ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯287 空白の勝利者

『愚者がァッ!』

 

《キリビトアカシャ》の剣が血塊炉へと入った。青い血潮を撒き散らし、痙攣しながらも、《スロウストウジャ是式》は止まらない。もう、止まらぬと決めた男の意地が、人機を衝き動かしていた。

 

『行くぜ。零式抜刀術、最終奥義……!』

 

『融けろ!』

 

《キリビトアカシャ》が鞭のようにリバウンドの剣を振るう。その膂力に《スロウストウジャ是式》は振り回されそうになったのも一瞬、剣を突き上げ、その勢いさえも借りて前に進む。

 

 最早、退路はない。彼は全てを捨ててでも、この戦いに勝つつもりであった。

 

「……アイザワ」

 

 涙が伝い落ちる。届かない叫びに、進むと決めた男の咆哮が入り混じった。

 

『――零閃、唯殺』

 

 紡がれた技の名前に、《キリビトアカシャ》と《スロウストウジャ是式》が交錯する。一瞬だけ機体が重なったと思われた刹那、《キリビトアカシャ》が剣を払い、《スロウストウジャ是式》から血塊炉を奪い取る。

 

『……見切った』

 

《スロウストウジャ是式》が激しくかっ血した。身体を半分持っていかれた形の《スロウストウジャ是式》の背筋から青い血飛沫が噴き出す。

 

『残念だったな。勝者はこのメタトロンだ!』

 

 哄笑が響き渡ったのも一瞬、直後、《キリビトアカシャ》の巨体に一条の亀裂が走る。

 

 敵人機がそのずれを押さえ込もうとしたその直後。砕かれた装甲が遊離し、キリビトの頭部が真っ二つに打ち砕かれていた。

 

『まさか……、こんな事で! モリビトでもない奴に……!』

 

『喚くなよ。性根が悪いぜ』

 

《スロウストウジャ是式》が剣を払う。その切っ先には《キリビトアカシャ》のものと思しき血塊炉が突き刺さっていた。

 

『アムニスの序列一位の、このメタトロンが……、ただの人間に負けたというのか……!』

 

『序列だとか、云々はどうだっていい。お前はおれの女に手ぇ出した。それだけの、雑魚だったって話だ』

 

《キリビトアカシャ》の機体が両断される。今までこの空域で翻弄し続けた人機は、高重力の網に抱かれ、自らの放ったブラックホールの中へと吸い込まれていった。

 

 欠片さえも残さぬ死にようやく、と口を開こうとして、《スロウストウジャ是式》も満身創痍だと知る。

 

 傾いだ人機がそのまま、青い爆弾の園へと落ちていこうとした。

 

「アイザワ!」

 

『ゴメン、な……、瑞葉。男らしい事、何にもしてやれなくって……』

 

 直下の爆弾にその機体が埋もれると思われた瞬間、一機の人機がその手を取っていた。

 

「《カエルムロンド》……どうして……」

 

 自らの捨て去ったはずの愛機がゴーグルに生命の輝きを灯らせる

 

『もしもの時にって……茉莉花の言った通りになったわね』

 

「その声は……《ゴフェル》のシステムAIの……」

 

『ルイ、よ。《ゴフェル》の守りが手薄になるから気が進まなかったんだけれど、こんな展開になるなんてね』

 

 ルイが操っている《カエルムロンド》が《スロウストウジャ是式》を担ぐ。その有り様に、瑞葉は絶句していた。

 

 空間を漂う瑞葉のコンテナを、《カエルムロンド》が回収する。

 

『ここも長くは持たない。《キリビトアカシャ》は無茶苦茶をやり過ぎた。……そのトウジャに乗っている人間も。すぐに引火するわ。そうなった場合、どれほどの規模の被害が出るか……想像も出来ない』

 

『……んだよ……カッコつけて死なせてもくれないのか……』

 

 ぼやいたタカフミに、瑞葉は言いやる。

 

「アイザワ……生きてもいいんだ。わたし達は、生きても……」

 

 その言葉が通じたのかどうかは分からない。ただ、彼の声はどこか達観を帯びていた。

 

