ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯279 開戦

「さっきの、さ……」

 

 声にした林檎に蜜柑は首を傾げる。

 

「どうしたの? 《イドラオルガノンカーディガン》の性能なら大丈夫だよ。勝てるはず……」

 

「そうじゃなくって……。ボクは、やっぱりあいつを容認出来ないんだ。どうしても、あいつに任せられない」

 

 あいつ、というのが誰を指すのか、蜜柑は問い返すような愚は冒さない。代わりに、林檎をフォローする。

 

「勝てるよ。今までだってそうだったじゃない。林檎は、強いんだからさ」

 

「ボクが、強い? ……それは見せ掛け、こけおどしだ。ボクは、こんなにも弱い。分かっているんだ、さすがに自分でも。もう、気取れないって」

 

 だが自分の半身がこれほどまでに傷ついているのを黙っていられるはずもなかった。

 

「林檎っ! 絶対、大丈夫だよ! ミィ達は無敵の、ミキタカ姉妹でしょ? 今までだってそうだった。これからだってきっと……」

 

「きっと……勝てるのかな。これまでみたいに、でも無知蒙昧にはなれないんだ。もう、知ってしまった。理解してしまったんだ。自分の小ささを。この手で守り切れるものなんて、たかが知れている。そんなものなんだって。だから、ボクは……」

 

 掌に視線を落とす林檎に、蜜柑は歩み寄っていた。その手をぎゅっと握り締める。

 

「しっかりして、林檎。ミィ達なら出来るよ! 世界だって覆せる!」

 

 根拠のない言葉であった。自分が吐いたにしては相当に嘘くさい。それでも、前を向く努力をしてはいけないのだろうか。戦うのに約束手形の一つや二つくらい、あってもいいのではないのだろうか。

 

 それだから、明日を信じられる。確かな今があるからこそ。

 

「世界だって……。でも、蜜柑。世界は、思いのほか小さいんだ。ボク達は、見えるものしか守れない……」

 

 手の届く範囲がどれほど狭かろうとも。それでも、戦い抜く意地汚さがあってもいいのではないのだろうか。それこそが、自分達の……。

 

「林檎、約束しよ。ミィ達はきっと、最強の操主なんだって証明するの。この戦いで」

 

「……今さら最強がどうだとか……」

 

「それでもっ! はい、指切り!」

 

 小指を絡めさせる。こんな口約束にも満たないもの、何かの役にも立たないのかもしれない。そもそも鉄菜がミスをすれば全てが水泡に帰す作戦だ。

 

 林檎の自信喪失はしかし、それだけではないのだろう。

 

《イドラオルガノン》の隠し武装である、《イドラオルガノンジェミニ》を晒した。それだけでもかなりの痛手のはず。

 

 

 それでも前に進むのがブルブラッドキャリアの操主。人造血続の誉れ。しかし、今の林檎に差す影は……。

 

「林檎、無理はしないで欲しいの。だって、ミィ達はこの世でたった二人の……分かり合える相手じゃない」

 

「分かり合える……、か。ねぇ、蜜柑。ボクらってそんなに特別だったのかな。もしかしたら、そんな大したものじゃなかったのかもしれない」

 

「そんな! 林檎らしくないよ! いつだって、鉄菜さんに勝ってみせるって、言っていたじゃない! だから……」

 

 だから自分は付いて来られた。だから自分は、ここまで林檎の事を信じていられた。裏切らずに……たとえ組織が期待していなくとも、桃の関心が鉄菜に行っていようとも、それでも、自分だけは。この残酷な世界で自分だけこそが……。

 

「蜜柑、ボクは鉄菜・ノヴァリスに勝ちたい。でも、それが全てじゃないような気もしてきてるんだ。《イドラオルガノン》を動かせる……ウィザードであるのなら」

 

「林檎……」

 

「行こう、蜜柑。戦うしかないのなら、ボクだってまだ……」

 

 まだやってのける。まだ戦い抜ける自信がある。それだけでよかった。これまではそれだけで。

 

 だが、それ以上があるのならば。それ以上の望みを持っていいのなら。

 

「桃お姉ちゃんの期待にも沿わないと。ミィ達に、出来る事をしよう」

 

 前向きなはずの言葉はしかし、自分に言い聞かせるばかりの弱音であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通信海域に入った事を確認し、艦隊司令部は全機に声を張っていた。

 

 アンヘル第三小隊、悪名高い虐殺天使達を使役するのに、自分達はまだまだ分からぬ事の多い。それでも現場を預かる手前、命令だけは振らせてもらうという意地であった。

 

「達する。アンヘル第三小隊へ。そちらの防衛範囲とこちらの範囲の擦り合わせを願いたい」

 

『了解している。《ラーストウジャイザナミ》は前に出させた。モリビトとの会敵と同時に攻撃を開始。戦場の嚆矢になる』

 

 その声の主がアンヘルとは正反対の部分にある人物である事に、旗艦の司令官は気色ばんでいた。

 

「……これは個人的な興味であるが、やはり分からない。あなたほどの方がどうしてアンヘルに身を落として……」

 

