ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯32 突きつけた刃

 タチバナが一報を聞き届けたのは航空機の中であった。

 

 最速でもたらされたという情報にタチバナは通信回線を開く。個人用にチャーターされたジェット機は紺碧の空を引き裂いていった。

 

「C連合の独立国家? 何故、このタイミングで……」

 

 この機会に独立などしてもC連合の煽りを受けるだけではないか。そう考えた矢先にモリビトの存在とブルブラッドキャリアの宣誓が呼び起こされる。

 

「そうか、C連合本体が今、疲弊し切っている。独立をこのまま、既成事実として成立させようというのか。確かに、本国はうるさくないかもしれないな。しかし……」

 

 言葉を濁したタチバナに通信回線を開いた渡良瀬が後を引き継ぐ。

 

『問題なのは他の二国間との対立ですね。ゾル国が静観するか、あるいは、と言ったところ』

 

 オラクルの情報を端末に呼び出す。ブルーガーデンにほど近く、ブルブラッドの採掘で成り上がった国家の一つだ。今、一つでも補給を潰されれば大国はすぐではなくとも物資の不足に喘ぐ結果になる可能性はある。

 

「今は一糸乱れぬ統率が望まれるところ。その現時点において、オラクルの独立はまさに寝耳に水、か。C連合が火消しに躍起になるかもしれない」

 

『そうなれば紛争、ですか……』

 

 渡良瀬の沈んだ声音にタチバナはふむと首肯する。

 

「モリビトとブルブラッドキャリアの報復を前にして、地上の諍いなど起こしている場合ではないとは思うが……人は合理的になり切れないものだ」

 

 合理性を主とするのならばC連合から離脱する事さえも意味を持っていない。しかしタチバナはこの時、ある可能性に思い至った。

 

「いや、まさか……」

 

 頭を振ったタチバナに渡良瀬が問いかける。

 

『どうさないました?』

 

「……地上での国家が増える、という事は、だ。ブルブラッドキャリアの報復対象が増える事になりかねない。何よりも、オラクルは血塊炉の産出国。押さえておくのに越した事はない」

 

『動くというのですか、モリビトが』

 

「あまり逸った判断は出来ないが、前回と前々回のデータを参照するに、モリビトとブルブラッドキャリアはまず大国C連合を落としにかかっている。それも当然だな。大陸を支配するC連合はまず目の上のたんこぶだ。地上の人々への全面戦争を仕掛けるのならば、まずはC連合を叩きのめす。ただ……これには穴がある」

 

『穴、とは?』

 

「真正面から切り込んできているモリビトに便乗して、ゾル国やブルーガーデンも横腹を突ける。どこかを一点攻めすればどこかの利になる、という事だ。モリビトはたった三機の戦力。どれほどにその単騎能力が驚異的でも三機の人機に他ならない。どれほど崇高な理想を掲げたとしても、惑星全土を攻め落とす事など出来ない、という事だ」

 

『……オラクルは、それを理解していて』

 

「さぁな。ワシには決定的な事は何も言えんが、オラクルの情勢にC連合が介入し、その隙が生まれる事だけは確実。紛争になる前に火消しをしたい連中と、種火に過ぎないその小さな戦火を広げたい連中が同居しているのがこの星だという事だ。ともすれば全面戦争になりかねないが、モリビトよ、どう動く? モリビトがC連合に味方するか、オラクルに味方するか、あるいは違う選択肢を取るかで、この情勢、恐ろしく変化するぞ」

 

 タチバナの言い草に渡良瀬は唾を飲み下したようだ。

 

『モリビトの動き次第で、世界が変わる、という事ですか……』

 

「大げさに言えば、な。あれがどこに味方をするかで少なくとも盤面の勢力図をどう動かすのか、お歴々は少しばかり頭を捻らなければならんだろう。頭を捻る必要もないほど、ブルブラッドキャリアのやり口が明確ならばありがたいのだが……」

 

 今のところブルブラッドキャリアの思想は詳らかになっていない。その先導者であるオガワラ博士の存在でさえも疑わしいのだ。

 

『オガワラ博士のデータ、参照しましたが……現時点で言える事は少ないですね』

 

 オガワラ博士の経歴はほとんど黒塗りだ。その中で明らかになっているのは「死亡」という事実のみ。

 

「死者が語るか……この世界の行く末を。だが、それさえもこの惑星の抱える原罪の一つなのかもしれないな」

 

『ですがどれほど精査しても出てこない事を鑑みるに、どこかで情報統制がしかれている可能性も考えられます』

 

「あり得るとしても、それは本当に、政府高官レベルだな。となると我々の敵は分かりやすくモリビトだけではない事になる」

 

 どこかの国が糸を引いているか、あるいは国家などはまだ生易しい、もっと大きなうねりが働いているのか。

 

『モリビトの前回の戦闘ですが、これは……』

 

