ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯262 答えにはまだ

 整備は手伝う、という名目でラヴァーズの操主達を《ゴフェル》へと引き入れたのは結果的に功を奏したと言えよう。

 

 ほとんどベテランに近い人機乗り達はこの時、モリビトという圧倒を前にしてもうろたえなかった。それよりも、と手を動かす人間のほうが多かったくらいだ。

 

「モリビト……煮え湯を飲まされてきた相手だがこうしてまさか、整備する側に回るなんてな」

 

 こぼされた言葉にタキザワは苦笑する。

 

「すまないね。君達の艦……《ビッグナナツー》だって余裕がないだろうに」

 

「いいさ。俺達は元々、この世界から爪弾きにされたようなものだからな」

 

 信仰を求める彼らは今の現実主義の世界には合わないのだろう。アンヘルの脅威が常に張り付いた世界に生きるのは辛く苦しい。だから、ラヴァーズに属し、世界を俯瞰する。

 

「……戦い疲れたのか? やっぱりみんな」

 

 自分でも失礼に値する言葉だというのはよく分かっている。それでも、問わずにはいられなかった。彼らにだって矜持はあるはず。相手はコンソールを操作しながら頭を振った。

 

「どう……なんだろうな。疲れたと言えばそうなのかもしれない。だが、俺達はただ単に疲労したからと言って《ダグラーガ》の……信仰の光に逃げているわけでもないんだ。いざという時には戦うつもりでもある。もし、世界が間違って転がるというのならば、な。だが、世界からしてみれば間違っているのは俺達のほうらしい」

 

《ダグラーガ》に縋った彼らの在り方は誰も否定出来ないはずだ。何故ならば彼らは皆、歴戦の猛者。それなりに操主としての経験を積み、戦士として戦えるだけの実力を備えている。

 

 それでも世界からの評価が「逃げ出した」というものならば、彼らは甘んじて受けるのだろうか。それだけが気にかかった。

 

「しかし……モリビトの操主が、まさか女子供だなんて」

 

 意外そうな言葉にタキザワは返答していた。

 

「信じられないかい?」

 

「……ああ。悪い夢でも見ているようだ。俺は六年前、C連合の辺境地に配属されていたんだが、オラクル独立の時にあの国家と戦い抜いたモリビトの力を見た事がある。あれに……少女が乗っていただなんて考えられない」

 

 モリビトの力は絶対であった。だが今は、その優位性は崩れかけている。回収したイクシオンフレームの性能試験から鑑みてもモリビトと同じ性能か、あるいはそれ以上を確約するのは間違いない。

 

 世界は確実に変位しているのだ。

 

「存外、分からないものだろう。しかし、ブルブラッドキャリアに遺された文献資料には、人類の何パーセントかは人機の青い血潮に呼応し、血塊炉の声を聞く事が出来る種族がいた、と記されている」

 

「小耳に挟んだ事はある。血続……だったか」

 

「知っているのか?」

 

 地上では常識からは外れた概念だと思い込んでいた。百五十年前の禁忌に触れる知識であったからだ。

 

「血続……そういう、人機操縦に長けた連中が一箇所に集められて、それで組織を作ったんだって聞いた事がある。今のアンヘルの兵士の八割は血続反応が確認された操主だとも」

 

 タキザワは絶句する。それはさすがに初耳であった。

 

「今のアンヘルを構成するのが……血続?」

 

「……そこまで意外な話でもないだろう? 虐殺天使の人機を操るのに、特別な人間が仕立て上げられていたとしても」

 

「ああ、だがしかし……、血続というのは数が限られているはずなんだ。自然発生するとは思えないほどの低確率のはず……」

 

「どうにも、そこそこの人数はいたみたいだぞ? コミューン同士の連携が取れていなかった六年前には考えられなかったみたいだが、連邦が一本化した時に、そういう、人機と一体化出来る人間の選定が行われた、とも」

 

「……選定の責任者は?」

 

 男は顎に手を添えて考え込む。

 

「確か……タチバナ博士だったか。ほら、人機の権威の」

 

 タチバナ博士。幾度となく耳にした名前であったが、彼の人物が血続の事を熟知していたのならばその人員だけの組織を提言してもおかしくはない。しかし、血続は絶えた、と組織から聞かされていたせいで、アンヘルの八割が血続など信じ難い事実であった。

 

「まぁ、そこまで深刻に考える事でもないだろ。今は、モリビトを修繕しないと」

 

「あ、ああ。そうだね。モリビト二機の修復。いや、正確には三機、か」

 

 バインダーを一枚引き剥がされた《ナインライヴスピューパ》と、分離した《イドラオルガノンカーディガン》。どちらも最優先で修復すべきであった。

 

「戦闘映像、観たぞ。とんでもない敵と戦っていたんだな、あんたら」

 

 イクシオンフレームとの戦闘データはラヴァーズと提携してある。それは互いに攻められた時の対処がしやすいように、という考えの下であった。

 

「あれは多分、量産もしやすい。それくらいに、簡易的なフレーム構造なんだ。トウジャよりも素早く、モリビトよりもパワーが出る。それに加えて、純正血塊炉の小型化によるエネルギー効率の向上……どこに隙があるって言うんだ、って言いたくなってしまうほどの」

