニ》……蜜柑・ミキタカか」

 


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