ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯252 命の番人

 熱源警告の報に最初に反応したのは瑞葉であった。

 

『クロナ! 敵が追ってきている!』

 

 悲鳴にまさかと鉄菜は《モリビトシンス》を機動させる。先ほどまで機体がいた空間をリバウンドの特殊兵装が引き裂いた。

 

 赤い光を発する棘である。棘の槍が空間を射抜き、それぞれ幾何学の軌道を描いて《モリビトシンス》を追尾する。

 

『ただの敵じゃない!』

 

「ああ、この可動性……《モリビトサマエル》のRブリューナクと同じ性能か」

 

 機体識別コードがイクシオンフレームの照合結果を弾き出す。鉄菜はアームレイカーを思い切り引き込んでいた。

 

 制動用の推進剤が焚かれる中、慣性機動でこちらを追い越した相手が視野に大写しになる。

 

 緑色の基本カラーに赤い光を放つ棘の武装を施されていた。機体を翻し、敵機がすぐさまこちらへと武器を振るい上げる。

 

 赤く染まった棍棒の武装に鉄菜はRシェルソードを対応させていた。火花が弾け、スパークが焼きつく。

 

『アムニスの序列六位! 鉄腕のペネム!』

 

 敵人機の腕に内蔵された人造筋肉が膨れ上がった。膂力が一気に倍増しRシェルソードとの均衡を破る。

 

「人機に……生身の筋肉だと!」

 

『天使の御業、嘗めるな!』

 

 弾き返した敵に《モリビトシンス》が急降下する。減殺し切れない熱が機体を押し包んだ。自分だけならばまだいい。ここには瑞葉も乗っているのだ。無茶な機動は命取りであった。

 

『逃げに徹するか、モリビト!』

 

 敵が棍棒を背中にマウントする。直後、棍棒から放出された赤い輝きが推進剤と渾然一体と化し、《モリビトシンス》を追い越していた。

 

「急加速……まさか、ファントムか」

 

『それをも超える叡智だ。雷撃の如き速度で敵を討つ。名を冠するのならば、ライジングファントム!』

 

 急加速からの急旋回。眼前に舞い戻ってきた相手を撃つべくRシェルライフルを掃射する。しかし敵にはその弾道がことごとく予測されているようであった。

 

 互いに赤い熱の皮膜を帯びながら大気圏で合い争う。こちらの太刀筋と敵の棍棒が何度も打ち合った。

 

 荒く呼吸をつき、牽制の弾幕を張る。敵機が棍棒を薙ぎ払い、リバウンドの銃弾を跳ね返した。

 

「どこまでも追ってくるか……アムニス!」

 

 フットペダルを踏み込み、機体を仰け反らせた。巡る循環ケーブルに過負荷がかかり、直後、機体が輝きを伴って飛び越えていた。

 

 ファントムによる敵の翻弄。だが、相手には通用しなかった。棍棒がこちらの剣先を予期して動く。

 

『言ったはずだ。嘗めるな、と!』

 

「嘗めているつもりはない。容赦をする気も!」

 

 右手の《クリオネルディバイダー》を支持アームで保持し、装備された大口径のリバウンド砲を発射した。

 

 消し炭になってもおかしくはないほどの威力が至近で爆発する。それでも、敵機は譲る様子はなかった。

 

 棍棒を突き上げ《モリビトシンス》の腹腔を叩き据える。

 

 激震に鉄菜は奥歯を噛み締めた。

 

『血塊炉を砕く!』

 

「どの口が……。その前にお前の機体を両断する!」

 

 Rシェルソードを軋らせ敵人機を叩き割ろうとした。棍棒がその刃を弾きお互いの機体がぶつかり合う。衝撃に耐えたのはこちらのほうであった。

 

 次手が紡ぎ出され、大口径リバウンド砲がミサイル群と共に掃射される。

 

 敵は雷撃のファントムを用いて射程から一気に剥がれようと高推進で逃れた。だがこちらの誘導ミサイルはただのミサイルではない。

 

