戦闘の光だ、とリックベイは《コボルト》から望んだ景色に発見する。
即席の操主席に収まったリックベイはUDの言葉を待っていた。今までの彼ならばモリビトとの介入を心待ちにしているはず。しかし、今の彼からはそのような感覚は凪いでいた。理由は分かる。自分の存在だ。
ハイアルファー【ライフ・エラーズ】。意図していないとは言え、犠牲者を増やしてしまった。それが彼の心に沈殿しているのだろう。
リックベイは言葉を振っていた。
「わたしの事は気にするな。君が……まだ人間を捨て切れなかった、その証明だ。やはり君は人間なんだ」
「……俺は人間じゃない。永遠に生き続ける宿命を持った生命体など、人間であるものか」
「いや、人間だろう。そういう風に感じられる心があるのならば、まだ人間なんだ」
こちらの言葉とUDの心は平行線のようであった。自分がモリビトとの戦いに割って入らなければ、彼はこれ以上の悲しみを背負わなくてもよかったのかもしれない。
あるいはそれより以前か。零式抜刀術を彼に叩き込まなければ、彼は悲しみの戦士として、戦場に舞い戻る事もなかったか。
しかし、それは彼が望んだ事。モリビトと再び合間見えるため、戦いの舞台に戻るのを選んだのは彼自身なのだ。ならば、その決定に異議など挟めるわけがない。
彼は、己の意地で、戦いへの螺旋を選び抜いた。ならば、それを賞賛するのが自分の役目。
師であるのならば、弟子の面倒は最後まで看るべきだ。
「……キリ……UD、まだ、戦いを続けるのか?」
「艦隊司令部まで行けば、俺の権限は蘇るはず。そうなれば、《コボルト》に代わる新たな機体をあてがわれるだろう。《コボルト》を解析にかければ、あなたにかかった呪縛を解く方法も……」
「UD、君は誤解しているな。呪縛など、思っていないよ。君はわたしを救ってくれた。命の恩人だ。だから、わたしが君に報いる番なのだ」
「……身勝手な事なんだ。俺のエゴであなたに呪いをかけた」
「それは違う。むしろ……生き長らえた事、新たなる因果だとわたしは思う。まだ生きていろと世界が告げたのだ」
掌に視線を落とす。ハイアルファーの加護が何かをもたらすかに思われたが、実際にかかってみれば、何も変わらない。
脈動が消えた、それだけのシンプルな事。死んでいるのに生きているという矛盾。彼はその矛盾に長く苦しめられてきた。
本当に……長い間。モリビトを追う事のみを考えて。それのみを糧として。
「……UD。艦隊司令部に戻ったとしても、このままでは《コボルト》における継続戦闘は不可能だろう。それに……この戦闘の光は大部隊による殲滅戦だ。恐らくはブルブラッドキャリアがいる。その戦闘へと途中介入したところで、我々に出来る事はない」
「……ではどうしろと」
「今は待て。待つのも時間を消費する術だ。機会を待ち、その上で戦う。君が今までやってこれた事だろう」
「だが……もしこの戦闘でブルブラッドキャリアとの雌雄が決すれば……」
「焦るな、とも言っている。六年間待てたんだ。今さら、それくらいなんて事はないはずだろう」
《コボルト》が艦隊司令部へと伝令を打つ。この戦闘でブルブラッドキャリアとの完全決着とはいかないはずだ。そこまで簡単に世界は出来ていない。しかしこれはまたしても、世界に打撃を与える戦いのはず。それだけは確信出来た。
「……ブルブラッドキャリア。その志がたとえ間違いでも、それでも前に進むか」
自分達と同じだ。どれほどまでに間違いを犯しても、それでも前を向く。罪を直視する。それが星の人々に与えられた原罪を贖う方法だというのならば。
今は従おう。
それだけの答えであった。
「艦隊より入電。《コボルト》は後方艦隊に合流後、収容し、新たな任務を待て。……分かっていた事だが」
さすがにこのまま戦闘継続ではないだろう。ある程度は理解していたが、問題なのは自分の身柄である。
