ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯280 何者の領域

 これでよかったのか、という問いかけがなかったわけでもない。だが、戦場では惑えば死を招く。

 

 今は一つでも歩み進む。一つでも、戦い抜く。それが戦士である証明だ。

 

 バーゴイルがまず、前線を突っ切っていく。焼夷弾を装備したベージュ色に塗装されたバーゴイルはラヴァーズ艦隊へと一撃を仕掛ける予定であった。

 

 しかし、その第一射は放出されたリバウンド粒子光によって阻まれた。

 

 帯状のリバウンド光線がバーゴイル部隊を焼き払っていく。

 

「……来たな」

 

 ラヴァーズの艦首で四枚羽根を展開したモリビトが巨大な砲門を振るう。灼熱にぼやけた靄が青く滲んでいた。

 

 ブルブラッドキャリアの重装備型。やはり手を組んでいたか、という確信を新たにする前に、一機の人機が空域を突き抜けていく。

 

 青い推進剤を棚引かせて瞬く間にラヴァーズ艦に仕掛ける機体へと、《スロウストウジャ弐式》の編隊長が声を振る。

 

『迂闊だぞ! その人機!』

 

 その通りだ、と腰を浮かせた司令官は少女の声が弾けたのを聞いていた。

 

『黙れ! あたしは……ブルブラッドキャリアを……モリビトを、許さない!』

 

 恩讐の声が響き渡り、片腕を異常発達させたトウジャタイプが重装備の人機へと接近戦を浴びせかける。

 

 しかしその射程は相手も読んでいたらしい。咲く火線が優位ではない、という証明のように瞬間的な反撃が照準された。

 

 トウジャタイプが跳ね上がり、その銃撃を間一髪で回避する。あまりに危うい駆け引きに、気が気ではない司令官は次いで繋がった回線の声に呆然としていた。

 

『こちら、アンヘル第三小隊。現状、戦闘行為を行っているトウジャタイプへの無暗な支援はやめていただきたい。これは、彼女の戦いだ』

 

「しかし! あれは我が方の最新鋭機だぞ!」

 

 墜とされれば、という危惧に相手は落ち着き払った声を返す。

 

『その心配はない。敵機へと喰らいつくその執念こそが力になる。ハイアルファー人機だ』

 

 それそのものが了承のように、艦内に響き渡った。ハイアルファー人機。それは封印された災厄のはず。

 

「司令官……ハイアルファー人機って……」

 

 こちらへと視線を向ける砲撃長に司令官は重々しく席へと腰を下ろす。

 

「……承知している。ハイアルファー人機、それが意味する答えも。だが、手を出すなと言われれば、それは流儀だ」

 

 それ以上にない、と断じた声に艦内へと沈黙が降り立つ。

 

 無論の事、それは軍としては失格の判断。だが、それでも彼らには今しかないのだ。今しかないのならば、彼らの判断に身を任せるしかない。

 

 それが軍隊としては失格でも、その流儀には沿うと決めた。

 

「……見守ろう。それしか出来ないのならば」

 

 しかし棒立ちを決め込むほど、この作戦に賭けていないわけではない。型落ちのナナツー部隊が長距離砲撃を見舞い、連邦カラーの《スロウストウジャ弐式》が空を舞う。

 

 ラヴァーズ艦に攻撃を仕掛けようとした《スロウストウジャ弐式》は不意に跳躍した機体に半身を割られた。

 

 急激に推進力をなくしていく友軍機へと青い弾頭のミサイルが掃射される。

 

 ――アンチブルブラッド兵装、と断じた司令官は《スロウストウジャ弐式》の頭部を踏み越え、さらに後方の部隊へと正確無比な銃撃を見舞った人機へと目を向ける。

 

 オレンジ色の眼窩が煌めき、服飾を纏ったかのようなそのモリビトが緑色のR兵装を発振させた。

 

 リバウンド刃が人機を断ち割り、血塊炉が青く爆ぜる。

 

「あの軽業師のようなモリビト……、友軍機の動きをまるで見えているかのように……」

 

 さばき、銃撃をかわしてその懐へと潜り込む。立ち振る舞いはまるで古来存在した獣のようだ。

 

 背後に回った《スロウストウジャ弐式》が銃口を向けた刹那には、多重積載装甲が拡張し、肘からミサイルを放っていた。

 

 アンチブルブラッドの靄に襲われた機体の推進力が著しく低下する。その機を狙わないほどの容易い相手ではない。

 

 払われた一閃が人機の頭部を掻っ切っていた。それだけではない。前から果敢に迫ったこちらの機体を敵機は蹴りつける。

 

 急下降した《スロウストウジャ弐式》に叩き込まれるのは弾丸の嵐。

 

