ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯246 敵意、渦巻く

 

「逃がすと、思っているのか」

 

《イクシオンベータ》に収まったアザゼルへと通信が繋がれる。

 

『《キリビトアカシャ》が離脱出来る領域まででいい。深追いはするなよ』

 

 その声音にアザゼルは眉根を寄せる。

 

「……貴様、序列が少し高いくらいで」

 

『それでも君よりかは上だ。その事実、変えられないだろう?』

 

 気に食わない。それだけの一事であったが、今は大局のために動くのみ。大砲のモリビトは四枚羽根で防御しつつ、こちらへと牽制の銃撃を見舞う。

 

《イクシオンベータ》は自慢の疾駆で攻撃を軽やかに回避し、袖口から散弾を掃射した。

 

 黄色いリバウンドの粒子色は高出力を意味する。四枚羽根を駆使して防御するモリビトはほとんどの出力を先の砲撃で使い尽くしたのだろう。甲板に居座るだけの木偶だ。

 

「木偶は……、墜ちろ」

 

 一気に周回軌道より接近し、横合いからの爪の一撃を払う。凝結したリバウンドの鍵爪が四枚羽根のモリビトを叩き据えた。

 

 しかし――。

 

「……耐えた、だと」

 

 渾身の勢いで放ったはずの一撃をモリビトは耐え忍ぶ。羽根の隙間からの銃撃網が《イクシオンベータ》を貫こうとしたが、その時には既に上方へと離脱している。

 

「嘗めるな。こちらとて……アムニスだ」

 

 振り上げた爪の一閃。詰めた呼気と共にさらに下段より一撃。押された形のモリビトを完全に封殺しようと、ゼロ距離での散弾を叩き込もうとした刹那、接近警報が弾ける。

 

 瞬時に甲板を蹴って避けたアザゼルはリバウンドの斧を持つ、鎧のモリビトがこちらを睨んだのを視野に入れている。

 

「二機、か。来るのならば来い。この《イクシオンベータ》は敗北しない」

 

『随分と嘗められているみたいね。Rランチャーで!』

 

 四枚羽根が不意に羽根を弾き上げる。内奥に充填していたRランチャーが火を噴き、ピンク色の光軸を刻んだ。

 

 完全な不意打ちのつもりだったのだろう。それも、自分には通用しない。

 

《イクシオンベータ》が肩口よりリバウンドの外套を纏いつかせていた。

 

「リバウンドコート。展開」

 

 リバウンドコートが《イクシオンベータ》を包み、その放射軸を変位させた。明後日の方向を射抜いた砲撃から息もつかせずもう一機のモリビトが仕掛けてくる。斧を打ち下ろした一撃。

 

 イクシオンフレームが軋んだが、その程度ではダメージにもならない。

 

 リバウンドの爪が斧をくわえ込む。

 

「話にならんな。出力負けだ、モリビト」

 

 斧が爪の斬撃を前に細切れになった。接近武器を失ったモリビトが下がったのと同時に四枚羽根のモリビトが前に出てくる。

 

「接近戦が出来るのか? そこまで器用には見えないが」

 

『器用じゃなくっても、やるのよ! クロが、ここに来るんだから!』

 

 打ち下ろされたのはリバウンドコーティングを施されたハンドガンだ。爪の一撃を耐え、懐へと潜り込んでくる。

 

「なるほど、戦術としては有効、だな。だが」

 

 外套を瞬時に前面へと持ってくる。相手のハンドガンは外套によって断ち切られていた。

 

『……嘘。切断性能も?』

 

「だから、嘗めるなと言っている。アムニスの、《イクシオンベータ》だ」

 

 腹腔を蹴り上げると相手が後退した。直後、青白い尾を引くミサイルが掃射され、《イクシオンベータ》は必然的に甲板を蹴って飛翔する。

 

 瞬間、《ゴフェル》の銃座がこちらを狙い澄ましてきたが、反射外套がその虚しい銃撃を弾いた。

 

「……落ちている、のか」

 

