ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯243 残された未来

 爆弾の解析は即座に行われるべきだと茉莉花は進言していた。

 

「頭部を外せよ。恐らく敵は人機の遠隔操作技術で爆弾の信管をどうこう出来るはずだ。頭がついたままだといつ爆発してもおかしくはない」

 

 おっかなびっくりのメカニックが予め頭部を粉砕しておいたバーゴイルスカーレット三機を艦内に招き入れていた。

 

 少しの衝撃でも《ゴフェル》は塵芥に還るだろう。それほどの威力だと皆が知らされているはずである。茉莉花は整備班を指示するタキザワの声を聞いていた。

 

「理論上、血塊炉を利用した爆弾なんだ。人機として操れなければ何も出来ない。とりあえず慎重に。それだけ気に留めてくれ」

 

 茉莉花は浮遊してタキザワの肩に触れる。接触回線が開き、声を潜めた。

 

『妙だと、思わないか?』

 

『妙、とは?』

 

『……敵陣に突っ込んでまで爆弾を奪取した執行者三人には悪いが、これで終わりとも思えない』

 

『それには同感だね。敵がこの程度で読み負けるのなら、今までどうして取れなかったんだって話だ』

 

『月面を支配下に置いたと言ってもほとんど張りぼてなんだ。それを看破している可能性が高い惑星の支配層がこちらの動きを読めないはずがない。どこかで、想定以上が来る。それを予見しなければこちらは敗北する』

 

『接触回線なのはいい判断だ。他のクルーには聞かせられない』

 

 ふんと茉莉花は鼻を鳴らし、言葉を継いだ。

 

『相棒がいなくって寂しいだろう』

 

『ゴロウの事かい? ……そうだね。彼は上手くやっているだろうか』

 

『彼、か。この六年間で随分と仲良くなったらしい。あれは元々、惑星の支配特権層だろう? 本来ならば敵同士のはずだ』

 

『敵の敵は味方、って理論でもないけれど案外、彼は信用出来る。それは思いのほか、すぐに分かった事だ。百五十年の静謐を守ってきた人格というのは保守的であったが、同時に支配と平和の塩梅を弁えている存在でもある。分を超える言い草はしてこないからね』

 

『都合のいい相手だというわけだ』

 

『……言い方悪いなぁ。一応、これでも友情は感じているんだ』

 

『言ってろ。《ナインライヴスピューパ》と《イドラオルガノンカーディガン》のステータス』

 

 タキザワは端末を掲げる。

 

『想定していた以上の働きだ。これならば作戦の実行に支障はない』

 

『このままならば、の話でもあるが』

 

 この程度で惑星側が諦めるとも思えない。たった三つのブルブラッド重量子爆弾で質量兵器を防ぐと言い放つのはどうにも腑に落ちないからだ。

 

『星の連中には? どう伝わっているんだ?』

 

『ブルブラッドキャリアの質量兵器に対して、C連邦と旧ゾル国の共闘で阻止作戦が行われている……というシナリオだ。バーゴイルが出ていただろう?』

 

『国家間の蜜月は常に、か。ゾル国の面子は発言力を強めたい。格好の機会で互いの利益の一致があったわけだ。皮肉にもブルブラッドキャリアの攻撃が、その契機となったのは』

 

『どうにも苦々しいけれどね。それでも、元はそういう理念で戦ってきたんだ。今さら世界に是非は問わないよ。あっちからしてみれば、《ゴフェル》も本隊も同じ穴のムジナだ』

 

 世界はこちらがどのように足掻こうが、目線はフラットに均一、と言ったところか。癪だが世論の事まで考えるほどの余裕もなし。今は迫り来る《モリビトルナティック》の破壊作戦の成功のみが念頭にあった。

 

『《モリビトルナティック》、質量の三十パーセントの削減に成功……。それでも《モリビトシンス》はここまで追いつけない』

 

『仕方ないといえばそうなんだけれどね。月面での戦いを鉄菜達が引き受けてくれた以上、星の前線では僕らが張るしかない』

 

《ゴフェル》と二機のモリビトを引き連れてきたのだ。守りは任されたという自負を持つのが鉄菜達に報いる術である。

 

『血塊炉の爆弾を使ったミッション……仕掛けてくる敵の総数のシミュレートは?』

 

『実行中。ただ、試算以上の敵が来るという見積もりが高い。一番に来て欲しくないのは、しつこかったイクシオンフレームだね』

 

 タキザワは端末に表示されたイクシオンフレーム二機の詳細データを見据え、苦々しく呟く。今の《ナインライヴス》と《イドラオルガノン》ならば勝利の試算が高いものの、そちらに気を割いているような余力は現状、存在しない。

 

『質量兵器の破壊に関しての成功率』

 

