ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯298 暗雲の空

『いやはや、我々を頼ってくださったのは賢明です』

 

 そう返答した相手をヒイラギ――エホバは静かに見据える。通信の先でも異常さが際立つその装飾はやはり情報の行き届いていない原始コミューンならでは、か。精神点滴の要素を持つかんざしを挿した老人に、エホバは言いやっていた。

 

「そちらのコミューンを使わせていただいたのは天命です。ゆえに、感謝は必要ありません。ですが、まかり間違えないようにしていただきたい。戦場に成り得ますよ、ここは」

 

『その準備は出来ております』

 

 出来ているとは言ってもと、エホバはこのコミューンの軍備情報へとアクセスする。やはりというべきか、型落ち機ばかりで守りは手薄だ。

 

 だからこそ、選んだのもあるが。

 

 情報が未発達で、なおかつ制圧の必要のないほどのコミューン。さらに言えば、連邦への抵抗意思がある場所――という検索結果に適ったのがこの場所なのだから。

 

 しかし、とエホバは同期されている監視カメラ映像を脳内ネットワークで覗き見る。

 

 荒廃しきった街並み。大人達は皆、武装し、子供達でさえも肩を寄せ合ってライフルを構えている。

 

 こんな世界に誰がした、とエホバは息をついた。

 

『お疲れですか?』

 

 この「統率者」と名乗った老人のやり口も卑怯だ。何も知らぬ子供達を洗脳し、大人でさえもその情報ネットワークで劣っているがゆえに、一人だけ先を行っている。

 

 しかし、これが現状。これが世界の縮図。

 

「いや……何でもない。警戒は怠らないように。地の果てからアンヘルが襲ってくるかもしれない」

 

 その言葉に統率者は笑い返した。白髭に隠れた卑しい笑みに、エホバは嫌悪を露にする。

 

『……失礼ながら、この場所の事をよく知らないと見える』

 

「知っている。位置情報も、何もかも。この場所の歴史も」

 

『では……我々の切り札に関しても、ですかな』

 

 切り札。まさか、「あれ」の事を言っているのか。

 

「……問い返したいのですが、この地に封じられたあの禁断の罪に関して、切り札と仰られた?」

 

 統率者は満足気に頷く。

 

『脅威でしょう? あれは』

 

 やめて欲しい。悪い夢だ。あんなもの、この場所に眠っているべきではなかった。

 

「……約束して欲しいのはそれもあります。あれを出すなんて考えないでもらいたい」

 

『ですが、敵は来ますよ? 来た時に、型落ち人機だけでは対抗出来ますかな? 備えは必要です』

 

 そのための備えがあまりにも忌々しいのだ。

 

「あれを使うのは避けていただきたい」

 

『どうですかな。案外、綺麗事では通れないかもしれません』

 

 食わせ者め、と苦々しく思った途端、脳内ネットワークを何かが震わせた。関知網が望遠カメラの映像を捉え、この場所を照準する警告に気づいて立ち上がる。

 

『……どうされました?』

 

「……来る」

 

 何が、という主語を欠いたまま部屋が激震に見舞われた。統率者がよろめき、無様に転がる。

 

『何が起こった!』

 

『統率者! 攻撃です!』

 

『おのれ……、アンヘルか!』

 

 その言葉に若者は首を横に振った。

 

『これは……爆撃ですよ』

 

 まさか、と統率者の顔が青く染まる。エホバは通達していた。

 

「敵は手段を選ばない。そうは言い含めておいたはずでしょう。人機を発進させるように」

 

『い、言われるまでもない! 人機部隊、発進!』

 

 しかし、とエホバは唇をさする。

 

「……爆撃、という事は、正規軍ではないな。だが、この連中……情報マスキングを施されている。バベルで敵の詳細が閲覧出来ないだと……?」

 

 アンヘルでも、C連邦でもない。レギオンの手先か、と考えかけたが、それにしても迂闊だ。高高度爆撃は国会条約で禁止されている。後々の事を考えれば、絶対に実行出来ない作戦に、エホバはバベルより一つの組織名を拾い上げていた。

 

「……グリフィス? 何だこれは」

 

 バベルの断片の中に僅かに紛れ込んでいる情報の意図的な齟齬。それを拾い集めている最中にも、爆撃は強まる。

 

 元々、コミューンは爆撃に強い構造ではない。人機による「継ぎ目」の破壊だけでその天蓋は脆く砕ける。

 

「実行部隊へ通達。敵は高高度爆撃機を使用。今の状況で敵影を捕捉出来るのは?」

 

『こちらにはとっておきがございます』

 

 すぐに通信に出たレジーナに、そのとっておきとやらが対応したらしい。

 

 コミューン外壁よりリバウンドの狙撃が高高度を狙い澄ました。こちらでも捕捉出来ない敵影を炙り出し、その翼を掠める。

 

「さすがだな。モリビトは」

 

 カメラに映し出されたコード《イドラオルガノン》は狙撃銃の撃鉄を引く。次弾を装填した《イドラオルガノン》が爆撃機へと牽制を見舞った。

 

 敵が逃れ、空域から離れていくのが窺える。

 

「よくやった。だが、これだけではないはずだ。爆撃は初手でしかない」

 

『次は……人機による制圧戦』

 

 首肯したエホバはレジーナ、及びクリーチャー――カイルへと通信を繋げていた。

 

「レジーナ、カイル。君達が頼みだ。出てくれ」

 

『分かった。もう……これ以上争いは見たくない』

 

 応じたカイルの人機がコミューン外壁より飛翔する。重々しい形状の《グラトニートウジャフリークス》は本来重力下での戦闘は想定されていないはずであったが、あり得ないほどの高推進力を得て飛翔していた。

 

 その翼が青く穢れている。

 

「……ゴルゴダによる力か。どこまでも……ヒトは罪に寄り添うしかない」

 

『レジーナ・シーア。《フェネクス》、出る!』

 

《フェネクス》がそれに後続し、コミューンの人機部隊を連れ添う。だが、これだけではあるまい、とエホバは考えていた。

 

 この程度で済むのならば、敵は爆撃なんて真似には出ないはず。

 

「警戒を。絶対に敵の切り札がある」

 

 その時、十基のコンテナが敵の全翼機より投下された。黒々とした棺にエホバは睨み据える。

 

「ブルーガーデン製のコンテナ。全ての情報策敵を無効化する……」

 

 それを使っているという事は相手は今の今まで世界に勘繰られずに情報を回してきたという事。

 

 相当な覚悟と執念のはずだ。エホバは全域に通信を振っていた。

 

「これを聞いている皆に告げる。敵は世界の干渉の外から全てを動かしてきた害悪だ。このまま静観を貫くつもりであったのだろう。その静謐を破ってでも、この戦い勝ちに行こうとしている時点で、敵も背水の陣だ。絶対に逃してはいけない。あれも、世界の悪意が一つ」

 

『絶対に墜とせ! ナナツー、バーゴイルは自分に続け! 狙撃手は《イドラオルガノン》を援護しろ!』

 

 レジーナの戦闘感覚は生来のものも相まってカリスマめいている。今の彼女ならば間違いを犯す事はないだろう。

 

 問題なのは、と繋いだ回線で統率者が壁にかけられているレバーを落としていた。

 

「……愚かな」

 

 口走った瞬間、警笛がコミューンを満たした。

 

 


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