 最大望遠で映し出された戦場でモリビト同士が火花を散らしている。巨大人機のモリビトと青のモリビトが交戦し、その間に割って入ったのが緑のモリビト、という形になっていた。

 

「分からんな……連中同士でも派閥争いでもあるのか? やり合うのならばこの地上でなければいいのだが」

 

 モリビト単体の思想も読めない。どの機体がリーダーなのかも分からない中、各国首脳は早急な決断だけを求められている。

 

 モリビトへの対抗策。並びに他国への牽制。技術開発の体のいい論点のすり替え。どの国が暗躍していても今は責め立てられる風潮ではない。

 

「どこかの国が率先してモリビトと戦うと言えば、他国が攻めるいい口実が出来てしまう。だからどこの国も自らモリビトをどうこうしたいとは言わない。極論、冷戦状態は続いたままだ。それも以前より性質の悪い形で」

 

『やはりオラクルの独立は、C連合の陰謀なのでは? オラクルを矢面に立たせて、ブルブラッドキャリアの動きを見る、という』

 

「そういう穿った見方も出来るが、一国家を人質に差し出すか。それは鬼畜の所業だ」

 

 戦場となるであろうオラクルの人民は納得するまい。否、それも込みでの作戦なのか。

 

 どれほど思考を割いても結果は訪れない。モリビトの動き次第でここからの盤面は大きく変わってくる。

 

「ブルブラッドキャリア、その思想が本物だというのならばこの局面、どう動く?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 命令書、という形でしかこの戦局を動かす方法はない、と上官は苦々しい口調で切り出していた。

 

「悔しいが、オラクルの独立に際し、対策を練っていないわけではない。だが、ここでC連合が色めき立てば」

 

「それは自作自演だと言っているようなもの。難しいところです」

 

 後を引き継いだリックベイに上官は皮肉めいた笑みを浮かべた。

 

「だからこそ、下仕官に命令するしかないのだが、この場合、ゾル国とブルーガーデンの介入でさえも読み切らなければならない」

 

「C連合内でのいざこざでありながら独立国家が成立すればそれは盤面を大きく変える一因となる。C連合の言う事を聞かないのであれば、ではどこに与する、という話になりかねないからです」

 

「その通りだ。……相変わらず小気味いい先読みを見せてくれる」

 

「いえ、当然の帰結でしょう」

 

「謙遜するな。今のC連合の上役は浮き足立っている。君のように冷静な判断を下せる人間は貴重なほどだ。オラクルの独立をC連合の自作自演と見れば、ゾル国とブルーガーデンの体のいい介入理由になる。ただの小国の独立が、戦争の発端になりかねない」

 

「独裁国家ブルーガーデンが動かないにせよ、ゾル国は厄介です。この機会に内政干渉でもされればC連合の身動きが取れなくなる。その時にブルーガーデンに攻め込まれれば国家は荒れ果てるでしょう。……無論、それはないでしょうが」

 

「理由は……聞くまでもないな」

 

 それこそブルーガーデンとゾル国の仕立て上げたシナリオになるからだ。この局面で行き過ぎた好機は逆に怪しまれる結果になる。

 

「オラクルという小国コミューンをどうするのか。その采配に全てがかかっているわけですか」

 

「上は我が方の人員を回してさっさと介入しろとのお達しだ。……まったく、それがどれほどの意味を持つのか分かって言っているのか疑われるよ。C連合が躍起になって動き回れば、オラクルを制圧する事などわけないだろう。問題なのはその後の話」

 

「国際社会からの非難は免れないでしょうね。自作自演、を理由にされれば逃げ場のない政府の上層部は逼塞する」

 

「……提言はした。軍部を動かす際には慎重に、とも。だが、実質命令書の一つで我々軍属は動くしかないのだ。つい一時間前、命令が下された。C連合下の軍部によるオラクルへの干渉。つまり、自作自演の泥を被ってでも小国のコミューンを止めろ、という結論だ」

 

「ですが、泥を被るのは国家です。軍部に責任を擦り付けても、結論は……」

 

「分かっていても、体よく他国に制圧されるよりかはマシだと言いたいのだろう。ゾル国の《バーゴイル》部隊を軽んじていない証拠だろうが……極秘情報ではあるが、オラクルの軍部にこういうものが納品された、と情報がある」

 

 上官が卓上に差し出したのは三枚の写真であった。リックベイは手に取り、それを仔細に観察する。

 

 ゾル国の黒カラスとあだ名される《バーゴイル》が数機分、コンテナに収められているのが撮影されていた。

 

「これの情報源は」

 

「確かなものだ。内偵部隊による情報らしい。《バーゴイル》は恐らく改造されて出回る事になるだろうからゾル国はとぼけるだろうが、もう既に、連中の根回しは終わっていると思っていい」

 

「しかし、戦場でこれを目にすれば、人民の疑いの目は少なくとも」

 

