ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯297 奔る剣 

「敵襲?」

 

 習い性の身体が格納庫へと走る。瑞葉もその背中を追って駆け抜けた。

 

「状況は!」

 

 問い質した声に整備士が返答する。

 

「待ってください……、一機です。識別不明の人機が、単騎で襲ってきた模様! 砲撃は当てずっぽうですが、当たるとまずいですよ! ラヴァーズとの連携作戦もまだだってのに……」

 

 敵は待ってくれないというわけか。桃は《ナインライヴス》のコックピットへと飛び乗る。

 

「ニナイ! 今《ナインライヴス》で……」

 

『先走らないで。敵は一機よ。こちらの偵察かも』

 

「そんなの、当てにならないし、何よりも余裕ないじゃない。出端を挫くわ。《ナインライヴスピューパ》の発進許可を」

 

『ちょーっと待ったぁ!』

 

 急に通信に割って入った雄叫びに桃は眉をひそめる。

 

「……アイザワ、とかいう」

 

『おれに! 任せてもらえないか? ブルブラッドキャリア』

 

「……何であんたに。アンヘルと共闘して、墜とそうってんじゃ――」

 

『誤解も誤解! おれは、もう決めたんだ。愛する人を守るためにってね。それに……そのクロナって奴、今の今まで瑞葉を守ってくれていたんだろ? 礼を尽くしたい』

 

「……恥ずかしい奴。オープン回線なのよ」

 

 言い捨てて、桃は《ナインライヴス》をカタパルトへと移送させる。

 

『……アイザワ大尉の《ジーク》も発進準備させる』

 

 ニナイの決定に桃は異を唱えた。

 

「正気? 同時に撃ってくるって言うんじゃ……」

 

『あそこまで言ってのけたんだ。今は信じようじゃないか』

 

 割って入ったタキザワに桃は渋々承服する。

 

「……邪魔だけはしないで」

 

『当たり前だろ。戦場で背中を預けるんだ。こっから先は出たとこ勝負だが、役目は果たさせてもらうぜ』

 

 戦地に入ればそれなりにスイッチも入るというわけか。先ほどまでの言葉繰りとはまた別物の感覚を肌で味わい、桃はカタパルトデッキでの射出準備を待った。

 

 オールグリーンに点灯し、桃はアームレイカーを引く。

 

「桃・リップバーン。《モリビトナインライヴスピューパ》! 迎撃行動に入る!」

 

 火花を散らせて《ナインライヴス》が射出され、速度のままに海上を疾走する。仮留めのスラスターが姿勢制御に手間取る中で、桃は海面すれすれを疾走する一機の敵影を睨んだ。

 

「……真紅のトウジャ?」

 

 トウジャタイプであるのは間違いないのだが、今まで見てきたどのトウジャよりも痩躯である。しかし、その細身に似合わぬほどの大出力バーニアを各所に備えており、そのアンバランスさも相まって、敵の不透明さに怖気が走った。

 

「こちらから! 《ナインライヴス》!」

 

 Rランチャーを照準し、まずは一撃。相手の攻勢を見る。

 

 引き金に指をかけようとして、敵機が瞬間的に消失した。

 

 ハッと気づいた時、接近警告が木霊する。習い性の身体を後ずさらせた《ナインライヴス》は、先ほどまで機体があった空間を引き裂いた一閃を目にしていた。

 

「……刀」

 

 一振りの刀を持つ人機は確かな殺気を携えてその切っ先をこちらへと向ける。今の一閃、と桃は首筋をさすった。

 

「……当たれば、やられていた?」

 

 感覚的なものだ。だが、これは実戦を経て研ぎ澄まされた経験則。今の一撃には必殺の勢いが灯っていた。

 

 敵機がこちらへと猪突しようとする。

 

「嘗めてくれて! 取り回しの悪いRランチャーだから!」

 

 バインダーから取り出したRピストルで即座に銃撃を見舞うも、敵影は一時として同じ場所に留まらない。

 

 縦横無尽に空域を駆け巡る敵機の挙動は《スロウストウジャ弐式》の持っていた汎用性を捨て去ったものであった。

 

 ――機動力。そして一撃へかける重み。

 

 それのみに比重を置いた機体。ただ闇雲に駆けているのではなく、全ての軌道を理解し、相手の攻撃動作を予見し、その上を行く機体として成立している。

 

 疾駆のトウジャがまたしても射程へと潜り込んだ。そのまま薙ぎ払われかけた一撃を、《ナインライヴス》は砲塔で受け止める。

 

 干渉波のスパークが散り、余剰衝撃波がコックピットを揺さぶる。

 

「……受けているのに」

 

 その攻撃に威力があるとは到底思えないのだが、一閃には力が込められている。ただ受けるだけでは、これ以上の継続戦闘は難しいだろう。

 

 攻勢に打って出ようとして、敵機が瞬時に後退した。

 

