ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯258 相似形のモリビト

『……しつこいな』

 

 何度かこちらとの交戦を打ち切って《ゴフェル》へと向かおうとする《イクシオンベータ》を林檎は決して自分の距離からは離さなかった。

 

 Rトマホーク一本でも、と敵へと間断のない攻撃を見舞う。

 

「しつこさは……折り紙つきでね!」

 

 敵の鉤爪とこちらの斧が干渉し合う。スパーク光が弾ける視野で敵の通信が入っていた。

 

『貴様らは……どこまで度し難い抵抗を続ける? この世界は既にレギオンと……我々アムニスのものだ。……もう変わりようがない。世界はこう動くべくして……動いている』

 

 その言葉に反論が出来なかった。自分も半分は分かっているのだ。

 

 ここまで抵抗したところで無意味。世界を変えるなんて大それた事、出来るわけがないと。

 

 最初ならばまだ息巻けた。だが、もう自信は失われていた。自分一人で変えられるのか? 何も変えられず時代の波に取りこぼされるのがおちではないのか。

 

 沈黙した林檎に蜜柑が声を返す。

 

「しっかりして! 林檎! ミィ達ブルブラッドキャリアの理念は、その程度では折れないって言って!」

 

 いつもは弱気な蜜柑が声を張り上げている。その理由が分からずに林檎はアームレイカーを握る手の力を緩めていた。

 

「……何でそんな必死に……」

 

「林檎?」

 

『……もらった』

 

 敵の鉤爪が《イドラオルガノン》の胸元へと入る。引き裂かれた形の機体から青い血が迸った。注意色に塗り固められるステータスを目にしながら、林檎は虚脱していた。

 

 何のために戦うのか。誰のために戦えばいいのか。

 

 リードマンは鉄菜の強さは心がない事だと言っていた。それを探し求める事だと。

 

 だが自分には心の在り処程度分かる。そんなものに迷っていれば真っ先に戦場で足元をすくわれる。

 

 だというのに、どうして鉄菜は強くって自分は弱い?

 

 どうして、こんな事に甘んじなければならないのだ。

 

 仰け反った《イドラオルガノン》へと敵人機が鉤爪の粒子束を収束させる。一本のレイピアの剣と化したその一閃が横腹に入り、血塊炉へと重大なエラーを発生させた。

 

「コスモブルブラッドエンジンが……! 林檎! 《イドラオルガノン》の……ウィザードなんでしょ! 早く!」

 

「……ボクは」

 

 何も考えられない。何かに向かうための指標が持てない。どこへ向かうべきなのか。何を掲げるべきなのか分からない。

 

『モリビト……因果はここでお終いにする』

 

 粒子の散弾が至近で弾けかける。もう駄目だ、と林檎は目を瞑った。

 

 その時である。

 

《イクシオンベータ》を実体弾が打ち据えた。不意に開いた通信に林檎は目を見開く。

 

『モリビトの操主! 無事か?』

 

「ラヴァーズの……援護?」

 

 戦慄く視界の中、林檎はナナツーやバーゴイルがこちらへと援護射撃を見舞っているのを視界に入れた。《イクシオンベータ》が袖口からのリバウンドを拡散させ、盾として用いる。

 

『ラヴァーズの抵抗か……。だが、無駄だ……』

 

《イクシオンベータ》が飛翔し、ラヴァーズの艦へと乗り移る。うろたえたナナツーを一閃が引き裂いた。猪突したバーゴイルを両断する。

 

 その一撃に迷いはない。

 

 いくつもの命が、目の前で詰まれていく。自分は何も出来ない。何か出来る気がしない。

 

「……林檎。どうして? 今までは戦ってこられた! どうしてなの!」

 

「……分からないんだよ、ボクだって。やれるはずなんだ、出来るはずなんだ、だって言うのに……! 身体がまるで鉛みたいに重くってさ……」

 

 鉤爪がまたラヴァーズの人機を破壊する。それを見ていられないと思ったのは蜜柑のほうなのだろう。

 

 彼女は声を詰まらせていた。

 

「……じゃあ、いい。ミィが行く」

 

「……蜜柑?」

 

「《イドラオルガノン》のウィザード権限を移行。ガンナー、蜜柑・ミキタカによるオペレーションを実行」

 

 蜜柑がコンソールに打ち込んでいく命令に林檎は面を上げていた。

 

「何を……何をやっているんだ、蜜柑!」

 

「林檎が出来ないなら、ミィがやらなくっちゃ……だって、ミィ達は……《モリビトイドラオルガノンカーディガン》の……執行者でしょう?」

 

「それは……」

 

 口ごもった林檎に蜜柑は最後の命令を施行する。

 

「出来ないならミィがやる。それしか……ないんなら」

 

 引き金だけ握っていたはずの蜜柑へと、コックピット内部の機構が変形し、簡素ながら操縦桿が当てられる。足元の照準補正用のキーは廃され、フットペダルが出現した。

 

「蜜柑……でもキミじゃ……」

 

「やるしか……ないじゃない。だって誰も! 死んで欲しくないもの! 《モリビトイドラオルガノン》! 蜜柑・ミキタカ!」

 

 雄叫びを上げた蜜柑が《イドラオルガノン》の操縦系統を指揮し、機体が跳ね上がった。どこかおっかなびっくりの《イドラオルガノン》が甲板を蹴ってラヴァーズの甲板へと跳躍する。

 

 こちらへと振り向いた《イクシオンベータ》は照り輝く炎と青い血を浴びていた。ゴーグル型の表情のない容貌に、蜜柑は睨み据える。

 

