モリビトとして戦える。誉れだ、と教えられ、人機に乗る直前であった。
「声」を聞いたのは。
「どうした? レン」
「この声、懐かしい……。何だろう、この感覚は……」
「声って。……警鐘か。何だってこんな時に……」
「これは……」
その記憶野を激震したのは、血濡れのビジョンであった。何もかも赤に染まった世界の中で、妹達が、大人に陵辱されていく。
見たはずのない映像。しかし、確実に自分の過去であるもの。
「……何だ、これ……」
よろめいたレンを大人が受け止めた。
「どうした! レン! どうしたんだ!」
叫んだ眼前の大人が妹達を犯している。その映像の矛盾と記憶の奔流に、レンは呻いた。
「気分が悪いのか? なら、後方部隊に――」
そこから先を遮ったのは、レンの放った銀色の閃光であった。手にしたナイフが大人の首を掻っ切る。
真っ赤な血潮が迸り、大人が酸素を求めて喘いだ。
「思い……出した。思い出した……ぞ。お前らが妹達に、何をしたのか。俺に、何をしたのか」
「レン……! 何を……」
声を振りかけた大人へと片手の拳銃で振り向かずに銃撃する。額を射抜いた一撃で相手は即死した。
「……ゴメンな。ゴメンな、お前達。こんな兄ちゃんで……。今の今まで、お前達の事を……忘れていたなんて」
涙しつつ、レンは迷わず人機搭乗前の大人達を迷いなく銃殺した。相手の銃撃網が走ったがなんて事はない。
――全て遅い。
跳躍したレンはすぐに背後へと回り込んで喉元を掻っ切った。その背筋へと留めの刺突を行う。
完全に事切れたのを確認して、レンはナイフを払う。
行くべき場所、赴くべき場所は決まっていた。
ナナツーを起動させ、レンはそのまま戦場を撤退する。
辿り着いたのはいつもの場所であった。妹達との思い出の場所。完全なる自由の園。
「レンにいちゃんだー」
そうめいめいに口にして踊りを奏でる妹達を、レンは冷たい眼差しで見つめていた。
今の今まで、妹達だと信じ込んでいたものは、――ただの冷たい機械人形であった。
ホログラムが施され、妹達の幻影を宿している。
自分が今まで見ないようにしてきたもの。見えないように細工されたもの。
そして……これから先、見据えなければならないもの。
「ゴメンな。ゴメンな、お前達。本当に……駄目な兄ちゃんだ。犯されていくお前達に、何もしてやれなかった。それどころか……、こんなもののために、用意されていたなんて」
機械人形を一つ、また一つと銃弾で沈黙させていく。血に伏しても踊ろうとする機械人形へと何発も銃弾を浴びせた。
レンは花園の最奥へと足を進める。エレベーターで遮られた向こう側、この世とは思えない絶対の地。
鳥居の向こう側に、こちらを見据える神がいた。
オヤシロ様、と今まで祈ってきた神。その正体を、レンは紡いでいた。
「行くぞ。オヤシロ様。――いいや、俺の人機。色欲の罪」
ポケットに仕舞っていた鍵を取り出し、それを天に掲げる。瞬間、オヤシロ様の眼窩が赤く煌き、胎動の音が周囲を満たす。
無数のケーブルがオヤシロ様の側頭部から引き出され、レンへと足場を作った。
地獄への道標だ。ケーブルの足場を上り、レンはオヤシロ様と目を合わせる。
――否、この堕落した世界を見据える偽りの神を、レンは心底、憎悪していた。
「――《ラストトウジャ》。お前は、俺の罪だ」
そう口にした途端、無数のケーブルにレンは包まれ、その人機が開いた口腔へと呑み込まれた。
直後、今まで巨像の姿勢を保ってきた人機の眼窩に切れ込みが生じ、コンクリートで固められていた指先が罅割れていく。
地面を這う形で巨大な人機はその機体を挙動させた。さながら赤子のように、細長い手を壁に沿わせ、首を持ち上げる。
追いついてきた人機部隊が巨像を見据えて、うろたえ声を出した。
『何だあれは……、人機なのか!』
『あれは……まさか! レン! 記憶が――!』
「うるせぇよ」
人機の中で口にした憎悪が、そのまま機体へと血脈となって奔り、直後、巨像が大口を開けた。
『なっ……口が開いたって……』
「――リバウンドブラスター」
一射された光条がナナツーを射抜き、その血塊炉に引火させ、爆発を発生させた。もう一機が叫びを上げて銃撃する。コンクリートで硬直した部位に命中し、次々と人機そのものの装甲を露にした。
無数のケーブルで覆われた装甲の継ぎ目。生物的にくねる循環チューブと、無機物の冷たさを漂わせた機体。
腹腔はまるで母体のように膨れ上がっている。この人機が持つ膨大な血塊炉を引きずっているのだ。
腰から先は存在せず、コミューンの地下層へとそのまま直結している。コミューン地下に眠るさらに無数のサブ血塊炉との連結。
それがこの人機――《ラストトウジャ》を強固にしている。
《ラストトウジャ》が亀裂の入った眼窩で天上を睨んだ。顎が外れ、その口腔部より災禍の稲光が放たれる。
「焼け落ちろ……世界なんて! こんな、こんな醜いだけの世界、消えてしまえっ!」
災禍は静かに、育んできた闇を放出した。