ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯25 不愉快

《インペルベイン》を見つけた瞬間、鉄菜は《シルヴァリンク》に大剣を握らせていた。

 

 後ろから斬りつける事も辞さない、という意志を見せ付けるため、武装したまま感知範囲に入る。

 

『悪かった、と思っているわ』

 

「彩芽・サギサカ。何をしていた?」

 

『周辺警戒よ。これから作戦に入るのだから当たり前でしょう?』

 

「これから第二フェイズの大詰めに入るのに、直前で及び腰になったのかと思った」

 

 こちらの譲らない舌鋒鋭さに、彩芽はフッと笑みを浮かべる。

 

『なに、冗談通じないの?』

 

「今次作戦を大事にするというのならば、散開はあり得ない。それは味方を売る、という行為と見なされても仕方ない」

 

『売られた、とでも?』

 

「あるいはこう考えるか。ようやく、その気になったか?」

 

 突きつけたRソードの切っ先に《インペルベイン》は構えを解いた。照準補正の警告もない。武装を全てロックし、振り返った形の《インペルベイン》は完全に隙だらけであった。

 

 頭部コックピットより彩芽が出てくる。武装していないのを望遠カメラで確認した。

 

「これでも、信用出来ない?」

 

 Rソードでいつでも攻撃出来る。この状態での非武装は完全に反撃の気はないという証であった。

 

《シルヴァリンク》がRソードの発振を中断し、柄を盾の裏に隠す。

 

「……釈明くらいはあるのだろうな」

 

「一応は」

 

 肩を竦めた彩芽に鉄菜は集音器のボリュームを上げた。

 

「聞いてやる。言え」

 

「どこまでも高圧的ね。でも、今回ばかりは非があるのはわたくし。だから言わせてもらうけれど、《インペルベイン》は今までの哨戒任務に出ていた。その時期がたまたま、貴女の休んでいる時間と重なっただけよ?」

 

「信用ならない。私の……AIサポーターは勝手に出て行ったと証言している」

 

「やっぱりそっちにもAIサポーターはいるんだ?」

 

 結果的にこちらの手を明かした事になるが、それでも鉄菜は知らなければならなかった。《インペルベイン》と彩芽の真意を。

 

「……簡潔に事の次第を話せ。さもなくば……」

 

「待って。貴女そこまで血の気の多い人間だった? ちょっとばかし、気を張り詰めすぎじゃない?」

 

「元からだ。お前に何が分かる?」

 

「出会ってからの鉄菜の事なら、わたくしだって知っているわ。……最近の任務で、失敗でもした?」

 

 鉄菜からしてみれば痛いところを突かれた結果になる。封印武装の開放は本来、細心の注意を払わなければならない。それを日に二度も使ったのは自分の操主技術が伴っていないと言ったようなものだ。

 

「……答えられない」

 

「言えないってのは、やましいことがあるって事よね? そういうの、どっちが糾弾されるべきなのかしら?」

 

 ぐうの音も出ない。鉄菜は自分の事を棚に上げる気もない。封印武装の真相は口に出来なくとも操主として、モリビトを操る身として当然の責務くらいはあるのだ。

 

「……分かった。私の事に言及しない代わりに、今回だけは免除する」

 

「理解が早くって助かるわ。でも、これだけは言っておく。ブルブラッドキャリア……組織のために最善を行っているのは事実よ。それは翻れば鉄菜、貴女にとっての最善でもあるんじゃないの?」

 

 ブルブラッドキャリアにとっての事ならば自分にとっても利益のある事。そこまで大局的に物事を見られなかったが、そう考えれば自然と腑に落ちた。

 

 彩芽と《インペルベイン》はあくまでも、組織のためを思って行動している。

 

 今は、その前提条件さえ崩れなければいい。

 

「分かった。信用はしない。だが、その言葉に嘘はないと見える」

 

「貴女らしいわね。……さて、鉄菜。時間になったわよ」

 

 第二フェイズの作戦実効時間だ。《インペルベイン》に戻った彩芽の通信が割り込む。

 

『次の標的のところまで一緒にドライブと行きましょう』

 

「勘違いをするな。私は自分の標的を叩き伏せるまで。お前の事などは考えない」

 

『それでいいんじゃない? 今まで通りの鉄菜で』

 

 考え過ぎだろうか。どこか、彩芽の言葉に裏があるような気がしてならない。しかし裏付ける事実もなし。

 

 追及したところで内部分裂など一番にあってはならぬ事である。

 

『鉄菜。やっぱり彩芽の言う通りにしておくべきマジね……。喧嘩したって始まらないマジ』

 

「うるさい。お前が元はと言えば言い出したんだろう」

 

『それは謝るマジけれど、一号機と彩芽に危ない動きがあれば報告しないわけにもいかないマジ』

 

 その通りだ。報告を怠っていれば自分はもっと厳罰を処するだろう。

 

「《インペルベイン》も彩芽・サギサカも、シロというわけではない。どちらかと言えば黒に近いグレーだ」

 

『それでも、サポートを信じないわけにはいかないマジ』

 

 今頼れるのは《インペルベイン》のみ。ここで対立したところで勝負にはならないだろう。

 

「彩芽・サギサカ。一応は言っておく」

 

『うん? 何? もしかして、お姉様って呼んでくれる気になった?』

 

「……いや。悪かった。疑って」

 

 その言葉に通信チャンネルが開く。わざわざこちらの顔色を窺いに回線を開いた彩芽はまじまじと鉄菜の顔を観察する。

 

「……何だ」

 

『いや、今の言葉、鉄菜の口から出たのかなぁ、って』

 

「私だって間違いはする」

 

『でも、あまりに殊勝だったから。もう一回言ってみて?』

 

「言わない。謝罪は一度でいい」

 

『えーっ! もう一回、もう一回だけでいいから!』

 

「くどいぞ。私は一度でいい事を二度も三度も言わない」

 

『惜しいなぁ。可愛かったのに。録音でもすればよかった』

 

 彩芽の後悔に鉄菜は通信回線を無理やり閉じようとする。

 

「下らん用事なら切るぞ」

 

『これから戦闘でしょう。切ってどうするのよ』

 

「知らん。どうしてだか、不愉快だ」

 

 自分でも分からぬ感情であった。頬をむくれさせる鉄菜に彩芽は猫なで声を発する。

 

『あーっ、悪かったって。ね? 鉄菜。機嫌直して?』

 

「黙っていろ。《モリビトシルヴァリンク》、出る」

 

 海上を疾走する二機のモリビトの間では、下らない痴話喧嘩のような通信が交わされているなど、天も地も知る由もないかのようであった。

 

 紺碧の空と大地は、静寂を保ったまま、世界を見下ろし続けていた。

 

 


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