「ゾル国に向かう、かね? だが、民草ではなく最終決定の権利は国家の上層部にある。メディアや群集が騒ぎ立てても、それをうまく操作するのが国家というものだ。C連合の頭はそれほどまでに馬鹿ではないよ。無論、ゾル国の連中もな」

 

 どれだけ叩いたところで出る埃はたかが知れている、という意味か。

 

 リックベイは写真を卓上に返し、今回の趣旨を問い質す。

 

「わたし達が出るべきだと?」

 

「君に責任追及は出来ない。だが軍部は決定に逆らえない。形式上ではあるが、やはりC連合は介入を行う事に相成った。とはいっても、本格的な動きはするなというお達しだ」

 

 軍部が重い腰を上げてようやく、という風を装えという意味だろう。

 

「末端の軍人を犠牲にして、ゾル国のカラスを撃ち落とせと?」

 

「言い方は悪いがそうなるな。ゾル国の《バーゴイル》に戦場を荒らされても面白くはない。分かるな? カラスの食い場荒らしなんて一番誰も望んではいない事くらいは」

 

 ゾル国の《バーゴイル》は確実に殲滅せよ、という事か。しかし、リックベイには疑問が残る。

 

「それこそ、《バーゴイル》を鹵獲すれば、言い訳など出来なくなるのでは?」

 

「自爆くらいはわけないだろう。あっけなく消滅するものを証拠として成り立たせる事は出来ないよ」

 

 所詮、捨て駒の人機。言い訳はいくらでも並べ立てられる。

 

「結局、戦うしかないのですね」

 

「辛いところではあるのは分かっている。君も軍属だ。腹をくくったほうがいい」

 

「犠牲になるのはしかし、新兵ですよ」

 

「……それも織り込み済みなのだろうな。誰に責任を問い質しても仕方あるまいよ。これは責任の所在なき紛争なのだから」

 

 責任を取れる人間が一人もいない紛争。C連合もゾル国も少しずつ手を加えながらもオラクルには最終的な判断は投げた、という事だ。

 

「……小国コミューンには少々、酷が過ぎます」

 

「大国の務め、というものもある。火消しをするのならば我々しかあるまい。たとえ卑怯と謗られようとも、大きなうねりが動かなければどうしようもないものもあるのだ。飲み込みたまえ、少佐」

 

 命令書を手に、リックベイは上官の部屋を後にした。この手にある命令書一つで数百人の命が犠牲になる。

 

 それを今さら胸が痛むとは言えない。軍人になり上に立ったからにはそのような事で痛みを覚えていればそれこそ飲まれてしまう。

 

 うねりの只中にある国家の策謀をいちいち勘繰るようでは軍人としては失格だ。

 

 自室に戻ったところでタカフミが自分宛の甘菓子を食べながらニュースを眺めているのを目にした。

 

「あっ、少佐お帰りなさい」

 

「……君はどうしてそう、呑気なんだ」

 

「躍起になったってしょうがないでしょ。にしても、オラクルが独立ですか。こうなるとおれらも出なきゃならんのですかね」

 

「今、その命令書を受け取ってきたばかりだ」

 

「あーあ! 嫌になるっすね。だって紛争でしょ? モリビト相手にならいくらでも本気出しますけれど、地上でいがみ合い続けている場合っすか?」

 

 言い草は悪いがタカフミの言葉はもっともだった。地上で睨み合っている場合でもないのだ。ブルブラッドキャリアという共通の敵を前にしても人間は戦う事をやめられないのか。

 

 それは純粋に愚かさの証明でもある。

 

「君の意見は分かるが、上官にぶつけてもいい質問と駄目な質問くらいは分けて考えるべきだな」

 

「でも、モリビト連中を倒さないで、何で元々C連合のお仲間とやり合わなきゃならないです? 意味あるんすか、それ」

 

 意味などない。百も承知だ。

 

「命令に従うしかない。我々は軍人なんだ」

 

「何だかつまんないっすね。せっかく修繕してもらった参式が潰すのは同じ《ナナツー》だなんて」

 

 リックベイは目頭を揉み、事実から目を背けぬように命令書を取り出そうとした。その時である。

 

『あれは……現在、カメラが捉えておりますあの機影は……』

 

「ん? 何だ?」

 

 タカフミが菓子を頬張りつつモニターに意識を向ける。リックベイも視線を振り向けた。

 

 その瞬間、議事堂の前に集っていた人々を煽ったのは青い人機の影だ。

 

 銀翼を展開させ、その機体が議事堂に刃を突きつける。

 

 ――まさか、とリックベイは息を呑んだ。

 

「少佐……これ、ヤバくないですか? モリビトがオラクルの国会に刃を向けるって、これじゃまるで……」

 

 まるで、ではない。リックベイは震撼していた。

 

「……世界の敵を自称するというのか。モリビト」

 

 青い人機は緑色のデュアルアイセンサーを輝かせ、反乱の国家を睨み据えていた。

 

 


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