ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯304 アポカリプス

 後悔がなかったわけではない。だが、もう懺悔している場合でもない。

 

 それらは捨て去った遺物だ。もう、人間であった証明など自分にはない。いや、そもそも人間であったのか。それすらも判然としない闇の中。カイルは面を上げた。

 

 同期した《グラトニートウジャフリークス》が片腕を上げて光軸を放つ。

 

《ラストトウジャ》へと命中しかけて、青い皮膜が邪魔をした。

 

「やはり……リバウンドフィールド。それに……」

 

 次は《グリードトウジャ》に、同じ光線をぶつける。だが、こちらも虹の皮膜が遮断する。

 

「……両方か。だが、この《グラトニートウジャフリークス》と、カイル・シーザーは! ただ闇雲に時間を浪費したわけではないぞ!」

 

《ラストトウジャ》が口腔部を開く。その瞬間、《グラトニートウジャフリークス》は推進剤を焚いた。

 

 重力下ではあり得ないほどの速度を得た機体が《ラストトウジャ》の直上を取る。

 

「エネルギーでは、こっちは負け知らずだ!」

 

 ゴルゴダの無限に近いエネルギーの補助を受けた《グラトニートウジャフリークス》には貧血の心配はない。無尽蔵に取り出せるエネルギーを糧にその顎の腕を《ラストトウジャ》へと振り翳した。

 

 払った腕と共に光軸が一射される。

 

《ラストトウジャ》が皮膜を張るが、容易くその防御を突き崩した。貫通した一撃が《ラストトウジャ》の弱点たる腹部へと至る。

 

 それでも、まだ焼き切れない。

 

 やはり防御は堅牢。カイルは次なる手を打とうとして、数多の照準警告に顔を上げた。

 

《グリードトウジャ》より出現した百を超える砲門が《グラトニートウジャフリークス》を狙い澄ます。

 

 後退用の推進剤を激しく焚いて回避し、応戦の一撃を放とうとして、《ラストトウジャ》の払った手に機体を煽られた。

 

 大地へと機体が衝突する。バランサーが異常を来たしたが、カイルは手動で補正した。補正値を振っている間、《グラトニートウジャフリークス》は無力となる。

 

 その弱点を理解したように、《グリードトウジャ》の砲撃が見舞われた。激震するコックピットの中でカイルは声にする。

 

「……ガエル・シーザー。ここで決着をつける。何もかもを、その因果でさえも、……だから僕は!」

 

 砲撃が反射され、《グリードトウジャ》へと突き刺さった。

 

 リバウンドの皮膜が《グラトニートウジャフリークス》を覆い、その機体を宙へと浮かせる。

 

「……Rトリガーフィールド、開放。そして!」

 

 顎の腕を突き上げ、砲門を弾き出す。放出されたリバウンドの光軸が《グリードトウジャ》の装甲を破った。

 

 連鎖爆発を起こす《グリードトウジャ》が爆発をせき止めるために、起爆装甲を起動させ、一部を剥離させる。

 

「その程度では終わらないってわけか。……いいとも。お前達を諸共破壊するのには、これでは足りないのならば!」

 

《ラストトウジャ》が手を払う。《グラトニートウジャフリークス》は、腕を払ってリバウンドの力場を針のように尖らせる。突き刺さったリバウンド力場に《ラストトウジャ》がうろたえたのも一瞬。

 

 放出された反射皮膜の能力が《ラストトウジャ》の手をバラバラに砕いていた。

 

「Rトリガーフィールドは触れるだけでも充分に脅威。それだけではない。貴様らを倒すのに、これこそ最大の毒だろう」

 

《ラストトウジャ》が口腔部にエネルギーを充填する。それと同じくして《グリードトウジャ》が光の矢を番えた。両者共に、この人機を狙っている。

 

 それこそが――最大の狙いであった。

 

「ハイアルファー、起動。【バアル・ゼブル】!」

 

 放たれたリバウンドの光条と、光の矢が《グラトニートウジャフリークス》を塵芥に還したかに思われた。だが、着弾点で光が連鎖し、その青い装甲を染め上げる。

 

