ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯292 イザナミへの系譜

 救命措置が取られて燐華は上体を上げる。

 

 ハッと振り仰いだ天井は白く滅菌された医務室であった。

 

「ここは……」

 

「安静に。准尉、撃墜されたんですよ」

 

「撃墜……、そうだ、あたし……モリビトに襲いかかって……。イザナミ……《ラーストウジャイザナミ》は?」

 

 相手は首を横に振る。燐華は腕に取り付けられた点滴のチューブを無理やり引き千切った。

 

「何を!」

 

「新しい人機が……要る」

 

 立ち上がった燐華は直後によろめいた。その身体を相手が受け止める。

 

「無理ですよ! リバウンド力場の干渉が高過ぎて……あの場所から生存しただけでも奇跡的なんです!」

 

「何が……何が起こったの……」

 

「それは俺の口から説明する」

 

 医務室に顔を出したのはヘイルであった。痛々しい包帯姿で、片腕は折れているのかギプスを巻いている。

 

「ヘイル……中尉」

 

「ヒイラギ。あの場で起こった事を、一から説明する。……そうしないと納得出来ないだろう。お前は」

 

「……アイザワ大尉は……」

 

「それも込みで、だ。すまないが席を外してくれ。二人きりで話をしたい」

 

 医務担当の兵士が離れ、本当に二人きりで取り残される。燐華はおずおずと尋ねていた。

 

「……状況は」

 

「芳しくはない。あの場で、何が起こったのか。まずはその大局から。ヒイラギ、艦隊司令部はほとんど打撃を受けてブルブラッドキャリア、及びラヴァーズの追撃には暫く出られそうにない。それは旧ブルーガーデン国土より発生した巨大な爆風による余波が関係している」

 

「爆風? 何があったって……」

 

「……俺も知らされたのはついさっきだ。どうやら……アンヘルは大量破壊兵器を造り出していたらしい」

 

 思わぬ言葉に燐華は絶句する。

 

「大量……破壊兵器……って」

 

「禁止されている爆弾だ。そういうのを実戦段階に移していた。その培養地をブルブラッドキャリアによって襲撃。結果、爆弾は全て破壊され、余剰衝撃波が艦隊を襲った」

 

「……死傷者は」

 

「数え切れない」

 

 燐華は額を押さえて咽び泣く。自分達が前に出たのに、意味がなかったとでも言うのか。

 

 いや、それ以上に、と燐華は涙を拭って声にした。

 

「……アイザワ大尉は……? 大尉の持ち場は陸地だったはず」

 

「あの人も、行方不明だ。機体諸共、な。識別信号は生きているが、これを辿るに……、ヒイラギ、落ち着いて聞いてくれ。《スロウストウジャ是式》の識別信号は現在、ブルブラッドキャリアの艦にある」

 

 発せられた言葉の意味が、最初分からなかった。

 

 どうしてタカフミの機体が敵の側に、と遅れた思考回路が今さらの帰結を理解する。

 

「……鹵獲された」

 

「その可能性が高い。捕虜の扱いを受けているか、あるいはもう……」

 

 濁したヘイルに燐華は咆哮し、壁を殴りつけた。壁が叩きつけられて陥没し、拳から血が滴る。

 

「落ち着けってのはそれもあるが……、先に聞いた通り、《ラーストウジャイザナミ》は戦闘継続不可能だ。もう使えないだろうと判断された」

 

「そんな……ハイアルファーも?」

 

「ああ。完全に廃棄処分だ。俺の《スロウストウジャ参式》も同じさ。撃墜され、海を漂っていたところを運よく回収された。あの戦いで生き残ったのはほんの一握りだ。ほとんどモリビトに撃破され……そのほとんどが帰投すらしていない」

 

 なんて事だ、と燐華は奥歯を噛み締める。モリビトにしてやられた。一度ならず二度までも。また、自分達は大切なものを失ったと言うのか。

 

 ――憎い。

 

 モリビトが、世界が、何よりも何も出来ない自分が、憎くって仕方がない。

 

 しかし、今は何も出来ない事をヘイルは幸いだと言いやった。

 

「今、任務がないのはある種、幸いかもな」

 

「幸い……、でも、敵はあの海上にいるんでしょう! だったら……!」

 

「型落ちの人機でもお前は出そうだ。そういう意味でも幸いだよ」

 

「……アイザワ大尉が死んだかもしれないんですよ!」

 

「だから、不幸中の、って奴だ。ヒイラギ。お前は自分を見失っている。今は、ちょっと頭を冷やせ。俺も頭を冷やす」

 

