ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯245 禁断の夜明け

「そう……分かったわ。《イドラオルガノン》の回収後、次のフェイズに入る。策敵反応もなし。……静かなものよ、原罪の星の軌道上は」

 

 ニナイは眼下に収まる虹色の星を見やっていた。熟れた罪の果実は執行の時を待ちわびているのか、あるいは全ての罪を忘れ去り、無知蒙昧の果てを辿ろうとしているのか。

 

 いずれにせよ、この決定如何で世界は動く。

 

 ブリッジに収まるクルーへとニナイは声を飛ばしていた。

 

「《ゴフェル》は現時刻より、ブルブラッド重量子爆弾の阻止作戦に入ります。三つだけとも思えないけれど……それでもこの三つを解析出来たのは大きいはず。《ナインライヴスピューパ》による最大出力の砲撃とこちらの手にある爆弾で敵の抑止、ならびに落着軌道に入っている《モリビトルナティック》を完全に粉砕する事。それが私達の役目よ。……ちょっとばかし、損な役回りだけれどね」

 

 付け加えた言葉にクルー達が頬を緩ませた。少しでも緊張の材料を取れればそれに越した事はない。

 

「いいんじゃないですか。執行者四人は頑張ってくれていますよ」

 

「我々の役目を果たしましょう」

 

 めいめいの声音にニナイは作戦実行の言葉を搾り出しかけて、モニターに映し出された《モリビトルナティック》の現状を目にする。

 

 三割の破損率、と鉄菜からは聞かされていた。背面より十字架の中心に向けての切り口。

 

 奥の手であるエクステンドディバイダーでも完全破壊は不可能であった。ならばこちらは二段構えの作戦を展開するまでだ。

 

「桃、準備はいい?」

 

『いいけれど……。出て蜂の巣にされるのは御免よ?』

 

「辺りに敵影はない。今のところは、だけれど。《ラーストウジャカルマ》と随伴機は《イドラオルガノン》が退散させてくれた。好きにやりなさい」

 

『好きに……って言うけれどさ。もし破壊をミスったら……』

 

「弱気な事は言わないで……、とまで傲慢にはなれないわね。私も不安なのは一緒。これを仕損じれば、っていう気持ちなのは」

 

 惑星に質量兵器の魔の手が迫る。それだけではない。完全にブルブラッドキャリアは星の敵になるだろう。

 

 これまでのようなアンヘルの締め付けよりも過剰な支配が待っている。その裏で手ぐすねを引いているのはアムニスなる存在。しかしここでの《モリビトルナティック》の破壊のために罪なる星の兵器を使わせても、それは禍根を残す。

 

 何も敵はブルブラッドキャリアだけではないのだ。惑星側に爆弾の実戦データを取らせられれば、それは明日よりの恐慌の幕開けに繋がる。

 

 人々はコミューンの天蓋が砕け散る悪夢に怯えなければならない。

 

 ならば今回の場合、動くべきは自分達。

 

 矢面に立って爆弾を回収し、《モリビトルナティック》の完全破壊を実行する。

 

 グリフィスなる組織が気にはかかったが、彼らが今は有益な友だと思うしかなかった。

 

「《モリビトルナティック》、間もなく阻止限界軌道に入ります」

 

『おいでなすったわよ。こっちは準備出来てる』

 

 桃の言い分にニナイは返していた。

 

「了解。……桃、大役を任せて……」

 

『何を今さら。悔やむんならもっと早くにしてよね』

 

 軽口が叩けるだけマシだ。鉄菜が合流するまではずっと張り詰めっ放しであった。彼女は、《ゴフェル》をいいほうへと進めている。

 

 六年前に、心の在り方が分からないと口にしていた人間とはまるで別人のように。

 

 指導者を思わせる貫禄で今、全員の精神的支柱となっていた。

 

 ――ここで失敗すれば、鉄菜が落胆する。それだけはさせてはならない。

 

 どうしてだか、全員の胸の中にその気持ちがあるのは窺えた。

 

 不思議な縁だ。《ゴフェル》という舟に乗って終わりのない旅路に出たと思ったのに。離反兵として地上と宇宙、どちらにも居場所がないと思っていた自分達がいつの間にか、成すべき事を見据えているというのは。

 

「……そうよ。ブルブラッドキャリアに、失敗は許されない」

 

『《モリビトナインライヴスピューパ》。桃・リップバーン! 行きます!』

 