 観察の目を注げば《ゴフェル》そのものが惑星の重力圏に向かいつつある。このまま重力の虜になるのをよしとするわけにもいかない。

 

「……離脱領域確認。残り二十セコンド以内に敵艦から離れる」

 

『待ちなさいよ! そう都合よく!』

 

 モリビトの砲撃を受け切り、《イクシオンベータ》は敵艦へとリバウンドの散弾を注いだ。

 

 銃座が炎に包まれ、噴煙を上げながら艦が重力に抱かれていく。モリビト二機が甲板より内側に戻っていった。

 

 アザゼルは《イクシオンベータ》のコックピットより落ちていく敵を見据えていた。

 

「このまま地上の闇に落ちるがいい。貴様らには、その末路が相応しい」

 

 モリビトには再度突きつけられるであろう。

 

 この星の罪の是非を。

 

『アザゼル。《キリビトアカシャ》は帰還した。アンヘルに戻るといい』

 

「了解。……我々は依然、第一小隊として」

 

『ああ、活動してくれ。なに、ゴルゴダを手に入れた、という事はレギオンへの拮抗手段を持ち得る、という事だ』

 

 交渉条件のカードは揃ったというわけか。アザゼルは通信に問い返す。

 

「しかし、モリビトを一機も墜とせなかった。このまま宙域を離脱していいものか」

 

『心配は要らない。既に手は打ってある。その発動を待つだけだ』

 

 相手の声音にアザゼルは首肯していた。

 

「理解した。モリビト破壊にこだわる必要性がない事も」

 

『ならば戻ってくるといい。イクシオンフレームの有用性は説かれている。このまま無傷での帰還こそが望ましい』

 

「ああ。渡良瀬、敵はどう出ると?」

 

『珍しいな。質問か』

 

「少し……気になっただけだ」

 

『どう出ると言っても地上はアンヘルの目が届く範囲で占められている。ブルブラッドキャリアはこれまで以上に苦戦を強いられるはずだ。月面という拠点より離れたのは失策であったと思い知るだろう。その月面も地上勢力の届かぬ未知の場所。畢竟、まだ互いに牽制を投げ合えるだけの余裕は残っている』

 

 まだ話し合いでどうにか出来る部分は多いにあると思っていいだろう。アザゼルは機体を翻し様、渡良瀬に尋ねる。

 

「では……地上の運命はこれまで通りに?」

 

『ああ。我々アムニスが全てを支配する』

 

 その言葉振りに迷いは見られなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆け抜けた声音にレンは振り返っていた。

 

 大人達ががなり声を上げて端末に寄り集まっている。

 

「どうしましたか」

 

「おお、レン。今しがた入った情報だ。ブルブラッドキャリアが地上に降りてくるってよ」

 

 初めて聞いた名称だな、とレンは小首を傾げる。

 

「その組織は……?」

 

「何言ってやがる。ブルブラッドキャリアと言えば……」

 

「待て。そうか、レンは知らないんだったな」

 

 大人の一人が発した言葉に全員が沈黙した。何か深い理由でもあるのか、彼らは口を噤む。

 

「……何でもない。レン、お前は下がってろ。モリビトの役割を果たすんだろ」

 

 その言葉には了承し、レンは走り去っていた。しかし、どうしても気になる。別の経路を用いて大人達が会合に使っている部屋の屋根裏へとレンは忍び込んでいた。

 

 大人達が悪態をつく。

 

「クソが! ただでさえアンヘルの締め付けが苦しいってのに、ブルブラッドキャリアだと? こんなもん、まかり通って堪るかってんだ!」

 

「だが敵の敵は味方かもしれないぞ。ラヴァーズと共闘したって」

 

「惑星博愛なんて言っている頭の湧いた連中だろ? 信用出来るかよ」

 

 大人達が嘆息を混じらせる中、統率者が声にする。

 

「ブルブラッドキャリアの情報……レンに伝えるでないぞ」

 

