ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯251 裁きを待つ世界

 

 人形屋敷で受け取った通信に将校が応じていた。ガエルはアンヘルより待機命令を出されていたが、そのアンヘルを統括するレギオンの中枢はいやに静かで逆に胸騒ぎがしたほどだ。

 

 本当に質量兵器が落着するほどの危機に晒されているのか分からないほどの静寂。円筒形の義体が鎮座するメインコンソールで将校は声にしていた。

 

『ガエル・シーザー。愛娘のいるコミューンに識別不能の人機が出現した。その人機は君の娘を奪取し、バーゴイルを数体、破壊した』

 

 愛娘、という言葉にガエルは鼻を鳴らす。

 

「戯れで選出されたガキだろ。オレの立場をハッキリさせるために、人工授精のガキの父親に抜擢させられて」

 

『いい気分はしなかったかね?』

 

「ガキなんて犯すか殺すかに限る」

 

 言い捨てたガエルに将校はしかし、気分よく声にする。

 

『それにしては……様々な偶然が重なったらしい』

 

「何だよ。万年つまらなさそうにしているてめぇにしちゃ浮いた声を出しやがる」

 

『因縁とはこの事を言うのかもしれないな。不明人機の名前が特定された。名称を、《グラトニートウジャ》』

 

 その名前を聞いた途端、ガエルはこの事案が聞き流していいものではない事を察知する。

 

「……おいおい、六年前にそそいだはずの因縁だぜ?」

 

『殺したはずであった、か。だが彼は生きていた。それはハイアルファーの加護か、あるいはそうさせたのかは分からないが、生き永らえた彼は再び《グラトニートウジャ》に乗り、我々に牙を剥いた』

 

「ブルブラッドなんたらを先に始末するんじゃねぇのかよ。連中の落ちた先は知ってるんだろ?」

 

『そちらには別働隊を派遣しよう。ガエル。君はこちらを担当するといい』

 

 その命令にケッと毒づく。

 

「今さら坊ちゃんの尻拭いか。アホらしい。死んだヤツは棺おけから出ちゃいけないって教わらなかったのかよ」

 

『その棺おけが動き出したんだ。これは看過していいレベルではない。相手はハイアルファー人機だ』

 

 それくらいは熟知している。ハイアルファー【バアル・ゼブル】。そのおぞましい副作用も。

 

 ヒトをヒトでないものに変換する、ハイアルファー……。

 

「しっかし、分からねぇものだな。あんな姿になってまで生き長らえるのが幸福かねぇ」

 

『殺し損ねた、とハッキリ言ってもいい。今一度殺してきたまえ』

 

 将校の口調にガエルは反感の眼差しを注いだ。

 

「あのよぉ……てめぇらの身勝手に付き合わされるの、いい加減疲れてきたぜ。てめぇらの仕立て上げた偶像だろうが。いくらでもアンヘルの私兵も動かせる今! オレが行く意味なんてあるのか?」

 

『……彼を再び絶望させるのに最適だと言っているのだ。父親としての責務は果たすといい』

 

「父親? 笑えて来るぜ! ヤった覚えのねぇ女とのガキなんて知るわけねぇ!」

 

 その言葉に将校は一拍の沈黙を挟んだ後に、口にしていた。

 

『ならば命令を変えよう。《グラトニートウジャ》のハイアルファー自体は有益だ。我々としては、それを破壊するのは惜しい、と言っている』

 

「じゃあヤツがこっちにつくとでも言いたいのかよ」

 

『可能性は低いだろうが、操主だけを仕留めるのは得意のはずだ』

 

 畢竟、この連中はまだハイアルファー人機という革新的な技術を諦め切れないのだ。全てを自分達の手の中に入れないと気が済まない強欲。

 

 支配の中に入っていないものを看過出来ない貪欲さ。

 

 惑星を手中に入れてもまだ、その欲は尽きないというのか。

 

「……破壊すんな、ってのは難しいぜ」

 

『最終的に破壊に至っても構わない。データが欲しい』

 

 ガエルは身を翻していた。どうにも禅問答だ。

 

「言っておくが、かどわかされたって言う娘も、オレからしてみりゃどうだっていい。それこそ、犯されようが殺されようが」

 

『スタンスはいつもの通りで頼む。君は紳士だ。正義の味方なのだよ』

 

 どれだけでもおだてればいい。その嘘くささが際立ってくる。

 

 格納デッキで佇んでいる《モリビトサマエル》を仰いでいる人影を見つけた。

 

「おい。こんなところで居たらそれこそ……」

 

「心配は要らない。ガエル・ローレンツ。既に彼らの眼には侵入済みだ。わたしがここにいる事を相手は発見出来ない」

 

 ならば声をかけるのは野暮か。ガエルは《モリビトサマエル》を仰ぎ見た。

 

 死神の狂気を宿した愛機。鉤十字の翼を有する漆黒の機体。

 

「素晴らしいと、わたしは思うね。このような事態に陥った事、それそのものが」

 

 無言を貫くガエルに相手は耳元を突く。

 

「今、声紋を掌握した。口を利いても構わないぞ」

 

「……じゃあ言わせてもらうぜ。レギオンの庭先でよくもまぁ、いけしゃあしゃあと。水無瀬、てめぇ、思ったよりもタヌキだな」

 

 水無瀬はその言葉振りに笑みを浮かべる。

 

「君ほどではないとも。アンヘルの上級仕官であり、なおかつ旧ゾル国の支援者そのもの、か。顔が多いと大変だろう?」

 

「経験則か、そりゃ。オレが演じた覚えのない顔まで存在するからよ。困ってんだ」

 