 弾き出された勝算は四十パーセント。どこまでも渋い計算だ。だが、これでも高くなったのだと思うしかない。戦うのに、いつの時代とて勝率だけで割り切れるほど簡単な戦局は存在し得ないのだ。

 

『ご自慢の数式を視る眼でも無理かい?』

 

 冗談めかした言葉に茉莉花はそっぽを向く。

 

『簡単に言ってくれるな。吾の能力は所詮、見積もりだ。実際にどうなるのかは戦場に出て見なければ分からない』

 

『殊勝じゃないか。以前までの高圧的な態度が嘘のようだ』

 

『……喧嘩でもしたいのか?』

 

『まさか。褒めているんだよ』

 

 茉莉花は嘆息をついて改めて血塊炉の爆弾を見やる。映った数式に奥歯を噛み締めた。

 

『……正直なところ、今回の戦局は視えないんだ。あまりにも不確定要素が多過ぎて。いや、月面の戦場からか。《モリビトシン》が《クリオネルディバイダー》を得てあそこまで跳ね上がるとは思っていなかった』

 

 こちらの想定範囲外の能力の上昇には戸惑ったほどだ。それに関わっているのはやはり……。

 

『鉄菜・ノヴァリス。彼女か』

 

 言葉の先を予見したタキザワの口振りに茉莉花は、悔しいがと前置きする。

 

『計算式以上のものを弾き出す能力を、あいつは持っている。……本人には言うなよ』

 

『言わなくても分かっているとは思うけれどね。《モリビトシンス》、青く染まったのは何も偶然ではないと僕は考えているんだ』

 

『《シルヴァリンク》の加護、とでも? オカルトだ』

 

『たまにはオカルトも信奉しようじゃないか。計算式が全てじゃないんだろう?』

 

 茉莉花は肩から手を離す。無重力の中で浮遊して手持ちの端末から呼びかけた。

 

「《ナインライヴスピューパ》……今回の要だ。機体の調子は?」

 

『悪くはないわ。今までの弱点をほとんど網羅している。こっちでも驚いているくらいに』

 

「言っておくが、どれだけRランチャーの取り回しがよくなったとは言え、まだ試作品なんだ。あまり無茶はさせるなよ」

 

 言い置いた言葉に桃は笑い声を返した。

 

「……何だ」

 

『いいえ、茉莉花。あなた、随分と人間らしくなったのね。最初に会った時の感じじゃない』

 

 先ほどタキザワにも茶化されたばかりだ。自分としては好ましい評価ではない。

 

「……他人を冷やかすくらいの元気があり余っているのならそれでいい。《イドラオルガノン》に繋ぐ前に聞いておきたい。戦場分析。得意だろう?」

 

 桃は教育係として操主選定に噛んでいた経歴がある。ならば、混戦状態の今をどう見るのかを聞いておくのも悪くはないと考えていた。

 

 通信先で桃は呻る。

 

『難しい局面だというのはハッキリ言える。敵が撤退状態に入った以上、ここでの優位点は取れたと考えてもいいのかもしれないけれど……』

 

 煮え切らないのはどこかで懸念事項を浮かべているからだろう。

 

「……潔過ぎる敵は時に警戒の対象になる」

 

『そうね。……結構身体を張ったつもりだけれど、それでも敵があまりにも程よい塩梅を心得ている、と評するべきなのかも。優秀な指揮官がいる風でもないのに』

 

 桃の評価軸は当てになる。茉莉花は戦場を過ぎ行く青い流星を眺めていた。敵機はほとんど駐在地に戻った今、《モリビトルナティック》を迎撃するのには最適。

 

 だがこの静寂、どこか胸がざわつく。

 

 ざわめきなど、地上で生まれ落ちて以来、一度として覚えた事はなかったのに、この焦燥感は何だ。

 

 胸を締め付けるこの感覚。

 

 何かが来る。その決定的な主語を結べずに、茉莉花は言葉にしていた。

 

「……敵の布陣はまだ本調子ではない、という意味でもあるのか」

 

『そんな事はないと思うわ。こちらを囲っていた相手の戦意は本物だった。殺すつもりで来ていた連中ばかりだったもの。問題なのは、その連中でさえもどこか前哨戦のように感じられてしまう、この状況よ』

 

 本陣を予見して動くべきか、と思案を浮かべた刹那、策敵信号が艦内に木霊する。

 

『急速に接近する敵影あり。二機のトウジャです! 一機は……《ラーストウジャカルマ》の信号を発信!』

 

 戦域を離れたはずの相手が再び舞い戻ってくる。突きつけられた事実は不穏さを漂わせていたが、今は迎撃に出るしかない。

 

「《イドラオルガノンカーディガン》、二人とも出られるな?」

 