「御意に……。ですが、レンとて馬鹿じゃありません。今もどこかで聞き耳を立てているかも……」

 

 レンは心臓が収縮したのを感じた。見透かされているのか、と思った矢先、統率者が声にする。

 

「そうなってしまえば、封じていた戒めも解かれてしまうだろうな」

 

「冗談じゃねぇ。あいつ……初めから人殺しの眼をしてるんだ。そうなったら俺達が一番に……殺されちまう」

 

 声を震えさせた大人に統率者は諌める。

 

「だから取り乱すでないと、言っている。レンには何重にも記憶の封印が成されているはずだ。如何なる事があってもレンの封じている記憶を呼び覚まさない、それに尽きる。敵は何もアンヘルだけではないのだからな」

 

「……内々の脅威に怯えなくっちゃならないって事ですかい。全く、恥なこって」

 

「でも、お前だって同罪だろ。あの時レンの妹を――」

 

 その刹那、同期していた端末が鳴り響く。統率者が情報を受け取って重々しく頷いていた。

 

「これは……なるほど、意義のある情報だ」

 

「……信じていいんですかい?」

 

「信じなくては、我々の反政府活動も意味を成さないだろう。実を結ぶのにはまずは行動から、だと」

 

「ですが……統率者。このコミューンは何年も戦いを免れています。今さら敵からの攻撃なんて受けたら……」

 

「ゆえにこそ、力は必要なのだ。この者達の買い値で人機を買っておけ。来るべき戦いに備えて、な」

 

「人機、か……。もう二サイクルは乗ってねぇ」

 

「鈍っている者はマニュアルに目を通しておくといい。もしもの時にはアンヘルが使っているジュークボックスの使用も検討する」

 

「冗談。あんなもの、殺戮者の常備薬でしょう」

 

「殺戮者になるかもって事だろ。いつ相手が来てもいいように銃弾だけは鈍らせるなよ、ってな」

 

「へいへい、せいぜい、銃の扱いだけは忘れないようにしておくかね。……この事、レンには……」

 

 統率者は頭を振る。

 

「言わぬほうがよいだろうな。モリビトの名前を冠しているとは言え、あれはまだ子供。来るべき時に我々の傀儡となれればいい」

 

「身内にビビッてるんじゃ話にならねぇって事だろ」

 

 せせら笑う大人に、一人が眉根を寄せた。

 

「それくらい分かってんよ。ただ、忘れんなよ。全員が、レンにとっては忌むべき敵なんだって事をな」

 

 どういう意味なのか。レンは探ろうとして前屈みになった途端、体重に天井が軋んだのを感じ取った。

 

「誰だ!」

 

 大人達の銃口が一斉に天井に向けられる。レンは務めて平静を装った。呼吸を殺し、気配を消す。

 

 数秒経ってから彼らは諦めた様子であった。

 

「……空耳か」

 

「怖がり過ぎなんだよ。敵はアンヘルだろ?」

 

「ブルブラッドキャリアだってどう動くのか読めない。……世界はまた混迷か」

 

 呟いた大人は唾を吐き捨てていた。

 

「せめて世界がもう少し読みやすければ、こうも転がらないんだろうけれどな。往々にして、世の中の仕組みが簡単になるなんて、あり得ないんだ」

 

 大人達の警戒が解かれてから、レンは屋根裏を駆け抜けていた。何がどうなっているのかまるで分からない。

 

 だが見据えるべき敵を、大人達は自分自身だと言っていた。その意味を胸の中に問い質す。

 

「俺は……大人を憎んでいるのか?」

 

 呟いてみても特別な感慨はない。漠然とした不安だけが胸中に墨のように広がっていくのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 情報はもたらされる光よりも速く、をモットーにしているにしては、その情報が端末にもたらされたのはあまりにも遅かった。

 

「……この情報」

 

 呟いた彩芽は端末上に示された事柄を反芻する。覗き込んできた相棒はどこか胡乱そうであった。

 

「彩芽、それ、何なん? 暗号化された通信みたいやけれど」

 

