ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯275 呪われた地へ

『撃墜? まさか! 撃墜だと?』

 

 その報告にレギオンの議席が色めき立つ。水無瀬もさすがにこの事態だけは想定外であった。

 

 全翼型の爆撃機が何らかの兵器によってゴルゴダを投下した直後に撃墜された。その事実を知ったのはブルブラッドキャリアが提供した情報網によって、である。

 

 月面のバベルを一部分のみ借り受ける交渉は滞りなく実行された。それもこれも自分の二枚舌の成せる業であったが、問題であったのは、エホバがいると目したコミューンにはエホバがいなかった事ではない。元々、ブルブラッドキャリア本隊とレギオンとの蜜月を完璧にするためのものであった。だからエホバが実際にいる、いないは問題にはならないはず。

 

 しかし、何の変哲もないコミューンに投下されたはずのゴルゴダは予想外の反撃をもたらした。

 

 無論、コミューンからの反撃など想定しているはずもない。

 

 ゴルゴダは、爆発した時点で全てを融解させ、物質を原子分解させるはずの兵器だ。あの爆風と熱波に包まれて生きている生物などいるはずもない。

 

 人機とて、高熱に抱かれて跡形もないだろう。

 

 だというのに、迎撃の謎の一射。それもただの一撃ではない。

 

 直前までモニターされたその兵器参照データにレギオンの議席は困惑していた。

 

『どういう事だ、水無瀬……。これは、ゴルゴダの識別データだ。まさか、放ったはずのゴルゴダが、そのまま跳ね返ってきたとでも?』

 

「そのようなわけが! ゴルゴダはどんな兵装でも反射なんて出来るはずがありません! リバウンドフォールでも……!」

 

 コミューン規模でリバウンドの力場を張っていたとしても、それでもゴルゴダの威力は貫通するはずだ。だというのに、モニターされた情報はたった一つの真実を突きつけていた。

 

 ゴルゴダと同等の威力の兵器が発射され、全翼機を撃墜した、という悪夢のような状況を。

 

『水無瀬……だがこれをどう説明する? ゴルゴダの反射は不可能、確かにそれはその通りだろう。……だが、ゴルゴダをレールガンに乗せて発射は出来るのではないか? やってみせた連中がいる』

 

 ここでまさか、ブルブラッドキャリアの内偵を疑われるとは思っても見ない。しかし、あまりにもスムーズに事が進んだのが裏目に出た。自分はこの場で、ブルブラッドキャリア側を見限ってレギオンの側に安易につく事は出来ない。

 

 どちらかを切ればどちらかから手痛いしっぺ返しがくる。レギオンからしてみれば苦肉の策として月面のバベルを得ているはずだ。

 

 だというのに、自分が二重スパイなどと疑われてしまえば、これから先立ち回りにくくなるのは必定。

 

 しかもこの状況をブルブラッドキャリア本隊はバベルを通して閲覧しているはず。どちらにも嘘がつけない状態は、水無瀬を呼吸困難に陥らせるのには充分であった。

 

「……決して、そのような事は」

 

『どうかな。《ゴフェル》と繋がっていたとなれば、水無瀬、貴様、背信行為では済まないぞ? 世界への反逆だ。ここで公開処刑をしてもいい』

 

『ブルブラッドキャリア相手にうまく立ち回ったつもりだろうが、最後の詰めが甘かったな。あの場にモリビトでもいれば、なるほど……不可能ではないかもしれん』

 

「それは、断じて! モリビトだとしても不可能です!」

 

 いけない。議会は冷静さを欠いてモリビトの存在を言い訳に自分の処罰を決めようとしている。モリビトがいてもいなくても関係がないのだ。

 

 その可能性の一端さえあれば、自分が裁判にかけられるのは必定。

 

『水無瀬よ。最早、その口上、どこまでも愚かしい。人心を掌握出来ても我々は騙せまい。我らはレギオン、総体であるがゆえに』

 

 モリビトに出来る出来ないではなく、自分がブルブラッドキャリアに口ぞえしたのだと一度でも思われてしまえばそこまでだ。

 

 レギオンの疑念の眼差しが四方八方から突き刺さる中、水無瀬は次の言葉を繰ろうとした。

 

 だが、何を言っても無駄だというのは自分が一番に理解している。

 

 張りぼての理論で騙せる領域は既に過ぎ去った。ゴルゴダの使用というある種の禁じ手を晒した上でなお、相手から反撃があった場合など一度だって想定していない。

 

 やはりここまでか。諦めかけたその時であった。

 

『……達する。《ゴフェル》に動きあり』

 

 別の端末が捉えた《ゴフェル》の動きを全員が同期する。

 

『これは……北に航路を取るか』

 

『北方だと? 何がある?』

 

 世界地図を呼び出したレギオンはブルブラッドキャリアの艦が取る航路の先を見据えていた。

 

『……ブルーガーデン跡地』

 

 忌々しげに放たれた言葉に水無瀬は、好機を感じ取った。

 