 

「向かうところ敵なし、か。そんな人機がいたなんてな」

 

「世界は、着実に変わろうとしている、という事実さ。……っと」

 

 プログラムを組み終えたタキザワは額の汗を拭った。男がタオルを差し出す。

 

「不眠不休だろ? 休めばいいんじゃないか?」

 

「そうもいかなくってね。僕は技術主任、モリビトの一から十までを管理しなければいけない身分だ。ここで休めば次の襲来に備えられない」

 

「……そういえば、両盾のモリビトはいないよな? あれは? はぐれたのか?」

 

 何とも言えずタキザワは濁すしかなかった。鉄菜との合流。それは可及的速やかに行われるべきであるはずなのに、《ゴフェル》の機関部の修復にはどう概算してもあと二日はかかる。その間、この海域に縫い止められたままだ。

 

 敵に攻めてくれと言っているようなものである。

 

「……鉄菜。まだなのか」

 

 虚空に問いかけたタキザワは《ナインライヴス》のコックピットから出てきた桃と視線を交わす。彼女はタラップを駆け上がるなり、尋ねてきた。

 

「……クロは?」

 

「まだ、のようだ。惑星に降りているのならばそろそろ圏内のはずなんだが……反応も見られない。アンヘルを警戒してわざと迂回路を取っている可能性もある」

 

「……ミイラ取りがミイラに、なんて事は避けたい。それはクロも分かっているはずですから」

 

 鉄菜の有する《モリビトシンス》は《ゴフェル》からしてみても切り札。容易く敵に追従されてしまうわけにはいかない手前、いつもより慎重を期している可能性が高い。

 

「二機……いや、三機とも血塊炉の補充は出来た。貧血状態からは脱せられたはずだよ」

 

 ラヴァーズの強みは純正血塊炉の人機を多く有している点だ。純正の血塊炉からブルブラッドを配線で繋いでコスモブルブラッドエンジンを満たしている。

 

「……でも、まさか蜜柑が使うなんて、思いもしなかった」

 

 桃の視線は《イドラオルガノン》より分離されたもう一つの人機――《イドラオルガノンジェミニ》へと注がれていた。

 

「いざという時のカウンターがこうも早く相手に割れるとは思わなかった。《イドラオルガノンカーディガン》のまま、もう少し隠し立てするつもりだったんだけれど」

 

「……勝てない勝負よりも勝てる計算を、か。蜜柑が思ったよりも冷静で助かったと思うべきでしょうね」

 

「君は彼女らの教育係だろう? 教官として、ミキタカ姉妹の事を、どう考えているんだ?」

 

「やめてくださいよ。そういう聞き方、ずるいです」

 

 操主を物としか考えていない問いかけであったかもしれない。それでも、ミキタカ姉妹には歪がある。

 

「君が一番よく分かっている。……姉のほうが限界に近いかもしれない」

 

「林檎は替えの利く道具じゃないんですよ」

 

「もちろん、分かっているとも。ミキタカ姉妹だけじゃない。君だってそうだ。あまり無茶な戦いはやるもんじゃない。今回の戦闘、イクシオンフレームを倒すためとはいえ、無理が過ぎた」

 

「……責めているんですか」

 

「いや、ただの忠告だよ。モリビトは一機でも欠いてはいけない」

 

 タキザワの論調に桃は前髪をかき上げた。

 

「重々……承知していますよ。でも、勝つのにはあれくらいのリスクは背負わなきゃいけなかった」

 

「何のためのセカンドステージ案だ、って茉莉花ならば怒るだろうね」

 

「……その当の茉莉花は?」

 

 タキザワは《ビッグナナツー》の監視データに入ろうとして、障壁に邪魔をされたのを関知した。

 

「……何とも。向こうのほうが聡いんだ。こっちで追おうとしても無理が出る」

 

「茉莉花は……ラヴァーズに残るんでしょうか?」

 

「分からないよ。ただ、彼女の選択を誰も止める事は出来ない、それだけは確かなはずだ。だって、僕らは彼女に助けられてきた。《モリビトルナティック》落着阻止も、ブルブラッド重量子爆弾の回収任務も、全部彼女の立てた作戦に乗っただけだ」

 

「要を失えば、今の《ゴフェル》じゃ厳しいでしょうに」

 

「だからと言って、口は差し挟めない。辛い現状だよ」

 

「あの……こっちの作業は終わったが……」

 

 すっかり存在を忘れていたラヴァーズの構成員にタキザワは礼を述べる。

 

「すまないね。手伝ってもらっちゃって」

 

「いや、別に……」

 

 先ほどまでより妙に余所余所しいのはすぐ傍にモリビトの操主がいるからだろう。少しばかり緊張しているのかもしれない。

 

「そう固くならないで。彼女なんてそんなに大したものじゃない」

 

「その言い方……、まぁその通りですけれど」

 

 しかし相手は警戒を解けない様子であった。

 

「その……六年前から、モリビトに?」

 

「ええ。昔で言う、赤と白のモリビトに乗っていたわ」

 