『ああ、でもいっか……。死ぬよか、生きて瑞葉と結ばれるほうが……それはいい夢だ……』

 

《カエルムロンド》がコンテナより自分を誘導し、コックピットハッチを開く。

 

 瑞葉は飛び乗るなり、上昇機動をかけた。

 

『無茶をするわね』

 

「お互い様だろう。……どうして今になるまで出てこなかった?」

 

『それも、お互い様でしょう? 敵に愛した男がいるなんてね』

 

「……居て悪いか? アイザワはわたしの一生でたった一人の、愛した人だ」

 

『……恥ずかしげもなくよくも……。すぐに離脱するわよ!』

 

 アイザワの機体を伴い、《カエルムロンド》が空間を抜けていく。爆発の光と衝撃波が迫り、直後、空間が鳴動する。

 

《キリビトアカシャ》の残骸が塵も残さずに消え失せた。この世にあった証明も存在せずに虚無へと呑まれていく背景に、瑞葉は絶句する。

 

「こんなもの……ブルーガーデン国土が……」

 

『消滅する……』

 

 ルイの声を聞く間も惜しい。瑞葉はペダルを踏み込み、全力に振った推進剤を焚かせて青く煙る悪夢を抜け切った。

 

 しかし、余剰衝撃波はかつての祖国を地図から消し去るだけに留まらない。

 

 海面が波打ち、発生した津波が次々とアンヘルの艦隊を押し包んでいく。人機の高度に達した大津波に、艦隊がおっかなびっくりの航路を取った。

 

 瑞葉はタカフミの《スロウストウジャ是式》の通信コードを用いる。

 

『何をするの?』

 

「……この海域からの出来るだけの離脱を……」

 

『敵よ!』

 

「だからって……! こんな不条理で死んでいくのは我慢出来ない……。きっと、クロナだってそう言うはずだ!」

 

 広域通信に繋いだ《カエルムロンド》が《スロウストウジャ是式》を触媒にして回線を開く。

 

「こちらはブルブラッドキャリアの人機。故あって今! ブルーガーデン国土が大量破壊兵器によって消滅する! その余波に巻き込まれたくなければブルブラッドキャリアとラヴァーズ側の指示に沿え!」

 

『馬鹿馬鹿しい! こんなの聞き入れると思う?』

 

「相手が人道的なら……一人でも生かすはず」

 

『呆れた! ……助けるんじゃなかったかな』

 

 バベルとやらが使えない今、アンヘルでも通信障害が発生しているはず。何を信じればいいのか分からないこんな時に、何も出来ないのか。

 

 悔恨を噛み締めたその時であった。

 

 一隻の艦が自分の信号を受諾し、他の艦隊へと通達したのが伝わる。それが次々に広がっていき、艦隊司令部がようやく動き出した。

 

 前を行く《モリビトイドラオルガノン》へと、瑞葉は接続する。

 

「《イドラオルガノン》! 攻撃は中断するんだ! ブルブラッドの爆弾の余波が来るぞ!」

 

『攻撃中止……? バカな事を言わないでよ。こいつらを蹴散らせば、何もかも……』

 

「そういう領域は過ぎたんだ! 国土を消滅させるほどの爆発だ……どれほどの被害が出るか想像もつかない」

 

 こちらの声音が迫真めいていたからだろうか。《イドラオルガノン》が攻撃を中断する。

 

『……信じたわけじゃないから』

 

 捨て台詞を聞きつつ、瑞葉は背後に迫る青い靄の爆風を目にする。

 

 遠雷が響き、紺碧の霧が瞬く間に押し広がった。爆発の衝撃波だけで、近くの離れ小島が跡形もなく粉砕される。

 

 こんなもの、受ければどれほどの被害か分からない。

 

 撤退機動に入る艦隊であったが、それでも波にさらわれ、今にも航行不能に陥る艦もあった。

 

 このままでは大量の死者が出るだろう。瑞葉は握り締めた操縦桿に力を込めた。

 

《カエルムロンド》が身を翻す。

 

『瑞葉! 何をやっているの!』

 

「……人機の攻撃で少しでも減殺出来ないか、試す」

 

