合流地点の離れ小島におけるブルブラッド大気汚染レベルは警戒汚染に達している。
そのレベルでなければモリビト三機の合流など成し得ない、という意味か。鉄菜は背面にロプロスを装備したままの《シルヴァリンク》を合流地点に停止させる。
彩芽と桃がマスクをつけて外に出ていた。思えばコックピットから出ている二人を同時に見たのは初めてである。
彩芽に対して言い訳でも練ろうかと思っていた鉄菜は桃の声音に言葉を飲み込んだ。
「《バーゴイル》とまた戦ってきたみたいじゃない。クロってば、随分と戦いが好きなのね」
そうだ、《シルヴァリンク》の応戦を支援したロプロスは元々《ノエルカルテット》の装備。探知していないはずがないのだ。
鉄菜は言い訳の必要がなくなった事に息をついてから、コックピットブロックを開け放とうとした。
『鉄菜、相手は協定関係を結んでいたマジ。あまり信用し過ぎても』
ジロウの忠告を受けつつ鉄菜は言い返す。
「だが、モリビト三機の合同任務は恐らく、第二フェイズの要だろう。私だけ静観しているわけにもいかない」
コックピットが開き、紺碧の風が流れ込んでくる。
鉄菜はマスクを着けず、二人の操主と対峙した。
今ここに、地上で初めて三人のモリビトの操主の対面が可能となった。
当初からこれは計画されていたのだろう。だが、こうして現実になるまではやはり紆余曲折あるものだ。
桃は以前通りのワンピース姿。彩芽はRスーツを身に纏っている。
既に話し合いは終わったのか、二人の間に敵意は流れていない。
「驚いたわね。まさか《ノエルカルテット》の操主がこうまで無防備な子供だなんて」
「モモもそう思ったわ。《インペルベイン》、あの高速戦闘術を可能にする操主はもっとオバサンかと思った」
舌鋒鋭い二人の応酬は一旦区切られ、二人分の眼差しが鉄菜へと注がれた。
「鉄菜、《ノエルカルテット》の操主と密談をしていたのね」
取り繕う必要もあるまい。鉄菜は首肯する。
「ああ。だがそちらも同じ腹だったらしい。結局、モリビトの操主三人でお互いに騙し合いをしていたわけだ」
「これくらい想定内でしょ。敵を欺くのにはまず味方から」
悪びれもしない桃に彩芽は言葉を投げる。
「大体、何で最初から《ノエルカルテット》……三号機は合流を躊躇っていたのかしら。そこから話を進めてもらえる?」
「三号機は一号機と二号機とは設計思想が違うのよ。それに求め得る最終目的もね。第二フェイズにおいて、三号機は客観的に一号機と二号機の能力をはかる必要があった。……ただ、クロ、あんたが真っ先に《バーゴイル》なんかと戦闘したお陰でパワーバランスがちょっとばかし崩れたのは本当」
「必要最低限の戦闘だ。何も問題はない」
応じた鉄菜の声音に桃はため息をつく。
「……そういうスタンス、嫌いじゃないけれど、アヤ姉も困ったんじゃないの?」
「そうね。鉄菜はこういう子だって理解するまでが大変だったけれど、でも今は何ともないわ」
どうにも自分だけ侮られている気がしないでもない。しかし、ここで敵対する意味もなし。鉄菜は話題を催促する。
「で? モリビト三機による合同任務が可能になった今、お前達は何を望む? まさかまだ、騙し合いを続ける、とは言うまい」
「そりゃ当然よね。だって、クロの言う通り、バレちゃってるわけだし」
「今さら秘匿義務、って言うのも野暮よね。いいわ。今話せる事を話しましょう。まずはお互いに与えられた任務概要に関して」
彩芽が切り込んできた。これがうまくいけば三号機の内情に踏み込める。鉄菜は自然と桃に目を向けていたが、桃は涼しげな様子でかわした。
「三号機は一号機、二号機のオブザーバーとしての役割。それ以上は言えない」
