ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯299 色欲のトウジャ

 

 モリビトとして戦える。誉れだ、と教えられ、人機に乗る直前であった。

 

「声」を聞いたのは。

 

「どうした? レン」

 

「この声、懐かしい……。何だろう、この感覚は……」

 

「声って。……警鐘か。何だってこんな時に……」

 

「これは……」

 

 その記憶野を激震したのは、血濡れのビジョンであった。何もかも赤に染まった世界の中で、妹達が、大人に陵辱されていく。

 

 見たはずのない映像。しかし、確実に自分の過去であるもの。

 

「……何だ、これ……」

 

 よろめいたレンを大人が受け止めた。

 

「どうした! レン! どうしたんだ!」

 

 叫んだ眼前の大人が妹達を犯している。その映像の矛盾と記憶の奔流に、レンは呻いた。

 

「気分が悪いのか? なら、後方部隊に――」

 

 そこから先を遮ったのは、レンの放った銀色の閃光であった。手にしたナイフが大人の首を掻っ切る。

 

 真っ赤な血潮が迸り、大人が酸素を求めて喘いだ。

 

「思い……出した。思い出した……ぞ。お前らが妹達に、何をしたのか。俺に、何をしたのか」

 

「レン……! 何を……」

 

 声を振りかけた大人へと片手の拳銃で振り向かずに銃撃する。額を射抜いた一撃で相手は即死した。

 

「……ゴメンな。ゴメンな、お前達。こんな兄ちゃんで……。今の今まで、お前達の事を……忘れていたなんて」

 

 涙しつつ、レンは迷わず人機搭乗前の大人達を迷いなく銃殺した。相手の銃撃網が走ったがなんて事はない。

 

 ――全て遅い。

 

 跳躍したレンはすぐに背後へと回り込んで喉元を掻っ切った。その背筋へと留めの刺突を行う。

 

 完全に事切れたのを確認して、レンはナイフを払う。

 

 行くべき場所、赴くべき場所は決まっていた。

 

 ナナツーを起動させ、レンはそのまま戦場を撤退する。

 

 辿り着いたのはいつもの場所であった。妹達との思い出の場所。完全なる自由の園。

 

「レンにいちゃんだー」

 

 そうめいめいに口にして踊りを奏でる妹達を、レンは冷たい眼差しで見つめていた。

 

 今の今まで、妹達だと信じ込んでいたものは、――ただの冷たい機械人形であった。

 

 ホログラムが施され、妹達の幻影を宿している。

 

 自分が今まで見ないようにしてきたもの。見えないように細工されたもの。

 

 そして……これから先、見据えなければならないもの。

 

「ゴメンな。ゴメンな、お前達。本当に……駄目な兄ちゃんだ。犯されていくお前達に、何もしてやれなかった。それどころか……、こんなもののために、用意されていたなんて」

 

 機械人形を一つ、また一つと銃弾で沈黙させていく。血に伏しても踊ろうとする機械人形へと何発も銃弾を浴びせた。

 

 レンは花園の最奥へと足を進める。エレベーターで遮られた向こう側、この世とは思えない絶対の地。

 

 鳥居の向こう側に、こちらを見据える神がいた。

 

 オヤシロ様、と今まで祈ってきた神。その正体を、レンは紡いでいた。

 

「行くぞ。オヤシロ様。――いいや、俺の人機。色欲の罪」

 

 ポケットに仕舞っていた鍵を取り出し、それを天に掲げる。瞬間、オヤシロ様の眼窩が赤く煌き、胎動の音が周囲を満たす。

 

 無数のケーブルがオヤシロ様の側頭部から引き出され、レンへと足場を作った。

 

 地獄への道標だ。ケーブルの足場を上り、レンはオヤシロ様と目を合わせる。

 

 ――否、この堕落した世界を見据える偽りの神を、レンは心底、憎悪していた。

 

「――《ラストトウジャ》。お前は、俺の罪だ」

 

 そう口にした途端、無数のケーブルにレンは包まれ、その人機が開いた口腔へと呑み込まれた。

 

 直後、今まで巨像の姿勢を保ってきた人機の眼窩に切れ込みが生じ、コンクリートで固められていた指先が罅割れていく。

 

 地面を這う形で巨大な人機はその機体を挙動させた。さながら赤子のように、細長い手を壁に沿わせ、首を持ち上げる。

 

 追いついてきた人機部隊が巨像を見据えて、うろたえ声を出した。

 

『何だあれは……、人機なのか!』

 

『あれは……まさか! レン! 記憶が――!』

 

「うるせぇよ」

 

 人機の中で口にした憎悪が、そのまま機体へと血脈となって奔り、直後、巨像が大口を開けた。

 

『なっ……口が開いたって……』

 

「――リバウンドブラスター」

 

 一射された光条がナナツーを射抜き、その血塊炉に引火させ、爆発を発生させた。もう一機が叫びを上げて銃撃する。コンクリートで硬直した部位に命中し、次々と人機そのものの装甲を露にした。

 

 無数のケーブルで覆われた装甲の継ぎ目。生物的にくねる循環チューブと、無機物の冷たさを漂わせた機体。

 

 腹腔はまるで母体のように膨れ上がっている。この人機が持つ膨大な血塊炉を引きずっているのだ。

 

 腰から先は存在せず、コミューンの地下層へとそのまま直結している。コミューン地下に眠るさらに無数のサブ血塊炉との連結。

 

 それがこの人機――《ラストトウジャ》を強固にしている。

 

《ラストトウジャ》が亀裂の入った眼窩で天上を睨んだ。顎が外れ、その口腔部より災禍の稲光が放たれる。

 

「焼け落ちろ……世界なんて! こんな、こんな醜いだけの世界、消えてしまえっ!」

 

 災禍は静かに、育んできた闇を放出した。

 

 


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