「そっちの眼でも同期して。この情報、意図的な改ざんが見られるわ」

 

 彩芽の言葉に相手は片目を収縮させる。眼球の端末に情報を送信してやると、ああと頷いていた。

 

「大質量兵器の破壊……、アンヘルのお陰って言う声明になっているみたいやね。でも、これやったんは……」

 

「間違いなくブルブラッドキャリア。それも、オガワラ博士の発言を使ったほうではない、……これは」

 

 離反兵と見られている側だろう。間に合ったのか、と彩芽は息をつく。

 

「でも、連中、本隊からも見離されてよぉやるわ。地上からも褒められやしないし、宇宙でも孤独のはずやろ?」

 

「それでも、実行する。それがブルブラッドキャリア――とでも言いたいんでしょうね」

 

 かつての古巣の理念を諳んじ、彩芽は情報に関してのレポートを組んでいた。相棒が口笛を吹かす。

 

「相変わらず仕事は早いんやね。急がんでも、こっちに益はあるようになっとるんやろ?」

 

「完全に上を信じ込むのは現実的じゃないのよ、理沙」

 

 名前を呼んでやると褐色肌の女は笑みを浮かべる。

 

「それ、つまりリーダーも信じてへんって意味?」

 

「信じる信じないのレートは常に変動する。殊に、わたくし達はグリフィス。情報を武器とする組織の兵隊よ? 容易く何もかもを信じてはいけない身分なの」

 

「せいぜい、肝に銘じておくわ」

 

 肩を竦めた理沙に彩芽はキーを打っていた。この情報が一般向けに開示されるのは十二時間は必要だろう。それまで市民は大質量の機動兵器を連邦が対処しているのだと思い込んでいる。

 

 どこまで行っても騙し騙され。民衆は無知蒙昧にも他者の力を信用するしかない。それがどれほどまでに血で贖われているのか知りもせずに。

 

「……彩芽? 妙な情報が入ってきたわ」

 

 理沙の声に彩芽はキーを打つ手を止める。

 

「……アンヘル内の、追撃の暗号情報……? 驚いたわね、ブルブラッドキャリア、まだ生きていたってわけ」

 

「生き意地汚いのはどっちかって話やね」

 

 その言葉には同意せざるを得ない。どうやら運だけは持っている様子だ。

 

「つまりアンヘルは撃ち漏らしたって事。……これ、使えないかしら?」

 

「連邦の高官にでも通話してみる?」

 

 彩芽はそれも視野に入れるべきだと感じていた。連邦とアンヘルは別系統の命令を持っているはずだが、自分の庭先で暴れられるのは相手とて面白くはないはず。

 

「どこに落ちても、ブルブラッドキャリアを追い込めるように情報操作。……怖い怖い。アンヘルを顎で使って殲滅戦?」

 

「そう行けば、いくらかは楽なんでしょうけれどね。繋ぐわ。お元気でしたか?」

 

 相手の名前を呼んでやると、高官は声を潜めていた。

 

『……どういう事なんだね? アンヘルがブルブラッドキャリアを撃ち漏らすなど』

 

「耳聡くって助かります。あるいはこう言うべきでしょうか。随分と情報に長けた部下がいらっしゃるんですね?」

 

 こちらの探りに高官は声を荒らげる。

 

『……失策だぞ! これでは面子も立たん』

 

「連邦からしてみれば、アンヘルに大きな借りを作った形ですからね。これまで以上に、アンヘルに従属……もっと言えば体のいい資金源になる事でしょう」

 

『……どうにかしたい。連邦の権限持ちはアンヘルの台頭を面白がっている連中だけではないのだ』

 

「重々、承知していますよ。貴方も含め、連邦の方々はとても正義感が強く、悪を見過ごせない性格であると」

 

 通信の先で相手が痺れを切らしたのが伝わった。理沙は先ほどから笑いを堪えている。

 

『言葉繰りはいい。グリフィスの情報網、当てにしていいのだろうな?』

 