 青い毒が沁み込んでいた《グラトニートウジャフリークス》は新たなる進化を得ていた。それは二つの巨大なリバウンドエネルギーのもたらした奇跡か。あるいは神のいたずらか。ハイアルファー人機である《グラトニートウジャフリークス》の機体が憤怒の赤に変異する。

 

「名付けるのならば、これはさしずめ、《グラトニートウジャアポカリプス》! 最後の審判を受けろ! 地獄の同朋達よ!」

 

《アポカリプス》の放ったのは赤い砲撃であった。その一射だけで《ラストトウジャ》の半身が吹き飛ぶ。《グリードトウジャ》の光の矢を吸収し、力としたのである。反対に、《グリードトウジャ》に向けて放たれたのはリバウンドを凝縮した光条であった。

 

「リバウンドブラスター、恐ろしい威力の兵器だ。だが、これは。もう僕の力だ」

 

 ハイアルファー【バアル・ゼブル】は全てのエネルギー兵器を有象無象に関係なく、吸収し、自らのものとする。

 

 対価は――。

 

「……持ってくれよ。僕の身体」

 

 別の生物へと変換するハイアルファーはこの時、許容限界を超えていたらしい。肉体に亀裂が走り、次々と壊死していく。

 

 これが【バアル・ゼブル】の末路。罪なるものを使い続けた、災厄の果て。

 

「それでも……僕は誇りたい。誇っていいのだと、教えてくれた。ああ、……ベル。君の言う通りだったとも。物語は!」

 

《アポカリプス》が高出力リバウンド兵装で固め、《グリードトウジャ》へと一射した。

 

 敵は防御皮膜を張ったが、それは即座に貫通される。爆発の光が連鎖したが、敵機は部分剥離で防衛しようとする。

 

 しかし、そう何度も同じ戦術が通用するものか。

 

 瞬時に肉迫してみせた《アポカリプス》が砲撃を浴びせつつ、その柱を駆け抜ける。

 

 四方八方から砲撃が浴びせかけられたが、Rトリガーフィールドの皮膜を部分的に構築し、攻撃を全て防御する。

 

 即座の対応と、咄嗟の機転。培われた操主技術の全てをぶつけるつもりであった。

 

 グラトニートウジャが機体各部よりリバウンドの力場を放出し、《アポカリプス》を振り落とそうとする。

 

《アポカリプス》はその足裏の爪を《グリードトウジャ》に食い込ませた。そのまま基部を焼き払っていく。

 

 砲撃で柱の一部が倒壊した。落下地点には《ラストトウジャ》が位置している。このまま相討ちを狙えるか、と感じたカイルは背後に殺気を予見する。

 

《アポカリプス》が羽根を畳み、柱を蹴りつけた。

 

 その位置へと、《ラストトウジャ》のリバウンドブラスターが放たれる。

 

《グリードトウジャ》が各所より誘爆し、その機体は最早瓦解寸前であった。

 

 しかし、それは《ラストトウジャ》も同じ。

 

 倒壊した柱に巻き込まれ、《ラストトウジャ》が呻き声を上げる。

 

「……そうだとも、物語は、自分で紡がなければ意味がないのだと。そのために、僕は飛ぼう!」

 

 推進剤を全開に設定し、その質量ごと《ラストトウジャ》へと突っ込んだ。敵は掌で防御するも、そのがら空きの手へと砲身を当てる。

 

「隙だらけだ!」

 

 その刹那、掌に無数の循環チューブが出現した。触手のようにうねり、《アポカリプス》を拘束する。

 

「そんな小手先で! 《アポカリプス》!」

 

 全身から迸らせた青い余剰衝撃波がチューブの拘束を振り解いた。この身にはまだゴルゴダの加護がある。ブルブラッドの毒を受けた相手の手が腐敗した。

 

 その隙を見逃さず、砲撃で手を両断する。

 

 煤けた風が逆巻き、青い血潮が迸った。《アポカリプス》がその傷口を抜け、《ラストトウジャ》へと接近する。

 

 再び充填しようとした《ラストトウジャ》の顎を、その巨大な腕が打ち据えた。まずは小手先のアッパー。さらに、払った腕が顎を粉砕する。

 

《ラストトウジャ》の眼窩へと《アポカリプス》は砲口を向けた。これでとどめになるはず。

 

