ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯310 この武士道のみを

 艦隊に響き渡った警報に、司令部に収まっていた士官達は叩き起こされていた。

 

 僅かながら与えられた休息。それを打ち破る敵襲の予感に、全員が肌を粟立たせる。

 

「まさか……敵?」

 

「そのまさか、のようだな……。艦内警報だ。こりゃ、本格的に、なのか……?」

 

 その脇をUDがすり抜けていく。アンヘルの兵士達は自ら道を譲った。

 

「シビト……」、「あいつ、ヤバイだろ。モリビトと一騎討ちにまで持ち込んで、無傷って……」、「さすがは化け物同士。次元が違うって事かよ……」

 

 様々な言葉が滑り落ちていく中、UDは司令部のブリッジへと扉を抜けていた。

 

「状況を」

 

「……驚いたよ。まさか、この自陣の、ど真ん中に現れるとは」

 

 拡大モニターが映し出したのは、二十機を超える人機の群れであった。バーゴイルが飛翔し、それらを先導する一機が天高く確認される。

 

 その機体の意匠にUDは息を呑んでいた。

 

「モリビトタイプか……」

 

「意想外なのはそれもなんだが……、相手の識別信号は不明、つまりブルブラッドキャリア側でもなければ、ラヴァーズでも、まして旧ゾル国陣営でもない。大方のバーゴイルとナナツータイプはレジスタンスコミューンのものと合致している」

 

「……帰結する先は、そう多くはない」

 

「推測するまでもなく、あれはエホバだろう。未確認のモリビトも含め、ね」

 

 エホバ――神を気取った男はモリビトを駆るか。UDは因縁めいたものを感じていた。

 

「しかし、これから包囲陣を敷こうとしていたその矢先だ。無論、アンヘル、連邦としてはエホバ陣営をこの空域から逃がすわけにはいかない。敵の戦力を完全に駆逐する」

 

「……だが、勢力が」

 

「ああ、少しばかり足りなくってね。君の《イザナギ》も、すぐには出せない」

 

 黄金の力――バベルの奥底に眠っていた人機の真の能力を引き出せたのは、アンヘル情報部とやらの尽力のようであったが、自分は定かな事は聞いていない。

 

「《イザナギ》が出せない現状で、三十機ほどもあるエホバの軍勢は墜とせない、か」

 

「そうでもない。アンヘル……いや、この場合はC連邦上層部か。秘密裏に開発していた人機を回してくれている。これを」

 

 手渡されたデータに、UDは目を見開いた。

 

「これは……! キリビトタイプ、か」

 

「名称、《キリビトイザナミ》。まさか、禁断とされていたキリビトタイプの量産着手に打って出ていたとは思っていなかったが、それだけではない。《キリビトイザナミ》はハイアルファー人機だ」

 

 それは禁断とされた技術のはず。その眼差しに、司令官は嘆息をついた。

 

「世界が終わるかどうかというところだ。出し惜しみなんてしている暇はないのだろうな。上層部は焦っている。ブルブラッドキャリアもだが、エホバのやり口に、だろうな。バベルネットワークを封じられ、民間コミューンはほとんど情報が出回っていない。この大決戦も、後々で尾ひれやら何やらがついて民衆には伝わる。まさか、連邦とアンヘルが躍起になって、ここで殿を務めているなんて思わないだろうさ」

 

「……しかし、キリビトは危険だ」

 

「重々承知の上だろう。……操主の欄に、目を通して欲しい」

 

 そう促され、操主名を呼び出す。UDはその名前に我が身の不実を呪った。そして、ここまで自分を追い込む世界を恨んだ。

 

「……相手は俺の事を」

 

「知っていないだろう。知っていればこのような運命のいたずら、残酷が過ぎる。UD、君はどうするね? 彼女と会うか?」

 

「……いや。俺は……桐哉・クサカベは戦死した。そう、思っていたほうが幸せかもしれない」

 

「同意見だよ、UD。今回の《キリビトイザナミ》のハイアルファーはしかも、精神に強く作用するらしい。君が……いや、死んだはずの兄が生きていたとなれば、彼女の精神が折れてしまう可能性だってある」

 

「俺に、そこまでの権限はない、と言わせたいのか。上層部の決定、覆せない、と」

 

「暗にそう言っていると思ってくれて構わない。《キリビトイザナミ》は上からしてみても鬼札のはず。それを易々と晒していいわけでもあるまい。つまるところ、ここでケリをつけたいのだろうさ。因果のね」

 

「……モリビトを倒すのはこの俺だ」

 

「分からんよ、何もかも、過ぎ去ってみなければ。ただ……純粋にエホバがあのモリビトタイプに乗っていたとして、そのカウンターにはなり得るだろう」

 

「《キリビトイザナミ》による、エホバの抹殺」

 

「上が考えているシナリオはそういうところだろう。しかし、敵もまさか何の備えもなく、この海域で戦線を張ろうと言うのでもない。ここに我々がいるのは織り込み済みだろうな」

 

「……敵のほうが随分と賢しい」

 

「だが賢しいだけでは生き残れない。それは君が理解している通りだろうが」

 

「エホバを殺し、世界の主権を再び手に入れる。上の描いている青地図は何となく理解は出来る。その歩むべき先も。しかし、そこにはビジョンがない」

 

「ビジョン、か。面白い着眼点だ」

 

 UDは仮面をさすって声にする。

 

「傷を負う、というイメージが貧困なのだ。そもそも、上は本当に、生きている人間なのか。血の通った人間であるのかすら、不明」

 

「……おいおい、上層部がまさかロボットだとでも?」

 

「ロボットならばまだ、救いはあるかもしれないな」

 

「……こちらの言う事を聞かぬ、機械連中か。そう考えると無茶な作戦も理解出来なくもない。いや、そうだから今までアンヘルに血も涙もない要求を突きつけてこられた」

 

「どれも憶測だ。正鵠を射た事なんて言えんとも」

 

 だが、限りなく真実だろう、とUDは推理していた。アンヘル上層部、ひいてはC連邦を動かす頭脳は恐らく、人ならざる者達。それは誰が口にしたわけでもないが、どこかで誰もが感じている事だ。

 

 人ではないのならば、戦場で浪費されていく命など、ただの数値。それ以外の意味を持たない。

 

 だからハイアルファー人機なんて前に出せる。

 

 踵を返したUDの背中に司令官の声がかかった。

 

「君の師範と話をしたが、平行線であった」

 

 足を止めたUDは、そうであろうな、と言葉を紡ぐ。

 

「あの人は、常にそういうスタンスだ」

 

「だが、それでも連合の士官だろう。……分からないな。達観でも、ましてや諦観でもなく、ただ、静かなる心持ちで断ずるというのも」

 

「それが武士道だ。分からなくってもいい」

 

「UD、君はその武士道に殉ずるつもりか? 剣に生き、剣に死ぬとでも?」

 

「そこまでストイックではないさ。だが、我が命、炎の一滴までこの血潮は……モリビトを駆逐するためにある。恩讐の刃だ、俺は」

 

 その解答に司令官がフッと笑みを浮かべる。

 

「満点の答えだ。それに比べて……師が弟子に勝っているとも限らないのだな」

 

「どの理でも同じだろう。教えを説いたからと言って、それが正しいとは限らない。命の数だけ、答えはあるのだから」

 

 自分が掴み、縋り、信じる答えはこの胸にある。もう、誰かの言葉では惑わされない。

 

「……俺は、モリビトを討つ」

 

 信念を口にし、UDはブリッジを後にした。

 

 


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