『無理だって! こんな規模の爆発……想定出来ていないし……何より今の《カエルムロンド》なんて……』

 

「でも、クロナなら! 最後まで抗うはずだ! たった独りでも、世界に立ち向かうはずだ! そうだろう! なら!」

 

 自分一人の犠牲でいいのなら、と《スロウストウジャ是式》を手離そうとして、そのマニピュレーターががっちり掴まれている事に気づく。

 

『……ここで、死なせるかよ……』

 

 伝わったタカフミの決意に瑞葉は爆心地を睨んだ。少しでも爆風と衝撃波を逸らせるのにはどうすればいいか。

 

 相手もブルブラッド――血塊炉の代物のはずだ。ならば、血塊炉をぶつければ、どうにか出来るはず。

 

 だが、何も思い浮かばない。そのような状況でも、紺碧の暗礁は迫る。

 

『思い浮かばないんならさっさと逃げて! 鉄菜だって……ここまでは』

 

「違う! クロナなら、絶対! どうにかしてくれるはずだ……、クロナならどうする?……クロナなら……」

 

『瑞葉……。最後まで、付き合う、からさ……。傍にいてくれよ』

 

 死に体の《スロウストウジャ是式》が起動する。光の宿ったデュアルアイに瑞葉は首肯していた。

 

「二機分の血塊炉を自爆させて、衝撃波を相殺させる」

 

『何言ってるの? そんな事をしたって、被害は――』

 

「食い止められないかもしれない。でも、一人でも助かるのならば、意義はあるはず!」

 

『瑞葉……行くぞ……』

 

 稼動した《スロウストウジャ是式》と共に、瑞葉は血塊炉の自爆シークエンスを起動させようとする。

 

 泡沫の再会であったが、これでいいのだろう。

 

 元々、結ばれようもないのだ。天使と人間は。

 

 だから、これは似合いの結末。だというのに……。

 

「ああ、涙が止まらない。止め処ないんだ……」

 

 どうして、天使に泣くなんて機能をつけたのだろう。どうして、こういう時、ヒトに成り損なった自分は何もかもを捨て切れないのだろう。

 

「鴫葉……枯葉……わたしは死ぬのが……怖い。失うのが、怖いんだ……」

 

 それでも、と自爆のキーを打ち込もううとして、ブルブラッドの濃霧が辺りを押し包んだ。瞬間的な暗黒が舞い降りる。

 

 一寸先も見えぬ闇の中、青い辻風が自分へと襲いかかろうとするのが、明瞭に「視えた」。

 

 終わりは、こうも容易いのか。

 

 闇に沈んだ視界と感覚で彷徨い、瑞葉は瞼を閉じる。

 

 その時であった。

 

 闇が不意に晴れた。

 

 ブルブラッドの大質量破壊兵器の灼熱と暗礁が消え失せ、辺り一面が唐突に元に戻る。

 

『何が……』

 

 起こったのか。それを最初に理解する術を持たなかった。

 

 眼前に訪れたのは原罪の青をそのままに引き移したような、寸胴の機体である。見知らぬ人機にたじろいだのも一瞬、ルイは敵意を滲ませた。

 

『《グラトニートウジャ》……。彩芽を……マスターをやった……!』

 

 不意に視界に大写しになった《グラトニートウジャ》とやらが迫った青い悪夢の鉤爪を、全て取り払っていた。

 

 グラトニートウジャの顎のような巨大な腕が瞬く間に吸い込んでいく。その時間は僅か一分にも満たない。

 

 全ての爆風と衝撃が失せてから、《グラトニートウジャ》が青い血潮を全身に巡らせ、蠢動した。

 

「この人機……ただの機体じゃない。まさか、この感覚は……」

 

 間違いない。自分は、この人機と同じものを「知っている」。経験がある、という確信に、瑞葉は言葉を紡いでいた。

 

「ハイアルファー……人機?」

 

 識別信号が不明のままの《グラトニートウジャ》がこの空域を俯瞰する。その眼差しには、どこか諦観が読み取れた。

 

「……お前は誰なんだ?」

 

