ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯241 激戦の渦中

 

《イドラオルガノンカーディガン》のコックピットは平常時よりもなお色濃い緊張に包まれていた。

 

 それもこれも、この形態がガンナーとウィザードの連携を今まで以上に必要とするからである。ガンナーである蜜柑はこちらには一瞥もくれず、ずっと照準補正に回っていた。

 

 マルチロックオンシステム。茉莉花の提唱した新たなる武装は《イドラオルガノン》に常勝の翼を与えた。敵人機が一度でも射線に入れば《イドラオルガノン》に備え付けられた無数のロックオンサイトが照準し、内奥に備えたミサイルを掃射する。

 

 以前までと確実に異なるのは機体追従性だ。自分の思い通りに《イドラオルガノン》が機動するのは素直に快適であった。戦場の昂揚感も相まって林檎は今の機体に無敵という感情を抱く。

 

 この姿ならば鉄菜をも超えられるであろうという自負。

 

「やれる……今の《イドラオルガノン》なら! ボクらは飛べるんだ!」

 

 飛び込んできた《スロウストウジャ弐式》へと《イドラオルガノン》は真っ直ぐに突き進み、Rトマホークを払った。出力の向上した緑色の斧が《スロウストウジャ弐式》のプレッシャーソードを弾き返し、そのまま血塊炉へと一撃を叩き込む。

 

 すぐさま別の敵を見つけた蜜柑が反対側へとミサイルと銃撃で弾幕を張った。うろたえた形の敵機へとすぐさま振り返り様の一閃。両断された敵人機を視野に入れ、林檎は鼻を鳴らす。

 

「こけおどし! こんなの、お遊びじゃん!」

 

「林檎、あまり接近し過ぎないで。敵を狙い難くなる」

 

 先ほどからスコープを覗きっ放しの蜜柑は精密狙撃と拡大した策敵範囲に意識を割かれているようであった。

 

 そんな状態の妹に、言ってやる事はなかったが、林檎はあえて口にしていた。

 

「今の《イドラオルガノン》なら、あんな旧式には負けない」

 

「ダメだよ、林檎。鉄菜さんだって任務がきっちりあって、それを果たしてくれたんだから」

 

「わかんないじゃん。ひょっとしたら《モリビトルナティック》を破壊出来なかったのかも」

 

 その言い草に蜜柑は嘆息をつく。

 

「……どうしてそういう考え方しか出来ないの? それに、ミィ達は敵地のど真ん中にいるんだよ? 油断なんて一瞬でもすれば」

 

 熱源反応に林檎は腕を払わせる。リバウンド装甲がプレッシャーライフルの光条を跳ね返し、振るった勢いで推進剤を全開にする。

 

 後退しながら銃撃を見舞う相手に、林檎は容赦のない一閃を浴びせかけた。頭部から一刀両断。完全に引き裂かれた《スロウストウジャ弐式》がスパークの火花を散らせて爆発する。

 

「……こんなのでも?」

 

 にやりと笑みを浮かべる。蜜柑はしかし、それを推奨しなかった。

 

「……だからあまり近づき過ぎないでってば。敵を捕捉し辛い」

 

「ちまちま遠隔戦なんてしていたら時間オーバーしちゃうよ。せっかく敵の攻撃が効かなくなったのに」

 

「効かなくなったわけじゃないよ。一時的なリバウンド効果による反射膜の構築と、リバウンドフォール有効範囲の拡大。……プレッシャーソードなんかは弾けないんだから」

 

「そんな高出力機、出てくるわけないじゃん」

 

 ふんと鼻を鳴らした林檎はこの編隊が守り通そうとしているスカーレットを目にしていた。《スロウストウジャ弐式》が四機編隊を組んで出来るだけ距離を稼ごうとする。

 

 そうはさせない、と林檎は《イドラオルガノン》を突き進ませようとした。

 

 フットペダルを踏み込み、相手へと至近の攻撃を浴びせかけようとする。振り上げたRトマホークが攻撃の光を帯びたその時、不意打ち気味に接近警告がコックピットを劈いた。

 

「接近? 何が……!」

 

 衝撃がコックピットを激震させる。蜜柑が悲鳴を上げた。

 

「何!」

 

「実体攻撃……、この刃は……」

 

 伸長してきた蛇腹剣の一撃に、林檎は敵を睨み据える。払われた一撃の主がX字の眼窩をぎらつかせた。

 

「《ラーストウジャカルマ》……、この人機は!」

 

『……さない』

 

 接触回線より漏れ聞こえた声に林檎は目を見開く。《ラーストウジャカルマ》を操る怨嗟が脚部の蛇腹剣を放出していた。

 

『全てを奪ったブルブラッドキャリアを! あたしは絶対に! 許さない! お前らは、ここで墜ちろォッ!』

 

 打ち下ろされた一撃を回避し様にミサイルを掃射しようとして、前面より迫ってきた脚部蛇腹剣に圧倒される。

 

 ただの機体性能の是非ではない。恩讐とでも呼ぶべき代物が、あの人機をスペック以上に駆り立てている。

 

「冗談! 今さら許されようなんて!」

 

 袖口に隠し持っていたナパーム弾を投擲し、蛇腹剣の拘束を解く。見据えた刃の先にいる敵に、林檎は舌打ちしていた。

 

「こんなところで……、墜ちられるわけ、ないだろ!」

 

