ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯267 行き着く果て

 やり辛い相手、というのがガエルの持った感想であった。

 

 実体剣二本による近接格闘戦法。ほとんど《モリビトサマエル》と大差ないほどの使い手であったが、それでもやり辛さが先に立ったのは現行のバーゴイルとまるで異なるその速度であった。

 

「……右にいたと思えば、もう左に居やがる……。《バーゴイルフェネクス》、ってぇ名前だったが、ほとんど別物だな。バーゴイルのフレームを流用しただけの新型……いや、この感覚は……」

 

 そうだ。自分はこれに一番近い感触を既に体感している。その符号に覚えず舌打ちが漏れた。

 

「……モリビト。そうだ。この感じ……マジにブルブラッドなんたらのモリビトとそっくりだ。やり辛いわけだぜ。こんな機体を兵力が揃っていないとは言え、旧ゾル国陣営が揃えたってなれば、上は穏やかじゃねぇだろうな」

 

『余所見をすると!』

 

 剣先が《モリビトサマエル》の肩口を削ごうとする。その抜刀の才はまさしく本物だ。

 

 本物の強者の剣。その真価をまじまじと感じさせられる。だがそれゆえに……分からない事が多かった。

 

 ガエルは眼前の《フェネクス》に直通回線を繋ぐ。

 

「……おい、てめぇ。さっき湧いた事言ってやがったな? レミィとかいう……」

 

『そうだ、レミィ殿は自分達を……終わるだけの国家からすくい上げてくださった、恩人……いいや、心の師範だ!』

 

 交差した刃にガエルはフッと笑みを浮かべる。

 

「だとすりゃ……随分に愚かしいもんだ。そのレミィっての、オレは知ってるぜ? そいつの最期も、な」

 

『世迷言を。あのお方はブルブラッドキャリアとの大戦で高潔に散ったはず。貴様のような悪辣な輩が知っているものか!』

 

 突きの一撃を後退して回避しつつ、ガエルは口笛を吹かす。

 

「随分とトばすねぇ。だが、これはマジに事実だぜ? あのレミィと同一人物だとすれば、な」

 

『……貴様の物言いなど、全てまやかし……心の曇りに過ぎない!』

 

《モリビトサマエル》が鎌を振るい上げ、連鎖する剣術を叩き返す。

 

「……そうかな? レミィっての、オレは知ってる。よく知ってる。何せ、そいつの最期の戦場、オレもいたんだからな。こいつの元の機体……《モリビトタナトス》と共に」

 

 そう、「あの」レミィの事を言っているのであれば、自分ほどの生き証人もいまい。元老院コンピュータから逃れ、災厄の箱を開いた大罪人。

 

 眼前の戦士がレミィを信奉するのであるのならば。

 

『……それは初耳だな。《モリビトタナトス》はブルブラッドキャリアの我が方への貢献の証だと聞いていたが』

 

「騙されてんのさ。あの時は、世界中の誰もが、だったがな。真実を知っていたのはオレや一部の特権層と、それにブルブラッドなんたらそのもんだっただろうな。《モリビトタナトス》を操ってオレは最後の戦場に繰り出していた。その時、同時展開していた大型人機がいてな。名前を《キリビトエルダー》。聞いた事がないわけじゃないだろ? てめぇがゾル国を信じるっていうんなら、特に」

 

 敵の剣筋が止まる。殺意が凪いだのが伝わってきた。

 

 少しは話が通用する相手か、とガエルは余裕を滲ませる。

 

『《キリビトエルダー》……だと』

 

「因縁の名前だろ? なにせ……こいつのせいでてめぇらの国は今の状況に甘んじているんだからな。百五十年前の禁忌を超える事……この虹の空に穴を開けちまった、ここ最近じゃ、一番の大罪の話だ!」

 

『その《キリビトエルダー》と、レミィ殿に何の関係が……』

 

 そこまで喋って相手も悟ったのだろう。通信に浮かんだ沈黙に、ガエルは是を返す。

 

「……そうさ。そのまさかよ。《キリビトエルダー》にゃ、レミィが乗っていた。何のためだと思う?」

 

『……繰り言に、今は惑わされている場合では!』

 

 突き抜けてくる敵機だが先ほどまでの剣の冴えが鈍っている。心に迷いが生まれた証拠であった。

 

「そうか? 大分、重要な事だと思うがな。質問に答えろよ。何のために、どうしてレミィが《キリビトエルダー》なんていう、とんでもねぇ破壊兵器に乗っていたのか」

 

『だから……それが嘘だと!』

 

 突き上げた剣に殺意はみなぎっているものの、やはり一線が足りていない。一度でも迷いの只中に入れば後は容易いものだ。

 

「教えてやるよ。レミィってのは元々、この星を裏から支配していた組織……元老院のメンバーだった。だがそいつらを見限り、キリビトタイプの力に酔いしれて大罪の蓋を開けちまった。その結果がてめぇらが割を食わされてるんだってなりゃ……こいつは笑えてくるな! おい!」

 

『黙れ!』

 

 刃が軋るがあまりにも遅い。どこかで認めてしまったほうが楽な面もあるのだろう。

 

「……賢くないぜ? 分かり切っている事を反芻するなんてよ。てめぇらゾル国陣営がこの六年……六年も、だ! そんな時間、辛酸を舐めさせられ、世界のトップから転がり落ちた原因そのものが! 自分達の尊敬する人間が引き起こした、最悪の罪だったなんてなァ!」

 

『黙れェッ!』

 

 二刀に宿った殺意は先ほどまでよりも苛烈になった。ここで否定しなければ、自分達の存在意義が揺さぶられるところまで来たのだ。相手も相当焦っているはず。

 