 カタパルトより出撃した《ナインライヴス》が四枚羽根を用いて慣性移動し、甲板に降り立った。

 

 予め構築しておいた衝撃減殺用の機材へと人機を固定させ、《ナインライヴス》は羽根に収まっているパーツを接続させる。

 

 大口径Rハイメガランチャー。現状持ち得る最大に近い武装である。

 

 その姿を外周カメラ越しに見つめてから、ニナイは声を振った。

 

「茉莉花、爆弾の投擲準備」

 

『やってる。RLボルテージ砲、発射準備、復誦して』

 

 どこか不承でありながらも、茉莉花はこの作戦に前向きであった。彼女とて馴染んでいるわけではないだろう。状況が否応なくそうさせている部分も多いに違いない。

 

 それでも、今は手を取り合ってくれている事に感謝するしかなかった。

 

「了解。艦主砲――リバウンドリニアボルテージ砲門、照準開始!」

 

「照準、目標、《モリビトルナティック》!」

 

「目標との誤差、レイコンマ6以内。障壁、及びデブリによる照準補正、実行します!」

 

《モリビトルナティック》との距離と、着弾までの試算が導き出され、目まぐるしく数値が変動する。全てが閾値に到達した事を確認する段階に至り、ニナイは声を張り上げていた。

 

「補正、照準、及び全管制装置をブリッジに固定。トリガーを!」

 

 その声と共に床がせり上がり、引き金のついた火器管制システムの集合体が眼前に聳える。

 

 これは所詮お飾りの代物だ、とは茉莉花から聞かされていた。

 

 ただ、引き金を引く覚悟は持っておいたほうがいい、とも。

 

 今まで誰かに託し続けていた引き金。ある側面ではそれが彩芽との別れを招いた。この瞬間、ニナイは自分の意志で引き金を引く事を選んでいた。

 

 グリップを握り締め、人差し指をかける。

 

 一拍、深呼吸をついてブリッジの先――標的を睨んだ。

 

「――発射!」

 

 発射の報が艦内を揺るがし、直後、《ゴフェル》の中心軸より突き出ていたリバウンドリニアボルテージ砲から二つの砲弾が電磁場を散らせながら宇宙に投げ出されていた。

 

 砲弾用に最適化した、ブルブラッド重量子爆弾。

 

《モリビトルナティック》への着弾よりも早く、《ナインライヴス》が狙いをつける。

 

『Rハイメガランチャー。目標を捕捉。直撃と同時に爆弾へと点火――、敵を滅殺する!』

 

 砲弾が《モリビトルナティック》へと着弾するまでの僅かな時間。

 

 十秒にも満たないその針の穴のような活路を《ナインライヴス》に収まる桃は切り拓く。

 

「減殺フィルター展開!」

 

 ブリッジに減殺措置を施したフィルターが落ちるのと《ナインライヴス》の最大出力の砲撃が甲板を激震させたのは同時であった。

 

《ゴフェル》そのものを最大限の足場として放った光軸が《モリビトルナティック》と、爆弾と、そして《ゴフェル》とを結んだ。

 

 一直線に全てが繋がった瞬間、カメラ越しに捉えた《モリビトルナティック》へと二つの青い光の渦が発生していた。宇宙に感じるはずのない暴風を予感させる青白い輝きの拡散。

 

 眩く青い光はまさしく……。

 

「宇宙の……禁断の夜明け」

 

 覚えずこぼしていたニナイにクルーも茫然自失の様子であった。

 

 二つの渦が内奥から干渉し合い、光の瀑布を広げながら互いに質量を吸収していく。その様に絶句していた。

 

 大質量兵器であるはずの《モリビトルナティック》が分解され、青い闇に押し込まれるようにしてその十字の姿をすり減らしていく。

 

 あれがもし誤爆でもしていれば、という今さらの恐怖が這い登ってきていた。

 

 質量を呑み、物質を際限なく分解する毒の青。

 

《モリビトルナティック》は爆弾による作用と《ナインライヴス》の放った光線によってほとんどその巨躯を磨耗させていた。

 

 灰塵に帰していく罪の十字架に思うところでもあったのだろうか。クルーの一部が瞑目し、何やら唱えている。

 

 信じるべき神のいないニナイでさえも、これは禁断の領域である事は容易に想像出来た。

 

 ヒトが冒してはならない場所。神の指先のみが触れる禁忌。

 