処刑されたはずの自分を、軍はどう認識するか。それだけが気がかりであったが、UDは言ってのける。
「俺には特別権限がある。特殊状況下における判断は艦隊の司令官よりも上だ。少しでも弁明を考えておくとしよう」
《コボルト》が推進剤を焚いて、後方艦隊へと向かっていく。前線で咲く戦闘の瞬きはさらに苛烈に、激しさを増していくのが窺えた。
バベルシステムの掌握という事実は、アムニスにとっては優位に働く。殊に、レギオン中枢がほとんど意味を成さない現状、脳内ローカルネットワークで接続されたアムニスは、一手先を打てていた。
渡良瀬は駐在軍の司令官に声を振る。
「……最新の情報です。ブルブラッドキャリアの質量兵器が惑星軌道に入る……、この期に乗じ、惑星の地下より星を牛耳っている特権層を排除する。そうなれば、相手は宇宙軍の有用性を少しでも認めざるを得ないでしょう。司令官、あなたの有用性も」
こうやっておだててやればアムニスは動きやすくなる。少なくとも、この宇宙駐在軍での最優先順位としては高くなるだろう。
どの道、彼らに先はないのだ。惑星が潰えるか、あるいは無事に済むかという瀬戸際で、誰かに頼らざる得ない時点で選択肢は少ないだろう。
「……旧ゾル国陣営のコミューンへと爆弾が落とされた、という情報を得たが……」
「なに、間に合わせですよ。その情報でさえも。信じるか信じないかというのは、司令官の度量次第ですが」
「今は、質量兵器破壊に手を打ちたい。だが……」
まだ決め手には薄いか。もう一手と思いかけて不意打ち気味のレーダー班の声が遮る。
「熱源が惑星より急接近! 我が方の射程圏内へと入ります!」
「何者か!」
声を張った司令官へと部下が投射画面に映し出す。
その姿に渡良瀬は舌打ちした。
「両盾のモリビト……」
「モリビトだと? どうして上がってきている? 惑星の防衛部隊はどうした?」
防衛部隊の不手際を呪う前に、渡良瀬は魔法の言葉を吐いていた。
「ここで打ち間違えれば我が方の不利に転がります。どうかご判断を……」
呻った司令官はすぐさま問い返す。
「……出来るのだろうな?」
「問題ないですとも。そのためにいます」
身を翻した渡良瀬は脳内同期ネットワークへと問い返す。
――やれるか?
応じたのは旧ゾル国カタパルトに接続されたイクシオンフレームであった。搭乗するシェムハザとアルマロスが声にする。
『絶対に撃墜してみせる。我々は天使だ』
『……ねぇ、渡良瀬ぇ……。痛いの、痛いの、痛いのよ……。どうにかしてぇ……、熱くて熱くて……』
アルマロスはもう限界に近いかもしれない、と渡良瀬は感じ取る。だが、所詮は序列五位の女。そこまでならばその程度でいい。
どうせ墜ちるのならば、終わりは潔いほうがいいはずだ。
「《イクシオンアルファ》と《イクシオンガンマ》は連携して攻撃。攻撃対象は、言うまでもないな」
『しかし、いいんですかね、渡良瀬。だって《モリビトルナティック》が落着すれば、地上は大災害ですよ』
「なに、それでも我々は天使。下々の者達を導くためにある」
地上が災いに染まれば、その時こそ天使は囁く。
シェムハザがフッと笑ったのが伝わる。
『あなたの考えはやはり読めない。ですが、それでも最後の最後まで、天使として戦い抜きたいと思いますよ』
『ねぇ……渡良瀬ぇ、どうにかしてよ……ぉ』
「《イクシオンアルファ》、及び《イクシオンガンマ》、出撃。モリビトを撃墜しろ」
有無を言わせぬ命令に、カタパルトへと接続されていた二機が駐在軍より推進剤を引きながら飛び立っていく。
その軌跡を眺めながら、渡良瀬は呟く。
「……なに、地上が堕ちてもアムニスは輝くさ。それが天使の役割ならば」
モリビトが質量兵器に向かって立ち向かっていく。その小さな瞬きが今の彼らの希望なのだろう。
「その希望、潰えさせてもらう」