 そう感じた矢先、接触域に声が漏れ聞こえてきた。

 

『……憎い。憎い、何もかもが……。大人達が憎い、妹達を殺した奴らが憎い。この世界を犯し尽くしてもまだ、足りないほどに。《ラストトウジャ》……お前は俺だ。俺はお前なんだ。だから、これは、盟約に記された……禁断の融合』

 

《ラストトウジャ》の基部が脈打った。地面と繋がっている部位が激しく蠢動し、無数のケーブルが弾き出される。

 

 その中にはブルブラッドの青に染まったものも多く散見された。

 

「そうか……。こいつ、あのメイン血塊炉だけじゃない。地下にサブ血塊炉を無数に飼っている」

 

 ――今までの攻撃がもし「メイン血塊炉」のみによる攻撃であったのならば。

 

 そして、今まさに、その封印が解かれ、サブ血塊炉との融合が果たされたのならば。

 

 その出力値は……と、カイルが面を上げた瞬間、《ラストトウジャ》のX字の眼窩が押し広げられ、破砕した。

 

 内側から現れたのは、巨大なる単眼。

 

 生物的な意匠を持つ一つ目が《アポカリプス》を睨む。

 

 禁断のトウジャが口腔を開いた。

 

 チャージなど、ましてやその予備動作もない。

 

 瞬間的な炎熱の光軸が《アポカリプス》を押し包んでいた。灼熱に全身からアラートが発生する。

 

 咄嗟にRトリガーフィールドとゴルゴダの鎧で防いだものの、防ぎ切れなかった部分も存在した。

 

 警告が鳴り響く。黒く煤けた《アポカリプス》の装甲へと、《ラストトウジャ》が先ほど焼き払った半身を構築させた。

 

 チューブがくねり、脈打ち、それらが渾然一体となって融合を果たす。

 

 十秒にも満たない間に、粉砕したはずの半身が復活していた。血塊炉の力を取り込んだ腕を相手が翳す。

 

 掌には無数の眼球。

 

 それらから一斉に、リバウンドの光条が放たれた。

 

《アポカリプス》の堅牢なはずの装甲が焼き切られ、一部の光線は内部の重要部位を射抜いたのか、赤い警告ポップアップが眼前に現れた。

 

「……まだ、だ。《グラトニートウジャアポカリプス》……。まだ、お前は……!」

 

 ここでは死ねない。死ぬわけにはいかないはず。

 

 二つの災厄を前に、自分は任されたのだ。

 

 この戦場を。ここで宿命は手打ちにすると。

 

 ならば、成すべき事は一つだけのはず。

 

「……僕は、お前達二人を、ここで倒す」

 

 ハイアルファーの起動係数が上昇する。身体へと入った亀裂から血潮が舞った。それでもいいと、思えたのだ。

 

 全身を引き千切られたかのような激痛が走る。身体と機械との境目が消えて行き、次第に人機と自分が溶けていく。

 

「喰らえよ。《グラトニートウジャアポカリプス》。僕を喰え。喰って、喰って、満腹になったら……目の前の敵を、断罪しろ!」

 

 無数の循環ケーブルがコックピットに潜入する。それらが身体を覆った瞬間、カイルは丹田より叫んでいた。

 

「《グラトニートウジャアポカリプス》! カイル・シーザー。最後の戦いへと――行く!」

 

 閾値を越えた推進剤が瞬間的な速度を生み出した。爆発力は《ラストトウジャ》を上回る。

 

 顎の腕でそのまま、《ラストトウジャ》の顔面へと打撃を見舞った。激震に震えた敵が手でこちらを掴み上げる。

 

 内側から焼くリバウンドの網を受けたが、もうここで終わると決めた身。今さらそのようなもの……。

 

「痛くも痒くも……ないっ!」

 

《アポカリプス》が膂力だけで相手の手を振り解き、その指先を引き千切った。上昇し、《アポカリプス》は戦場を俯瞰出来る高度まで達しようとする。

 

 雲間を超え、リバウンドの虹の天蓋近くまで。

 

 この星を見下ろせる位置まで来たところで、カイルはハイアルファーの性能を最大現に発揮した。

 

「Rトリガー……フィールド!」

 

