ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯300 戦場の流儀

「……蜜柑みたいにはいかないな」

 

 直撃を狙ったつもりの狙撃は、どれも惜しいところを掠めるのみ。それでも敵を捕捉しているという意義はあったようでレジーナの率いる部隊が飛翔した。

 

 コミューンより天に導かれるが如く、黒カラス達が飛び立っていく。

 

「この世の光景じゃないみたい。……ってそんな感慨を浮かべている場合でもないか」

 

 慣れないガンナー兼任の操縦を手繰りつつ、林檎は敵の全翼機を撃墜しようとスコープを覗く。

 

 地軸、重力、そしてブルブラッド大気汚染により星の中では銃弾は直進しない。こんな悪条件の中、蜜柑は毎回戦っていたのだ。そう思うとやるせなかった。裏切りの傷がじくじくとと痛む。

 

「……でも、今は思い悩んでいる時間なんて」

 

 全翼機より黒い棺が投下されている。恐らくは制圧用の人機部隊。《フェネクス》を先頭にするバーゴイル編隊が降下前に迎撃しようとするが、強固なコンテナは銃弾を通さない。

 

「面倒な奴らだな。狙い撃ってやる」

 

 その刹那であった。

 

 コミューンの天蓋が割れ、高出力の細い光線が天に向けて放出されたのは。

 

 激震と舞い上がった砂塵に、一瞬視界が隠れる。

 

「何が……何が起こったんだ!」

 

 熱源光学センサーをコミューンへと向ける。コミューンの最奥から膨大な出力のブルブラッドが確認された時、林檎は覚えずスコープから視界を外していた。

 

「……何だよ、これ」

 

 高濃度ブルブラッドの滞留したガスが噴き出し、コミューンを崩落させながら出現したのは、見た事もない人機であった。

 

 頭部形状はトウジャによく似ているが、咆哮を上げるその口腔部や、引きずるような異常発達した両腕と生物的な意匠はトウジャとは呼び難い。

 

『……通信は途切れていないか』

 

「エホバ……だっけ。あれ、何なの」

 

『教えていなかったな。いや、まさかコミューンの統率者があれを解き放つとは予想外であった、と言うべきか。しかし、安心して欲しい。制御は無理だが、あれは敵を葬ってくれる。我々に邪魔立てする敵をね』

 

「敵って……」

 

 空を仰いだ途端、光の瀑布が視界を眩惑する。巨大な不明人機より再び放たれた光条が天地を射止め、そのまま全翼機の翼を融かしたのである。

 

 まさか、と林檎は絶句する。

 

「そんな高出力……、エクステンドディバイダー以上だって……?」

 

 知っている限りの知識ではあれほどの性能を維持するのに人機一機では賄えないはず。そんな思考を他所に巨大人機は異常発達した腕でコミューンの殻に手をついた。露になった膨らんだ腹部と、乳房に当たる部位。邪神を形にしたが如きその威容に、林檎は覚えず照準を振る。

 

 瞬間、不明人機と目が合った。

 

 ――まずい、という習い性で林檎が《イドラオルガノン》を飛び退らせた時、巨大人機の一部が開く。内側から射出されたのはミサイルの雨であった。宙を舞う敵のコンテナだけではない。《イドラオルガノン》まで射程に入れたミサイル群に慌てて引き金を絞る。しかし、どれも当てずっぽうで命中しなかった。

 

「こんなの……見境なしじゃないか!」

 

 狙撃銃を捨て、Rトマホークでミサイルを破砕する。しかし、その直後、機体が麻痺した。制御系が根こそぎ奪い取られ、全身が重くなっていく感覚だ。これに似たものを自分は行使した覚えがある。

 

 惑星の人機を駆逐するための兵器。青い弾頭のミサイル。

 

「まさか……アンチブルブラッド兵装? あんな機体が……」

 

 だが、それ以外に考えられない。重くなった《イドラオルガノン》へと不明人機が口腔部を開く。

 

 凝縮されていくエネルギー波に、やられる、と直感した瞬間であった。

 

《フェネクス》の統率する部隊が不明人機の頭部を打ち据える。

 

『止まるな! 攻撃し続ければこんなデカブツ……』

 

 巨大人機が手を払う。その一動作だけで大気が恐れに震えた。あの人機そのものを星の大地が忌避している。

 

「……何なんだ、あれ」

 

『《フェネクス》へ。あの人機を攻撃するな。あれは我々の目的遂行の礎である』

 

