ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯285 悲哀の戦場

 久方振りに自分の人機を動かすというのはやはり集中力を要する。瑞葉は《カエルムロンド》を飛翔形態に移行させ、ブルーガーデン国土を視界に入れていた。

 

 既に滅びた場所。生命の息吹一つ感じられない絶対の土地。《カエルムロンド》の操作形態が現行の人機と同じで瑞葉は安心する。これならば滞りなく作戦を実効出来るだろう。

 

「策敵高度に入った。現状、敵影は……」

 

 ない、と口にしようとして不意打ち意味の照準警告に《カエルムロンド》へと回避機動を取らせる。

 

 やはりというべきか、備えていた敵機へと《カエルムロンド》は炸裂弾頭を撃ち込んでいた。相手の視野を眩惑する弾頭が弾け飛び、最低限の戦闘でこの場を制そうとするこちらに対して火線が張られる。

 

 習い性の身体のお陰か、それとも《クリオネルディバイダー》に乗っていたのでブランクが少なかったためか、この時瑞葉は敵の包囲網を容易く抜けていた。

 

「このまま……爆弾の生成地まで……」

 

 行ければ、と思った刹那、真正面から針路を遮ってきた人機に、近接戦用の兵装を掴ませる。

 

 プレッシャーソード同士がぶつかり合い、干渉派を拡大させた。

 

「邪魔立てするのならば!」

 

 撃墜する構えを取ったこちらに、相手は剣筋を払って背後を取ろうとする。その澱みない動きに、瑞葉は舌打ちした。

 

 ――これはエースの動きだ。

 

 そう断じた瑞葉は機体を滑らせ、刃を叩き込もうとする。想定通りの場所に相手の切っ先が来て、互いに僅かな後退をする。

 

「下がれ! 下がるのならば……!」

 

 ライフルで相手を遠ざけようようとするが、敵機はこちらの銃撃を掻い潜って接近戦を試みた。

 

 プレッシャーソードを捨て去り、腰から実体剣を抜き取る。次に咲いたスパークは先ほどまでとは段違いであった。

 

 機体が確実に押されている感触に、瑞葉は歯噛みする。

 

「実力者……、それ相応の。ならば……!」

 

 敵機を蹴りつけ、距離を取ろうとするが相手は執念深くこちらへと追いすがってくる。

 

 その型式は《スロウストウジャ弐式》ではない。最新鋭の機体であるのが窺えた。

 

『ブルブラッドキャリアの人機か……。墜ちろよッ!』

 

 接触回線に響いた声音に、瑞葉はハッとする。今の声に聴き覚えがあった。

 

「まさか……まさか……」

 

『どうした、ブルブラッドキャリアのロンドモドキが。この程度かよォッ!』

 

 昂った声音もそのままだ。瑞葉は回線を開いていた。

 

「アイザワ……なのか?」

 

 その声に敵人機から殺意が凪いでいく。

 

『……どうして? 瑞葉の……声……?』

 

「アイザワ、わたしだ! 瑞葉なんだ!」

 

 声にしてもタカフミの乗っていると思しき機体は攻撃をやめない。

 

『……そういう兵器かよ。愛する人の声を騙ってェッ!』

 

「違う……違うんだ! アイザワ! 本当にわたしなんだ!」

 

『黙れよ……。ブルブラッドキャリアってのは、本当に汚いんだな、こうやって、人の心を弄ぶ……。そんなこけおどし、この《スロウストウジャ是式》に通用するかよ!』

 

《スロウストウジャ是式》が実体剣を振るい上げる。どうして、と瑞葉は頭を振った。

 

「どうして……分かり合えない。どうしてっ! こんなところで……!」

 

『黙っていろ! おれの愛する人の声で囀るなァッ!』

 

「アイザワっ! わたしは!」

 

《カエルムロンド》の保持するライフルが断ち切られる。上昇機動に移ろうとした《カエルムロンド》を《スロウストウジャ是式》は性能で凌駕した。

 

 すぐさま脚部を掴み取り、そのまま機体出力で振り回す。瑞葉は咄嗟に制動用推進剤を焚いて動きを制そうとするも、直後には銀の太刀が迫る。

 

「アイザワ! わたしなんだ……、どうしてこんなにも残酷な……、残酷な事が……」

 

『残酷なのはお前達だろうに……! この世界を混沌と闇の中に落とそうとする悪の権化、おれが、ここで打ち倒す!』

 

《スロウストウジャ是式》が突き飛ばし、《カエルムロンド》が今にも崩れ落ちそうになる。機体制御を整え、《カエルムロンド》がバックパックを点火させた。

 

 赤い翼が映え、青く染まった大地を突っ切っていく。地表ギリギリを飛翔するこちらへと、《スロウストウジャ是式》はプレッシャーライフルを引き絞った。必殺の照準だ。

 

『逃がすかよ……。世界の敵は、ここで!』

 

「アイザワ……、もう、分かり合えないのか。……だったら、わたしは、今守るべきもののために戦う! それが、クロナに報いる事だというのならば……」

 

 振り返り様に腰に提げた予備のライフルを一射する。タカフミの機体がすぐに上昇機動に移った。直上からのミサイル掃射がこちらを狙い澄まし、絶対の攻撃網へとこちらを打ちのめそうとする。

 

「嘗めるな。わたしだって……操主だ!」

 