 自分を撃墜して口を塞ぐしか、起こってしまった悲劇を収束させる方法はないのだと、理解し切っているはずだ。

 

 なればこそ、敵の刃は殺しにかかってくる。これまでよりもずっと本気で。

 

 その時にこそ、恍惚はある、とガエルは口角を吊り上げていた。

 

 憎しみ、怒り、どうしようもない嫌悪と憎悪。それが渦巻く戦場――。

 

 自分に相応しい箱庭。自分が生まれた場所であり、死に場所だと規定している小さな小さな願望。

 

 それが目の前で膨れ上がる瞬間をまざまざと見せ付けられる事ほど、こちらの喜びに勝るものはない。

 

 殺意を増幅させた《フェネクス》の使い手にガエルは挑発する。

 

「来いよ。戦えばハッキリする。だろ?」

 

『……ああ、そうだ。戦えばハッキリする。嘘を言っているのはどちらなのか……世界に相応しい真実の担い手は! どちらなのかを!』

 

「真実の担い手たァ、とんだ茶番を口にしやがるぜ! てめぇらもう、嘘の延長線上で動いてんだよォ!」

 

『引き裂いてやる!』

 

《フェネクス》が刃を下ろし、推進剤を全開に設定してこちらへと急接近する。ガエルも《モリビトサマエル》を走らせていた。

 

 お互いのエゴを抱いてぶつかり合い、果てにエゴの塊に成り果てるのはどちらなのか。

 

 見物だ、と愉悦に口元を綻ばせた、その時であった。

 

 不意に小さなシステムエラーが全天候周モニターの一点に現れる。

 

「……ンだよ。いい時にバグか?」

 

 スキップさせたが、その一つの状態異常が瞬く間に膨れ上がり、直後には視界を埋め尽くしていた。

 

 赤と黒の警戒ウィンドウが前面を満たす。

 

「な……ンだ、これ……」

 

 映し出されたのは「接続切れ」の文字列。しかし何との接続が切れたというのか。自分は誰も信用していないはずなのに。

 

 脳裏に閃いたのは一つの事実であった。

 

「まさか……バベルか?」

 

 その現実を反芻する前に、《フェネクス》の操主が声を張り上げる。

 

『死ねェッ! 国家のために!』

 

 エラー警告の合間を《フェネクス》の黄金の機体が刃を振り上げる。ガエルに確認出来たのは、そこまでであった。

 

「……へっ、やるじゃねぇか」

 

 自分でも笑えてしまう。最後の最後に出た台詞が敵への賞賛など。

 

 閃いた剣が《モリビトサマエル》の機体を直後、寸断していた。

 

 機体の半分を持っていかれた、という警告にガエルは舌打ちする。

 

「……ンだよ、簡単に死なせてもくれねぇのか……」

 

 一撃で相手の刃が頭部を割ると思っていただけに拍子抜けであった。コックピットは無事だ。

 

 機体が深刻なダメージを受けただけである。だが、返す刀のもう一刀が入れば話は変わってくる。

 

 次こそ終わりは免れまい。

 

 だが、これでもいいか、とガエルは感じていた。

 

 戦場で死ねる。それだけで、今は、と閉じかけていた意識を無理やり引き起こしたのは見知った声であった。

 

『……えているか。聞こえているか、ガエル・ローレンツ』

 

「……死に際くらい、静かにしてくれよ、水無瀬さんよォ……」

 

『生きているな。《モリビトサマエル》だけではない。今、この瞬間、地上のバベルが完全に掌握された。それを察知したレギオンは大慌てだ。火消しにレイコンマ二秒とかからないと試算していた連中は状況が三秒以上好転しない事でようやく重大なエラーを理解したらしい』

 

 水無瀬の声が浮いて聞こえる。普段からまともには取り合おうとしていないが、今日は余計にであった。

 

 身体から意識が遊離しかけている。おかしい、と自分の身体に視線を投じて気づく。

 

 砕けたモニターのガラス片が無数に突き刺さり、血を滲ませていた。大型のものが心臓を貫いている。

 

「……そりゃあ……意識も薄らぐわけだ」

 

『ガエル・ローレンツ。聞こえていれば今すぐに離脱しろ。君の《モリビトサマエル》だけではない。アンヘルのトウジャも、バベルネットワークに接続されていた世界中の諜報端末も全て、だ。全てが静止した。何が起こったのかは調査中だが、レギオンが動けない状態であるのは確実。現在地は……コミューン、トリアナか。作戦行動を中断しろ。《モリビトサマエル》は必要な駒だ。そうだろう?』

 

「ああ……うっせぇ、うっせぇな。死に際にガーガー喚くなよ」

 

 しかし、と改めて心臓を貫いたガラス片を見やる。そのあまりのスケール比に覚えず笑えて来た。

 

「こんなもんで、人間って死ぬんだな。傑作……」

 

 しかし今さら反芻するまでもないだろう。第一関節ほどもない銃弾一発で、人は死ぬ。そんな事、何度も叩き込んできたクチだろうに。

 

『しっかりしろ! 《モリビトサマエル》をオート操縦モードに切り替える。わたしの権限を潜ませておいて正解だった。調停者権限はブルブラッドキャリアの独占事項だ。ゆえにこの状態でも《モリビトサマエル》を帰す事くらいは……。死ぬんじゃないぞ、ガエル。君の野心をこんなところで終わらせるのは、わたしとしても忍びない』

 

「……ンなの……どうだっていいだろうが、よ……。こんなに静かなんだな、死ぬ前って……。ああ、煙草が吸いてぇな。ウマイ煙草が……」

 

《モリビトサマエル》が壊れた操り人形のように浮き上がる。

 

 そこから先を、ガエルは記憶していなかった。

 

 


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