 戦場を包み込んだのはリバウンドの防御陣である。半円のリバウンド皮膜が戦地を覆っていた。

 

 戦火も、生き死にも、何もかもを慰撫する虹色の輝き。そして、全てを無に帰す禁断の囁きでもある。

 

《グリードトウジャ》も、《ラストトウジャ》も等しく射線内にあった。

 

 逃げ遅れたであろう《ブラックロンド》部隊も。

 

 カイルは静かに声にしていた。

 

 既に手は操縦桿と一体化し、肉体は機械部品に侵食されている。

 

 亀裂の入った片目を開き、その奥に宿る黄金の瞳を、カイルは確かに開いていた。

 

 瞬間、《アポカリプス》の装甲は再び青く染まった。青白い機体が膨張し、血塊炉が異常発達する。

 

 通信回線が声を拾い上げていた。

 

『……殺す。俺は……、この世界が、何もかもが……憎い。どうして奪われなければならない。どうして、奪わなければならない。こんなものは間違っている。間違っているのなら、壊さないと……』

 

「……僕もそう思っていた。今にして思えば、驕り昂っていたのかもしれない。ヒトの身で断罪し、壊すなんて、それは在ってはならないんだ。ヒトは、罪を直視し、その上で向き合わなければならない。殺したものも、生かしたものも等しく。だからガエル……いいや、叔父さん。僕と一緒に、来てください」

 

 どうして、今際の際にその呼び名を使う気になれたのだろう。憎んでいた、殺したいほどに。何度も何度もやり直しを夢見た。

 

 それでもなお……自分が焦がれた人はやはり、偽りであってもガエル・シーザーなのだ。それが意味のない張りぼてでも、あの時のガエルこそが、自分の精神的な支えであった。

 

 無視して壊すのは簡単だ。本当に大事なのは、認めてどうするのかという事。

 

「……僕は、あの時の自分の無力さも含めて、愛したい。そうでなければ……こんな姿に成り下がった僕を愛してくれた人に、申し訳が立たないから。だからこれは……」

 

 片手と同化した操縦桿に指先がかかる。引き金を、その指が絞った。

 

「僕の罪だ」

 

 直後、青い閃光が辺り一面を焼き払う。

 

 取り込んだゴルゴダの限定使用。それもRトリガーフィールドの内部では際限なく、ゴルゴダの熱気が放出される。いわば逃げ場のない籠で何度も地獄の業火に焼かれるのと同義。

 

《ラストトウジャ》が自己再生しようとするが、その直後からさらなる灼熱が装甲を融かした。《グリードトウジャ》が柱に備えた武装を次々と破砕させる。

 

 爆発の光が幾重にも瞬き、カイルはこの罪の檻の中で、死ぬまで焼かれる罪人達を思った。

 

 彼らとて戦場に生き、戦場に死ぬだけが人生ではなかったはずだ。

 

 それを自分はこの場所で、尊厳を全て奪い去って殺し尽くしている。

 

 ――虐殺であった。

 

 この世に存在したと言う証明さえも完全に滅却するほどの。

ゴルゴダを吸収した装甲から青い光が削げ落ちていく。ゴルゴダの能力を使い尽くしたのだ。

 

《グラトニートウジャアポカリプス》は、最早人機とは呼べない形状をしていた。

 

部分部分の異常発達と、細分化により、機体が分解寸前にまで変形している。

 

最後の一粒になったカイルがRトリガーフィールドを解除した。

 

青い地獄に焼かれた地平を眺め、その合間に降り立つ。

 

《ラストトウジャ》は黒々とした影を地面に焼き付けて完全に沈黙している。

 

《グリードトウジャ》は、というと、柱はほぼ全壊しているものの一部機能が生きているようであった。

 

「……まだ、死んでいない」

 

 機体を引きずりかけて、その時、不意に足首を掴まれる。

 

 地面から現れたのは、全身がケーブルで構築された《ラストトウジャ》であった。

 

 操主が生きているはずもないのに、《ラストトウジャ》はミミズのようにのたうつ循環チューブだけでまだ息を保っている。

 

「……殺し尽くすしか」

 

 そう判じて腕を振るおうとしたが直後、背面を攻撃が見舞った。

 