『……先ほどまでと気配が変わった。そういえば複座の人機であったな。……もう一人か』

 

「来なさい……。《イドラオルガノン》は負けない」

 

『気丈な台詞だ。……聞いていて涙が出るほどの。……乙女が、銃を握ってこちらへと、その小動物のような眼で睨んでいる……、そのようなイメージを持てる』

 

「負けない……、負けたくない。――負けられないんだぁっ!」

 

 加速した《イドラオルガノン》は林檎の目からしても愚策だ。どう考えても周りが見えていない。

 

 ただ闇雲に突っ込むだけでは敵の武装の餌食となる。

 

「蜜柑! 操縦系統の指揮をボクに戻せ! 八つ裂きにされるぞ!」

 

『その見方……正しいと言っておく』

 

 鉤爪が発振し《イドラオルガノン》のRトマホークを肘から掻っ捌いていた。格闘武器を失った《イドラオルガノン》が格納していた銃火器で応戦しようとするのを、敵のリバウンドの腕が頭を掴んだ事で制されてしまう。

 

 電磁場が放出され、アームレイカーが痺れた。コックピットは、今やプラズマ磁場の中心地だ。

 

「このままじゃ……焼き殺される」

 

『その恐怖も正しい。……ひき潰す。《イクシオンベータ》、貫くぞ』

 

 もう一方の腕から発振されるリバウンド粒子が一本へと収束し、その太刀筋が血塊炉を引き裂いていた。メイン血塊炉ダウンのポップアップ警告が赤く明滅する。

 

「終わった……」

 

 絶望的な呟きに敵が声を被せる。

 

『そのようだな。悪足掻きしなければこのまま、操主だけは生かしておいてやろう。……これは慈悲だ。天使の……な』

 

「慈悲……? 慈悲だって? そんなものが欲しくって……ミィ達は戦っているんじゃない!」

 

 吼え立てた蜜柑が全天候周モニターの一角を叩く。モニターが切り替わり、蜜柑の下操主席が後方へと格納された。

 

「まさか……、蜜柑」

 

 直後、《イドラオルガノン》を覆っていた鎧が引き剥がされていく。甲羅部分に位置していた灰色の拡張武装に血脈が宿った。青い血潮を滾らせて、光を乱反射する装甲板が捲れ上がる。それは《イドラオルガノン》の切り札。用意されていた「複座式の人機として」の追加武装であり、もう一機の――。

 

『第二の血塊炉反応……? この照合データは……モリビトだと!』

 

『そう、これこそがミィ達の切り札……』

 

 装甲が裏返り、内側に収納されていたマニピュレーターが出現する。頭部に位置する単眼が赤い光を灯した。

 

《イドラオルガノンカーディガン》より剥がれた機体が飛翔する。灰色の機体に蜜柑は搭乗していた。

 

「……《イドラオルガノンジェミニ》……」

 

 その名前を紡いだ途端、《イドラオルガノンジェミニ》が炸薬を用いて《イクシオンベータ》を眩惑する。

 

『まさかもう一機隠されていようとは、な……。だが無意味だ』

 

 敵の肩口よりリバウンドの外套が引き出される。その堅牢さは《ナインライヴス》のRランチャーを弾いた事からも明らかだ。

 

 しかし、《イドラオルガノンジェミニ》は敵の防御皮膜へと手を伸ばす。

 

 その機体から黄金の燐光が発せられた。

 

『エクステンドチャージ……、まさか! どうしてそれを……』

 

『この機体は! 純正血塊炉が使用されている! だから使える、モリビトの真の力を!』

 

 機体の袖口が敵機のリバウンドの外套を中和し、その内側へとミサイルが埋め込まれた腕を肉迫させる。

 

『こんな事で……こんな事で、アムニスが敗北するはずが……!』

 

『ミィ達は負けない……負けちゃいけないんだ!』

 

 アンチブルブラッドのミサイルがゼロ距離で発射され《イクシオンベータ》が大きく損傷する。その機体へと矢継ぎ早にリバウンド兵装が火を噴いていた。

 

 誘爆した機体が噴煙に包まれていく。

 

『我々は……天使であるというのに……!』

 

『墜ちろぉっ!』

 

 爆発が連鎖し、《イクシオンベータ》は完全に葬り去られていた。逃げようとした敵の頭部コックピットを《イドラオルガノンジェミニ》が掴み取る。

 

『逃がすわけ……ないでしょう』

 

『離せ! ここで死ねば、計画に歪みが……』

 

『全ての不条理を正すために、ミィ達は存在している! だったら、自分の手を汚すくらいは!』

 

 掴んだコックピットに亀裂が走る。叫び声が木霊する中、銃口が当てられた。

 

『……撃つと……貴様らのエゴで! 世界の平和的な循環を乱すと言うのか!』

 

『世界の平和なんて、ミィ達はどうだっていい! ここで――勝つ!』

 

 発射されたリバウンド兵装が敵のコックピットを撃ち抜いていた。林檎は完全に圧倒されたまま、言葉を継ぐ事も出来ない。

 

 蜜柑が自らの意思で、隠し武装であった《イドラオルガノンジェミニ》の封印を説いた。それだけでも充分に衝撃であった。

 

「……蜜柑」

 

 通信網にすすり泣く声が漏れ聞こえる。蜜柑は自ら選択した。

 

 ――ならば、自分は?

 

 自分は何に成るというのだろう。どうしたいと言うのだろうか。

 

「ボクは……結局どっちつかずで……」

 

 呻いた林檎は項垂れるしかなかった。

 

 


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