ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯301 深淵の強欲

『やるやん。彩芽。ホンマに何者なん? あんた』

 

 問われて彩芽は《インペルベインアヴェンジャー》のコックピットでパネルを操作する。あのモリビトの操主も決して弱いわけではなかった。だが賭けるものが違う。それだけで明確な力の差になる事を分かっていない。

 

「何者でもないわ。ただの情報屋くずれよ」

 

『嘘言わんで、教えてよ。だって今、生きるか死ぬかやん』

 

《ブラックロンド》部隊が銃撃を巨大人機へと間断なく見舞っているが先ほどから致命傷にはならないのは目に見えている。

 

 そもそも、敵の弱点がどこなのか、一瞬の交錯だけでは看破出来なかった。

 

 人機に久しく乗っていなかった功罪か、少し勘が鈍っている節もある。

 

「……六年前なら、あれだけ反芻材料があればもうちょっとマシな戦い方が出来たかもね」

 

 独りごちた彩芽は《インぺルべインアヴェンジャー》の照準を巨大人機に向ける。グリフィスの母艦、《キマイラ》が一隻、破壊されたという報告がもたらされていた。

 

「気をつけなさい! あの高出力リバウンド兵器、艦隊レベルの兵装よ!」

 

『当たらなければええんやろ?』

 

「……そう簡単に行くかしら、ねっ!」

 

 リバウンドブーツで跳躍した彩芽は敵の装甲へと取りついていた。ゼロ距離での攻撃を見舞おうと砲門を開く。

 

「食らいなさい! アルベリッヒ――」

 

 しかし、直前に肌を粟立たせた殺気の波に、リバウンドブーツで蹴りつける。空間を薙いだ巨大人機の手に、冷や水を浴びせられた気分であった。

 

 動きは緩慢だが、一撃の重さは完璧だ。

 

 彩芽はボスへと通信を繋いでいた。

 

「ボス。それに《キマイラ》へ。相手の情報は?」

 

『《インペルベインアヴェンジャー》へ! 敵機の名称が判明しました。敵は《ラストトウジャ》です。参照データはしかし、存在せず……百五十年前に建造されたとしか……』

 

「まさしく前時代の遺物ね。弱点は?」

 

『地下にサブ血塊炉を三十基以上積載していると思われます。内蔵メイン血塊炉は腹部に……』

 

 腹部が膨れ上がっている。あれが弱点、と判じた彩芽は《インぺルべインアヴェンジャー》を跳ね上がらせた。

 

 武器腕で牽制の銃撃を見舞いつつ、その一撃への集中を研ぎ澄ます。

 

《ラストトウジャ》が天へと咆哮した。装甲の継ぎ目から青い光が放出され、接近していた《ブラックロンド》部隊を引き剥がす。

 

『これは……高濃度ブルブラッドか……!』

 

 ブルブラッドの血潮そのものが人機に纏わりついて機体性能を落としている。相手からしてみればその血潮でさえも武器の一つ。

 

「恐るべき人機ね。……だからこそ、ここで墜とす!」

 

 問題なのは、これをエホバが制御する事。今ならばまだ制御前だ。こちらで陥落させれば、エホバ側の戦力を充分に落とせる。

 

 腕を払い、《ラストトウジャ》が吼え立てる。《インぺルべインアヴェンジャー》がリバウンドブーツを起動し、敵人機へとファントムを発動させた。

 

 掻き消えたこちらに相手は狼狽した事だろう。

 

 腹腔へと降り立った《インぺルべインアヴェンジャー》が全砲門を開き、無数の照準を合わせる。

 

「アルベリッヒレイン!」

 

 数多の武装が《ラストトウジャ》の血塊炉へと注がれた。通常ならばこれで装甲が剥がれ落ち、血塊炉が露になるはずであったが、《ラストトウジャ》の弱点は思ったよりもずっと堅牢だ。

 

「……表皮だけか」

 

 血塊炉までは至っていない。もう一度、と引き金を絞りかけて、彩芽はこちらを睥睨する《ラストトウジャ》の視線を関知する。

 

 咄嗟に後退したその時には、《ラストトウジャ》の装甲から青い光が放出されていた。

 

 波打つ光の残滓が浮かび上がり、接近戦を諦めさせる。

 

「あの光の波……受けるだけでもダメージでしょうね」

 

『どうするん? 彩芽! 《ブラックロンド》なんかじゃ……』

 

 敵人機がその手で《ブラックロンド》を掴み上げ、そのまま口へと放り込んだ。牙が《ブラックロンド》を叩き壊し、血塊炉を噛み砕く。

 

 その威容に怯んだ仲間がいたのは窺える。彼らは情報戦には秀でているが人機はからっきしだ。この状況ではいたずらに死者を増やすだけ。

 

 しかし、彩芽には一発逆転の策は思い浮かばなかった。

 

 面倒でもやはり弱点である血塊炉へと再度攻撃を見舞うしか……そう思った矢先であった。

 

『……ねぇ、彩芽。空が……』

 

「空?」

 

 振り仰いだ彩芽の視界に入ったのは虹の皮膜が薄くなる光景であった。あり得ない景色に息を呑む。

 

 何が起こっているのか、と思っている途上で通信が割って入る。

 

『《キマイラ》弐番機より、人機部隊へ! そちらへと巨大な……人機が到達しようとしている』

 

『人機? 嘘やん。どこにも人機なんて見えへんけれど……』

 

 こちらも同じ回答であった。人機の部隊など襲ってくる気配はない。

 

 襲ってくるとすれば、どこから、と視界を巡らせたその時、リバウンドフィールド発生装置の基盤である柱の地盤より砂礫が発生しているのを目にする。

 