 惑星の人々は自らを滅ぼし得る兵器を、自ら生み出したのだ。

 

 百五十年の静謐を破ったのは実のところブルブラッドキャリアではない。惑星の側だ。これはどちらからしてみても、造り上げてはならない、禁断の果実であった。

 

 最早ほとんど暗礁の宇宙に消え失せた目標物を今さら目視するほどでもなかった。

 

《モリビトルナティック》は四散し、そこにあった証明すらも消し去られている。

 

 ――終わった、という感慨にニナイを含め全員が項垂れていた。

 

 これで惑星への脅威は一旦去った。あとは後始末をするだけである。

 

『……艦長、お疲れ様』

 

 茉莉花の声も今は皮肉を伴わせていない。先ほどの青い残光に思うところがあるのかもしれなかった。

 

「ええ、そっちも。……システムの最終チェックまでありがとう」

 

『仕事よ、仕事』

 

 そうは言っても、茉莉花の助力なしではこの任務は遂行出来なかった。今はただ、純粋な礼を、と思いかけて不意打ち気味の熱源反応にブリッジがざわめく。

 

「高熱源探知! これは……人、機?」

 

 疑問符を伴わせたのは膨大なその出力値に誰もが艦隊クラスを想像したからだ。分析班が声を張る。

 

「これは……巨大人機、です……。該当データを算出中……」

 

「逃がしてはくれないってわけ……。モニターに!」

 

 投射画面に映し出されたのは鉤爪型の四肢を持つ大型人機であった。その威容に全員が唾を飲み下す。

 

「この……人機は……」

 

「データ合致! これは……キリビト……対象はキリビトタイプ!」

 

 まさか、とニナイは絶句した。

 

「キリビト……。こんなもの、どうやって……」

 

 だが今は一刻も早くこの宙域を脱出しなければならない。爆弾を発動させた状態であまりに居残れば逆に不利に転がるのは目に見えている。

 

「桃! キリビトタイプが……!」

 

『見えている。……《ナインライヴス》の出力はでも……今の砲撃で』

 

「限界、か……。こんなところで……」

 

「広域通信探知! これは……キリビトタイプから?」

 

 ニナイへと目線が流される。首肯すると、投射画面に相手の操主が顔を晒した。

 

 切れ長の瞳を持つ操主だが、男にも女にも見える。中性的な顔立ちそのままの印象である高いテノールの声で相手は告げていた。

 

『お初にお目にかかる、ブルブラッドキャリア……いいや、《ゴフェル》の諸君』

 

「艦の名前を……!」

 

『君達は思っているよりもずっと有名でね。それに嘗めないほうがいい。我々、アムニスを』

 

 アムニス。その名前に震撼したクルー達に代わり、ニナイは歩み出ていた。

 

「何の用? 言っておくけれど投降なんて」

 

『投降? そんな生易しい結末。今さら、用意しているとでも? 君達は戦争を、しかも宇宙と地上、織り込み済みの戦いを邪魔した。それは大きな弊害となる。ここで墜とすも已む無し』

 

 緊張が走る。固唾を呑んで次の言葉を待つ中、別窓で開いた茉莉花が策を講じているのが分かった。彼女の策が発動するのが先かキリビトに撃たれるのが先か。

 

 相手はせせら笑う。

 

『誤解しないでいただきたいのは、アムニスの利益とアンヘル……いいや、ここで言うところのアンヘルはレギオンの意思、は別のところにあると思ってもらえれば』

 

 レギオン。惑星を牛耳る組織の名前にニナイは尋ねていた。

 

「レギオンの手先がアムニスなのでは?」

 

 その問いに相手はにこやかに微笑んだ。まるで戦場とは無縁の、紳士然とした笑い声が通信網に響く。

 

『……これは、困ったな。いや、彼らは確かに支配層ではある。そう、支配特権層……六年前に挿げ替わった頭の一部だとね。そちらではこう呼んでいるんでしたっけ? 元老院』

 

 まさか元老院の事も承知の上でこちらに打って出たというのか。にわかに色めき立ったニナイに比して相手は冷静そのものであった。

 

『あなた方は旧態然とした世界の破壊こそが目的であった。いや、そちらの言葉をお借りするのならば報復、が。しかし、報復は成されなかった。世界は変革の刃を拒み、今もまた流れるに任せている。その一因はレギオンにもある。彼らは変わろうとする人間の総意であった、多数派そのもので、あった』