 炸裂した眩惑の弾頭が敵機の精密なセンサーをかく乱する。

 

「今しかない。ミズハ、ゴロウ! 少々無茶な機動で降りるぞ!」

 

 ここで戦っても互いに消耗し続けるだけ。その分、敵機のほうがこの戦闘は慣れているはずだ。今は少しでも自分達が優位な場所へと移動する。

 

 逃れた《モリビトシンス》に追撃の気配はなかった。すぐさま海が大写しとなり、鉄菜は青い海面を割って洋上を疾走する。

 

「……これで、少しはマシになったか」

 

 息をついたのも束の間、ゴロウが接触回線に声を飛ばす。

 

『鉄菜! 瑞葉が異常な熱を感知している。恐らくは大気圏で戦ったせいだ』

 

 いつになく真剣な声音に鉄菜は問い質していた。

 

「ミズハ! 大丈夫なのか?」

 

『クロ、ナ……。気にしないで、くれ。……人機にここまで、長い時間乗ったのは……久しぶり……だった、から……』

 

「私のような調整を受けていない。無理がたたったのだろう。ゴロウ! 休める場所をピックアップしてくれ。そこに降りる」

 

『やれやれ、システム遣いの荒い事だよ。位置情報をマッピングしたが、忘れるな。もう惑星の圏内だ。バベルの眼がいつ届いてもおかしくはない』

 

 いつ戦闘が再開しても不思議ではない場所だ。鉄菜はゴロウの用意した小島へと機体を寄せていた。制動用の推進剤を焚いて離れ小島の岩礁に《モリビトシンス》を隠す。

 

「汚染大気測定……、七十パーセントか。推奨されないな。《クリオネルディバイダー》の内部温度を下げるしかない」

 

 自分ならばいざ知らず、瑞葉はもうただの人間だ。汚染大気に出すわけにはいかない。ゴロウが《クリオネルディバイダー》の機体内を冷ましている間に、鉄菜は言い置いていた。

 

「自動策敵に入ってくれ。私は……ちょっと降りる」

 

『鉄菜? 油断ならない、と忠告したが』

 

「分かっている。……ただこの場所は……少し馴染みがあるだけだ」

 

 位置情報を同期し、《モリビトシンス》の頚部コックピットハッチより這い出る。汚染大気を吸い込み、鉄菜は跳躍していた。

 

 粗い石粒が目立つ砂浜を歩み、鉄菜は数年振りに日記を起動させた。

 

「鉄菜・ノヴァリスの経過報告。……現在地は六年前のあの日と、奇しくも同じ。天候は晴れ。ブルブラッド大気濃度は七割」

 

 馬鹿馬鹿しい代物だ。もう自分で体調の管理くらいは出来る。そうでなくとも惑星で六年もの間戦ってきたのに、誰に報告するでもない記録など。

 

 どうしてそのような瑣末事に駆られたのかと言えば、ブルブラッドの針葉樹林に囲まれたこの場所を、自分は知っていたからだ。

 

 一面に広がっていたのは青い花であった。

 

 あの日、意味もなく焦がれていた青い花。黒羽博士の夢見ていた景色。同時に自分の原風景でもある。

 

 花園に踏み入って鉄菜はいくつかの青い花は枯れたように色をなくしているのを発見していた。

 

「……ブルブラッドの花も枯れていく。いつかは……どのような命も消え行くのか」

 

 自分もいつかは死んでいく。この花と同じように。否、人機がいずれは壊れて動かなくなるように、か。

 

 花に自分をなぞらえるほど、華奢に出来た覚えはない。

 

 この身は鋼鉄の巨躯と似たようなものだ。

 

 一輪の花を摘みかけて、鉄菜は様々な事を思い返した。

 

 六年前、《インぺルべイン》と共に仕掛けてきた彩芽の事を。その後の出会いと別れ、そして永劫の離別を。

 

