大剣を下段に構え、《エンヴィートウジャ》が掻き消える。またしても空間を超えての一閃。だが、もうある程度パターンを鉄菜は察知し始めていた。
本来の使い方とは異なる使い方のハイアルファー人機には穴がある。迫った一閃をわざとバランサーをぐらつかせてよろめいて回避させる。
その動きが予想外だったのか、通信の向こうで林檎が息を呑んだのが伝わった。
鉄菜はRシェルソードを《エンヴィートウジャ》の横腹へと払う。
装甲に至る直前でぴたりと、その刃を止めた。
『……何だって……』
「林檎・ミキタカ。もう、よそう。こんな戦いに意味はない。お前の妹が待っている。だから、今すぐに……」
『何だって、お前はいつも、いっつも! 偉そうに、ボクに言って、何なんだよ! 六年間戦って偉いのか? それとも、前回の執行者だから? モリビトに乗って最後まで戦えたから? 生きているから? そんなの、理由になるもんか! ボクはもっと強い! もっと生き残れるし、もっと墜とせる! いくらだって撃墜してやる! ……なのに、どうしてみんな……お前の肩ばっかり持つんだよ。どうして……誰もボクを見てくれないんだ』
浮かんだ悔恨に林檎の歪みが集約されていた。彼女は戦った。それこそ執行者としては正しく。ブルブラッドキャリアの尖兵としては合格点に。
だが、それは間違っているのだ。
ブルブラッドキャリアの血続として生きるのは、この世界では間違い。罪悪に等しい。だから、林檎は自分の人生を生きられない。彼女の、目指すものは、もう六年前に自分達の違えた道だ。
「……林檎・ミキタカ。お前は……」
『何も言うなよ! ……何も、言って欲しくない。お前なんかに、分かった風な事を言って欲しくないんだァッ!』
弾けた思惟と感情が、激憤となって《エンヴィートウジャ》を駆け抜けさせる。空間跳躍を繰り返す機体には確実にデメリットが存在するはずだ。
「林檎! その機体を使い続ければお前も死に至る! 分かっていてなのか!」
『……分かっているさ。ハイアルファー【ハウル・シフト】。こいつの対価は、身体の自由が利かなくなる事。でも……別にいいよね。だってさ! 人機は考えるだけで動かせるし、ボクは、最強の血続だからだ!』
《エンヴィートウジャ》が過負荷を無視して《モリビトシンス》へと肉迫する。その太刀筋は既に読めている。単調に成り果てているのを、本人は自覚しているのか。それとも、分かっていてもそうとしか戦えないのか。
それは悲哀だ。鉄菜はアームレイカーを強く握り締める。
「……ゴロウ。林檎を救う術はあるのか」
『残念ながら、ハイアルファーに蝕まれたのが本当ならば、復帰の術はない。さらに言えば、精神的な拒絶もある。ブルブラッドキャリアに戻るのはまず不可能だろう』
「それでもっ! ……やり直せないのか。私は、やり直せた。分かれたんだ。あのまま戦い抜いて、破壊者のままでいても、何も成せない、壊すだけだって! 林檎だって、分かるはずだ。戦いの中で、分かり合えるはずだ!」
『喧しいんだよ! 《モリビトシンス》!』
跳ね上がった敵の刃をRブレイドで受け流し、鉄菜はRシェルライフルを再び、血塊炉付近へと照準した。相手にも照準警告は伝わっているはずだ。
それでも止まる気配はない。
『うるさいよォッ! 撃てばやられていたって? 撃ちもしないくせに!』
後退した鉄菜はこの戦場を俯瞰する眼を、視野に入れていた。
高空に位置するモリビトタイプ。あの中に収まっているのが、エホバであるのは疑いようのない事実。
「お前は……また見ているだけなのか! エホバ!」
『……神とは、常に下界を俯瞰する。それだけでそれあれかしと願われた存在だ。ゆえに、僕は見つめ続けよう。下界の諍いを』
「その目線が、傲慢だと知れ!」
Rシェルライフルで銃撃を浴びせようとしたが、それを数機のバーゴイルが群れになって防いだ。まさか機体を盾にするなど思いも寄らない。
「エホバ! 貴様、他の人機を盾に……!」
『違うぞ……、モリビト。我々はもう、ここに生きるしかなくなったのだ。こうやって死ぬしかないのだ……! 世界は我々を爪弾きにした。エホバだけが、救いをくれる。救済の道を……』
信仰心でいくらでも死ねる。いくらでも殺せる。そんな在り方を是とした覚えはない。
「……エホバぁっ!」
《モリビトシンス》で駆け抜けようとしたのを、《エンヴィートウジャ》が阻む。
『敵を前にして! 背中を向けるとはいい度胸だな!』
舌打ち混じりにRシェルソードで切り払う。その一閃を相手は空間を飛び越えて回避していた。
直上に立ち現れた《エンヴィートウジャ》の射線を読んで、鉄菜は機体を後退させる。
一閃を打ち下ろした《エンヴィートウジャ》の腹腔へと鉄菜はRシェルライフルの出力を下げて銃弾を浴びせた。
血塊炉付近を叩いた。これで機能不全に陥った《エンヴィートウジャ》は闇雲に仕掛けてこないはず。そう確信しての攻撃は、直後の薙ぎ払いによって無意味だと悟らされた。
《エンヴィートウジャ》はそれでも動く。恩讐の塊のように、こちらをX字の眼窩が睨んだ。
『……馬鹿にするな。血塊炉をちょっと掠めた程度で《エンヴィートウジャ》は止まらない!』