『礎だと? こんな、見境のない化け物が……』

 

 レジーナの戸惑いを他所に降下に成功したコンテナが開いていく。黒い棺から現れたのは同じく漆黒の人機であった。

 

 軽装の細身人機が刀と実体弾で武装している。

 

「あれは……ロンドか」

 

 識別信号《ブラックロンド》と規定された人機が《イドラオルガノン》へと襲いかかった。しかしその単調な動きは今までの敵に比するほどでもない。

 

「嘗めるな! 動きが遅過ぎ……!」

 

 Rトマホークで胴体を割る。向かってくる敵はしかし、無数に存在した。実体弾で弾幕が張られ、《イドラオルガノン》が縫い止められる。

 

「……こんなの、いつもなら……」

 

 そう、いつもなら蜜柑の支援でミサイル攻撃し、すぐに突破出来るはずだ。だが、今は自分にはそれがない。照準も合わせられなければ、《イドラオルガノン》の半分の性能も引き出せていない。

 

 歯噛みした林檎は巨大人機へと銃撃する《ブラックロンド》を目にしていた。

 

 不明人機を叩き据える弾丸はことごとく命中する前に中空に縫い付けられる。

 

 まさか、と息を呑んだ刹那、反射した弾丸が《ブラックロンド》を叩きつけ、すぐさま行動不能に陥らせた。

 

「リバウンドフォールまで……? なんていう無茶苦茶な人機なんだ……」

 

 巨大人機が中空を睨み、再び口腔内にエネルギーを充填する。エホバの言う通り、この人機は我が方の味方なのだろうか。疑う視線を向けていると、無数に投下される黒いコンテナを足がかりに、降りてくる一機の人機が視界に入った。

 

「……あれは……どうして。初めて見る人機のはずなのに」

 

 勝手に機体照合がかけられ、敵味方識別が味方の信号を弾き出す。どういう事なのか、と林檎は望遠映像を見やった。

 

 灰色の人機が両手の武器腕を巨大人機へと向ける。両手と肩、そして腹腔から放たれた銃撃が超火力となって巨大人機の頭部を打ち据えた。チャージをやめた巨大人機の頭頂部に飛び乗った灰色の人機が足裏に装備したリバウンドブーツで足蹴にし、背後へと回り込む。

 

 その動きの迷いのなさ、そして勇猛さに林檎は舌を巻いていた。まるで巨大人機を恐れていない立ち振る舞い。一挙手一投足でさえも無駄がない。

 

 背後から実体弾が一斉射を決めたが、それは決定打にはならない。リバウンドフォールの皮膜に阻まれた弾丸を、しかし灰色の人機は回避して見せた。

 

 自身の放った弾丸で襲われるという愚は冒さない。

 

 降り立った灰色の人機へと照合結果がもたらされる。

 

「……コード、《インぺルべイン》。《インぺルべイン》だって?」

 

 ブルブラッドキャリア内にある過去データとの照合に林檎はうろたえていた。《インぺルべイン》は伝説の機体のはずだ。

 

 六年前にブルブラッドキャリアを守るために散った執行者の機体。それと全く同じものが、今自分達の目の前にある。

 

 林檎は《イドラオルガノン》を駆け抜けさせた。確かめなければならないと感じたのだ。

 

 Rトマホークを振るい上げ、識別上《インぺルべイン》とされている機体へと襲いかかる。敵機は武器腕を反転させ、内側から熱波を放つクローで受け止めさせた。リバウンド兵器を実体兵器で受け止めた事も驚愕ならば、次手へと繋げる流麗さえもまた、驚愕。

 

 浴びせ蹴りを受けた瞬間、リバウンドブーツの重力干渉が《イドラオルガノン》を吹き飛ばす。

 

 その一刹那で至近距離まで肉迫した《インぺルべイン》が武器腕をコックピットへと突きつけていた。

 

 完全なる王手。まさかこれほどまでの力量差だとは思いもしない。

 

『……貴女、モリビトの執行者ね? 立ち振る舞いで分かるわ』

 

「何で……お前は誰なんだ……。どうして《インぺルべイン》を……ボクらの希望を振り翳す?」

 

『希望、ね。ちゃんちゃらおかしいわ。これは、ただの兵器よ? 今も昔も同じく。わたくしが動かしていた時も、ね』

 

「お前が動かしていた……? 侮辱するのか! 《インぺルべイン》に乗るのを許されていたのは……、彩芽とか言う操主だけだ!」

 

『だから、わたくしが――その彩芽よ。彩芽・サギサカなのよ』

 

 思わぬ返答にRトマホークを振るい損なう。今、相手は何と言った? 何を口走ったのだ?