「ジロウ……彩芽。お前達は私に、何を見てくれていたんだ。私は……ただの破壊者なのに。今もこうやって、壊す事しか出来ない」

 

 摘み取った花が結晶のように砕け落ちていく。自分が触れれば、万物は消えていく。指先で少しでも干渉しただけで、何もかもが壊れていくのが運命だというのならば。

 

 その過酷な運命を自分は受け入れよう。壊す事しか出来ない拙い指先を。壊す事しか知らぬ脆いこの身体を。

 

 だから、どうしてなのだろうか。

 

 ――涙が零れ落ちる。

 

 分からなかった。何が悲しくって泣いているのか。何が悔しいのか。

 

 何が……この胸を掻き毟るのか。六年前の最終決戦、刃で全てを貫いたあの時もそうだ。

 

 虹色の星の果実に。憂いを帯びた命の星に、自分は何を見たのだろう。何を覚えて、このような機能を獲得したのだろうか。

 

 分からない。全てがこの手から滑り落ちていく砂粒のように。

 

 儚いだけの代物。手にする事さえも叶わない、一握の幻。

 

 幻を追い求めるのは人間の特権だ。しかし自分は――人間ではない。戦えば戦うほどに痛感する。

 

 この身体は、紛れもなく、人間ではない、という事を。人間離れした機能を付与された、ただの怪物だ。

 

「……クロナ?」

 

 不意に背で弾けた声音に鉄菜は振り返っていた。マスクをつけた瑞葉がゴロウを抱えている。

 

 すぐに鉄菜は平時の口調を取り戻した。

 

「ゴロウ……周辺警戒は」

 

『メイン操主が出たというのに周辺警戒もあるか。なに、《モリビトシンス》の隠れた岩礁は幸いにしてブルブラッドの塊だ。敵のセンサーを誤認出来る』

 

「そのような保証のない事を……」

 

「クロナ……。どうして泣いているんだ?」

 

 涙ばかりは誤魔化せなかったか。鉄菜は伝い落ちる涙を拭おうとする。

 

「何でもない。何でもない機能だ」

 

「……花が、咲いているんだな」

 

「ああ。ブルブラッドの汚染大気の下でしか咲けないという……大罪の結果だ」

 

「わたしは、そうだとは思わない」

 

 意想外の返答に鉄菜は面食らう。

 

「思わない……?」

 

 歩み寄った瑞葉は優しく花を摘む。今度は結晶の花は砕け落ちなかった。

 

「綺麗な花だ。……だが綺麗という概念は、わたしにとって後付けの代物なんだ」

 

 かつての青い地獄の罪。ブルーガーデンで彼女と自分は合い争った。それでも、今は手を取り合えている。どのような因縁の結果か、今は仲間意識を持てている。

 

「私にも……綺麗だという概念だけが外付けみたいなものだ。この花を、ただ見たかった。原初の記憶はそこにあった……らしい」

 

「クロナ。リードマン先生から話は聞いた。元になった人間の事。お前がどうして、ここに生まれ落ちたのか、という事も。……老いないその身体の事も」

 

 お喋りめ、と鉄菜は辟易する。だが瑞葉はその眼差しに羨望を輝かせた。

 

「羨ましい、と思えた」

 

「羨ましい? 私が、か?」

 

 どうやって出たのか分からない言葉に困惑する。瑞葉は花園を見渡した。

 

「ここに咲く花と同じように、お前は咲いている。命の証明を、示し続けている。戦う事で、自分の存在証明を必死に刻もうとしている。その在り方が、ただ純粋に、眩しいんだ」

 

「私にはお前のほうが……、恵まれていたとまでは言わないが真っ当であったと思う」

 

 瑞葉は肩口をさすって薄く笑った。天使の羽根の痕。彼女がこの世に降りた証。

 

「天使の羽根をなくして、初めて見えたものもある。……大切な人が出来たんだ。守りたいと思える……信頼関係が。この世の何にも替え難いものが。……だがそれも……何処かへと消えてしまった。幻を見ていたのかもしれない。果てのない、夢の一端を」