 

「……まるで、今は違うような言い草ね」

 

『そう、と断言してもいいかもしれない。支配した人間の次なる欲求は、何だと思う?』

 

「クイズをやっている場合でもないのよ」

 

『そうかな? こちらの新たなるキリビト……《キリビトアカシャ》はその艦を破壊するのに充分な出力を持っている。それに、先ほどの砲撃、出し切ったと見た。クイズの解答くらいの時間は欲しい。それはそっち側の言葉じゃないかな』

 

 だからこそ仕掛けてきたのだろう。用意周到な人間がアムニスを支配しているようだ。

 

「……支配欲求の変遷なんてたかが知れているわ。完全なる抑圧」

 

 その答えに相手は乾いた拍手を送る。

 

『なかなかの観察眼。実際、その通りなんだ。レギオンはもう廃れた組織も同じでね。彼らの支配欲求は抑圧、統率、そして独占にある。まったく、ここまでくると旧支配者である元老院と何も変わらない。それを理解しない古い頭がレギオンを回している。だが彼らの真に厄介なのは力を持つ老人達である事だ。元老院の支配が百五十年続いたように、彼らの持つ支配力も磐石』

 

「何が言いたいの? まさかこっちの放った爆弾に、恐れを成したとでも?」

 

 挑発めいた言い分にブリッジが戦々恐々の空気に包まれる。相手操主はフッと口元を綻ばせた。

 

『……銃口を突きつけているのに臆する事もないその物言い。嫌いじゃない。いや、そもそも世界に刃を突き立てた身分、今さら何を恐れる、という事か。甘く見ていたようだね。単刀直入に言おう。レギオンの作った爆弾を、我々に譲渡していただきたい』

 

「同じ根のはずでしょう?」

 

『ところが、上はそうではなくってね。爆弾、奪取したのは三つのはずだ。今の爆発の余韻は二つ。一つ、隠し持っているな?』

 

 これから分析と対策を練ろうとしていた爆弾を相手に渡すわけにはいかない。別窓越しの茉莉花の返答も同じようであった。彼女は首を横に振る。

 

「……その答えの論拠は? 今の爆風、三つのものであった」

 

 ニナイの返答に相手は快活に笑う。

 

『嘘はいけないなぁ、ブルブラッドキャリアの諸君。カタログスペック上では三つも爆発を連鎖させればもっと綺麗に、それこそピザを切るような手際であのモリビトは破壊出来た。だが、大量のデブリを予見しての完全破壊、その布石の大出力R兵装。ここまでお膳立てが整って、まさか三つとも? あり得ない。普通ならば鬼札を取っておく』

 

 読まれている。こちらの手のことごとく。歯噛みしたニナイに相手は確証を深くしたらしい。

 

『忠告しておこう。頭目にしてはその顔、あまりに出過ぎていると』

 

 自分の一挙手一投足が艦の全員の命の手綱を握っている。その重石にニナイは呼吸困難に陥りそうになる。

 

 ――自分が一手でも間違えれば、それこそ彩芽の時のように。

 

 一つでも過ちは繰り返せない。焦燥感に駆られたニナイは声を荒らげていた。

 

「そちらなんかの……! 都合のいいようには……!」

 

『どうだかね。君はまだ話が出来るほうだと思っていたが買い被っていたようだ。ブルブラッドキャリア離反兵の方々、ここでさよならと行こう』

 

《キリビトアカシャ》が中心に緑色の稲光を凝縮していく。どれほどの威力なのかは推し量るまでもない。

 

《ナインライヴス》は甲板上で砲門を突きつけたがそれでも相手が攻撃を中断する予兆もなかった。

 

『ここで潰えるといい。反逆の者達よ』

 

 今まさに、その雷撃がブリッジを貫くかに思われた、その時であった。

 

 今しがた爆弾を発射したはずの主砲から新たに砲弾が射出される。

 

「……まさか」

 

『ここで連中にくれてやるといいわ。欲しがっていたんでしょう? これ』

 

 茉莉花のハッキングにより、リバウンドリニアボルテージ砲が起動させられたのだ。

 

 砲弾はそのまま相手を射抜く軌道を取る。確実に命中した、と誰もが確信しただろう。

 

 キリビトタイプは取り回しもよくない。回避には向かないと。

 

