ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯303 【アエシュマ・デーヴァ】

「……水無瀬。そうか。君は最後の最後に、その道を選んだか」

 

 エホバは面を上げ、この空域の人々へと通達する。異質なるトウジャ同士の戦いは戦火を押し広げ、コミューンを半壊させていた。恐らくは、コミューンにいた反乱軍は《ラストトウジャ》の暴走で死に絶えただろう。

 

 現状、こちら側の戦力は限られた。

 

「レジーナ。全部隊をこの場所から撤退させてくれ。攻略法が見えた」

 

『本当だろうな? これ以上兵力を減らすわけにはいかないんだ』

 

「分かっている。もう、誰も死なせない。約束しよう」

 

 これ以上、死なせてなるものか。エホバは水無瀬より得た情報を基に、《グリードトウジャ》のデータを反芻させる。

 

「聞こえるか、カイル。《グリードトウジャ》を破壊するのには君の能力が不可欠だ。レギオンは……世界はこの場所を百年、いやもっと長く、人の棲めない場所に変貌させようとしている。全ては君が吸い込んだ悪しき力――ゴルゴダの量産のために」

 

『……この力が、また繰り返されると?』

 

「そうだ。だからここで終わらせる。今の《グラトニートウジャフリークス》ならば、二機のトウジャを破壊出来るはずだ。それと、もう一つ。《グリードトウジャ》の操主……と呼べるのか分からないが、コアユニットに搭載されているのは……ガエル・シーザーだ」

 

 因縁の名前に何を感じたのだろう。カイルは言葉少なであった。

 

『そう、か。……いずれにせよ、割って入った相手をどうする?』

 

「不明機に関しては放置していい。今最もまずいのは、レギオンの目論見通りに事が進む事。《グリードトウジャ》で《ラストトウジャ》と相討ちにさせ、この大地を汚染する。そうなってしまえば相手の思うつぼだ」

 

『了解した。《グラトニートウジャフリークス》、二機のトウジャタイプを殲滅する』

 

 割って入った《グラトニートウジャフリークス》が《ラストトウジャ》に砲門を向ける。《ラストトウジャ》が口腔部にエネルギーを凝縮させた。

 

 その一撃と、《グラトニートウジャフリークス》の放った光軸がぶつかり合う。干渉波のスパークが散り、周囲を染め上げた。

 

「……世界はこうも残酷か。ゆえにこそ、止めねばならない。誰かがこの世界を。転がりだした石を」

 

 エホバは脱出用の人機が収容されている格納庫へと足を進めていた。

 

 自分の人機。この世界を見限った時にのみ、必要とされるもの。

 

 照明に照らし出された機体は三つ目のアイサイトを持っている。忌まわしき機体の意匠を引き継いだ、最後の審判をもたらす人機。

 

「《モリビトクォヴァディス》。ヒトはどこへ行き、どこへ向かうのか、それを見届けるために」

 

 エホバは《クォヴァディス》に乗り込み、生態認証を起動させる。エホバ、神の座のみ許された認証を突破し、クォヴァディスが眼窩を煌かせた。

 

 背面に格納された六枚の翼を広げ、《クォヴァディス》は飛翔する。コミューンの天蓋を突き抜け、飛翔高度の《フェネクス》へと接触した。

 

「状況を」

 

『芳しくないな。《イドラオルガノン》がやられた。あの人機……』

 

 睨み据えたのは六年前に出現したモリビト01と同じタイプであった。

 

「……因縁か。あのモリビトは無視していい。《ラストトウジャ》と《グリードトウジャ》は相打つつもりだ。巻き込まれれば我々とて終わる。今は残存戦力を合流させて撤退。それが先決だろう」

 

『だが……どこに撤退すると?』

 

「《グリードトウジャ》の出現により、僕の構築したプラネットシェルに歪が生まれた。今ならば宇宙へ行くのは容易のはず。我々はこのままブルブラッドキャリア本隊へと攻め込むためにここは一度後退する」

 

『……もう、戻れないのだな』

 

「ああ。ミキタカ君は?」

 

『林檎は今、《エンヴィートウジャ》に乗り換えて……』

 

 その時、識別信号が放たれた。コミューンよりオレンジ色の装甲を持つトウジャが飛翔する。《エンヴィートウジャ》は解き放たれたばかりとは思えない瑞々しさを伴わせている。

 

《フェネクス》の肩に触れた《エンヴィートウジャ》から接触回線が開く。

 

『……ゴメン。《イドラオルガノン》は……』

 

『今はいい。いずれにせよ、撤退戦になる。残存戦力を伴わせて全機、この空域を離脱! 通達する!』

 

 レジーナの声にバーゴイルや生き残った人機達が一斉に移動を始める。その行く手を《ブラックロンド》部隊が遮った。

 

