ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯268 彼女の道

 別段、気にしてやる必要もない。そう、林檎は判断していたのだが、艦の連中がこぞって鉄菜の身体の異常を気にした事に舌打ちを漏らしていた。

 

「……裸で見つかったから、何だって言うんだよ」

 

 こぼした愚痴に林檎は壁を殴りつける。結局、《ゴフェル》の面々を困らせただけの鉄菜が賞賛されて、自分達の戦いは無視される。

 

 それだけは看過出来なかった。

 

 ニナイに文句でも、と歩みかけた矢先、見慣れた白衣の男が割って入る。

 

「リードマン……。何さ。ボクのやり方に意見でも?」

 

「意見はないが、医務室の壁を叩くとせっかく寝静まった患者が起きる。人造血続の心肺機能を余計な事に使っている場合か?」

 

 そう言われて、林檎は隣接する医務室に壁が繋がっている事を意識した。羞恥の念が湧き上がってくるが、それ以上に怒りが思考を白熱化させた。

 

「どいつもこいつも……! 鉄菜、鉄菜って……! あの旧式と! ボクとで何が違うのさ! もう心がどうだとかそういう事じゃないだろう! 裸で見つかった? 単身だったのがそんなに心配? そんなの、ただの欠陥品じゃん! どうしてみんなして庇うんだよ!」

 

 堰を切ったかのような不満の声は止め処なかった。リードマンが黙って聞いていたせいもあるのかもしれない。

 

「大体……最初っから気に食わなかった。《モリビトシン》だって骨董品だ。あんなものに乗れたから、じゃあ何が優秀だって? 《イドラオルガノン》のほうが強い! それに、ボクのほうが何倍もずっと強いはずだ! それを設計したのは、キミ達研究者だろうに! 反証されて嬉しいの? そういうのが好きだって言うの? ……そんなの、とんだマゾヒスト! 欠陥品同士で、肩を並べ合って……!」

 

「そこまでにしておいたほうがいい。言わなくていい事もある」

 

 制す声音であったわけでもない。ただ、純粋にそこまでならば話を聞く、という態度であった。

 

 ハッとした林檎はまごつく。リードマンがニナイにでも告げ口すれば、自分は終わりだ。いやそうでなくとも、報告書の体でルイにでも提出されれば《イドラオルガノン》に乗る事への失格の烙印を押されるだろう。

 

 だが、林檎は歯噛みした。自身の至らなさだけではない。どうして、運命はこうも自分を突き放すのだ、という、身を焼く怒りであった。

 

「……ボク達は悪くない」

 

 そんな、抗弁にもならない言葉しか発せられない。しかしリードマンは真摯に耳を傾けていた。

 

「そうだな、悪くはない。性能面で、ミキタカ姉妹を非難するのは間違っている。それに、鉄菜を特別だと祀り上げるのも。鉄菜のやった事は下策とも言える。単身で地上にいるだけでも危ういのに、《クリオネルディバイダー》との連携を切った。その背景には今、医務室にいる瑞葉君を危険に晒すまいという精神があったのだろうが、本来ならばそんな神経は切り捨てるべきだ。それがモリビトの執行者として正しくもある」

 

 林檎は毒気を抜かれた気分であった。リードマンの言説は全てにおいて正しく、自分の主張が通っていないという前提を突き崩す。

 

 分かっているのに、という別の怒りがふつふつと湧いてきた。分かっているのに、それをよしとしているのか。

 

 分かっていないよりも性質が悪い。

 

「……それだけ言えるのに、何でこんな状態なのさ。あの旧式の担当官だろ。贔屓しているんじゃないのか」

 

「それを言われてしまえば立つ瀬もない。鉄菜……彼女に入れ込んでいるのは間違いないだろう。鉄菜は、たった一人の、人機の未来と惑星の罪を本気で贖おうとした彼女の……忘れ形見だからだ」

 

 その彼女とやらがブルブラッドキャリア全体の目を曇らせているというのか。林檎は鼻を鳴らす。

 

「……とんだ、食わせ物じゃないか。旧式なのに持て囃されるのは、それが理由?」

 

「勘違いをしないで欲しいのは、鉄菜はかつて、君と似たような事を、我々にも言っていた、という事実だ」

 

 思わぬ返答に林檎は絶句する。

 

「……あの旧式が? ボクと?」

 

 リードマンの伏せ気味の瞳がこちらに向けられる。どこか遠くを望むような眼差しに、過去を回顧しているのが窺えた。

 