「……嘘だろ。あのデカブツのモリビトの操主……」

 

 余計に怖がらせてしまったらしい。タキザワは諌める。

 

「桃、分かっているだろう?」

 

「……分かっているけれど事実じゃないですか」

 

「……す、すいません。俺、ちょっと急用を思い出しちゃって……!」

 

 逃げるように立ち去っていく男の後ろ姿を眺めながらタキザワは嘆息をつく。

 

「未だに傷は癒えず、か。モリビトというだけで地上の人間は恐れてしまう。ある意味では報復作戦の成功の証だが、軋轢を生むんじゃどうしようもない」

 

「……こっちのせいじゃないでしょう」

 

「その通り。君らには何の責もない。ただ、これが世界の結果だと言うだけだ」

 

 モリビトの操主は恐れられる。どれだけ言い繕っても、モリビトは星の人々にとっては敵性兵器なのだ。

 

「《ナインライヴスピューパ》は?」

 

「手伝ってもらったお陰で申し分ない。次はすぐに出せるだろう。問題なのは……」

 

 濁した先に《イドラオルガノン》の姿を見据える。桃も見やってからため息を漏らしていた。

 

「……分かっています。教官としての措置、でしょう?」

 

「分かっているじゃないか。だがあまり踏み込み過ぎるなよ。少しばかりデリケートになってしまっている」

 

「理解はしているつもりですけれど」

 

「こっちだって、ゴロウがいない手前、作業能率は下がっているんだ。あまり彼女らに歩み寄る事も出来ない」

 

 肩を竦めたタキザワに桃は一つに結った髪を揺らした。

 

「……単刀直入に聞きます。《イドラオルガノンカーディガン》、本来の性能のどれくらいが現状ですか?」

 

「……言っていいのならば、六割、と言ったところだ」

 

 その数値に桃は面を伏せる。

 

「六割……それって多分」

 

「ああ。想定以下だね。本来ならば二人の息がピッタリと合えばこれほどに強力な人機もないはずなんだが……」

 

 濁したのはそうではないから。ミキタカ姉妹は少しずつではあるが、こちらの予想よりも遥かに早く操主としての寿命を縮めつつある。

 

 早期解決には桃の助力は必要不可欠であった。

 

「……分かっていて、それですか?」

 

「分かっていてもそれなんだよ。僕らは所詮、外側から君達の戦いを見る事しか出来ない。他人事と思われればそれまでだが、これでもバックアップはしているつもりだ」

 

 桃は少しの逡巡の後に搾り出していた。

 

「……分かりました。林檎と、話をつけてきます」

 

「気をつけろよ。感情面での破綻がきっかけで操主を一人失うのは痛いからね」

 

「そこは、女の子を扱うんですから。分かったもんじゃありませんよ」

 

 桃は手を払って言い放ち、格納デッキを後にしようと踵を返した。

 

 その時であった。

 

『熱源警告! 《ゴフェル》へと真っ直ぐに向かってくる機影あり!』

 

 全員がその報告に気を引き締める。桃はすかさず通信に尋ね返していた。

 

「数は?」

 

『一機です! ですがこの機体参照データは……』

 

「探っている時間も惜しい。《ナインライヴス》で出る」

 

 桃がタラップを駆け降りる際、タキザワは言いやる。

 

「無茶は」

 

「しないつもりですよ、っと!」

 

 コックピットに飛び乗った桃へと報告がもたらされる前に、機体照合のデータがコンソールにもたらされた。タキザワはその機体名称に瞠目する。

 

「これは……? 本当なのか?」

 

『事実です! 接近する機影は……《クリオネルディバイダー》と推定!』

 

『《クリオネルディバイダー》……? じゃあクロが?』

 

 スタンディング形態に移行した《ナインライヴス》が甲板より出ようとする。刹那、帰投信号が発信された。

 

「《クリオネルディバイダー》よりの帰投信号……ゴロウか?」

 

『ガイドビーコンの要請あり! どうしますか! タキザワ技術主任!』

 

 転がっていく状況の中、タキザワは瞬時の判断を求められていた。

 

「……許諾する。桃、もしもの時は格納デッキで」

 

『鹵獲されている場合ですよね……。やります』

 

 Rランチャーを構えた《ナインライヴス》が警戒を注ぐ。カタパルトが開き、《クリオネルディバイダー》が誘導灯に沿ってゆっくりとこちらへと入ってきた。

 

『……鉄菜が、戻ってきたの?』

 

「ニナイか。分からない。現状、鉄菜じゃない可能性も……」

 

 キャノピーが開いていく。乗り合わせていたのは項垂れた瑞葉と、ゴロウであった。すぐさま彼は通信を飛ばす。

 

『撃つなよ。こっちは丸腰だ』

 

『ゴロウ……? クロはどうしたの?』

 

 その問いかけにゴロウは声を渋らせる。

 

『……どこから話せばいいものか……。鉄菜は別行動を取った。この時間帯で合流出来ていないという事は、何かがあったに違いない』

 

「何か……」

 

 その言葉の主語を欠いたまま、タキザワはとんでもない方向に事態が変位しつつある事だけは予感した。

 

 


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