 頭部が粉砕され、機体装甲が爆ぜ飛ぶ。ガトリング銃身をそのまま重圧に任せて打ち据え、コックピットが打ち砕かれた。

 

 それでも相手は前に進むのをやめない。恐るべき執念の塊が銃撃を向け、こちらの陣営へと踏み入ってくる。

 

 敵ながらその執念深さに圧倒されたほどだ。

 

「最新鋭の《スロウストウジャ弐式》だぞ……」

 

 その部隊が、と絶句した司令官はレーダー班の声を聞いていた。

 

「前線を行く艦が!」

 

 まさか、と思う間もなく、モリビトの飛び乗った艦へと容赦のない弾丸が打ち付けられた。

 

 火の手を上げる艦隊の中、悪鬼の如くモリビトが眼光をぎらつかせた。凍てつくほどの視線に司令官は声を張り上げる。

 

「撃て、撃てーっ!」

 

 艦に留まった今こそが好機。そう判じたこちらの決断能力の鈍さを嘲笑うかのように、敵機は跳躍し、友軍機を足掛かりにさらに進撃してくる。

 

「モリビトだけではありません……。ラヴァーズ艦より、小型艇が……!」

 

 新たに捉えたのは人がそうするように小型艇に乗り合わせた型落ちのナナツーが《スロウストウジャ弐式》相手に、中距離戦を仕掛けている様子であった。砲撃が《スロウストウジャ弐式》の頭部を砕き、接近したこちらの機体と相手のブレードが干渉する。

 

 高周波の斬撃を浴びせかけた相手とプレッシャーソードが打ち合い、衝撃波が海面を蒸発させる。

 

 青く煙る景色で一機、また一機と撃墜されていくマークに、司令官は震撼した。

 

 ――ここはどうなっている? ここは誰の戦域だ?

 

 恐れに身を竦ませ、司令官は前線を行く艦隊へと命令を振りかけた。

 

「こちら艦隊司令部! 出来るだけ敵モリビトとの距離を取り、消耗戦を……」

 

 そこから先をノイズが遮る。今しがた炎を上げた艦との交信が途絶えたのだ。

 

 茫然自失の司令官はただ流れゆく状況を眺めるしか出来なかった。モリビトと我が方との喰い合い。無論、最初から綺麗な戦場になるとは思っていない。だが、相手もまさかここまで覚悟を決め込んでいるとは。

 

 世界を俯瞰すると言ってのけたエホバなる謎の人物が影響しているのか。それとも別の要因か。

 

 ブルブラッドキャリアも今までの撤退戦や一時的な交戦ではない。これからを左右する戦いに発展しているのだと、司令官は今さら思い知った。

 

「何ていう……何ていう戦いだ」

 

 これが相手も己も切り売りする戦いだというのか。これこそが本物の戦場だとでも言うのか。

 

《スロウストウジャ弐式》に搭乗したエリート達が叫びを上げて撤退機動に入る。それを諌めるだけの司令塔もいない。現状、この戦域を監督するだけの人間もおらず、ただただ闇雲な殺し合いばかりが、この戦場を闊歩する死神であった。

 

 重装備の四枚羽根がまたしても前線に赴こうとする機体の行く手を阻む。高出力のR兵装を防御する術のない機体が立ち往生していた。

 

「司令官……妙では……ありませんか?」

 

 問いかけに司令官は一拍置いてから応じる。

 

「妙……だと?」

 

「あのデカブツのモリビト……さっきからずっと艦首についています。もう一機は果敢に攻めてきていますが、まるで帰る事を考えていないような戦い方で……今までのブルブラッドキャリアではないような……」

 

 一士官の言葉とはいえ、今の戦場を俯瞰出来るのはこの距離にある艦のみ。司令官は静かに戦場を見据えていた。

 

「……モリビトは常に同じ距離を取っている。あの高出力R兵装の機体はこちらのハイアルファー人機をさばくのみ。積極的な交戦には出ず、あくまでもこちらの戦力をじりじりと……まるで時間稼ぎのように削る。時間稼ぎ……?」

 

 司令官はこの空域より脱出しようとする機体にマーキング範囲を広げる。レーダー班へと声を張った。

 

「見えているか! この空域から逃れようとしている機体が!」

 

 まさか、と息を呑んだ士官はすぐにその意味を察知した。

 

「……これは! 司令官! 一機だけ、この空域から急速に逃れていく人機の熱源が……、でもこの速度じゃ……」

 

「既に離脱機動か……」

 

 気づいたのが遅過ぎたのだ。思えばどうしてモリビトは二機しか出てこないのかを考えるべきであった。

 

 急速に離れていく機体は真っ直ぐ空を目指していた。まるで、本懐はここにはないとでも言うように。

 

「一体何が……何をやろうとしているのだ。モリビト……」

 

 その問いかけは虚しく残響するのみであった。

 

 


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