 空間を駆け抜けたのは改修されたばかりのタカフミの機体である。

 

『退きな! 細いの! ラヴァーズとブルブラッドキャリアを守るんだろうが!』

 

 プレッシャーライフルを一射して敵を引き剥がし、すぐさま手に取ったのは実体剣であった。剣の鍔が展開し、リバウンド力場を形成する。

 

 銀色の太刀筋に光が宿り、その威力を補正した。

 

『零式抜刀術――壱の陣!』

 

 紡がれた名前に敵人機が腰だめに刀を構える。何をするのかと思えば、放たれたのは両者同時であった。

 

 同じ太刀筋が閃き、全くの同威力の攻撃が交錯する。

 

 互いに大きく後退した形の敵機とタカフミの機体は叫びを迸らせていた。

 

『どう……なってるんだ! こりゃあっ! 零式抜刀術だと!』

 

 どうやら相手も同じ戦闘術を心得ているようだ。桃は《ナインライヴス》を下がらせてRランチャーを構える。

 

 照準した敵機が上方へと逃げた。

 

『おい! 答えろよ! 何で零式をお前が持っているんだ! 何者だ! その人機!』

 

 オープン回線の呼びかけに桃は額を押さえていた。

 

「……頼むからこっちの品位を下げないでよ」

 

 光軸が一射され敵機の動きを制する。追いついたタカフミの《ジーク》が刃を軋らせた。

 

『零式抜刀術! 弐の陣!』

 

 その攻撃とまたしても同じ性能の攻撃が放たれ、互いに相殺する。このような戦局があるのか、と桃は呆然としていた。

 

 同じ操縦技術を会得しているとしても、人機の性能でそれは左右されるはずだ。

 

 だというのに、全く同じ技、全く同じ威力、同じ能力――。

 

「何者なの……相手は」

 

『こっちが聞きたいぜ。零式は! そう容易く習得は出来ない! だったら何でって話だが……、お前まさか……』

 

『考えている通りだ。アイザワ少尉。いや、今は大尉だったか』

 

 切り詰めたような冷たい声音。その声に宿るのは冷酷なる殺気である。

 

 しかし、タカフミはその声を聞いた途端、ある名前を叫んだ。

 

『……どうして……どうしてなんだ! 桐哉!』

 

 猪突した《ジーク》の旋風めいた剣筋を敵機は同じだけの手数で制する。

 

『その名は……捨てた』

 

『だったって……生きていたのかよ! 何で……どうして!』

 

『戦場で! 何でだとかどうしてだとか……女々しい事を言っているんじゃない!』

 

 切り上げられた太刀筋に《ジーク》がその攻撃を受け止める。推進剤を焚いて後退した《ジーク》は、刃を払った。

 

『……もう分かり合えないのかよ』

 

『捨てたと言ったはず。人間である事など』

 

『それにこだわらないで……何がモリビトだって言うんだ、お前は!』

 

《ジーク》が刃を振るい上げる。敵機は下段に刀を構え、そのまま直角的な太刀筋を浴びせかける。《ジーク》はというと、その軌道の刃を受け流し、火花を散らせながら肉迫する。

 

「……あんな無茶苦茶な近接……」

 

『答えろよ! 桐哉!』

 

『だから、捨てたと言った! しつこいと、舌を噛む!』

 

『意地になってんのか……。少佐はお前の事を捨てたつもりなんてないんだぞ!』

 

『零式は二人と要らぬ。《イザナギ》!』

 

 機体が瞬間的な超加速度を得て背後に回る。

 

「ライジングファントム……。まさか、重力下で?」

 

『嘗めんな!』

 

 タカフミが《ジーク》の機体を反らせ、循環パイプを軋ませた直後、その姿が掻き消えた。

 

 どこへ、と首を巡らせた桃は直上よりプレッシャーライフルを敵機に見舞った《ジーク》を目にしていた。

 

「嘘でしょ……。あいつも、なの」

 

 雷撃のファントムを操る手だれの操主が二人。海域で互いの人機を見据えている。

 

『桐哉ァッ!』

 

『捨てた名前を呼ぶな! 耳障りだ!』

 

 実体剣と刀が干渉し、スパーク光を周囲へと散らせた。思わぬ超接近戦に成り果てた戦場に、ニナイからの伝令が入る。

 

『桃、好機だわ。一度、こちらに優位な航路を取る。アイザワ大尉に今は任せましょう。そのままRランチャーで敵を警戒しつつ、艦の守りに戻って』

 

「でも……こいつら……」

 

『……因縁があるのは分かったわ。だからこそ、よ。彼だってそう簡単に墜ちる気はないでしょう』

 

 桃は了承の声を《ゴフェル》へと返した。

 

「……でも、このまま戦い続けたって……どうなるって言うの……」

 

 それも分からぬまま、二機の人機は互いの誇りのために合い争った。

 

 


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