この戦いを穏便に終える方法はないのか。鉄菜が歯噛みした直後、一機の人機がバーゴイルの助けを借りて飛翔していた。
その金色の装甲に、覚えず瞠目する。
「まさか……《ダグラーガ》?」
《ダグラーガ》がバーゴイルの補助によって高空へと躍り上がる。敵陣営が囲い込む前に、《ダグラーガ》は跳躍し、エホバのモリビトタイプと鍔迫り合いを繰り広げる。
錫杖が磁場を帯びてエホバの人機と打ち合った。
『ここで! 貴様を打ち倒すのが、拙僧の役目と知った! 無益な血を、流させるものか!』
『……《ダグラーガ》。最後の中立か』
『左様! そして、この戦場において、その本当の名前を紡ごう。この機体の真の名前は――モリビト。《モリビトダグラーガ》!』
絶句したのは鉄菜だけではない。この空域にいる全員であった。まさか《ダグラーガ》が隠されたモリビトタイプなど思いもしない。
《ダグラーガ》の頭部が可変し、ピンクのデュアルアイセンサーを有する頭部が開放された。
今まで王冠のような意匠を持っていた《ダグラーガ》の頭部から無数のケーブルが流れ、それらが外部装甲をパージさせる。
身軽になった《ダグラーガ》が自由落下の中、敵のバーゴイルを踏み台にして再びエホバのモリビトへと一閃を払う。
錫杖の一撃に、殺意が宿っていた。
『……まさか、最古のモリビトタイプか』
『拙僧に流れるこの血潮! それは人間のものだ。遥かなる悠久の時をこの人機と共に歩んできたが、それだけは変わらない! このサンゾウ、間違いようもなく人間である! だが、貴様はどうだ、エホバ! 神だと嘯き、大衆を欺き、そして人心を掌握する! それは神ではない。神を騙るペテン師の所業だ!』
《ダグラーガ》の背部が開き、光背のような飛翔機関が発達する。推進力を得た《ダグラーガ》を、エホバのモリビトは押し返していた。
その手には一振りの十字架を模した剣のみ。それ以外の武器は存在しない。
『……さすがは最後の中立、最後の公平なる人機。しかして! それをヒトのために晒した時点で、貴様の負けなのだ! 《ダグラーガ》!』
『エホバ! 貴様は討たれるべきである!』
もつれ合いになったエホバのモリビトと《ダグラーガ》が、互いに憎しみをぶつけ合う。それはこの世界を見守り続けた男二人の、譲れない一線であったのかもしれない。他の人機はその戦いに介入出来ないようであった。
『嘗めるな……。この《モリビトクォヴァディス》は! 確かに全ての性能をハイアルファーに振っている。弱いとも。だが、神とは! 得てして戦いには赴かないものだ。前線は兵士の領分である!』
『そうやって、他者と自分を分けて、それで満足か! 神を気取る男よ!』
『違うだろうさ。神と人は、違う!』
錫杖でコックピットを貫こうとする《ダグラーガ》へと必死の抵抗を試みる《モリビトクォヴァディス》であったが、場数が段違いだ。
すぐさま気圧され気味になったのを、《フェネクス》を含め、他の人機がアシストする。
『《ダグラーガ》! その首、貰い受ける!』
《フェネクス》が二刀を引っ提げ、《ダグラーガ》の背後に回る。速度、性能、全ての面において《フェネクス》は勝利していたはずであった。
その執念、という精神面以外では。
《ダグラーガ》が光背より小型爆弾を射出する。眩惑の炸裂弾による一瞬の隙は、《フェネクス》を撃墜するのには充分であったのだろう。
《ダグラーガ》が《フェネクス》の背を蹴りつけ、錫杖を振るい上げる。
『討たれるは貴様だ』
冷徹なる殺意が振り下ろされようとしていた。それを阻んだのは、《エンヴィートウジャ》の腕である。
空間を飛び越えた林檎の人機が、《フェネクス》を庇い、錫杖を受け止めていた。
『林檎……』
『言ったろ。貸しだって。返したよ』
『嫉妬のトウジャか。醜き代物だ』
鉄菜は空域より、円弧を描いて離脱しつつ、ゴロウに最適解を振る。
「ゴロウ! エホバを迎撃する!」
今のエホバは丸腰同然だ。しかしながら、この空域の人機全てを掌握するだけの能力があるのは疑いようもない。《ダグラーガ》が果敢に攻めるのならば、自分もそれに加わる。
今のエホバ陣営を動かしているのは求心力だ。絶対者、神を気取るエホバへの信仰心。それが彼らの全てである。ならば、エホバを撃墜すれば総崩れになるのは目に見えていた。
エホバを倒すべく《クォヴァディス》の射線に入った《モリビトシンス》を、相手も発見する。
『……鉄菜君』
「エホバ……いや、ヒイラギ。こうして会うのは久しぶりか」
『……君には最後まで、敵になって欲しくなかったよ』
「貴様はさじを投げた。現状を見守る事に、何もかもを諦めで閉ざそうとしたんだ。そんな事、看過出来るわけがない!」
『ならば墜とすといい。君が許せないというのならば、武力で僕を否定しろ』
それしかないのか。鉄菜は拳に力を込める。戦いで、武器で殺し合うだけが、自分達に与えられた唯一の自由。唯一の、発言の意義。それを、全てを諦めた男が口にしている。
この世で力を持つのは結局、最後には鉛弾でしかないのだと。
そんな悲しい現実を、彼は是とした。ならば、自分は突き進むしかない。
「鉄菜・ノヴァリス! 《モリビトクォヴァディス》を撃墜する!」