「だが……今からその顔の一つを潰してくるのだろう?」

 

 お見通しか。ガエルは舌打ちをする。

 

「どこまで知ってるんだ? 落ちてくるブルブラッドなんたらの質量兵器。それに連中の作った爆弾。どこまでが計算内でどこからが計算の外なんだ?」

 

「些事だよ、ガエル。計算の中だろうが外だろうが。わたしとしては、ね。確かにゴルゴダには驚かされたさ。あれは血塊炉を三十倍の高重力で精製した時のみ、発生する爆弾だ。そう何個も造れはしない」

 

「調べ済みってのが薄気味悪いぜ。レギオンは衰えんのか?」

 

 その問いかけに水無瀬は首を横に振る。

 

「まさか。衰えているどころかその支配は磐石だよ。誰かが風穴でも開けない限りはバベルの支配からは逃れられないだろう。今に惑星の隅々まで監視の目が行き渡る。辺境など存在し得ない、真の支配が」

 

 ガエルは手すりに体重を預け、水無瀬の言葉を反芻する。

 

「真の支配、か。にしちゃ、面白くは思ってねぇ言い草だな」

 

 水無瀬は読めない笑みを浮かべた面持ちで振り向く。

 

「ガエル。得てして支配など……つまらないものだと思わないかね? レギオン。多数派による掌握は何かを変えるかに思われた。だが事実、彼らのやっている事は元老院時代の支配を兵力に置き換えたのみだ。ヒトがやれる支配など、知れているのだよ。どれほどの崇高なる理念を持っていても。あるいは唾棄すべき野望でも然りだ。ヒトは、考え得る限りの方法でしか、支配は出来ない。そこに超越者の眼差しは存在しない」

 

「てめぇなら、そのつまらねぇ支配ってヤツにどうこう出来そうな物言いだ。そんなに万能だって言いたいのか?」

 

 ガエルは指鉄砲を作り、《モリビトサマエル》に向かって放つ。世界に風穴を開ける刃。忌むべき死神の黒。

 

 自分だけが世界を変えられる、とのたまう人間などたかが知れている。野心も、野望も、どれほどにヒトが時代を下ろうとも、それはヒトでしかない。

 

「笑わせるぜ、連中。元老院の老人がやっていたのと変わりゃしねぇんだと、薄々勘付いてはいやがる。それでも認めたくないんだろうさ。世界規模で行った反逆が意味を成さなかったなんて。それこそ、張りぼての支配だ。アンヘルが武装と恐怖で今の世の中を縛っている。しかし完璧に全員が右向け右ってワケにはいかないんだと言うのが一番にな」

 

 いくつものコミューンを叩き潰してきた。いくつもの対抗勢力の志を聞いてきた。だがどれも同じ事だ。

 

 ――今の支配が気に食わない。

 

 言葉を荒らげても、声高に叫んでも似たり寄ったり。ヒトは、気に食わないという一事だけで世界さえも敵に回せる。

 

「あまり意味がないと思わない事だ。意味消失はモチベーションの低下を招く」

 

「実際、もう焼いても焼いても何度だって立ち上がってくる民衆ってのには飽き飽きしてるクチだ。レギオンは多数派の意見だって言ってのけていた時代が生易しいほどだぜ」

 

 肩を竦めたガエルに水無瀬は言いやった。

 

「しかし、世界を潰せるのはモリビトの特権だ。それも死を司るモリビトの」

 

「そりゃあそうだ。オレと《モリビトサマエル》だけが、裁く権利を持っている。他のパチモンは知らねぇよ? ブルブラッドなんたらがどれほどに抵抗したって、世界は流れるに任せる状態に陥りつつある。天は割れないし、地の底から亡者は生き返らない。それが道理ってもんだ。道理を蹴破って墓穴に転がり落ちた馬鹿を何人も知っているんでね」

 

 水無瀬は満足気に頷く。

 

「君は道理を蹴破らない側かな」

 

「当たり前だろうが。道理なんて蹴破っちまえばお仕舞いよ。そいつには壁が見えてねぇのさ。人間、行き過ぎるとマジに後戻り出来なくなっちまう。そいつを心得ているか、いないかってのは存外でけぇもんだ」

 

「《モリビトサマエル》は《グラトニートウジャ》を……過去からの死者を裁けると言うのかね」

 

「耳聡いな。今しがたオレの教わった事を同期してるってなれば、マークされるのも遠い日じゃねぇぞ?」

 

 警告のつもりであったが、水無瀬は不敵に微笑む。

 

「忠言痛み入る。だがね、わたしはまだ成し遂げていない。成し遂げるまでは死ねないのだ」

 

「そいつは、ブルブラッドなんたらの理念かい? それともてめぇの美学か?」

 

 水無瀬はあえて答えなかった。ガエルは《モリビトサマエル》の頚部コックピットへと昇降エレベーターで向かう。

 

「一つ聞く。もし……この世界に裁くものが居なくなった時、《モリビトサマエル》の刃は何を捉える?」

 

 戦場を行き交うだけの獣であった自分が収まるべき鞘の話だろう。だがそのような結論、出した上で何もかもを承知しているに決まっている。

 

「それこそ、この世の悪を、だろうな。知らないか? 善悪の観念の中で無意識的に最初に芽生えるのは、悪のほうなんだぜ?」

 

「……小気味いい返事だ。戦果を期待しよう」

 

 言われるまでもない。ガエルはリニアシートに座り込み、操縦桿を握った。

 

「さぁ、おっ始めようぜ。清算したはずの因縁をそそぐ! マジな殺し合いをなァ!」

 

 


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