「言えないってのは、ここでは見苦しいわよ。もう隠し立てするのも馬鹿馬鹿しいでしょう」
追及した彩芽に桃は言い返す。
「じゃあ《インペルベイン》の隠し武装に関しても全部洗いざらい話せるって言うの? それが無理な時点で、対等な話し合いなんて成立しないわ」
彩芽がぐっと言葉を詰まらせる。封印武装に関しては最重要秘匿義務がある。如何に腹を割って話そうとしても、それだけは追い詰められでもしない限り言えない。
「私は話せる。それで清算できないか」
鉄菜の思いも寄らない言い分に彩芽が目を見開く。桃もここで自分が彩芽を庇う側になるとは思っていなかったようだ。
「へぇ……アヤ姉の味方するんだ」
「私はもう封印武装を晒した。秘匿義務があるとしてもそれは敵に明かしてはならないというだけ。味方にはむしろ、言っておいたほうが後々を考えれば助かるだろう」
「どこまでも合理的ね、クロ。さっきの非合理的な戦いが嘘みたい」
自分でも先ほどの戦闘に関しては疑問が残っていた。どうして、殲滅戦を邪魔したのだろう。自分達の目的は畢竟、復讐に集約されるというのに。
「じゃあ、鉄菜は封印武装に関して、話せるって言うの?」
「私の《シルヴァリンク》の封印武装はアンシーリーコートと呼ばれている。物理エネルギーの皮膜を一点に集中、相手を貫く無双の攻撃力と化す。このエネルギー波は防御にも転用可能だ。ただし、銀翼にかかる負荷が凄まじいのと、連発出来ない、というデメリットを持つ。加えて、先ほどのように重力下、接地での使用は想定されていない。その場合、全身の血塊炉の静脈が狂い出し、毛細血管の破裂を促す」
「空中戦用の装備、ってわけか。《シルヴァリンク》は元々、地上戦を想定した機体じゃないのね」
「いや、三機の中で最も地上戦に特化しているはずだ。メイン装備のRソードは接近戦に秀でている。これはモリビトという脅威を相手に分かりやすく示すための、プロパガンダの意味も有している」
「人機戦において、白兵装備は確かに相手に威圧感をもたらす。二号機が率先して人機との戦闘を引き受けているのはモリビトという存在の誇示もある」
後を引き継いだ彩芽の言葉に鉄菜は頷いた。
「その辺りは彩芽・サギサカのほうが詳しいかもしれないな」
「そりゃねぇ? だってクロを囮にうまく利用して、自分は高みの見物だもん」
「人聞きの悪い事を言わないで。わたくしは有効な戦術を編み出したまで。鉄菜を囮にしたつもりはないわ」
「じゃあ無意識かも。クロ、やっぱりアヤ姉を信じるなんてやめたほうがいいんじゃない? 《インペルベイン》がどれほどの性能を誇るのか、クロには多分知らされていないんでしょ?」
「だからと言って、桃・リップバーン。お前の操る三号機に下るのも違うだろう。どうせお前だって《ノエルカルテット》の性能の半分だって明かす気はない」
自分の考えが読まれたためか、桃は舌打ちを漏らす。
「……そう簡単にいがみ合ってはくれない、か」
「鉄菜がここまで言ってくれているのよ? そろそろ三号機の事に関しても、ある程度は開示してくれていいんじゃない?」
自分の顔を立てる、という意味では三号機のスペックも共有されるべきだ。鉄菜は桃を睨み据える。
桃は《ノエルカルテット》の頭部コックピットをさすりながら口を開こうとした。
その時である。
『緊急通信回線』
ルイが浮かび上がり彩芽の端末と鉄菜の端末にそれぞれ動画を共有させる。投射画面に映し出されたのは国家元首の顔であった。
『我々C連合国傘下のコミューンは本日をもって、独立国オラクルとして、C連合を離脱する!』
その言葉に議会が湧いた。群集が新たな独立国の旗を持って議事堂の前を囲い込んでいる。
「独立国家……!」
瞠目する彩芽に対して桃は冷静であった。