「そこは、間違いなさらぬよう。我々は対価に見合った働きを致します」

 

 つまり、ここで黄金を差し出すのは相手の側。高官は慎重にカードを切っていた。

 

『……連邦から報酬は回す』

 

「それだけでは足りません。最新鋭の人機を一個小隊分、いただけると助かります」

 

 こちらの要求に相手は絶句していた。理沙もその要求は読めなかったのか、呆然としている。

 

『何を言っているのか……! ただの情報屋風情に連邦が人機を横流しするなど、許されるはずが……!』

 

「ではそのただの情報屋に、これまで払ってきた請求書をリークでもされれば、一番に痛い横腹を持っているのはどちらでしょうか? 人機一個小隊で確約されるのです。安いものだと、わたくしは思いますが」

 

 相手は苦渋の滲んだ声を通信越しに弾けさせた。

 

『悪党め。貴様らは悪辣の芽だ』

 

 そのような罵詈雑言、わざわざ額面通りに受け取るまでもない。

 

「お買い上げ、感謝します」

 

 ぶつり、と通話が切られる。理沙が笑いを堪え切れず、ぷっと吹き出した。

 

「やっぱ最高やわ! あんたと居ったら退屈だけはせぇへんよ、彩芽。どこでそんな手腕身につけたん?」

 

 かつての古巣で、と言い返しかけてリーダーからの暗号化通信が繋がれた。

 

『グリフィスはこれより、高値の買い取り作戦に入ります。アタシらの力、見せ付けてやりましょうじゃないですか。高官達から既に請求書は取ってありますとも』

 

「こちらも御意に」

 

 返答した彩芽にリーダーは探る声音を寄越す。

 

『エージェントA、あなた随分と手早い事ですねぇ。もしかしてブルブラッドキャリアと因縁でも?』

 

 グリフィスの中で勘繰りは推奨されない。それでも、自分のような実質的な力だけで成り上がってきた人間は不可思議に映るのだろう。

 

「いえ、もう過ぎたる事です」

 

『そうですか。それにしては、取立てに容赦がない。ブルブラッドキャリア離反兵に、まるで恨みでもあるような……』

 

「リーダー。勘繰りはせぇへん主義やろ?」

 

 声を差し挟んだ理沙に話題は打ち切られた形となったが、それでも禍根は残る。どこかでこの組織でさえも裏切りの基盤にあるのではないか、という危惧。

 

 ――どこにいても、何をしていても自分は爪弾き者だ。

 

 この星で闊歩する事を許されない、異端者。

 

 ――魔女と揶揄されているのを聞いた事がある。

 

 グリフィスの目を欺く術を持つラプラスの魔女、と。それは組織の中では誉れの名前だ。情報戦に特化した事を味方からも認められている。

 

 だが、あまりにも自分に見合ったあだ名に少しばかり辟易する。

 

 堕落した魔女の名前はまさしく宇宙より降りてきた凶星そのものである自分に似合っている。

 

 あるいはグリフィスという純粋なる怪異を飼い慣らす魔女の誉れか。

 

 いずれにせよ、魔女と呼ばれるからにはそれなりの働きはしてみせよう。どれだけ悪に染まり、悪を征する側になったとしても。

 

 自分は歩みを止めぬ魔女の遣い。

 

「やってみせましょう。わたくしへとどれほどまでに疑念があろうとも。それを上回る成果を」

 

 その言葉にはリーダーも同調する。

 

『そうですな。実際、エージェントA、そちらの戦果は凄まじい。ブルブラッドキャリア離反兵から得たモリビトの基礎データはどれほどの価格帯でも第三国に売れますからね』

 

「第三国に横流しするのは面白味がありません。真正面から打って出ましょう」

 

 自分の言葉が意味するところを理沙とリーダーは関知していた。

 

「まさか……」

 

『これはこれは。国取りをなさるつもりで?』

 

「そこまで大それた事は。ですが、敵将の馬を射るくらいは」

 