『そうまでしてでも、守り通したいものがあるからだ。それ以外にはない』

 

 まさしく、そうだと断じた声音は戦士そのもの。期待外れな言葉を振ってしまった自身の不実に司令官は咳払いする。

 

「失礼。侮辱するような事を……」

 

『いい。理解してもらおうとも思っていない。だが、おれ達は決して、個別で成り立つようには出来ていないんだ。そんな器用には……』

 

 言い澱んだその声音にはまだ捨てきれない人の情が窺い知れる。

 

「アンヘル第三小隊には出来うる限りの援護をさせていただきたい。それが我が方に出来る唯一の」

 

 否、唯一ではないはず。彼らを支援するのに、自分達はまだまだ出来る。それなのに、戦力を出し渋るのはただ単に連邦内での軋轢もある。

 

 連邦軍人と、アンヘルの選抜兵。最も違いが浮き彫りになるとすれば、それはその立ち位置だろう。

 

 アンヘルは殲滅部隊だ。敵を葬り、屠り、争い抜く因果の只中にある。そのような渦中にあっても眉一つ動かさぬ冷徹さ。怜悧な瞳の赴く先にこそ、戦いの果てはある。

 

 そう断じた者達の集まり。そう生きるしか出来ない者達が集い、そして群れを成した。

 

 彼らは争いを決して好んでいるわけではない。むしろ、逆だ。平和への渇望は人一倍。軍人としては失格にしてもいいくらいの平和主義者達。それがアンヘルである。

 

 元々の成立起源こそ、世界警察の成立と言う高度な政治的駆け引きの一端から生まれた組織。それが組織権を持ち、発言権を持つに至ったのはやはり彼らの徹底振りだろう。

 

 崩し、壊し、嬲り抜く。

 

 それを彼らは徹底出来た。軍人なら途中で膝を折り、逃げ出すであろう戦場でも、彼らは決して背中を見せない。

 

 むしろ、背中を見せるくらいならば積極的に突っ込んでいく。

 

 銃弾飛び交う戦地へと。血潮が舞う、孤独な骸の上へと。

 

 果敢にも立ち向かえる戦士。全てを捨ててでも前に行ける武士。

 

 それがアンヘル。そうなのだと理解しているのは一部のお歴々だけだ。自分とて半分も理解していないだろう。

 

 それでも、彼らのストイックな考えには圧倒される。自分達が救わずして、誰が救うのか、という救世主としての考え。それは操主のエリート層と呼ばれる「血続」という存在をしても明らかだろう。

 

「……一つ聞きたい。これは無駄な会話かもしれないが」

 

『構わない。何か』

 

「血続……。我が方にもたらされているのは、ただの純粋な、戦闘に適した操主だとしか。だがそれだけしかないのだと、こちらでも考え始めている兵士もいてね。貴官らは何のため誰がために剣を取るのか……。それを知りたいのもある」

 

『おれは……血続じゃない。彼らを……遠くから眺めるしか出来ない。……だが、数日間でも彼らと共にすればちょっとだけでも分かる。それは彼らは全員、平和を望んでいるという事だ。平和への飽くなき執念。それだけだよ。おれ達普通の人間と違うのは、たったそれだけだ。平和にどれほどまでに執念深く爪を立てられるか。その一つなんだと、おれは思ったんだ。彼らには本当の意味で、特別な能力なんて実はないのかもしれない。もしかしたら、ただの机上の空論で今まで前線に立たされてきたのかもしれない。だが彼らの望む平和のビジョンだけは本物だ。本物以上の、理想なんだ』

 

 理想に生きている、というわけか。どこか得心している自分に司令官はフッと口元を綻ばせた。

 

「感謝したい。我が方の……ただの無理解に、理解を示してくれた事に」

 

『いい。おれも彼らに関しては同じようなものだ。彼らが見ているものを、おれは見る事は出来ないのだから』

 

 ヒトは、同じものを見ているようで違う。誰もが同じ方向性を見つめる事が出来るのならば、それはもうヒトである必要性はないだろう。

 

「……貴官らを充分に援護したい。構わないか」

 

『頼む。……前を行く二人はまだ若い。彼らの未来に幸あらん事を』

 

 自分達は、もう兵士としては熟成したも同義。だからこそ、しゃにむに前を行く者達が羨ましく、眩しくもある。

 

『全機! この空域を飛翔する人機部隊に告げる! 我が連合艦隊は最強の部隊だ。たとえ世界がどう転がろうと、動乱の中にあろうとも関係がない。エホバなる人物の声明に踊らされるな。今はただ眼前の敵を撃て! それが戦士の誉れと知れ!』

 

 人機乗り達からの歓声にも似た声が返ってきて、司令官は息をついた。今は一つ事を成すためだけでいい。その一事を見守れるのならば、今は前を向ける。ただ、前だけを睨める。

 

 射程に入ったのを確認し、司令官は丹田より叫んだ。

 

「C連邦人機大隊、これより逆賊ラヴァーズ、及びブルブラッドキャリアへの総攻撃を開始する!」

 

 


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