ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯302 親愛なる友としての

『《グリードトウジャ》。よくやっている』

 

 レギオンは戦場を俯瞰しつつ、《グリードトウジャ》を使った事を僅かに後悔していた。

 

『あれは切り札であった。なにせ、この星を覆っていたリバウンドフィールド発生装置そのものを人機化するのだ。リスクも大きい』

 

『だが《ラストトウジャ》をまさかエホバが隠し持っていたとはな。あんな辺境コミューンに封印されていたのは想定外であった』

 

《ラストトウジャ》のデータが全員に同期される。百五十年前、一番に封印されたトウジャタイプ。

 

 この世を焼き尽くすと言われた災厄の兵器。

 

『だが《グリードトウジャ》は負けないだろう。あれには血塊炉だけではない、さらに膨大なエネルギーが含まれている。火力負けはしないはずだ』

 

『喜べ、ガエル・シーザー。君は永遠に正義の味方だ。人柱として、この世界を救うのだ』

 

 レギオンのネットワークの中、切り込んできたのは戦場を撤退するモリビトの影であった。

 

『六年前のモリビト01によく似ている。いや、それそのものか』

 

『我々以外にもエホバ打倒を目指す組織があるとはな。だが、全てが遅い。エホバがここで降伏しなければ、《グリードトウジャ》が世界を焼き尽くす』

 

『どちらが生き残っても人類の脅威だ。彼は賢い選択肢を選ぶはずだろう』

 

 エホバが真に人類救済を願うのならばどちらが生き残っても計画にひずみが出るはず。この状況で何も手を打たないわけがない。

 

『さぁ、見せてくれ。エホバ。せめて百五十年生きてきたその足掻きを。永遠に人類を見続ける事を放棄した男の諦めを。我々は天上より、その愚かしき行いを見続けるとしよう』

 

『悲願は叶った。我々レギオンこそが、次なる人類を牽引する。お前もその末席に加わったのだ。光栄だろう? ――水無瀬』

 

 義体の中心地で面を伏せる水無瀬を全員が見据える。

 

『まさかガエル・シーザーに特別な感情を抱いていたわけではあるまいな?』

 

『あれはああなるべくしてなったのだ。罪人には磔刑がお似合いだよ』

 

「……あなた方は罪なるを勝手に作り立て、その末に言うのか。人類は皆、罪人だと」

 

『言葉が過ぎるぞ、水無瀬。罪なる大地を生きるのは人類の宿命なのだ』

 

『左様。彼らは生き地獄を味わい続けなければならない。コミューンの外は完全なる地獄。《ラストトウジャ》が崩れ落ちれば、その内包する血塊炉による汚染はあのコミューンの外をまた染め上げるだろう。人類が棲息出来ない領域がまた増える』

 

『そこに根を張り、罪の果実を造ればよい。ゴルゴダはまた精製出来る』

 

「……ゴルゴダ製造のためならば、仲間でさえも切り売りするのですか」

 

『仲間? 思い違いをするな、水無瀬よ。上意のために、仲間などという帰属意識は不要。我々はこの星を守るために組織された無意識の正義なのだ』

 

『ブルブラッドキャリアなる侵略者を抑え込まなければ意味はない。アンヘルも、アムニスも、それにあのエホバでさえも、我らからすれば平和への礎、材料なのだよ。世界を平定するのに、犠牲はつき物だ』

 

「犠牲……、今までの平和の殻を捨て、人間に何に成れというのですか? 何に……成り下がれと言いたいのですか」

 

『水無瀬よ。その肉の躯体にも飽きてきたのではないか?』

 

『義体には空きがある。加えるための手はずを整えよう』

 

「結構ですとも。わたしは、……調停者という確かに、人間ではない存在です。ですが! 心までは捨てた覚えはない!」

 

 その言葉にレギオンから哄笑が上がる。久しく嗤う事を忘れていた者達が上げた笑い声が地下空間に木霊した。

 

『水無瀬、貴様、まさか心と言ったか? この期に及んで心と?』

 

『笑わせてくれる。心なんて不確定な代物、我らには必要なし』

 

『それは脳が捉える電子信号だ。神経が作用する麻薬の一種だよ。ヒトはまやかしで生きている。義体に潜ればよく分かるとも。脳の作り出す幻想。それをいつでも甘受出来るというのがどれほど素晴らしいか』

 

「あなた方は、人間でいるのに飽きただけだ。それを傲慢と! 怠惰だと! 誰も言わなかっただけの話! 罪はあなた達の中にある!」

 

『言葉を慎め。ここは天の座。常世を見つめ続けるのが我々レギオンだ』

 

「天の座? こんな場所が? 笑わせる、ここはただの地の底だ! そしてそんな場所に隠れ潜む事しか出来ない、あなた方は! とんでもない卑怯者だ!」

 

『水無瀬よ、その怒りという感情に身を任せ、永遠を否定するか? それは愚かだぞ?』

 

『一時の怒りなど意味を持たぬ。肉体の縛りを今こそ捨てるのだ』

 

「冗談を言わないでいただきたい。人間は! 肉体があるからこそ美しい! ガエルもそうであった! 彼も、人間であるがゆえに美しかった! 正義でも、悪でもないんだ。人間は、生きているから素晴らしいんだ!」

 

『水無瀬よ、堕ちた考えだ、どこまでも。下らぬ考えに身を浸し、俗世の正義感を振り翳す。まさかそこまで度し難いとは思いも寄らない』

 

「どうです、かねっ!」

 

 水無瀬が懐に手を入れる。

 

 その瞬間、照準したタレットの銃口が水無瀬の心臓を射抜いていた。彼はそのまま仰向けに倒れる。

 

『愚かしい、どこまでも愚かしいな、水無瀬。何に成りたかったんだ? お前は』

 

「わたし、は……」

 

 その手にあるものが拳銃でないのを、レギオンは確認する。

 

『煙草のパッケージだと?』

 

 水無瀬が懐から取り出した煙草の箱が鮮血に濡れていく。彼は、乾いた笑いを上げた。

 

「わたしは……彼と生きていて幸福であった。元々、調停者としては失格であったわたしに……生きる意味を見出させてくれた。だから、ガエル。君に与えよう。安寧を……。ああ、だが、クソッ。煙草を、くれてやりたかったとも。最後の一服を、君と……」

 

 水無瀬が瞼を閉じる。その刹那、情報がこのソドムから流出したのを関知した。

 

『しまった……! こいつ、人間型端末としての能力を!』

 

 すぐさまタレットがその頭蓋を撃ち砕き、血潮が舞う。完全に死した水無瀬はそれでも煙草のパッケージだけは手離さなかった。

 

 


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