 

 その夢がしかし、自分には眩しい。誰かのために生きる事なんて出来やしない、この欠陥品では。

 

「……ミズハ。お前は心というものが、どこにあるのか知っているのか」

 

 だからか出し抜けにそのような質問をしてしまった。彼女は愛する事を知っているようだ。愛せるという事は、心の在り処も分かるのかもしれない。

 

 他人を自分以上に尊重出来る。何よりも替え難いと思える。それが彩芽の言っていた心の証明なのだとすれば。

 

 しかし、瑞葉は言葉を彷徨わせた。

 

「どう……なのだろうな。わたしは、知った風になっていたつもりなだけかもしれない。最悪な境遇からは抜け出せた。尊敬する人も出来た。尊重出来ていると、思える誰かもいた。……だが、答えは出せないんだ。クロナ。わたしにもまだ、心はどこにあるのか、分からない」

 

「そう、か……」

 

 誰か近くにいる人に教えて欲しかったのかもしれない。心はそこにある、と言ってもらえれば、自分はその言葉を信じられる。

 

 妄信してでも、心の在り処を問い質せる。

 

 だが誰も、心はあると言ってはくれない。どうして誰もが言葉を濁す? どうして、誰かが決定的な事を教えてはくれない?

 

 鉄菜は花へと手を伸ばした。瑞葉の包み込んだ結晶の花。触れた途端、思った通り、青い花は砕け散ってしまった。

 

「私は、こういう存在なんだ。やっぱり」

 

「クロナ、そんな事はない。わたしだって、血に濡れた手だ」

 

「違うんだ、ミズハ。私とお前は……違う。お前は誰かを愛せた。人間なんだ、絶対に。だが私は? 誰も愛せやしない。誰も、敬えもしない。誰かを……自分以上に大切に思える事もない。……欠陥品の出来損ないだ。命を演じる事しか出来ない、木偶人形に等しい」

 

「クロナ……そんな事を、言わないで欲しい」

 

 懇願めいた声音に鉄菜は自嘲していた。

 

「どうしてだろうな……。壊す事を宿命づけられた。私は、何かを壊して、崩して、千切って、引き裂いて……その先にしか何かを描く事は出来ない。何かを、この手は生む事なんて……」

 

「クロナ! 違う! わたしは、お前に救われた! それは確かなんだ! だからそんな事を……言わないで欲しい」

 

 どうしてなのだろう。誰かのために声を張れる。誰かのために自分まで傷ついたような顔になれる。

 

 誰かのために、――泣ける。

 

 泣き顔の瑞葉の在り方が心底分からなくなってしまった。どうして涙するのだろう。傷ついたわけでもあるまい。苦しいわけでもないのに。

 

 どうして、涙が止め処ないのだ。

 

「……私には、何もかもが。何もかも足りていないんだ。人並みの心もない。人並みの理性も、人並みの感情も。……ミキタカ姉妹が私に向けてくる感情も。ニナイや桃が無償で預けてくれる感情もそうだ。私は、分かった風を装っているだけの演者なんだ。彼女らの気持ちなんて一切分からない……分かった事もない。誰かのために泣くことも出来なければ誰かのために怒る事も出来ない……ただの……!」

 

 その手を瑞葉が握り締めていた。瑞葉は全く視線を背けず、自分を見据える。

 

「……ミズハ?」

 

 直後、彼女はマスクを取り外していた。その行動に鉄菜は瞠目する。ヘルメットのバイザーを上げた面持ちには迷いがなかった。

 

 慌てて行動を制する。

 

「何をしているんだ……ミズハ! ヘルメットを! マスクをするんだ!」

 

「しない……。クロナがその考え方を改めないのなら、わたしはここで死んでもいい」

 

「何を言って……何を言っているのか、分かっているのか! 私は人造血続だ! ちょっとの汚染大気では死なないし、頑丈に出来ている。だがお前は! 人間だろう!」

 

「……クロナも人間のはずだ」

 