「なるほどね。遂に第二フェイズの最終段階に至ったわけか。アヤ姉、クロ。疲弊したC連合から独立する国家が出るのは想定内よ。問題はこの国家の処遇。この独立国を我々ブルブラッドキャリアは是とするか、それとも……という話」
「独立国家が増えれば、それこそ地上の緊張状態が加速する。もっと言えば、倒すべき対象が増える事になる」
鉄菜の冷静な切り返しに桃は微笑んで立ち上がった。
「決まりね。モリビト三機は初めての合同任務として、独立国オラクルを脅威として解散させる。明朝をもって第二フェイズの最終段階に到達させるわ」
手を払った桃に彩芽は苦々しい表情を浮かべる。
「……随分と、間がいい事ね。まるで示し合わせたみたいに」
「何の事か。だって勝手に独立宣言したのよ? モモは何もしていない」
その言葉を素直に信じるかどうかは別であったが、鉄菜へと彩芽は決定権を投げていた。
「どうするの? 鉄菜」
迷うはずもない。鉄菜は言い放つ。
「独立国家オラクルを脅威判定Bに認定し、モリビト三機による強襲を仕掛ける」
「はい、決定ね。アヤ姉も補給を受けてから万全の姿勢で臨むといいわ。ロプロスの翼を貸してあげる。モモは海から仕掛けるわ。《シルヴァリンク》は」
「地上から。人機部隊を一掃する」
逡巡さえも浮かべない鉄菜の言い草に桃は微笑む。
「いい覚悟ね。じゃあ、それまでせいぜい休んでおく事。休息も戦士には必要よ」
桃が踵を返しコックピットの中へと収まる。彩芽はやはり納得していないようであったが、ここで言及するのも意味がないと判じたのだろう。
同じようにコックピットへと戻る。
鉄菜は二人が戻ったのを確認してからコックピットブロックに足をかけた。
「ジロウ。今の情報、意図的なものじゃないのか?」
『残念ながら真実マジ。本当につい先ほど、C連合からオラクルという国家が独立宣言したマジよ』
「内部から調整された痕跡は?」
『それが分かれば苦労もしないマジが……。独立宣言はこちらにもたらされた時、ほとんどリアルタイムマジ。だから意図的に三号機の操主が話題を逸らすために行ったとは考え辛いマジ』
「……情報操作ではない、と考えるべきか」
あるいは三号機に搭載されているAIサポーターの仕業か。鉄菜は《ノエルカルテット》に関して分からない事があまりにも膨大であるのを感じ取った。
三機のサポートマシンの存在。恐らく三機共に装備されている血塊炉の内情。何もかもが不明なままだ。
だが、と鉄菜は《シルヴァリンク》の状態を呼び出す。
先ほどの戦闘で貧血状態に陥っていた《シルヴァリンク》はほぼ万全な状態にまで回復していた。
サポートマシンの一つ、ロプロスからもたらされた血塊炉の補助によるものだろう。
人機一体分のステータスを完全回復させた。ここまでの事を可能にするのだ。《ノエルカルテット》は一号機や二号機とは本質的に別だと考えたほうがいい。
「でもだとすれば……なおさら信用を捨てたようなものだ」
『三号機の操主が何にこだわっているのかも不明マジ。今は、下手に出られないマジね』
リニアシートに体重を預け鉄菜は《シルヴァリンク》に装備されているロプロスのデータを読み込もうとしたが、やはり防壁が邪魔をする。
「こちらからの逆探知はまず不可能、だな」
『鉄菜、本当にオラクルと戦うマジか?』
「今はそれしかないだろう。あまりに好都合が過ぎるタイミングだとは思うが」
『独立国家オラクルは元々C連合下でも反発心の強かった国家マジ。いつ離脱してもおかしくはないとはいえ、兵力を増強したと言う噂も聞かないマジ。出てくるのは熟練度の低い《ナナツー》だと考えてもいいマジね』
「どちらでもいい。私は戦うだけだ」
それしか自分には出来ないのならば。鉄菜は拳を握り締めた。