 だが、その稲光が直後には拡散し、まるで網のように爆弾を抱え込んで見せた。

 

 茉莉花が絶望的に呟く。

 

『質量の無効化……』

 

『危ないな。いや、ある程度は分かっていた。だからここまで譲歩してやったんだ。話し合いで解決するのが理想だったんだが、君らはそこまで牙を抜かれた獣でもあるまい。その主砲が火を噴く事を予期して、リバウンドを使っておいて正解だった』

 

「今の……まさかリバウンドフォールだって言うの……」

 

『広義には、ね。実体質量兵器の運動エネルギーを減殺し、相手へと反射する攻撃を総称するのならば。しかし《キリビトアカシャ》はその遥か上を行く。反射するのではない。こちらへと完全に運動エネルギーを相殺し、物にする』

 

 爆弾が《キリビトアカシャ》の眼前で、完全に静止した。その光景にクルー達の震撼が伝わる。

 

 反射攻撃が来る、という予感。

 

 だが、相手は反射する事はなかった。それどころか《キリビトアカシャ》は宙域を少しずつ離れていく。

 

「どういう……!」

 

『君達の相手をするような暇もないという事だよ。なに、次にもし命があったら戦おう、《ゴフェル》の諸君。我が名はメタトロン。この身はアムニスの序列一位! せいぜい、生き残る道を探す事だ。なぁ! アザゼル!』

 

 別軌道よりの熱源に探知センサーが震える。

 

「高速熱源接近! 人機です! 識別情報、イクシオンフレーム!」

 

『ここは君に譲るよ。《キリビトアカシャ》の仕事はこの爆弾を無事、アンヘルに届ける事。その後は……まだ教えられないけれどね』

 

「待ちなさい! 桃!」

 

『無理! 爆弾を抱えているって事はこっちにすぐ発射出来る距離でもあるから……!』

 

「下手に撃てば諸共、か……!」

 

 奥歯を噛み締めたニナイは上方を飛翔する《イクシオンベータ》の放ったリバウンドの散弾にブリッジを揺さぶられた。

 

 よろめいたニナイは声を張り上げる。

 

「キリビトは去った! 《イクシオンベータ》を破壊して! 桃、それに《イドラオルガノン》も!」

 

『言われなくっても!』

 

「《イドラオルガノン》発進を確認! ですが、イクシオンフレームのほうが随分と……」

 

 濁した先をニナイは床を蹴って近づく。投射画面に表示された《イクシオンベータ》の機動性は前回に比して倍近くあった。

 

「どういう事……? 単なる強化じゃ……」

 

「それでも、あり得ませんよ。この数値じゃ、小破した《イドラオルガノン》と、今の《ナインライヴス》では……」

 

 結果は見えている、というわけか。それも含めて相手は撤退を選んだのかもしれない。

 

 ニナイは拳を握り締める。

 

 ――この借りは必ず返す。

 

 そう誓って《ゴフェル》の艦内に命令を飛ばした。

 

「《ゴフェル》は安全圏内まで後退するわ! 艦内スタッフに伝達します! もしもの時には地上に降りる事になる!」

 

 その判断に茉莉花が声を飛ばした。

 

『もしもの時、でもなさそうよ。あの《イクシオンベータ》……何かが違う……』

 

 数式を視る彼女には数値以上のものが見えているに違いない。対決の結果が分かっていても、それでもモリビトでの対抗策は捨てるべきではなかった。

 

『だが、艦長。鉄菜との合流が……』

 

 タキザワの声にニナイは苦味を噛み締める。ここで艦の安全を取るか、鉄菜との合流を取るか。

 

 事態は刻一刻と悪化する。今、やるべき事。これから先を見据えて、成すべき事……。

 

「《モリビトシンス》との合流を中断。《ゴフェル》は《イクシオンベータ》からの攻撃圏の撤退を優先します」

 

 それも苦渋に滲んだ選択肢だったのは伝わったのだろう。通信越しのタキザワは、重々しく頷いていた。

 

『……了解』

 

 地上に降りる愚を冒すのに、《モリビトシンス》の助けを得られないとなれば、苦戦が強いられるだろう。

 

 何よりも執行者一人分を欠いた状態で生き残れるのか。

 

「《ゴフェル》、戦闘離脱を優先。繰り返す! 戦闘離脱を優先!」

 

 響き渡る声を他所にニナイは、これも間違いではない事を祈るばかりであった。

 

 


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