『行かせる思てるん? あんたら、ここが死地や!』

 

《ブラックロンド》の銃撃がバーゴイルとナナツーを怯ませる。その隙をついて接近した《ブラックロンド》は刀で血塊炉を切り裂いた。

 

『あいつ……』

 

《エンヴィートウジャ》が戦場に割って入り、敵機の刃を止める。《エンヴィートウジャ》の特徴的な鉤爪が刀を素手で受け止めさせていた。

 

『何者や! あんた!』

 

『ボクは……林檎、林檎・ミキタカだ! 《エンヴィートウジャ》!』

 

《エンヴィートウジャ》が《ブラックロンド》へと肉迫し、蹴りを浴びせる。相手は後退しつつ銃撃するも、《エンヴィートウジャ》の機動性が遥かに勝っている。懐に潜り込んだ機体が《ブラックロンド》の胸元を殴りつけ、さらに返した拳でその頭部を打ち据えた。

 

 震えた敵機を《エンヴィートウジャ》が袖口より発射したクナイで絡め取る。そのまま力任せに振り回した。《ブラックロンド》が反撃の銃弾を浴びせるも、《エンヴィートウジャ》はさらに素早く、直上へと至る。

 

 右腕に装備されたパイルバンカーが《ブラックロンド》の頭部コックピットを貫いた。

 

 そのまま仰向けになる形で倒れた《ブラックロンド》が爆発に包まれる。

 

『散りな! 半端な操主やとやられるで!』

 

 響き渡った声に《エンヴィートウジャ》が疾駆する。《ブラックロンド》二機をワイヤーで絡めてから、膂力で吹き飛ばしそのまま空中で二機をぶつけ合わせた。鋼鉄の装甲が叩きのめされ、そのまま落下したのを《エンヴィートウジャ》が一機、また一機とコックピットを叩き潰していく。

 

『化け物め……』

 

 忌々しげに放たれた声音にレジーナが意図せずこぼしていた。

 

『あれは……ハイアルファーの加護を?』

 

「いや、ほとんど受けていないだろうね。《エンヴィートウジャ》の本来のハイアルファーはあんなもんじゃない。あれはミキタカ君が自分の力だけで動かしているんだ」

 

 それにしても、モリビトに乗っていた時とはまるで相性が違う。《エンヴィートウジャ》が彼女に馴染んでいるのか、あるいは林檎自身が……。

 

『退きな! うちらがここでは不利になっとる!』

 

 戦局から、《ブラックロンド》部隊が撤退に入っていく。パイルバンカーを引き抜いた《エンヴィートウジャ》がそれを睨んだ。

 

『逃がさない……』

 

『林檎、今は退く! それが正し戦略だ!』

 

 レジーナに諭され、《エンヴィートウジャ》より戦意が凪いでいった。

 

『……了解』

 

 飛翔した《エンヴィートウジャ》が同高度に達したのを確認し、エホバは《クォヴァディス》の機能を発揮させる。

 

「空間転移する! 射程内のフィールドに入ってくれ」

 

 地軸計算のキーボードと座標計算式を打ち込み、クォヴァディス周辺の空間が歪んでいく。

 

《ラストトウジャ》がこちらへと狙いをつけようと首を振ったが、その横合いから《グリードトウジャ》の光の矢が突き刺さった。

 

《ラストトウジャ》の表皮が裂け、その傷を無数のチューブが縫合する。

 

『エホバ! カイルがまだ……!』

 

 レジーナの声にエホバは頭を振る。

 

「彼には残ってもらう」

 

『……犠牲になるというのか! カイル!』

 

『行って欲しい。これは……僕の戦いだ』

 

 自分も彼を残すのは心苦しい。だが、彼が戦わずして誰がこの場所の汚染を止めるというのだ。

 

 最早、自分はただ前だけを見ていればいいのではないのだ。

 

 全てを見通した上で決断を下さなければならない。

 

《ブラックロンド》が銃撃を見舞う。クォヴァディスを保護して数機のバーゴイルとナナツーが応戦した。

 

「みんな!」

 

『任せますぜ……! 生き残るべき責務って奴を!』

 

『俺達は元々、無頼の輩だからよ。ここで生かすべきは……未来!』

 

 ナナツーとバーゴイルが《ブラックロンド》を抑え込む。エホバは最終跳躍計算を終えた。

 

 空間が歪み、虹色の光が押し包む。皮膜が残存戦力を囲い、空間転移の前段階に入った。

 

「……ハイアルファー、【アエシュマ・デーヴァ】起動。これより、二十八機の人機と共にこの空間より離脱する。……さらばだ。カイル」

 

『ああ。いい出会いであった』

 

 瞬間、クォヴァディスを含む人機はこの場所より別の亜空間へと移動していた。

 

 


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