「クロは逃れた! 林檎、蜜柑! これからが、腕の見せどころよ!」
《モリビトシンス》が空域から完全に離れた事を確認し、《ナインライヴスピューパ》に収まった桃は声にしていた。しかし、一時として油断は差し挟めない。
先ほどからこちらを執念深く狙ってくる人機の名称を、桃は照合結果に紡いでいた。
「ハイアルファー人機……《ラーストウジャイザナミ》……」
振るい上げられた異形の腕がこちらの砲身と打ち合い、干渉波を拡大させる。
『モリビトは……敵ィ……っ!』
開いた接触回線に桃は砲門を突き上げていた。
「やる気だって言うのなら、こっちだって! 《ナインライヴス》!」
弾き返した《ナインライヴス》はしかし、明らかに勢いが足りていなかった。やはり接近戦特化の《モリビトシンス》や《イドラオルガノン》とは違い砲戦特化の機体では限界がある。
『遅い、鈍い! モリビトは、潰す!』
反射した敵機の勢いに、桃は歯噛みする。ここまでしつこく追いすがってくる敵だ。それなりの因縁の持ち主だろう。
「だからって、モモは、ここでやられるわけにもいかないじゃない!」
四枚羽根を回転させ、内側に収納したRピストルを掃射する。リバウンドの銃撃は相手へと吸い込まれたが、そのほとんどは霧散した。
「……話に聞いていた新しいハイアルファーの機能ってわけ! でもモモだって!」
負けていられない。否、負けられないのだ。
《ラーストウジャイザナミ》が蛇腹剣を拡張させる。一気に決めるつもりの相手へと、《ナインライヴスピューパ》は四枚羽根を下ろした。
四枚の防御武装羽根はそのまま、スカート状の意匠となる。
「《モリビトナインライヴスピューパ》、エクスターミネートモード! 行くよ、《ナインライヴス》!」
『こけおどしィっ!』
「……どうかしら」
スカートから引き出した武装を素早く敵機へと投擲する。炸裂弾頭が弾け飛び相手を幻惑させた。しかし、それでも追いすがるのがハイアルファー人機のはず。
なればこそ、布石は打った。
次の手であるRピストルの銃撃網と、さらに奥まで相手が押し込んできた場合の想定を浮かべた武装が散る。
蛇腹剣が四方八方に放たれ、拡散したリバウンドの力場がRピストルを含むこちらの武装を麻痺させる。
『リバウンドジャミングガーデン!』
これが鉄菜の言っていたリバウンド兵装無効化の園。
名の通り、全てのリバウンド兵器が内側より爆ぜ、こちらのメイン武装である砲塔でさえも砕けていく。恐るべき兵装であろう。
――それがこれ以上の戦闘経験値を積んだのならば。
相手が異変に勘付いたのはこちらの仕掛けが展開し終わってからであった。スカート状に展開された羽根が磁場で繋がったまま展開され、敵機をその射程に絡め取っている。
『これは……!』
「そっちが捨て身なのは、もう前の戦闘で分かった。クロが手こずるほどなんだもの。モモが勝てる道理もない。だから、最大戦力で迎え撃たせてもらうわ。《ナインライヴスピューパ》エクスターミネートモードは、確実に葬ると決めた相手にのみ使用する。実行されたこの稼働を、誰も止める事は出来ない。……それはモモでさえも」
コックピットが赤色光に染まる。それは友軍機照準の警告であった。
『羽根の内側に……砲門を……!』
四枚羽根の内側に仕込まれたのは、それ一基が相手を葬り去るのに足るほどの高出力を秘めたRランチャー。
前回のアムニスとの戦闘よりもなお色濃い戦い。なればこそ、ここでは生き抜く。戦い抜くという覚悟を。
四方からの拡散型Rランチャーが《ラーストウジャイザナミ》を完全に照準に捉えた。確実に葬ったと感じた瞬間――、空域から急速下降してきたのは一機の《スロウストウジャ参式》であった。
『ヒイラギ! ここでお前は……!』
《スロウストウジャ参式》の腹腔へとリバウンドの砲撃が突き刺さる。《ラーストウジャイザナミ》は突き飛ばされた形でよろめいた。
『ヘイル中尉!』
手を伸ばして空を掻いた《ラーストウジャイザナミ》の脚部が爆砕し、展開されたリバウンド兵装無効化の陣が解けていく。
飛び込んできた《スロウストウジャ参式》を葬ろうと桃は構えさせた。
「一機でも!」
押し迫った殺気に、敵の人機が眼光を煌めかせる。
『ここでっ……やられるのはお前だ! モリビト!』
発振されたプレッシャーソードが赤い光を帯びる。高出力磁場の中では《スロウストウジャ参式》程度の性能では完全に動きを制したはずだ。
だというのに、相手を動かすのは性能だけではない。執念が、人機を稼働させている。
プレッシャーソードが割って入り、《ナインライヴス》の片腕を取った。すかさず、桃はもう片腕のRランチャーを突きつける。
「吹き飛べぇーっ!」
『滅びるのは貴様だ! ブルブラッドキャリア! ここまで貴様らはあらゆる人々の思いを冒涜した! だからこれは、俺が出来る唯一の……!』
《スロウストウジャ参式》の手首が回転し、プレッシャーソードの斬撃が《ナインライヴス》の肩口へと突き刺さる。
桃は奥歯を噛みしめ、敵機へと食らい付いていた。
雄叫びが喉から迸り、敵人機の下腹部を完全に塵芥に還す。そのままの勢いを殺さず、上半身を破砕しようとして、割り込んできた通信がとどめを躊躇わせた。
『……桃! 林檎達が……』
その声に《イドラオルガノン》へと注意を払った一瞬の隙。
敵人機は制動用の推進剤を全開に設定し、上半身だけでこの絶対の死の射程から逃れていた。
「逃がさない!」
追いすがろうとした《ナインライヴス》の進路を阻んだのはアンヘルカラーではない《スロウストウジャ弐式》部隊であった。まるで仲間の武勲を必死に保とうとするかのような行動に、桃は歯を軋らせる。
「こっちだって、負けていられないんだから!」
Rランチャーの虜となった相手をこの空域から逃がすはずもない。《ナインライヴス》が砲塔を構えた時には、既に別の《スロウストウジャ弐式》が射線に入っていた。
光軸を払い、敵人機を駆逐する。
爆風と光輪が轟き、輝く中、桃は打ち漏らした相手を睨んだ。
――《ラーストウジャイザナミ》、それに一機の《スロウストウジャ参式》。
この打ち漏らしが後々、禍根になる。そのような気がして、桃は《ナインライヴス》のシステムを通常に戻す。
スカート型に展開されていた四枚羽根を肩に付属させ、そのまま防御陣を敷いた。今は、鉄菜と林檎、それに蜜柑を信じるしかない。
『桃、敵が晴れてきたわ。第二段階に移行する』
茉莉花の声に桃は射線に存在する人機を焼き払っていく。敵人機が一斉に上方に逃れた。その時である。
《ゴフェル》のレールガンが磁場を走らせ、円筒型の砲弾を射出する。
人機一機分の大きさはあるそれに内蔵されているのは、《カエルムロンド》であった。
瑞葉のみのオペレーションを看過したわけではない。だが、それでもこの作戦、一つでも勝ち星を取るのには、瑞葉の協力は不可欠。
相手が今さら射出された《カエルムロンド》に気づき、応戦しようとするのを《ナインライヴスピューパ》の砲撃が遮った。
「あんた達は、ここで食い止める!」
それが意地ならば。桃は砲身を払い、片腕で敵の大隊と向かい合った。