ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯288 決別の時

「林檎! 何をしているの! 火器系統に勝手にアクセスして……それで瑞葉さんを狙うなんて!」

 

 蜜柑の糾弾が飛ぶ中、林檎は一つの事だけを考えていた。再び光通信を打つ。

 

「レジーナ……生きていたのか。お願いだ、教えてくれ。ボクはどうすればいい?」

 

「林檎? 何をして……」

 

《フェネクス》から送信された光通信に林檎は目を伏せる。

 

「……やっぱり。納得なんて出来ないよ。このままじゃ」

 

「林檎……。何があったのかは分からない。でも、今の林檎は変だよ」

 

「変? そう見えるんだ。じゃあ、ボクは、変なんだろうね。もう、おかしくなっちゃったんだ。だから、これはエラーだよ、蜜柑」

 

 発動されたのは《イドラオルガノン》の分離プログラムであった。強制分離に蜜柑が声を上げる。

 

「何をやっているの! 今、《イドラオルガノン》単騎になれば……」

 

「蜜柑。ボクはもう、自分に惑うような場所に、いつまでもいるなんて出来ないんだ。この心の赴く先は自分で決める。……だから、決めた」

 

「林檎っ!」

 

《イドラオルガノン》の分離シークエンスが実行され、外側の装備である《イドラオルガノンジェミニ》へと蜜柑が送られる。

 

《イドラオルガノン》本体が飛翔し、なんと《フェネクス》と合流した。

 

《フェネクス》側も攻撃を仕掛けない。どうなっているのだ、と蜜柑が絶句する間に《イドラオルガノン》本体の銃口がこちらに向いた。

 

「……嘘だよね……林檎」

 

 リバウンドエネルギーが充填され、即座に放たれた銃撃から、こちらを庇ったのは《ナインライヴス》だ。

 

 羽根の一枚で受け止めた《ナインライヴス》が是非を問う。

 

『どういう……つもりなのかしら? 林檎』

 

『桃姉。もう、偽り続けるのは無理なんだ。ボクは鉄菜・ノヴァリスを許せない。それに、ブルブラッドキャリアの在り方も。本当のボクの居場所に行きたいだけなんだ』

 

『それが、裏切りの道だって言うの?』

 

 裏切り。浮かんだ言葉はどこか遊離していて、蜜柑はそのまま受け取る事は出来なかった。

 

「裏切り……、桃お姉ちゃん……林檎はちょっとおかしくなっただけなんです。裏切りなんて、そんなはずは……」

 

『ちょっとおかしくなっただけで、妹に銃は向けないわ』

 

 その説得力に蜜柑は言葉をなくす。林檎は再び銃弾を浴びせかけた。《ナインライヴス》が保護し、返す砲撃を放つ。

 

《イドラオルガノン》が舞い、《フェネクス》が前に出た。

 

 見れば《ナインライヴス》はほとんど大破している。こんな状態で戦うのは無理に等しい。それでも、桃は果敢に攻め立てた。

 

 砲塔で敵機を殴りつけようとして、剣術に翻弄される。

 

 弾かれた剣の圧力に《ナインライヴス》が傾いだ。

 

 その隙を見逃さず、浴びせ蹴りが見舞われる。後退した《ナインライヴス》に《フェネクス》の操主が口にする。

 

『最早、あまりにダメージを受けている。その傷でこれ以上如何にするつもりだ』

 

『どう、かしらね。まだいけるかもよ?』

 

『……愚かだ』

 

《フェネクス》が剣を下段に保持し、《ナインライヴス》へと真っ直ぐに向かってくる。《ナインライヴス》のRランチャーが光軸を描き、海面の水蒸気を蒸発させた。

 

 その出力に気圧されず、《フェネクス》が肉薄する。《ナインライヴス》がバインダーよりRピストルを取り出し、《フェネクス》の頭部へと据えた。

 

 しかしその照準は僅かに逸れる。《フェネクス》が肘打ちで《ナインライヴス》の腕を叩き上げたのだ。

 

 人機の構造を理解していなければ出来ない芸当。《ナインライヴス》が応戦する前に胸部を蹴り上げられ、桃の機体が一気に下がった。

 

「桃お姉ちゃん!」

 

『……強いわね。だからこそ、解せないけれど。どうしてこんな真似を?』

 

『自分達は神の奇跡に救われた。いや……あれは悪魔の気紛れと言うべきか……。いずれにせよ、帰る場所を失い、見据えるべき目的を失い、祖国への憧れも失った我々は、もう、神にすがるしかないのだ。その神がエホバと名乗るのならば、我らはその男に従おう』

 

『馬鹿馬鹿しい。あんな見せ掛けの神様になんて、縋ったって……!』

 

『見せ掛けかどうかはこちらで決める。貴様らは所詮、星の外側から来た侵略者。略奪者達だ。ならば、この星に息づく者の代表として、天罰を』

 

