ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯242 灼熱の憤怒

 

《ラーストウジャカルマ》を制した一機の《スロウストウジャ弐式》に、燐華は声を荒らげていた。

 

「離してください! 離して! あたしがブルブラッドキャリアをやらなくっちゃ、だって思い出が……あの日々が偽物だって……だからァッ!」

 

 機動をかけようとした機体を相手の人機が強く縛る。まるで人機の弱点を知り尽くしているかのような動きに燐華は閉口していた。

 

『落ち着くんだ。ヒイラギ准尉。その機体、手離すのは惜しいはずだろう』

 

 その声の主に燐華は硬直する。

 

「アイザワ……大尉……」

 

『遅くなってすまない。おれが前の戦闘に割って入れたらもうちょっとマシだったかもしれないのにな。……隊長は……』

 

 濁した口振りに燐華は面を伏せる。

 

「そう、そうだよ……隊長を……にいにい様を殺した。あの人機を! あのモリビトを許しちゃいけないんだ!」

 

『落ち着けって。おれも大した事は言えない。アンヘルに入ってしまえば連邦の仕官としての肩書きなんて紙切れだからな。だがそれでも、おれは納得の上でその機体を渡したんだぜ? ここでむざむざ墜とすためじゃない』

 

 強い語調に燐華は言葉をなくしていた。むざむざ撃墜される。そのように映ってしまっていたのか。

 

 玉砕覚悟で戦っているわけではない。それどころか、生き延びて、泥水をすすってでもブルブラッドキャリアには報復しなければならない。気が済まない身分のはずだ。それなのにモリビトを目にすれば冷静さを欠いてしまう。

 

「……そんなに危うく……見えましたか?」

 

『ああ。危うい。それにこの戦闘領域で深追いは禁物だ。見ろ、あれを』

 

 同期された望遠映像に燐華は視線を投じる。粉砕された十字架の質量兵器がまさに軌道上に迫ろうとしていた。

 

 そのスケール比は月面で一度目にしたとは言え、やはり途方もない。あんなものを星に落とそうというのかと改めて絶句する。

 

「これが……ブルブラッドキャリアの、やり方だって言うの」

 

『連中はそのつもりだ。だからこそ、おれ達が冷静かつ迅速に行動しないといけない。アンヘルの名は伊達じゃないんだろ? 見せてくれよ、その実力を』

 

 ぽんと背中を押すような気楽さでありながらも、しっかりとこちらを守ってくれる頼もしさを漂わせたタカフミの声に燐華の中で燻っていた敵意が凪いでいく。

 

 ――まだ、こういう人が組織にいるのか。

 

 隊長を失い、自暴自棄に陥った自分をまだ立て直せると思わせてくれる。だがそれは虚飾。失ったものは二度と戻っては来ないのだ。

 

 自分の元の名前、兄という掛け替えのない存在、そして鉄菜という無二の親友――。

 

 何もかもを失ってしまってからその価値に気づける愚か者。

 

 それが自分なのだ。だからこそ、今回ばかりは失うだけの戦いはしたくなかった。全てがこの手からこぼれ落ちてしまうのならば、無理やりでも掴んでみせる。未来を、この手に栄光を。

 

 そのためなら何でもやろう。どのような泥でも被ろう。それこそが自分にだけ出来る抵抗なのだから。

 

《ラーストウジャカルマ》を手に入れたのは何も伊達や酔狂の行動ではない。自分が真に覚悟した上で立ち向かいたいと思えたから。だからこの力を手に入れたのに、何もかもこの手から消え去ろうとしている。

 

 コックピットの中で燐華は胸元を押さえて嗚咽した。

 

「隊長……、隊長はだって、にいにい様だったんでしょう? なら……あたしをずっと守ってくれたのに……なのにあたし……何も出来なかった! にいにい様を二度も失ったなんて……!」

 

 抑え切れない感情の堰が涙として頬を伝う。タカフミの機体は隊列を離れようとした他の機体を諌める。話だけには聞いていたがC連合のリックベイ・サカグチの正等後継者なだけはある。他者を纏め上げるカリスマ、それに度量は今まで見てきたどのような操主よりも優れているように思えた。

 

 その時、一機の《スロウストウジャ弐式》が接触回線を接続させる。

 

 ヘイルの機体であった。また小言を言われるのだろう、と身構えていた燐華にヘイルは何か言いかけて何度も口をつぐむ。

 

『……お前、本当に一人で戦い抜くつもりなのか?』

 

 だからか、思わぬ質問であった。ヘイルはいつでも自分を下に見ている。自分なんていないほうがいいといつでも吹かしていたのはヘイルのはずだ。

 

 その彼がどこか毒気が抜かれたような事を口にする。

 

「……あたしは、戦い続けるしかありません。隊長の意思を、無駄にしたくないんですから」

 

『……気持ちは分かる、なんて軽率に言うつもりはねぇよ。でも、そんなの……隊長は望んでいるのかよ。あの人は本当に、いつだって感情優先で、他人の事ばっかり考えていた。でも、あの人が他人の目を気にしていたわけじゃないのは、一番に知っているだろ』

 

「だからって、仇討ちをしないのは信条にもとります」

 

 こちらの揺るがぬ決意にヘイルはうろたえた様子であった。

 