 振り仰ぎ、《カエルムロンド》がミサイルの雨を撃ち落としていく。爆発の光輪が広がる中、真っ逆さまに銀の太刀が襲いかかった。

 

『その首、もらった!』

 

「やらせない!」

 

 プレッシャーソードを引き抜き、その一閃を受け止める。相手人機の頭部から機銃掃射が見舞われた。

 

 実体弾が《カエルムロンド》の頭蓋を打ち砕こうとしたのを辛うじて回避した。脚部スカートバーニアに点火し、《カエルムロンド》は射線を逃れようとする。

 

「このまま……爆弾の中継地点へと向かう」

 

 あくまでも自分の目的は爆弾の破壊。それが急務のはずだ。《カエルムロンド》のゴーグル型の眼窩が輝き、照準を補正させた。

 

 その時、突然に機体へと負荷がかかった。青い濃霧が押し包み、人機の関節部を軋ませていく。

 

「ブルブラッドの高重力……、中枢に近いというわけか……」

 

『逃がすかよ……、ブルブラッドキャリア!』

 

 タカフミの機体の敵意をかわし、ブルブラッド濃度の高い空間へと突っ込む。

 

 紺碧の悪夢の中、二機はそれぞれの悪意を乗せて空域を走っていく。《スロウストウジャ是式》の実体弾が空間を裂いたが、その弾頭は青い闇に包まれて失速した。

 

『高重力……そのせいで弾速が落ちるのか。なら、プレッシャー兵器で……』

 

 プレッシャーライフルを構えようとして、《スロウストウジャ是式》が急に速度を落とした。ブルブラッド濃霧が作り出す逆転重力が磁場を発し、人機の機動力を抑えていく。

 

「なんて事……。人機の機動力をどうこうしてしまうほどなんて……。これでは……、なら、出力を上げて……」

 

 推進装置を最大まで設定し、《カエルムロンド》が疾走する。加速度に包まれた直後、不意に景色が開けた。

 

『……何だこれは……』

 

 彼も知らされていなかったのだろう。眼前には、青い罪の果実が、熟れたように照り輝き、樹木を思わせる発達装置から下がっている。

 

「これが……ブルブラッド重量子爆弾の……その栽培地……」

 

 生成地ではなく「栽培」という言葉が自然と口をついて出たのは、目の前の爆弾の樹海がそれしか思い浮かべさせなかったからだろう。

 

 レギオンは世界を破壊する爆弾を「栽培」している。ヒトの理から抜けた者達が、自然の理の紛い物を使って、何もかもを破壊の向こう側に置こうとしている。

 

 それを看過出来るほど、自分は達観してもいない。

 

 起爆装置を実行し、この樹海を焼き切るのが自分の役目だ。

 

 小型誘発爆弾をライフルへと備え付けようとして、《スロウストウジャ是式》の銀閃が瞬く。《カエルムロンド》を急速後退させ、瑞葉は声を振り絞っていた。

 

「分かってくれないのか……アイザワ!」

 

『分かるも何も……、こんなもの……。だがおれは軍人だ! 兵器開発が必要だというのならば、それを推し進めるのも、軍人の……』

 

 今のタカフミはかつての自分と同じだ。規定されたようにしか動けず、その枠組みから出ようとしてもがいている。

 

 そんな似姿を、見たくはなかった。これ以上、争いと憎しみの種を生むのが世界だというのならば。

 

 ――わたしは。

 

「……アイザワ。わたしが瑞葉である、証明があればいいのだろう」

 

『何を……』

 

 コックピットのロックを外す。頭部コックピットの気密が漏れ、紺碧の有毒大気が分け入ってくる。

 

 その逆巻く風の中、瑞葉は身体一つで《スロウストウジャ是式》と向かい合っていた。

 

 タカフミが絶句したのが伝わる。

 

『まさか……そんなパフォーマンスで、おれの心をどうこう出来るとでも……!』

 

「アイザワ! わたしの声を聞いてくれ! この声を!」

 

『嫌だ……聞こえない。聞きたくない! 愛する人が……死んだと思っていたのに……それを糧にして、戦えたのに……おれは』

 

「目を背けないでくれ! わたしから、目を!」

 

 タカフミが嗚咽を漏らす。その声と共にプレッシャーライフルの一射が《カエルムロンド》のすぐ傍を掠めた。

 

 青い空間を光条が突っ切っていく。

 

『頼む……頼むから……おれにこれ以上、大切なものを失わせないでくれ……』

 

「アイザワ……。わたしも同じ気持ちだ。だから……だからこそ、この世界をよくしたい。協力してくれ! お前がいてくれるのなら、わたしはこれ以上に心強いものはない。撃つべき敵はお互いではないはずだ。ここで撃つべきなのは……見えているだろう、アイザワ! 目を背けるな!」

 

 青い樹海。人ならざる者が作り出した架空の楽園。この地獄絵図を壊すのは、人だけだ。人だけが、この闇を破壊出来るはず。

 

 タカフミは何度も躊躇いの照準を向ける。ああ、と悲痛な声が漏れ聞こえた。

 

『おれは……もう誰も……撃たなくっていいのか? 誰も、殺さなくっても……』

 

「アイザワ……。わたし達は、分かり合え――」

 

 刹那、直上より天地を割ったのは大型人機の放つ雷撃であった。

 

 

 


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