 

 相手は嘆息をついて《インぺルべイン》の姿勢を沈めさせる。

 

『どうやら、分からせてあげる必要があるみたいね。それに、ちょっと見てみたい。桃が育て上げた、操主の現状の実力を』

 

「どうして桃姉の事……」

 

 言うや否や、敵機はこちらへと肉薄していた。ファントムだ、と判じた時には、敵人機の銃撃が肩口を融かす。あまりの高火力に人機の関節系が震えた。

 

『喰らい知りなさい。アルベリッヒレイン!』

 

 全砲門が開き、一斉掃射が《イドラオルガノン》を悶絶させる。わざと重要な機関を外した攻撃は、瞬間的に《イドラオルガノン》を無効化するのには充分であった。

 

 まさか、と林檎はダウンしていくシステムを目に、声にする。

 

「一撃で? 一撃でやられたって言うの……? ボクが……」

 

『……期待外れね。これじゃ、あの人機を墜とす事も出来そうにない』

 

 硝煙を棚引かせる腕を払い、《インぺルべイン》が一気に接近する。その溶断クローがコックピットを打ち砕きかけた時であった。

 

 巨大人機が咆哮する。《インぺルべイン》が一旦退き、その声が通信網に響く。

 

『状況は?』

 

『芳しくないですね……。《ブラックロンド》程度じゃ、足止めにも……』

 

『わたくしも参戦するわ。……正式名称《ラストトウジャ》……最後の罪を開いてでも、勝ちを譲らないってわけ。因果なものね。エホバという男も』

 

 林檎はほとんど大破状態の《イドラオルガノン》を項垂れさせる。勝てなかったばかりか、もう戦う価値もなし、と判断された。

 

 その苦味を噛み締める。

 

「……ふざけるなよ。ボクは、負けるために……裏切ったわけじゃない。勝つんだ。もう勝ちしか欲しくない……。だから!」

 

 推進剤を全開に設定し、《イドラオルガノン》が直進する。その先は《インぺルべイン》であった。突撃は成功し、敵機と共にもつれ合う。

 

「このまま……墜とす!」

 

『……見境ないのはこっちも同じってわけね。いい機会だから教えてあげるわ。新しいモリビトの執行者。ブルブラッドキャリアは貴女達の命なんて虫けら以下にしか思っていない。どうとでも替えが利く、戦闘機械だと』

 

「そんな事……ない! 知った風な口を!」

 

『知っているもの。六年前に実感した。わたくしは、捨てられるくらいならばこちらから捨てたのよ』

 

 林檎は相手の声の冷たさにぞっとする。まるで全てを見通しているかのような口調。自分が辿る道筋でさえも相手には分かっているようであった。

 

「だからって! さじを投げていいもんじゃない!」

 

『……そうね。だからこうして抗っている。立派なものだと思うわ』

 

「余裕ぶって! 大人ってみんなそう言う……」

 

『でもね、貴女』

 

 リバウンドブーツの靴底が《イドラオルガノン》を突き飛ばす。一撃であった。一撃で、《イドラオルガノン》の決死の特攻は無駄になった。

 

 無様に背中から転がった機体へと《インぺルべイン》が照準する。

 

『弱過ぎるのよ。何もかも。決意も、力も、意思も。そして何よりも、心が。そんなのでよく、ブルブラッドキャリアを名乗れたわね』

 

 その言葉は林檎の神経を逆撫でするのには充分であった。再び猪突しようと叫んだ林檎へと、武器腕が翻り、たった一発の弾丸を見舞う。

 

 その一発の弾丸が腹部血塊炉を射抜き、完全に機能停止させた。

 

 全システムダウンの警告を目にしつつ、林檎は暗くなっていくコックピットの中で相手の声を聞く。

 

『もっとマシになってから来なさい。そうじゃないと世界に食い殺されるわよ』

 

《インぺルべイン》が飛翔し、巨大人機へと立ち向かっていく。林檎は《イドラオルガノン》のコックピットで呻き、悲痛なる叫びを上げた。

 

 拳でコンソールを殴りつける。

 

「まだ……! ボクは非情に成れていないっていうのか……こんな情け……一番に無様だ」

 

 染み入った敗北に、林檎は咽び泣くばかりであった。

 

 


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