『当たり前! まだ倒し足りないくらいだし!』

 

 強気に応じた林檎の声に蜜柑が続く。

 

『出させてください。この機体ならばまだやれます』

 

「よし。艦長、いいな?」

 

 直通を繋いだニナイが了承の声を返す。

 

『今は、一つでも障害を取り除いて』

 

「だ、そうだ。《イドラオルガノン》を出撃姿勢に固定!」

 

『ドンと来い! 一機でも、墜とす! 《イドラオルガノンカーディガン》! 林檎・ミキタカ!』

 

『続いて蜜柑・ミキタカ。行きます!』

 

 出撃信号を発した《イドラオルガノン》を見送り、茉莉花は艦橋に降り立った。手すりに掴まって携行飲料を口に含む。ストローをくわえつつ、解せない、と感じていた。

 

「どうして、《ラーストウジャカルマ》はこちらに攻撃を仕掛ける? 今の敵陣の包囲網ならば、単独行動は危険な事くらいは承知のはず」

 

『案外、利益だけを求めているわけじゃないのかもね』

 

 ニナイの声に通信を繋ぎっ放しだった、と茉莉花は思い出す。

 

「どう見る? 艦長として、この戦局」

 

『そうね……。こちらは最大限に敵を迎撃して回っている。でも、相手は爆弾を運んでいた。手段と方法が違うだけで、やっている事の帰結は同じ。……確かにブルブラッド重量子爆弾を勝手に使わせてしまえば、こちらの思惑と上層部の思惑とは違える。本隊と地上の蜜月に手を貸すつもりはないもの』

 

「それ、だな。本隊と地上がここに来て、手を取ってこちらを排斥しようとしている。その動きにどこか……不穏なものが混じっている気がしてならない」

 

『月面を取ったから?』

 

「盤面上では。それでもバベルは本隊の手にある。こっちはかさむだけの陣地を相手に向けているのみ。月面プラントの製造環境がなければ確かに《モリビトシンス》も、ましてや残り二機のフルスペックモードの発案から実装までこれほど早くは行かなかっただろう。それでも、相手はプラント設備を切ってもまだ余裕があると思うべきなんだ」

 

 月面のプラントはいわば用済み、と考えても差し支えない。もう必要なくなった陣地を明け渡されて喜んでいるような暇があるほど、こちらが優位とも思えない。

 

『……気になるのは、地上の支配特権層と、本隊とがどうやってやり取りをしているのか』

 

「案外、やり取りなんてしていないのかもな。示し合わせたように動きが合致したのは、偶然とでも」

 

 それこそ相手からしてみれば僥倖なのだろう。月の本拠地から離れた事で完全に本隊は行方を晦ませた。地上からしてみればブルブラッドキャリアは月に陣取っていると言っているようなもの。共通の睨むべき敵は自分達。いいように誘導されて月に辿り着いた醜態を晒したと評価しても何ら不可思議ではない。

 

『……イクシオンフレームを使う一派も気になるわね。アムニス、だったかしら』

 

「どこまで相手が腹の探り合いをしているのかも謎の中、こっちがあまり下手を打てばどん詰まりになるのは目に見えている。慎重に……と言ってもあの操主姉妹では危うそうだが」

 

『意外ね。あなたは鉄菜の心配をしているんだと思った』

 

 ニナイの評に茉莉花は鼻を鳴らす。

 

「あそこまで行けば、もう馬鹿と言ってもいい。馬鹿に何を言ったところで」

 

 言い捨てた声音にニナイが笑みを含ませる。

 

「……何?」

 

『いいえ。茉莉花。鉄菜の事、考えてあげているんだなって思って』

 

「気色の悪い事を言うな。馬鹿につける薬はないだけだ」

 

『それでも、馬鹿なりに気にはしてあげているんでしょう?』

 

 そう言われてしまえば続ける句もない。鉄菜が現状の《ゴフェル》を引っ張っているのは確かだからだ。

 

 ――もし、鉄菜がただの人造血続で終わらないのならば。これから先も人々を引っ張っていけるだけの人間に成長するのならば。

 

 その時自分は……。

 

 手を払った茉莉花は詮無い考えを打ち切った。

 

「どっちにしたって《ラーストウジャカルマ》を片づけない限りは目に入る範囲の安心感も得られない。《イドラオルガノン》には健闘してもらう」

 

『《ゴフェル》も爆弾の解析が終わり次第、次のフェイズに入るわ。それまで《ナインライヴス》の整備は』

 

「任されている。なに、月面でほとんどの確認作業は終えた。あとは……」

 

 あとは、操主である桃次第。結局、託す事しか出来ない自分の歯がゆさに、茉莉花は歯噛みした。

 

 


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