 まだ、《グリードトウジャ》も生きている。最後の防衛装備であろうが、倒し切れていないのは致命的であった。

 

《ラストトウジャ》が大口を開け、《アポカリプス》を噛み砕く。内部は人機の中とは思えないほど生物のようにくねっていた。

 

 牙が《アポカリプス》の装甲を砕き、コックピットが溶解液で溶かされていく。カイルはフッと、笑みを刻んでいた。

 

「……何だ。だったらもう、僕は生きていたって」

 

 ここに来て諦めがついた、というべきか。否、どこかで期待していたのもある。

 

 エホバに招かれた時、自分は自暴自棄であった。ゴルゴダによって信じていた何もかもを失い、世界を壊すと豪語した。

 

 だが――彼はさらなる憎悪を抱いていた。

 

 人類そのものへの憎悪。その深い憎しみは人間の歳月で語るのもおこがましいほどに。

 

 人間を見続けるべきシステムが、人間を恨んだ時、それは終幕への秒読みとなるのか。それとも、始まりだとでも言うのだろうか。

 

 エホバは言葉少なに、自分を説得した。

 

 ――世界を、諦めていないのならば。

 

 どこかで取り返しがつくのだと。どこかで、また新しい出会いが自分を強くするのだと願えるのは今を生きる人間だけ。

 

 エホバはそうではなかった。

 

 もう、「今」などどうでもいい。彼からしてみれば、悠然と前に在る未来と、これまで踏破してきた過去は同義。

 

 どちらも等しく、罰せられるべきもの。

 

 ならば、自分はどちらかを見据えたいと、この力を預ける事にした。

 

 未来があるのか。それとも、これまでの結果論でしか、ヒトの罪は語れないのか。

 

「……信じたかった。信じたかったんだ。エホバが現れれば、人類はまた、一つになれるって。でも、その結果がこれじゃ、彼も落胆する。……僕も疲れた」

 

 牙が装甲を打ち砕き、血塊炉が内側から弾ける。カイルは脳内で念じた。ハイアルファー【バアル・ゼブル】はこんな時でも、正常に起動した。

 

 その投射表示に、カイルは問いかける。

 

「やれるな?」

 

 応じたのか、どうなのかそれは分からない。投射画面が消えると同時に、秒読みが表示される。

 

 たったの五秒。それでも永遠と思える五秒間。

 

 カイルはほとんど意味を成さないリニアシートにもたれかかった。

 

 この生に意味はあったのだろうか。この戦いに、意味はあったのだろうか。

 

 何もかも不明のまま、死んでいくのかと思った刹那、青い光がコックピットの中で光を宿す。

 

 瞬く間にそれは少女の形を成した。

 

 最後の最後、ハイアルファーの見せた幻影か。あるいはそれが本当に、ずっと自分を見守っていたのかは分からない。

 

 ただ――最後にもう一度、出会えた。

 

「……ああ、神は最も僕を、後悔させる」

 

 手を伸ばした少女に、カイルは肉体から浮き出た魂の手で、それを手に取っていた。

 

 少女は微笑み、問いかける。

 

 ――あなたのお名前は?

 

 ああ。君に、本当の名前を告げる事が出来て、どれほどに幸福だろう。カイルは己の名前を、誇りを持って口にしていた。

 

「――カイル。カイル・シーザー」

 

 在ってはならない邂逅。在ってはならない出会いだったのかもしれない。それでも、この運命のいたずらに、感謝したい。

 

 そうでなければ、人生は随分と……つまらないものであっただろうから。

 

「……ああ。悪くなかったな。そう思うでしょう? 叔父さん」

 

 直後、《アポカリプス》の内蔵血塊炉に火が通り、《ラストトウジャ》を内側から粉砕した。

 

 爆発の光に抱かれて《ラストトウジャ》の頭部が吹き飛ぶ。

 

 その爆発は《ラストトウジャ》だけではない。《グリードトウジャ》にも及び、最後に残っていた防衛装置を破壊した。

 

 防衛装置を全て失った《グリードトウジャ》が内側から全機能停止を伝達する。

 

 巨大な柱と、青く染まった大地に抱かれて、この場における生命は全て、静謐の只中で永い眠りについた。

 

 


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