ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯291 滲む苦渋

「どうしてだ!」

 

 叫んだ渡良瀬はリバウンドフィールドが強化された星を睨む。

 

 宇宙駐在軍を自分の思うように動かし、モリビトを破滅させようとしたのに、削られたのはこちらの戦力だ。無論、面白いはずもない。

 

「《キリビトアカシャ》がまさか敗北するとは……。これではどうしようもない……!」

 

『序列一位を気取っていても、その程度だったって事ですよ。残った我らは違うはず』

 

 脳内同期ネットワークに響いた声に渡良瀬は幾分か気持ちを落ち着かせる。

 

「そう、思いたいものだが……、果たしてこの転がり出した世界でどこまで行けるか……」

 

『弱気ですね、渡良瀬。いつものあなたらしくない』

 

「そう、かもしれないな。モリビトを破壊出来たのならばまだ違っただろう。だが、結果としてエホバによる星の管理の徹底化、それにあの人機は……、想定外だ」

 

 遅れてもたらされた情報には《グラトニートウジャフリークス》と呼称される人機が映し出されている。

 

 あの一機がまさかゴルゴダの製造地からの誘爆を防いだなど、冗談にしても性質が悪い。

 

「そんな絶対的な一があるのならば、どうして今まで手を打ってこなかった?」

 

『その絶対的な一に頼れなかったのでは? そう考えると辻褄は合う』

 

「……確かにこの人機、六年前にその消息が途絶えている。記録上は……なんて事だ、《バーゴイルアルビノ》による、撃墜……」

 

 最初から仕組まれていた人機であった。六年前のブルブラッドキャリア殲滅戦において、破壊も視野に入れた人機であった。

 

 六年前に死した人機が蘇ったなど、どう考えてもこちらにとって悪影響を及ぼす。

 

「その死んだ人機に、神のような力が与えられたなど。……レギオンは一手誤ったな」

 

 ゴルゴダを簡単に使うべきではなかった。ハイアルファー人機に取り込まれたのでは、もう状況が一変してきている。

 

『レギオンの同行も含めて、これから先を吟味すべきなのでは?』

 

 シェムハザの提言ももっともだ。しかし、あまりに手をこまねいていると全てが遅れを取りそうで、渡良瀬は焦っていた。

 

「……彼らは何か手を打とうとしてくるはず。この状況でアムニスに話が回ってこない事、それ自体がまずい。ここはこちらが優位を保てるよう、戦闘による制圧を考える」

 

『でも……もう残ったのは《イクシオンアルファ》と、《イクシオンガンマ》だけでは……』

 

「勘違いをするんじゃない。こうなれば……わたしも出る」

 

『渡良瀬が? ですが、あなたが出ればアムニスが……』

 

「この六年間、何もただ暗躍を続けてきたわけではない。モリビトの執行者のデータベースはある。それに適応させるだけの能力も」

 

 自分とて人機で出られる。その声音にシェムハザは不安げな言葉を振った。

 

『……ですが、アルマロスがああなのです。実質的に、戦いにはならないかもしれない』

 

「どうかな。地上のブルブラッドキャリアは疲弊しているはず。宇宙の連中と手を組めば、話は変わってくる」

 

『まさか、本隊と? ですがそれこそ連中は話を聞くかどうか……』

 

「聞くさ。星を奪還するのがほとんど不可能になったのならば、聞かざるを得ないはず。武力による惑星への報復。それしか頭にないのがブルブラッドキャリア上層部だ。彼らはもう古い。ゆえに、付け込む隙はあると見た」

 

『……《モリビトルナティック》を?』

 

「あの両盾のモリビトさえいなければ質量兵器も視野に入る。どっちにせよ、選択肢は多くはないだろう。お互いに、ね」

 

 渡良瀬は電算室へと足を進める。薄暗い部屋の中で投射画面を弄くっている丸みを帯びた物体に声を投げた。

 

「あなたもそうでしょう? タチバナ博士」

 

『……このような身体に堕としておいてまだワシを利用するか』

 

「それも、あなたの原罪ですよ。肉体は滅び、そして永遠の悦楽がある」

 

『悦楽? 情報への度重なるアクセスを悦楽だと?』

 

「苦痛ではないはずです」

 

『……物は言いようだな』

 

 しかしタチバナは情報の閲覧をやめる事はない。むしろ、この肉体になってから彼は変わった。それまでの諦観のスタンスから、世界を変えようともがき苦しむようになった。

 

 それでこそタチバナ博士だ。自分が従順に従った、あのマッドサイエンティストだ。

 

「……尊敬していますよ。死さえもあなたは超越した」

 

『尊敬、か。慣れん言葉を使うな、渡良瀬。貴様は全てを欲しているのだろう? ならば、そのような男の末路、最後まで見届けさせてもらおう』

 

「分かっているじゃないですか。いいでしょう。わたしは大天使ミカエル。アムニスを牽引する、最大の天使なのですから」

 

 鼻を鳴らし、電算室を後にする。タチバナが何を行っていても今は静観する。その後いくらでもツケは払わせてやれるだろう。

 

『……大丈夫なのですか? あの方の頭脳は人機産業を牽引してきた。それなりに脅威と判定すべきでは?』

 

「脅威? あんなもの、枯れ果てた老人の繰り言だ。何も出来やしない。分かっていて、相手も黙認しているんだ。見ただろう? あの身体。思い出すだけで笑いがこみ上げてくる。あんな小さな身体に収まってまで、あの人は一つ事を成し遂げようとしている」

 

『一つ事……、人機開発の第一人者の一つ事とは、一体……』

 

「決まっているだろう。最強の人機を造る事さ。そのためならば悪魔にでも魂を売るだろう。期待していますよ、博士。イクシオンフレームの最高傑作。《イクシオンオメガ》の開発を」

 


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