ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯255 勝ち取るために

 

 現状を、と問い質したニナイに《ダグラーガ》に収まったサンゾウは苦々しく言いやる。

 

「……旧ゾル国の新型人機によって我らは削られた。恐らくアンヘルの命令によるものなのだろうが、それそのものは重要ではない。問題なのは、恐るべき速度で状況が転がっている事だろう。これを」

 

 同期された情報に端末を手にする茉莉花が息を呑んだ。

 

「……驚いたわね。情報統制は完璧だと思ったけれど、アンヘルと爆弾を結び付けてはいないわけ、か」

 

 ニナイはその言葉の仔細を探る。

 

「つまり……アンヘルが運用した、という事を隠していると?」

 

「不都合な事実に抵触するのよ。ブルブラッドの爆弾……これは多分相手方からしても鬼札。その鬼札を持っているのはアンヘルではない、という可能性」

 

 ニナイはブルブラッド重量子爆弾の正式名称を目にしていた。ゴルゴダ――罪の名前。

 

「アンヘルが運用するのに、アンヘルの名義は使えない、と言いたいの?」

 

「正確には、使えないではなく、使いたくない、が正しいかしらね。アンヘルはこれほどの戦術兵器を隠し持っている事を世間に露呈させたくない」

 

「世論は思ったよりも慎重だという事だろう。殊にC連邦政府の加護にあるコミューンはな。アンヘルでさえも平和的解決の一つだと思っているはず」

 

 平和的解決。最も縁遠いと思えるその言葉がアンヘルを象徴しているのは皮肉としか言いようがない。

 

「ゴルゴダを使用するのは極力避ける、という方針だと考えて、間違いは?」

 

「ないだろう。だが、いざとなればどれだけでもこのカードを切れる、という牽制でも」

 

 ニナイは額に手をやって考え込む。現状では《ゴフェル》はあまりに微力。加えて鉄菜と合流も出来ていない今、下手にアンヘルに仕掛ける事も出来ない。

 

「こう着状態……ってわけね。どちらが動いても不利益に繋がる」

 

 ある意味では宇宙で爆弾の性能を確かめたのは無駄ではないのだろう。あれほどの威力が地上で爆ぜたと思うだけで身震いする。

 

「切り札を持っているがゆえに、踏み込んだ作戦を出来ないのはお互い様だろう。いずれにせよ、我々ラヴァーズは出来る事から貢献したい。そちらの人機の整備くらいは」

 

 サンゾウの声にニナイは、いえと拒否していた。

 

「そこまで背負わせるわけにはいきません。私達も相当痛手を負っています。だというのに、あまりにも……」

 

「背負う分が大きい。確かにそうね。ラヴァーズがこれから先、滅びていくだけの組織だというのならば存分に利用させてもらうのだけれど、そのつもりもないのでしょう?」

 

 思わぬ挑発の声音を発する茉莉花にニナイは目を見開いていた。元々は彼女の古巣のはずである。

 

 それなのに、問答無用の言葉を吐ける精神力に感嘆した。

 

 サンゾウは意に介した様子もない。淡々と事実を述べる。

 

「まだ、ラヴァーズには出来る事があるはず。そう信じている。末法の星で何がやれるのか……何が出来るのか。我々の生に意味はあるのか」

 

「そこまで哲学するつもりはないけれど、吾もちょっと考えたい事があるのよ。ニナイ、ちょっとの間だけ、ラヴァーズ側のメインコンソールを使わせてもらうわ。その間、《ゴフェル》の守りは手薄になるけれど」

 

「ええ、こっちで対応を。……でも大丈夫なの?」

 

 問いかけたのは別段ラヴァーズに不満があったからではない。それよりも茉莉花が行き着く先を決めかねているように思えたからだ。彼女はこちらの考慮を知ってか知らずか、フッと微笑む。

 

「裏切りはしないわよ。今さら、そんなのに意味はないし。翻れば《ゴフェル》のため……こう言っても信じてもらえない?」

 

「……いえ、信じるわ。そうしないと前に進めないもの」

 

 返答に茉莉花は拍手を寄越す。

 

「よく出来ました。ニナイ、あなたもちょっとは考え方が変わったみたいね」

 

 変わった。そうなのだろうかと自問する。もし、変わったとするのならば――。

 

「それは鉄菜のお陰なんでしょうね」

 

 鉄菜が引っ張ってくれたから、今の自分達がある。彼女が無茶でも道理を蹴飛ばして戦い抜いたからこの状況に落ち着いている。

 

 しかし、今の《ゴフェル》は致命的な命運を欠いていた。鉄菜という求心力を失った《ゴフェル》ではどこか誰もが困惑気味だ。

 

「なに、鉄菜は戻ってくるわよ。心配しなくたって。六年間待ったんでしょ?」

 

 それは、と口ごもる。鉄菜の生存を第一として掲げていた。それは間違いない。しかし、状況も違う。

 

 アンヘルの軍備増強に新型爆弾。これほどの条件が揃っていながら、仕掛けてこないはずもないのだ。

 

 一日の平穏か、あるいはあと数分にも満たないほどの静謐か。現状が長続きしない事だけは、ハッキリと分かっていた。

 

「……六年間の沈黙とはわけが違う。私達は踏み出した。だから、もう戻れない」

 

「そうね。戻れない。それは吾だって同じ」

 

「……あなたも?」

 

「気づかない? ……まぁいいけれど。モリビトの執行者のメンテナンスは頼むわ。やる事があるからね」

 

《ビッグナナツー》へと歩み去っていく背中を《ダグラーガ》に収まったサンゾウも見つめていた。

 

「……情けない。拙僧がいながら、ラヴァーズは半数以上の命を失った」

 

 深い懺悔にニナイはフォローしようとする。

 

「でも、あなたのせいじゃ……」

 

「いや、拙僧のせいなのだ。ラヴァーズは元々、この終末の惑星で救いを求める声を聞き届けて結成された組織。拙僧には責務がある。救いを、実行するという重責が。それなのに、命一つ救えないで、何が世界最後の中立か、何が……救済か」

 

 彼自身、自己矛盾を抱えているのだろう。《ダグラーガ》に関する情報は乏しいが、彼が幾星霜の孤独の末にラヴァーズという組織に流れ着いたのか、想像はつく。

 

 結局、星の人々は身勝手に救いを求めて、身勝手に離れていく。それが宿命のように。

 

「……私達だって身勝手です。別に、世界をよくしたいだとか、今さら報復の刃を向けたいだとかじゃないんです。ただ、このままでいいのか。それだけがある。それだけの行動理念で動いている。このままでいいのかだけが、胸に突き立っている疑問なのです」

 

 その疑問点だけで自分達は戦ってこられた。だが、これほどまでに世界の悪意をまざまざと見せ付けられて、それでも前に進めというのか。過酷でしかない運命のうねりと共に、どこまで行けというのだろう。

 

 自分にはもう分からない。ただ目の前の事態を止めるべきだとする胸の衝動だけはある。

 

「……案外、拙僧と貴殿は似たもの同士なのかもしれないな。いや、これは貴殿に失礼か。世界を敵に回し、何もかもを失ってでも前に進もうとする者達には」

 

「そこまで崇高じゃありませんよ。ただ、放っておけない、それだけなんだと思います」

 

 そう、それだけのシンプルな答えなのだ。ニナイは自分の胸中にそう繰り返していた。

 

 


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