『だからっ! そういう考えが馬鹿馬鹿しいって言ってるのよ!』

 

 Rランチャーが放出され、《フェネクス》へと狙いがつけられるが、《フェネクス》は即座に上方へと逃れていた。その機動性に、追従する事は出来ないだろう。

 

『ここは退こう。我々の目的はブルーガーデン国土に眠っていた重量子爆弾の破壊とその力の吸収。教えてやる。《グラトニートウジャフリークス》にはエネルギー兵器を吸収するハイアルファーが組み込まれている。今のこの人機は、最早、ゴルゴダ数基分のエネルギーを溜め込んでいるのと同義。こいつを撃墜すれば……どうなるのかくらいは分かるな?』

 

『脅しってわけ。案外、そっちも余裕ないのね』

 

『どうとでも。世界の敵、ブルブラッドキャリア、天誅は後にしておいてやる』

 

《フェネクス》と《グラトニートウジャ》が機体を翻す。その背に《イドラオルガノン》が続こうとした。

 

「待って! 林檎! 行かないでよ!」

 

 悲痛なる叫びに林檎はどこか醒めたように応じる。

 

『蜜柑。ボクが間違っていると思うのならば、撃てばいい。それが一番に分かりやすいはずだ』

 

 撃つ、と蜜柑はその手にある引き金を見やる。これで撃てば、林檎を元に戻せるのだろうか。元の関係に、戻れるのだろうか。

 

 ――無理だ。きっと戻れない。

 

 撃ってしまえば、それは決定的な断絶となる。それでも、ここで林檎に行って欲しくないのが自分の欲求だった。

 

「林檎……お願い、行かないで。傍にいてよぉ……」

 

『蜜柑。そんなだから、ボクはもう、キミと一緒に人機に乗るつもりはない。戦いたくなければいくらでも道はある。今度会う時は戦場以外が、出来ればいいね』

 

《イドラオルガノン》が身を翻していく。その背中に、《ナインライヴス》も照準出来ないようであった。

 

 突然の裏切り。否、ともすればもっと前から。林檎の心には迷いが生じていたのかもしれない。

 

 それを見抜けなかったのは、一番近くにいたくせに、何も理解していなかった自分の怠慢だ。

 

「嫌……林檎、嫌……」

 

『蜜柑。現時点では撤退が望ましいわ。アンヘルも爆発で勢いを挫かれたみたいだし、今なら補給に持ち越せる』

 

「……桃お姉ちゃん。冷酷なんだね。林檎が! 行っちゃったんだよっ!」

 

『……冷酷でも、前に進まないとどうしようもないのよ。それがブルブラッドキャリアなんだから』

 

 蜜柑は呻きながら《ゴフェル》への帰投信号を受け取った。帰る場所がまだある。それだけでもまだ救われているのだろうか。

 

 林檎は、《ゴフェル》に居場所を見出せなかった。

 

 ――それだけで? それだけで何もかもを諦めてしまうなんて。

 

 しかし、理由なんて人それぞれなのだ。

 

 きっと、それだけでも、彼女からしてみれば耐え難かったのだろう。

 

 アンヘルの部隊も艦隊司令部へと帰っていく。互いに痛み分けの形でこの戦いは幕を閉じた。

 

 撃墜された人機はどれほどにも上るだろう。

 

 蜜柑は《ナインライヴス》と《カエルムロンド》、それに救われた形のトウジャの改良機と共に《ゴフェル》格納庫へと帰還する。

 

 整備班が声を張り上げた。

 

『帰還だ! 総員、整備準備! すぐに出せるように仕上げておけ!』

 

 蜜柑はしかし、すぐに《イドラオルガノン》から降りる事は出来なかった。

 

「林檎……どうして。どうしてミィに、何も言ってくれなかったの? この世界でたった二人の……、姉妹じゃないの?」

 

 替え難いものではなかったのだろうか。自分なんて所詮、ただの砲手で、ただのお荷物。

 

 その認識が林檎の全てであったのならば、自分はもう、生きていく価値なんて……。

 

 その時、コックピットを強制射出で外側から開かれた。涙が頬を伝っているのを桃に目撃される。

 

「ごめんなさい、桃お姉ちゃん……。どうしたって……無理で」

 

「いいのよ、蜜柑。よく……帰ってきてくれたわ」

 

 その言葉だけで、蜜柑は救われていた。桃の胸に寄り添い、嗚咽を漏らす。

 

 耐えられなかった。自分達に試練ばかり課すこの星と、敵意に。何がそうさせたのだろう。何が、自分達をここまで追い込んだのだろう。分からない。分かりようもない。

 

 そのような想像を抱いて、また目を腫らす。涙が止め処ない。

 

 蜜柑はこの日、血を分けた半身と別れる、残酷な運命に弄ばれていた。

 

 


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