『名乗るほどの名前もない。もう、僕には……名乗るべき相手もいなくなってしまった……』

 

 掠れたような声の操主へと声を投げようとして、不意に割って入った高機動の人機の機影に瑞葉は構える。

 

 黄金の機体色に独特のシルエットはある人機を想起させた。

 

「バーゴイル……! ゾル国の陣営か!」

 

『《フェネクス》だ。ロンド系列の機体と見受けたが……識別信号がないな。カイル、こいつを斬るぞ。いいな?』

 

 どうしてだか、その《フェネクス》なる人機は《グラトニートウジャ》に従っているようであった。振り向けた視線に、肥満体のトウジャが目を背ける。

 

『助けた命の採算だ。好きにするといい』

 

『では……ブルブラッドキャリア、その命……ここで始末する!』

 

 突如として襲いかかった剣筋に《カエルムロンド》では咄嗟の回避行動にも移れない。刃が機体へと食い込み、返す刀が血塊炉を砕こうとする。

 

 制動用推進剤を焚いて逃れようとするも、それは既に読んでいたとばかりに直上に敵が現れた。制するより先に放たれた蹴りがコックピットを激震させる。

 

 姿勢制御バーニアを焚いてようやく持ち堪えるも、やはりというべきか、がたついた機体では万全な高機動人機の攻撃に耐えられない。

 

 回し蹴りが浴びせられ《カエルムロンド》がダメージに打ち震えた。瑞葉は肩で息をしつつ、ようやく敵機を照準する。

 

『おっかなびっくりの射撃など!』

 

 飛び越えた敵機を追撃する前に機体制御系に異常が発生した。

 

『バランサーが狂ってる……! 爆風とお荷物のせいで……』

 

 お荷物。その言葉に《スロウストウジャ是式》から声が伝わる。

 

『瑞葉……手を、離してくれ。おれが荷物になってる……』

 

 外されかけたマニピュレーターを、瑞葉は必死に掴み直した。

 

「離さない! 絶対に! もう離れたくないんだ! アイザワ……」

 

『参ったな……、彼女にカッコいい台詞全部言われちゃうなんて……』

 

『戦場で飯事をするな! 汚らわしいっ!』

 

《フェネクス》の刃が軋り、《カエルムロンド》がプレッシャーソードを握り締めようとして、その袖口が寸断された。

 

『見え見えの剣など! 二天一流、参る!』

 

 後退しかけて、《フェネクス》の勢いに気圧される。敵は本気だ。本気で自分達を取りに来ている。

 

「争いなんて……生き急いでいるだけだ!」

 

『だからと言って言い訳が通用するなど! 女々しい理論を振り翳して、自分を慰めるしか出来ないのかっ!』

 

「負けない……負けたくない……」

 

 斬り返しが胸部装甲を叩き割る。ゴーグルに罅が走り、コックピットがエラーの警戒色で塗り固められた。

 

「負けられないんだぁッ! そうだろ、クロナ!」

 

『墜ちろぉっ!』

 

《フェネクス》の剣が頭部を両断する軌跡を描く。瑞葉は終わりを予見した。コックピットを太刀が叩き割り、この世界を終焉させる。

 

 今度こそ、本当に逃げ場がない。

 

 背後にはアンヘルの艦隊、前方には壁としてそそり立つグラトニートウジャと《フェネクス》。

 

 如何に万策を尽くそうとも、この場では発言権は無意味。

 

「……ようやく、諍いから逃れられると思ったのに……。ああ、クロナ……」

 

 こんな今際の際でも、自分は鉄菜に頼るしか出来ないのか。情けなさに歯噛みした瞬間、砲弾がすぐ脇を掠めた。

 

『背後から?』

 

 うろたえたルイの視界と同期して、《カエルムロンド》の視野が捉えたのは、一機の《スロウストウジャ弐式》の援護砲撃であった。その射線が《フェネクス》の機動をぶれさせる。

 

 まさか、と絶句するより先に新たな火線が咲く。

 

《フェネクス》を退けた《スロウストウジャ弐式》の部隊が上方へと抜ける。

 

『邪魔立てをぉ……っ』

 