「私は……っ!」

 

 言葉をなくす。どうすればいいのか分からなくなってしまう。彷徨い始めた思考回路は、瑞葉へと真摯な言葉を投げる事を誓わせた。

 

「……ミズハ。ヘルメットを。それとマスクも」

 

 冷静な声音になったのは先ほどまでの取り乱しがこの行動の原因だと理解していたからだろう。瑞葉はバイザーを下ろし、マスクを装着する。

 

 安堵に胸を撫で下ろした途端、瑞葉はぐんと顔を近づけて口にしていた。

 

「クロナ。……多分、それが心だ」

 

 不意打ち気味の言葉に何も返答出来なかった。何を言われたのか最初、分からなかったほどだ。

 

「……これが、心」

 

「今、わたしのためを思って言ってくれた。わたしの事を案じて、バイザーを下ろせと、マスクをつけろと言ってくれた。その時点で、もう持っているじゃないか。心を」

 

「私は……」

 

 心が、今まで分からないとのたまってきたものが突然に手にあると言われてもピンと来ない。今、自分の言動には何もおかしなところはなかったはずだ。不自然なところも。

 

 すとんと、この感情が落ち着きどころを見つける事もない。

 

 それどころか先ほどまでより胸の中はざわめいていた。

 

 ――これが、心? こんな単純な事が?

 

 理解出来ない。否、理解したくはなかった。

 

 探し求めてきたものが既に持っていたなんていう道化を、認めたくなかったのかもしれない。

 

「……分からない」

 

「今はそれでいいのかもしれない。今は……」

 

 静かな口振りで瑞葉は言いやる。いつかは分かるのだろうか。

 

 心の在り処も。何をどう呼べばいいのかも。

 

 口を継ぎかけてゴロウが言葉を発する。

 

『……どうやら、相手も勘が鋭いらしい。接近する機影あり』

 

「まさか、さっきのイクシオンフレームか」

 

 警戒を厳にした鉄菜にゴロウはいや、と声に翳りを見せた。

 

『この反応……海中から、か? この水域で生きていける生命体なんて……』

 

 不意に波間が割れた。屹立した鍵穴の構造物に鉄菜は息を呑む。

 

 通常人機の五倍はある巨躯。藍色の機体が光源を反射している。

 

『……古代人機、か。しかしこれほどの大型だとは……』

 

 ゴロウも絶句している。そういえばゴロウは元老院から宇宙に上がって以来、地上はモニターしていないのだったか。

 

 彼とて知らないほどの巨大な古代人機に鉄菜は色めき立っていた。この古代人機がもし、《モリビトシンス》を敵だと判断すればそれも厄介。

 

 古代人機がこちらへと注意を向ける。致し方なし、と鉄菜はアルファーをホルスターより引き出し、額の上で弾けるイメージを持った。

 

 神経が空間を跳躍し、《モリビトシンス》が起動する。飛翔した《モリビトシンス》がこちらへと接近するまでの間、不意に甲高い鳴き声が連鎖した。

 

 海面が次々と砕け、白波を立たせつつ古代人機が無数に顔を出す。

 

『何という事だ……。ここは、古代人機の巣か……!』

 

 忌々しげに言い放った声音に鉄菜は質問する。

 

「戦闘が必要か?」

 

『分からない。だがゆうに十機近く。……悠長に構えていればやられるだろうな』

 

「各個撃破する! 《モリビトシンス》!」

 

《モリビトシンス》が降り立ち、自分達を手の上に乗せようとして、その背筋を攻撃が襲いかかった。つんのめった《モリビトシンス》に鉄菜はハッとする。

 

「攻撃……? 古代人機が?」

 

『いや……勘の鋭いほうが、のようだ』

 

 飛翔制空圏内に鉄菜は先ほどのイクシオンフレームを発見する。赤く棘のついた棍棒を振り翳し、敵機はこちらを睥睨していた。

 

『まさかわざわざ操主が降りているとは。その隙、命取りだと思え!』

 