『……ンだよ、ヒイラギの癖に……。お前が隊長の分を背負うって言うんなら、俺も背負う。いくら一班兵だからって、嘗めるなよ。俺達はまだやれる。まだ何か、出来る事があるはずなんだ。あの人がいなくなったからって悲しんでいる暇なんてないはずなんだよ。俺達第三小隊は、な』

 

「……ヘイル中尉?」

 

『何でもない。この会話は忘れろ。仇討ち、結構じゃねぇか。モリビトをぶちのめそうぜ。……隊長が育ててくれた俺達の実力を咲かせるのには最適の戦場だ』

 

 ヘイルの言葉振りには平時のような嘲笑は含まれていない。それどころか、彼もまた一人の武人のように振る舞ってみせる。

 

 隊長はひねくれ者の彼をも変えたのだ。ならば報いるのが部下の務め。

 

「隊長……あたしは……」

 

 その時、不意に広域通信が開いた。

 

『全部隊に通達。ブルブラッド重量子爆弾、ゴルゴダの使用をこれより別働隊であった第一小隊が担当する。貴殿らの任務は解かれ、全機、旧ゾル国駐在ステーションに帰還すべし』

 

 思わぬ命令に燐華はうろたえる。

 

「今から……、ゾル国の駐在ステーションに? でもそれじゃ……」

 

『ブルブラッドキャリアを見過ごすって?』

 

 ヘイルの声音に命令は一通りであった。

 

『繰り返す。第三小隊、及びアンヘル第四小隊以降は別命あるまで旧ゾル国駐在ステーションで待機。あとは第一小隊が背負って立つ』

 

『第一小隊……俺達以上の秘密主義集団だ。まさか存在すら危ぶまれていた連中が後を引き継ぐなんてな……』

 

 皮肉以外の何者でもないはずである。悔恨を滲ませたヘイルに燐華は声を張り上げる。

 

「《ラーストウジャカルマ》! 燐華・ヒイラギ准尉はまだ出られます! ギリギリまでブルブラッドキャリアの追撃を! 爆弾を三つも相手に握られている状態での撤退は正しくありません!」

 

 命令違反はアンヘルでは降格以上に除隊さえも意味する。それでも抗いの声を上げずにはいられなかった。こちらの抗弁に上層部は動こうとしない。

 

『これは絶対命令である』

 

 その一言だけで全ての了承が取れているようであった。燐華はアームレイカーを骨が浮くほどに握り締める。

 

 こんなところで何も出来ないのか。何もせぬまま終わっていいのか。

 

 ――否。断じて否のはず。

 

 ブルブラッドキャリアを何としてでも追い詰めなければならないのだ。

 

 爆弾を奪われた現状では相手に優位を与えてしまった事になる。責任は、この場で取るべきだ。

 

「燐華・ヒイラギ。スクランブルを強攻します。これより視界に入るブルブラッドキャリア旗艦への攻撃を!」

 

 推進剤を全開に設定した燐華を止めようとタカフミが割って入りかけて、その手を制したのはヘイルであった。

 

『俺達のケジメです』

 

 その一声でタカフミを振り払い、ヘイルが自分の機体に追従する。思わぬ行動に燐華はうろたえていた。

 

「ヘイル中尉……」

 

『ヒイラギ。俺は前に、お前を売ろうとした。敵に捕まっちまって、殺されてでもしてくれりゃ、楽だと思っていたんだ』

 

 思わぬ告白に燐華は衝撃を受ける。そういえば、あの時情報が漏洩したのだと隊長は口にしていた。

 

 まさかその主が今、並走しているとは思いも寄らない。

 

『……謝ったってどうしようもないのは分かる。酷い目に遭わせちまったってな。でも、でもよ……俺も馬鹿でさ。隊長が死んじまってどうしたらいいのか分からないんだ。燻ってるんだよ。何もかも。半端なまま終わりたくない。きっと隊長だって、そういうつもりで戦ってきたはずなんだからな』

 

 ヘイルは最後までやり通すつもりだ。それこそ自分と同じように。その志を馬鹿に出来るはずもない。

 

「……心強いです。ヘイル中尉」

 

『おべっかはよせよ。似合ってないからな』

 

 一つ微笑んで燐華は操縦桿に力を込める。ここにいるのは何も一人ではない。仇討ちを決めるのに、一人だけの力ではないのだ。それが分かっただけでも随分と安堵した。

 

 隊長の死を絶対に無駄にしたくない。させるものか。その意地だけでアンヘルの命令を無視した。

 

 懲罰は免れないだろう。

 

 それでも、戦い抜くという意志だけは貫ければいい。それさえ実行出来るのならば他には何も要らない。この俗世への未練さえも。

 

「……ハイアルファー【ベイルハルコン】。起動」

 

 だから、禁断の力にも手を伸ばせる。禁忌を操ってでも、自分は成し遂げてみせよう。何もかもを。恩讐の果てを。

 

 赤く染まるコックピットが憤怒の感情を吸い上げる。人の感情を糧とする禁断の人機。それがこの《ラーストウジャカルマ》だ。

 

 業の名を背負った機体が唸りを上げる。刃節を軋ませ、《ラーストウジャカルマ》は空間を飛び越えていった。因果の果て、何もかもを投げ打ってでも勝つために。成し遂げるために。それを手に入れる術を知っているのならば……。

 

「あたしは、もう何も要らない」

 

 決意した言葉は身を焼くほどの灼熱の怒りに掻き消されていった。

 

 


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