「そんな言い方……、人が死んだんだ! たくさん! だってのに……動けないなんて……」

 

 ヘイルは柱を拳で殴りつける。彼も悔しいに違いなかった。

 

「ああ、そうさ。クソッ。そうなんだ。でもよ……今は待とうぜ。エホバってのも……ワケ分からねぇし、俺達兵士ってのは、いつだってそういうもんだろう」

 

 エホバと名乗った自分の恩師。あれをどう受け止めていいのかも分からないままだ。保留の一事にしておくのにはしかし、あまりにも功罪が重い。

 

「……あたしは、戦わなきゃ。戦って、一人でも多く、殺さなくっちゃいけない。モリビトとブルブラッドキャリアを……世界の敵を、駆逐する……!」

 

「思い詰めんな。俺らにあてがわれる機体はまだ選定中だし、そう焦る事は――」

 

「今焦らなくって、いつ焦るんですか! だって、隊長も……、アイザワ大尉もいないんですよ!」

 

「分かってるよ! ンな事は! 俺だって今すぐ駆け出して、連中をぶち殺したい気分さ! でもよ、兵士ってのは冷静にならなきゃいけないんだ。そうでないと、しなくていい殺しまで請け負う事になる。弾丸は、撃ち込まれる対象を精査されるべきだ。……隊長の受け売りだけれどよ。これって大事なんじゃねぇか」

 

「隊長……いや、隊長……」

 

 痛みに呻く燐華にヘイルは言葉少なであった。

 

「ヒイラギ。次の作戦まで待とうぜ。俺達は結局、そういう風な弾丸なんだよ。だったら、せめて今度こそ、撃つべきものを間違えないように……」

 

 ヘイルが医務室を立ち去る。エアロックが完全に施錠されてから、燐華は吼え立て、毛布を引き千切った。

 

「憎い……、ブルブラッドキャリアが……この世界が! ……憎い!」

 

『――そこまで憎悪を膨れ上がらせているのならば、話は早い』

 

 不意に聞こえてきた声に燐華は周囲へと視線を振った。しかし、誰もいない。通信でも間違って受信したのか、と機器を見やったが、声の主は笑った。

 

『安心するといい。この声は君にしか聞こえていないよ』

 

 まさか、過度の戦闘による幻聴か。多いにあり得る、と燐華は耳を塞いだ。

 

「いや……まだ壊れるわけにはいかないのに……っ」

 

『そうさ。君は壊れちゃいない。ハイアルファー【ベイルハルコン】を使いこなし、あの人機を乗りこなした。これは唯一の特権だ。ハイアルファー人機に乗って精神汚染や身体的な欠損に見舞われなかった操主は君が初めてだ。誉れある第一号だよ』

 

「誰、なの……?」

 

『紹介が遅れたね。我々の名前はレギオン。この世界を見張る、総体だ』

 

「レギオン……聞いた事もない」

 

『我々はブルブラッドキャリア、そしてエホバと対立している。彼らの赴くままに世界を回されれば、いずれこの惑星は壊れてしまう』

 

「そんなの……絶対に駄目! これ以上、好きになんて……」

 

『だからこそ君が必要だ。君の脳は開けた。ハイアルファー人機に搭乗する事によって、脳の一部機能が他人よりも数段階アップしたはずだ。だからこの周波数の我々の声を聞ける』

 

「何を……言って」

 

『君は焦っているようだ。そして、渇望している。新たなる力を。それを与えようと言っているのだよ』

 

 何重にもエコーがかかって聞こえてくる声に、燐華は導かれるように立ち上がっていた。

 

「力……人機を?」

 

『そう、新型の人機を。幸いにして我が方にはまだ余力がある。アンヘルはもう、ほとんどその力を奪われたようなものだろう。エホバ側に力が集ろうとしている。それを我らは阻止したい。エホバとブルブラッドキャリア、どちらも間違っているのは明白だ。ならば真に導くのは、君のような義憤の徒が相応しい』

 

「でも、あたし……何も出来ない……」

 

『出来るさ。血続なんだろう? ならば、これを動かせるはずだ。与えよう。君のイザナミを』

 

 直後、情報が脳へと直接叩き込まれる。燐華は仰け反り、その膨大な情報量に呻き声を上げた。

 

 意識が直接切り込まれ、開かれていく感覚だ。

 

 このままでは壊れてしまう。そう予感した直前に全ての情報が脳内に収納された。

 

 肩で息をしつつ、燐華はこめかみを押さえる。

 

「これが……あたしの新しい力……《キリビトイザナミ》……」

 

 


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