《イクシオンデルタ》が棍棒を振りかぶり、一気に勝負を決めようとしてくる。《モリビトシンス》を遠隔で操ろうとするが間に合いそうにない。

 

 確実に砂浜を抉り、自分達諸共消し去ろうとした衝撃波を予見した。

 

 次の瞬間には、身体がバラバラに砕けているだろうと。だが、予想に反していつまで経っても痛みも終わりも訪れなかった。

 

「クロナ……。古代人機が……」

 

 呆然とする瑞葉の声に鉄菜は薄目を開ける。古代人機が砲門を《イクシオンデルタ》に向け、激しく砲撃を行っていた。

 

 触手を持つ古代人機が《イクシオンデルタ》の機体を絡め取る。他の個体が動きを鈍らせた相手を打ち据えた。

 

『何なんだ、こいつら……! 血塊炉の成れの果てがぁっ!』

 

 棍棒が振るわれ古代人機の頭部を割る。青い血潮が舞い散る中、一際巨大な古代人機が汽笛のような遠吠えを放った。

 

 刹那、地面が鳴動する。何が起こったのか、と周囲に首を巡らせると、崖の上から小型の古代人機が寄り集まり、《イクシオンデルタ》へと群がっていった。

 

 瞬く間に古代人機に埋め尽くされた《イクシオンデルタ》から呻きが迸る。

 

『こんな……! こんな事が! 自動機械風情にぃっ!』

 

 薙ぎ払われた一撃で数体の古代人機が絶命する。それでも彼らは攻撃をやめない。《イクシオンデルタ》をちまちまと攻撃するその姿に圧倒すら覚えた。

 

「……クロナ。古代人機が、わたし達を……」

 

「守って……くれているのか?」

 

 だがどうして。古代人機からしてみれば同じようなもののはずだ。

 

 大型の古代人機が《イクシオンデルタ》の前に出る。その瞬間を見計らっていたのか、古代人機に埋め尽くされたかに思われていた《イクシオンデルタ》の放った一振りが大型の古代人機の胴を打ち抜いた。覚えず、と言った様子で瑞葉が目を背ける。

 

 哄笑が通信網を震わせた。

 

『勝った……勝った! 負けるはずがない! アムニスの序列六位! この天使の格を持つこちらが! 古代人機風情に遅れを取るわけが……!』

 

 不意にその声音を遮ったのは巨大な個体の声であった。

 

 甲高い鳴き声から一転、地の底より湧いたとしか思えない、不気味な重低音が鳴り響く。

 

 空間を木霊させたその一声を、他の古代人機も模倣する。離れ小島を包囲する古代人機が怨嗟の呼び声を放っていた。

 

『黙れ……黙れよ! 貴様らなど、足元にも及ばない!』

 

《イクシオンデルタ》が立ち上がりかけて、突然よろめいた。巻き起こった現象に鉄菜は息を呑む。

 

「人機の装甲が、融解している?」

 

 だが灼熱が巻き起こった気配はない。砲撃も止んだ。古代人機は吼えるばかりで、何もしていないはず。

 

 だというのに、触れた箇所から、次々と《イクシオンデルタ》はカビが生え、堅牢なはずのその装甲が融け始めている。

 

『何だ、この現象は……! 貴様らのせいか! 古代人機ィ……! ただの……生命体が、このイクシオンフレームを……!』

 

 打ち抜いた棍棒に赤い火が灯る。点火した赤が拡大し、直後に円環を描いた。紅蓮の炎が内側から古代人機をぐずぐずに焦がしていく。

 

『これこそが人の叡智! 野生生物が! 死に絶えろ!』

 

 その勢いを殺さずに振るわれた鉄の一撃が古代人機の胴を引き裂いた。甲高い断末魔が空間を満たす。

 

 相手の笑い声が響く中、古代人機達が一斉に、それこそ時が止まったかのように干渉をやめた。

 