 首を取るとまでは言わない。しかし、その足を止めるくらいは出来る自負がある。あまりの言葉に理沙もフォローを失っているようであった。

 

 リーダーはしかし、声音に喜色を滲ませる。

 

『……面白い。面白いですねぇ、複雑化した国家間の牽制を、我々がリードする、という未来ですか』

 

「複雑化? ご冗談を。C連邦政府の敷いたレールに取りこぼされた国家が抗っているだけです。六年前に比べれば御しやすいですよ」

 

『一国の競争の激化はそれだけ他国の不満を買う。それでさえも、あなたはやってのけると? 馬を射ん、と』

 

「可能ではあります」

 

「ちょっと……あまり出過ぎた事を言うとると、足元をすくわれ――」

 

「わたくし達はグリフィス。欲望に塗れた人間より黄金を守る事を責務とする守護獣です。守護獣には守護獣らしい、振る舞いが要求されるでしょう」

 

 これから先のグリフィスの未来でさえも自分が手綱を握ってみせる、という自信。あまりに軽率だ、と諌めようとした理沙の声を遮ったのはリーダーの高笑いであった。

 

『いやはや……野心、いいえ、これは明確な自負、ですなぁ。これほどのもの、浴びると心地よいものです。殊に、何百年とそれが封じられてきた禁忌の星で、吼え立てようものならば』

 

「トウジャはまだ新しい罪です。わたくしは人間の原罪を引っぺがす」

 

『吼えてみるものですなぁ。いいでしょう。アクセスコードを譲渡します。エージェントA、あなたには禁断の鍵へと進むための針路を』

 

 眼前で展開される事象に、理沙は言葉を失っていた。自分が真実へと肉薄せしめている。その事実がまるで受け入れられないように目を見開いている。

 

「アクセスコード……。バベルへの優先権……」

 

「感謝し致します」

 

 言葉の表層だけの謝辞を受け取り、リーダーは声にする。

 

『しかし、気をつけるのですよ、エージェントA。何も戦場で撃たれるのは真正面からだけではありませんからねぇ』

 

 重々承知しているとも、と通信を切った。息をつくと理沙が乾いた拍手をこちらに向けていた。

 

「いやはや……あんたには毎回驚かされるわ。ホント、退屈だけはさせへん」

 

「褒めても何も出ないわよ。アクセスコード……はい」

 

 理沙の片目が収縮し、同期したアクセスコードを確認する。

 

「紛れもない、バベルへの優先権。こんなもん、不用意にうちにあげていいん? うちかて敵かもしれんよ?」

 

「敵だったら、アクセスコードをあげたら悠長にお喋りしていないでしょ。ここで後頭部を撃ったほうが早い」

 

 その論調に理沙は笑みを浮かべる。

 

「彩芽……、思ったよりも面白いもんをもらったんやね。バベルの開発権限とモリビトの基礎データ。それに一個小隊の人機。これ、全部揃えたらアンヘルに対抗出来るやん」

 

 地力で人機を量産し、改造。連邦の照合データで偽装したモリビトタイプの製造も可能である。それを理解しているのはこのグリフィスでは理沙とリーダーのみであろう。

 

 揃った三つの矢が何を示すのか。真に理解するのは難しいに違いない。

 

「三本の矢の故事……分かる?」

 

「一本なら折れるけれど三本なら折れないって奴?」

 

「そう……一つ一つはさしたるものではないかもしれない。でも三つ揃えば強大な武器となる。一つ、バベルへの優先度の高いアクセス権」

 

「もう一つは……モリビトのデータ?」

 

 首肯し、言葉を継ぐ。

 

「最後の一つは既存の人機そのもの。一個小隊あれば部品の取り替えには困らないでしょう」

 

「……ねぇ、彩芽。何を造りたいんか、そろそろ教えてくれへんかね?」

 

 好奇心に口角を吊り上げた理沙へと、彩芽は唇の前で指を立てる。

 

「女には秘密が多いほうがいいのよ」

 

 


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