「鉄菜は、ブルブラッドキャリアの執行者として、全ての記憶を抹消された……いわばパッケージの状態で納品された。惑星に初めて降りた時、彼女の思考を占めていたのは星の人機を駆逐する事と、現状の国家基盤の破壊、つまりは執行者としての責務のみであったと、記録上には存在している」

 

「……ゴロウか」

 

「その当時、ゴロウという名前ではなかった。ジロウという、鉄菜の足りない部分を補完するためのシステムAI人格が入っていた。だが、今の彼女を形成したのはそのジロウとの否応のない別れと、そして散っていった仲間へと抱いた想いそのものだろう。鉄菜は冷徹な機械として……自分を、青い血の流れる人機と大差ない破壊兵器だと規定していた。ともすれば、今もその基本は変わらないのかもしれないが」

 

「……人機と同じだって言うんなら、造物主の命令は聞かないとおかしい」

 

 鉄菜の持ち得た信頼はそのようにマシンインターフェイスのみだとは考え辛い。何かカラクリでもあったはずだ。そう疑ってかかった林檎にリードマンはそっと頭を振る。

 

 小さな間違いを是正するかのような口調であった。

 

「鉄菜は、兵器ではなかった。僕はそう思っている。だが、彼女は今、板ばさみになっている事だろう。六年間……そう、六年もの間だ。そんな期間、何も考えずに戦い抜けたものか。製造年数で言えば、彼女の年齢はまだ十年にも満たない。だというのに、たった独り、惑星での孤独な戦場を生き抜いた。きっと兵器では出来ない夜や、戦場だってあったはずだ。それを超えた鉄菜は、もうヒトであるべきだ。決して人機なんかじゃない」

 

「……それは、そっちの勝手な憶測や、押し付けじゃん」

 

「かもしれない。だが、鉄菜は我々のエゴも含めて、その双肩に背負っている。背負う事を決めたからこそ、僕らは無条件に信じられる。女の子一人に覚悟させた愚かしさを、僕らは認識しなければならない」

 

「何、それ。そんなの、おかしい。おかしいじゃん。だって、執行者は戦うためだけにいるはず……戦う以外なんて、ないはずなんだ。ボクだってそうだ。《イドラオルガノン》でどこまでだって戦い抜いてやる。それを評価すると言うのなら、喜んで地獄みたいな戦場だって繰り出してみせる! それくらいの覚悟は持っているはずなのに……何で」

 

 何で、自分が評価されず、鉄菜ばかりなのだ。

 

 その隔絶がどうしようもなく許せない。

 

 浮き彫りになった剥き出しの嫉妬心にリードマンは口にしていた。

 

「それも、人間らしい感情だ。誇っていい。鉄菜は、その獲得がまだ不充分なのだと、僕の目からしてみれば映る。まだ、人間に成り切れていないんだ。だから、みんな支えたい。人間に必死でなろうとする彼女を、どうして拒否出来るだろう。僕は応援したい。黒羽博士もきっと、望んでいたはずだから」

 

 人間らしい感情。ヒトらしい、という意義。だがどれもこれも――馬鹿馬鹿しい。戦闘には不必要な要素ばかり。そんなものを突き詰めて何になる? 何がプラスに転じるというのだ。

 

 拳を骨が浮くほどに握り締めた林檎は、吐き捨てていた。

 

「そんなものでエースになれるんなら、取ってやる。いくらだって。……でも、そうじゃない。そうじゃないのが分かる……。それが、嫌なんだ」

 

 踵を返した林檎にリードマンは言葉を投げていた。

 

「鉄菜の事を、分かってあげて欲しいとは言わない。それも君の勝手だ。執行者としては正しいかもしれない。妙な仲間意識で戦うよりかは、ドライなほうが。だが、鉄菜は変わった。それだけは確かなんだ。戦うべくして変わったのか、それとも他の要因で変わろうとしているのかは、僕にも判断はつけかねるけれどね」

 

 結局、保留の一事ではないか。そんなもので及第点を与えられた旧式と、最新型でありながら未だに点数には届かない自分。

 

 どちらが優れているかなんて問うまでもないはずなのに、答えは出せず仕舞いのまま。

 

「……聞くけれど、あの旧式が元のまま……それこそ六年前のままなら、どうなっていたと思う?」

 

 その問いには、リードマンは迷いのない語気で応じる。

 

「もう生きてはいまい。十中八九、ね」

 

 今も生きているその事実こそが、自分が超えられない所以。鉄菜・ノヴァリスの生存こそが、血続として優れているはずの自分に遅れを取らせている。

 

 歯噛みした林檎は言い捨てていた。

 

「……だったら、ボクは別の道を行く。そう決めた」

 

 リードマンは呼び止めなかった。

 

 


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