 磁石の如く、彼らは大型個体に群がっていく。《イクシオンデルタ》の開けた風穴を塞ごうとでも言うのか、傷口に触手を伸ばす。

 

 その個体を一つ、また一つと棍棒が叩き潰していく。

 

 見ていられなかった。遠隔操縦でも、と《モリビトシンス》を走らせる。

 

 割って入った《モリビトシンス》を相手は待ち構えていたのか、関節を極めて羽交い絞めにする。

 

 そうなってしまえば、遠隔ではどうしようもない。奥歯を噛み締めた鉄菜を、《イクシオンデルタ》が見下ろす。

 

『機体を失えば、如何に優秀な操主とて無意味! ここで引導を渡す! モリビト! 血塊炉を叩き壊してやる!』

 

 振るい上げた《イクシオンデルタ》の指先にまだ一匹、古代人機が纏わりついていた。

 

『邪魔だ!』

 

 振るった勢いで古代人機が岩礁に叩きつけられる。青い血潮を撒き散らした古代人機は、破砕された瞬間、確かに自分達を見ていた。

 

 彼らには目鼻はないはずであったが、それでも超常的な感覚器と呼べるものが、確実に。自分と瑞葉を見据えていた。

 

 鉄菜はアルファー越しにその声を聞き届ける。

 

「……任せておけ、だと?」

 

『どこを見ている……。モリビトの執行者! 我々のほうが貴様より上だ! 潰される愛機を見ておけ!』

 

 軋みを上げる《モリビトシンス》が直後、出し抜けに開放された。否、開放されたのではい。

 

《イクシオンデルタ》側の両腕が不意に落ちたのだ。だがこちらからは何も指示を出していない。それどころか巻き起こる事象に驚愕しているばかりだ。

 

「腕が……落ちたって?」

 

『……これはカビ、か……? 血塊炉の炉心内部に異常が……! 貴様ら、何をしたァッ!』

 

 棍棒を振り回す《イクシオンデルタ》に無数の古代人機が一斉に砲撃する。装甲がぐずぐずに融けて古代人機に圧された《イクシオンデルタ》から怨嗟の声が漏れる。

 

『ふざけるなよ……。旧式生命体が! この天使を侮辱するなど!』

 

 雷撃のファントムによって一瞬で肉迫した《イクシオンデルタ》が古代人機を踏み潰していく。しかし彼らは恐れを成した様子もない。

 

 寄り集まっていく古代人機から甲高い声が相乗し、《イクシオンデルタ》はすぐさま穴ぼこだらけの醜態を晒した。

 

『どうなっている! この《イクシオンデルタ》がこんな事で……!』

 

 直後、頭部が圧縮空気で放出され、救命ポッドへと可変を果たした。残った躯体を古代人機が腐食させていく。

 

「勝った……のか?」

 

 瑞葉の疑問符に鉄菜は首を横に振った。

 

「分からない……。だが彼らは……」

 

 先ほど感じ取ったのは嘘ではないのだろう。任せておけ、と言っていた。彼らの意思との疎通は可能なのだ。

 

 倒れ伏した大型の古代人機を波間がさらっていく。海中へと古代人機達は帰っていった。こちらの《モリビトシンス》を一顧だにしない。その在り方が鉄菜には不審に映った。

 

「お前達は……何なんだ」

 

 直後、翳したアルファーに声が跳ね返ってくる。電撃的に脳内に閃いた声を鉄菜は反芻していた。

 

「命の……番人……?」

 

 そう名乗った彼らは戦闘などなかったかのような静寂を降り立たせ、海の底へと《イクシオンデルタ》を引きずり込んでいった。

 

「……クロナ。彼らは……」

 

 息を呑んだ瑞葉に鉄菜はただ不明のままの事態を言葉にするのみであった。

 

「分からない……分からないが、助けられたのは事実のようだ」

 

 この星に棲む自分達とは別種の生命体。彼らの営みの一端を自分は窺い知ったのみ。

 

 その側面だけで、正義も悪も断じられるはずもなかった。

 

 


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