「やはり、というべきですかね」

 

『どういう事だ? 水無瀬、貴様まさか……』

 

 相手が義体であっても思い浮かべる事の優先度はやはり保身。それならばこのハッタリが効いてくる。

 

「相手も信用ならなかった、というわけですよ。ブルーガーデン跡地、何があるかなど問い返すまでもありますまい」

 

 このもったいぶった言い草ならば監視しているブルブラッドキャリア本隊に発破をかける事も出来る。

 

 レギオンの高官達は分かり切っているがゆえにあえて多くは語らなかった。

 

『……水無瀬。迎撃の準備を取る。アンヘルを、出せる戦力を絞り出せ』

 

「仰せのままに。しかしまだ《モリビトサマエル》は出せませんよ?」

 

『第三小隊が地上の駐在基地に位置していたな。彼らを出させろ。因縁がないわけでもない連中ばかりだ』

 

 第三小隊に追わせてモリビトを退けるつもりだろう。だが、そううまく事が進むかどうかは運次第であった。

 

「勘繰られれば厄介ですよ」

 

『なればこそ、だ。水無瀬。結果を示せ。結果は全てにおいて優先される』

 

 これ以上の会話はぼろが出るだけだと相手も判断したのだろう。水無瀬は一礼して議会から立ち去る。

 

 エアロックが閉じてようやく、彼は息をつけた。高鳴った鼓動が今さらに現実を突きつける。

 

「殺されても仕方なかった、が、結果的に功を奏したな。ブルブラッドキャリア……いいや、《ゴフェル》側の動きが」

 

 水無瀬は同期ネットワークを接続する。

 

『観ていたぞ。どういう事だ? ゴルゴダとやらはそう簡単には量産出来ないのではなかったのか?』

 

 本隊の連中には先ほどまでほど気を遣わなくっても大丈夫だろう。六年もの間、自分は騙せてきた相手だ。

 

「落ち着かれるとよろしいかと。それに、地上での些事です。何も慌てふためく事ではありますまい」

 

『……それもそうだ。今しがたの情報だ。《モリビトルナティック》を起動させ、惑星の北方に落着させる軌道を取らせた』

 

《ゴフェル》が北に動いたのはブルブラッドキャリア本隊の不手際が原因であったか。舌先三寸の嘘だったとはいえ、結果的に助けられた事に皮肉を覚える。

 

「それはそれは。では《モリビトルナティック》の落着は?」

 

『衛星軌道に入れば誰も止められまい。アンヘルの者共が気づく頃合には、もう重力の虜だ。落ちるのには支障ないだろう』

 

 何らかの情報網により、《ゴフェル》は《モリビトルナティック》の落着を予想。その結果が北への航路か。予想針路にブルーガーデン跡地がなければ自分は今頃、生きてはいないだろう。

 

『して、水無瀬。ブルーガーデン跡地にやけにこだわっていたな。何がある?』

 

 水無瀬は用意していた言葉を返す。

 

「ゴルゴダの製造基地があるのですよ。ゆえに、破壊工作は面倒かと」

 

 相手もそれで納得する。さすがにこれは読めていた。

 

『そうか。ゴルゴダなる大量破壊兵器は確かに脅威だが、宇宙では何の意味も成すまい。せめて我々の移り住む星をこれ以上汚さないように警告だけでもすべきか』

 

「心配要りません。ゴルゴダは諸刃の剣。我々としても使用は控える方針です」

 

 本隊はその結論で納得するはず。水無瀬は嘆息を漏らしていた。

 

『地上を破壊し尽くしてから、気づくのでは百五十年前の愚策と同じ。レギオンもそこまで馬鹿の集まりではないであろう。水無瀬、次なる展開を期待している』

 

 同期接続が解かれ、水無瀬はようやくまともな呼吸が出来た事に安堵する。

 

「次なる展開……か。その時には星がなくなっているかもしれないな」

 

 ならば、こちらも次の手を打つしかないだろう。水無瀬は月のバベルへと自身の通信網を飛ばそうとして、やはりというべきか、あまりの距離に阻害されたのを関知する。

 

 舌打ちを混じらせ、水無瀬は頭を押さえた。

 

「……この距離ではバベルへの直接アクセスは不可能か。バベルを現状、使用出来るのは《ゴフェル》とブルブラッドキャリア本隊……レギオンは体よく情報を使い回されているに過ぎない」

 

 しかし、と水無瀬は思い立つ。地上のバベルを断片に至るまで全て回収し、掌握したエホバの用意周到さはやはり異常であった。事ここに至るまでその姿さえも歴史に覗かせない影の存在。自分達調停者にのみ、その片鱗をにおわせていたブルブラッドキャリアそのものの革命の因子。

 

「……エホバ。何故に今、ここで人類を見限った。ここに来るまでに無数の道筋があったであろうに、何故今なんだ? 貴様は何に、――絶望した?」

 

 問いかけても答えは出そうになかった。

 

 


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