『そのロンドの操主に告ぐ。貴官がブルブラッドキャリアであるにせよ、他の部隊に所属にせよ、一は一だ。借りは返す』

 

《スロウストウジャ弐式》編隊の統率力に《フェネクス》が翻弄される。一対多数では如何に単騎での戦闘力が高い《フェネクス》でも押し返すのは難しい。

 

 銃口を添えかねている《フェネクス》へと、《スロウストウジャ弐式》が中天に入った。散開機動に移った《スロウストウジャ弐式》が太陽を背にして銃撃を見舞う。

 

《フェネクス》はその本来の性能を発揮出来ていないようであった。通信に操主の舌打ちが混ざる。

 

『多勢に無勢か……』

 

『諦めな! この女操主に俺らは形はどうあれ、救われたんだ!』

 

『相手はブルブラッドキャリアだぞ!』

 

『それでも、だ。借りは返すのが心情なんで、ねっ!』

 

 精密狙撃が《フェネクス》の肩口を焼く。しかし金色の装甲は簡単には挫けなかった。

 

『惜しいな。だが次はコックピットに当てる』

 

 下方に逃れた三機が再び交錯し、追尾機動に移りかけたその時、黄色の光軸がそのチームワークを霧散させた。

 

『……手を煩わせるな。僕達は、もうこの世界を観続ける事に絶望したんだ。だから、もういい。祖国がどうだとか、この星がどうだとか……、そんなどうでもいい事で立ち塞がるのならば、――僕は世界の敵になる』

 

『何だって言うんだ! あのトウジャタイプ……!』

 

 急速下降していく《スロウストウジャ弐式》へと瞬間移動したとしか思えない速度で《グラトニートウジャ》が迫る。その接近に勘付けなかったのか、あるいは別の要因か、《スロウストウジャ弐式》の頭部が顎の腕に噛み砕かれた。

 

 頭部を失った人機が虚しく空を掻いて海面に没する。

 

 茫然と眺めていた瑞葉はルイの声にようやく我に帰った。

 

『離脱するなら、今しか!』

 

「でもっ! 今退けば、みんな墜とされる! みんな死ぬんだ!」

 

『馬鹿っ! だからってあんたが死んでいい理由になるの?』

 

 ぐっと唾を飲み下し、瑞葉は機体を翻そうとする。

 

『……逃すか』

 

《フェネクス》が援護の檻を超えてこちらへと急速接近する。その加速度に瑞葉は腰に据えていた小型爆弾を投擲した。

 

 元々、重量子爆弾破壊のための策であった兵器はこの時、正常に稼働した。炸薬が《フェネクス》の視界を眩惑し、敵機が後ずさる。

 

 その期に乗じて、瑞葉は火線を張りつつ離脱に入ろうとしていた。今の自分は所詮お荷物だ。

 

 ここでは一度撤退し、体勢を立て直す事が先決だろう。

 

 苦渋の末にそう判じた神経が後退という選択肢を取る前に、思わぬ一撃が割って入った。

 

 リバウンドの精密狙撃は《イドラオルガノン》のものだ。その弾頭が《フェネクス》へと牽制のように入ったのである。

 

 敵機は回避したものの、まるで硬直したように動かなくなった。

 

「何か仕掛けでも……? 《イドラオルガノン》が……?」

 

 にわかには信じられない瑞葉へと、《イドラオルガノン》が光通信を放つ。その交信を瑞葉は読み取っていた。

 

「……レジーナなのか? 何を言っているんだ、ミキタカ姉妹は……」

 

 その真偽を確かめる前に《フェネクス》もそれに応答を打つ。

 

『そうだ……って、何を言い合っているの? 早く撃墜しなさいよ! 《イドラオルガノン》!』

 

 ルイの言葉に《イドラオルガノン》が静かに銃身を向けた。迷いのない殺意に瑞葉は肌を粟立たせる。

 

 急上昇してその一撃を回避した。

 

『撃ってきた? 何で!』

 

「分からない。分からないけれど……《イドラオルガノン》は……」

 

 オレンジ色の眼窩をぎらつかせ、《イドラオルガノン》が沈黙していた。

 


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