 発生装置に何かあったのか、と望遠レンズに切り替えた途端、彩芽は絶句した。

 

「リバウンドフィールド発生装置に……足?」

 

 巨大な節足がリバウンドフィールド発生装置を持ち上げ、こちらへと恐るべき速度で接近してきているのである。

 

『何なん? あれはリバウンドフィールド発生装置やろ!』

 

『いえ……識別コード上……あれも人機として登録されています。識別信号特定! 《グリードトウジャ》……』

 

 彩芽はこれが地獄へと辿る事を一瞬で理解した。残った《ブラックロンド》部隊へと通達する。

 

「下がるわよ! みんな! このままじゃ……まずい!」

 

 何が、という主語を欠いたまま、向かってくるリバウンドフィールド発生装置はこの星で育ったものからすれば悪夢そのものでしかないだろう。

 

 空の虹が変異する中、《ラストトウジャ》が口腔部を開く。

 

 顎が外れ、今にもリバウンドの砲撃が成されようとする中、《グリードトウジャ》と呼ばれた巨大構造物より十字の輝きが瞬いた。

 

 刹那、《ラストトウジャ》の肩口を何かが抉る。余剰衝撃波が大地を震わせ、砂塵が百メートル単位で舞い上がった。

 

 よろめいた形の《ラストトウジャ》の砲撃は明後日の方向を射抜く。

 

 巨大構造物が節足を止め、十キロ以上手前で静止した。否、この距離でも相手からしてみれば至近なのだろう。

 

 思わぬ巨大人機同士のぶつかり合いに誰もが言葉をなくしている。

 

『あのフィールド発生装置には……誰が乗っとるん……?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喜ぶべきだ、と通信が繋がった。

 

 彼はいつものように応じる。

 

「おう、水無瀬……。何だよ、辛気臭い顔してやがるな……。にしたって、ここはどこだ? 暗くって狭いし……息苦しいな。ああ、煙草くれよ。ブルブラッドの、安物でいい。煙草を……」

 

『ガエル・ローレンツ。わたしはこれを止められなかった。知っていて止めなかったのだと、君は咎めるかもしれないが、それでも仕方なかったのだ。君はレギオンと契約した。正義の味方になると。あの日に。それは誰にも、どうしようもない世界との契約だったのだ。だからこそ、わたしは惜しいと思う。君に、強欲の罪が降りかかった事を』

 

「意味分かんねぇ事言うなよ。なぁ、煙草くれよ。それに……こんな狭苦しくって息苦しいコックピットは初めてだぜ。ナナツーだってもうちょいマシだ。さっきからずっと……呼吸も出来なけりゃ、まともに喋れもしねぇ。なぁ、煙草……」

 

『ガエル。わたしは君を、親友であったと思っている。共犯者である以上に、この六年間、互いに相手の素性を知りながらも世界に抗ってきた……盟友であると。こんな帰結は残念だが、仕方あるまい。エホバの企みと、レギオンの謀略の果てだ。彼らは互いに最もやってはならない事をやった。放ってはいけないものを放ったのだ』

 

「うるせぇな。さっきからずっとうるせぇ。何だ、これ? ……耳元でキンキン何だって言うんだ? オレは! 戦争屋、ガエル・ローレンツだぞ? うるせぇ、って、言ってるんだ!」

 

 振るった拳と同期して放たれた光条が遥か先にいる巨大人機の胸元に突き刺さる。十字の光の矢にガエルは、ハッと気づいた。

 

 周囲を満たす緑色の培養液。自分の手足は既になく、頭脳のみが浮いている地獄絵図を。

 

『ガエル……すまない。そして、さよならだ。君は、晴れて世界に成れた。正義の……味方だ』

 

 その声を聞いた途端、ガエルの精神は瓦解した。咆哮が機体を震わせ、リバウンドフィールド発生装置の壁に埋め込まれた人機が顔を上げる。

 

《モリビトサマエル》の面影を残した機体が、まるで永遠の罰のようにリバウンドフィールド発生装置と一体化していた。

 

 脳内に名称が紡がれる。

 

 ――《グリードトウジャ》。この世全ての富と快楽を求め、喘ぎ、その末に全てを手に入れた強欲の象徴。

 

 リバウンドフィールド発生装置――《グリードトウジャ》が新たにリバウンド矢を番えようとして、敵人機が口腔内にエネルギーを充填し始めた。

 

 放たれる熱量を試算し、その計算結果がすぐにもたらされる。

 

 相手の放った光軸は眼前に張られたリバウンドの皮膜が受け切った。リバウンドフィールド。それも惑星規模の。

 

 鉄壁の防御を手に入れた《グリードトウジャ》が反射攻撃を見舞う。

 

 砲身が柱から出現し、一斉砲撃が敵人機へと突き刺さった。その大火力は艦隊数隻分に相当する。

 

 それだけの火力を浴びせても、敵機はほとんど無傷である。相手も化け物であるのは疑いようもない。

 

 しかし、それを考えるだけの頭脳はもうガエルには残っていなかった。

 

 今はもう、《グリードトウジャ》を支えるただのマシーンインターフェイスとしての権限しか存在せず、人間としての意識の残滓は本当にもう、残りカスのようなものであった。

 

 強欲に呑まれ、男は崩れ落ちる。

 

 尽きぬ欲望だけが、《グリードトウジャ》を動かす原動力。

 

 新たに出現した砲塔と銃身が敵人機へと総火力を浴びせかけた。最早壊す事しか知らぬ暴力の化身がこの世に解き放たれた瞬間であった。

 

 


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