 Rトマホークと敵人機の扁平な刃が干渉する。スパーク光が眩く焼きつく中、敵が怨念を浴びせかける。

 

『どうして! あたしを裏切った! にいにい様を、殺したんだ! 鉄菜ァッ!』

 

「鉄菜? ボクはあんな低級血続じゃない!」

 

 ここに来てまさか鉄菜の名前が出るとは思っていなかった林檎はそのまま叫び返していた。《ラーストウジャカルマ》が他の人機の編成を他所にこちらへと間断のない応酬を見舞う。

 

 ここまでの執念、ただの一個人にしては強烈であった。

 

「蜜柑! アンチブルブラッド爆雷で距離を!」

 

「やっているけれど! 隙がないんだってば!」

 

 敵から浴びせられる刃の波に、林檎は歯噛みする。ここでも自分の至らなさが痛感させられるなんて。

 

「……ボクが劣るって? あんな旧式に! 劣るわけないだろ!」

 

 Rトマホークを回転させて弾き返し、その機体へと突撃をかけようとして桃の制止の声が響き渡った。

 

『林檎! 今はそいつに構わないで! 爆弾の回収を!』

 

「そう言われたってさ! 相手はやる気満々なんだ、ここで墜とさなくっちゃ、絶対にヤバイ!」

 

 禍根が残る戦いをするべきではないという第六感が働く。しかし、桃の命令は絶対であった。

 

『命令よ、林檎。その一機にかまけている間に、敵陣がまた集り始めている。冷静さを取り戻されればそこまでなのよ。こちらは所詮、寄せ集めなんだからね』

 

 それも理解はしているつもりであった。だが、眼前の敵を墜とせずして、何がブルブラッドキャリアか、何が血続か、という意地がある。

 

 林檎は猛攻を浴びせかけようとしたが、その途中で蜜柑がアンチブルブラッド爆雷を点火させた。

 

《ラーストウジャカルマ》とこちらの距離が開いていく。

 

「蜜柑! やらなくっちゃやられるのに!」

 

「さっき林檎が言ったんでしょ! それに、桃お姉ちゃんの言う通りだよ。一機に集中すれば編隊を組まれる。そうなってしまえば不利なんだよ? そんな事も分からないの?」

 

 妹に説教をされるいわれはない。林檎はアームレイカーを引いていた。

 

「こんなところで! 敵に押されている場合じゃないんだ!」

 

「だから! 状況を立て直すんでしょ! 林檎、落ち着いて!」

 

「ボクは落ち着いている!」

 

 言い返しながら、ここで蜜柑相手に時間をかけたところ、無意味であるのをどこか冷静な頭が悟っていた。

 

《ラーストウジャカルマ》を相手取っている時間も惜しい。爆弾を押さえなければいずれにせよ、こちらの破滅なのだ。

 

「……ミィが先導する。林檎は《イドラオルガノン》の機体制御に意識を割いて。他の事はやらなくっていい」

 

 冷たく切り捨てた声音に林檎は奥歯を噛み締める。

 

「……何なんだよ。みんなして、ボクを否定するって言うのか」

 

《イドラオルガノン》が爆弾を囲っている敵陣へと踏み込む。蜜柑の精密狙撃が《スロウストウジャ弐式》の編成に乱れを生じさせた。その隙に一気に敵の包囲網の中に入った《イドラオルガノン》が全身からミサイルを掃射する。

 

 誘導兵器の威力とアンチブルブラッドの効力によって敵が散開した。爆弾は眼前にある。

 

「《イドラオルガノンカーディガン》、目標の回収を完了。……これでいいんでしょ」

 

 どこかやけっぱちな声に蜜柑は返答しなかった。

 

『よくやってくれたわ。でも、《ラーストウジャカルマ》がそこにいるのよね? 少しでも引き剥がさないと邪魔をされるわ。《ナインライヴス》が今すぐに向かって――』

 

 その言葉尻を引き裂いたのは策敵反応であった。

 

《ナインライヴス》と敵性人機が戦闘にもつれ込む。

 

「識別反応……《イクシオンベータ》……」

 

 前回の近接戦闘機か。林檎は爆弾を視野に入れつつ、どう行動すべきか思案する。

 

 少しでも退けば《ラーストウジャカルマ》の射線に入る。しかし《ナインライヴス》を支援するほどの余裕もなし。

 

 このままでは――。そう感じていた矢先であった。

 

《ナインライヴス》に仕掛けていた《イクシオンベータ》を砲撃が引き剥がす。

 

「……来た」

 

 蜜柑の声に対空弾幕を張る《ゴフェル》の姿が大写しになった。こちらへと真っ直ぐに向かってくる船体に《ナインライヴス》が戦闘領域を離脱し、艦の防御に入る。

 

『爆弾の先行部隊を引き剥がしてくれたお陰で好位置に入れたわ。艦の接近を勘付かれなかったのもある』

 

 ニナイの声に林檎は返していた。

 

「でも、《ラーストウジャカルマ》が……」

 

 懸念の人機は他の部隊に取り押さえられていた。どうやら相手方としても《ラーストウジャカルマ》の暴走は意想外であったらしい。

 

『このまま《ゴフェル》は爆弾を回収後、《モリビトルナティック》の落着を阻止します。《ナインライヴスピューパ》、それに《イドラオルガノンカーディガン》は予め伝えておいた編成に入って』

 

 了解の復誦が返る中、林檎だけが納得しかねていた。

 

 このまま自分達の取り分もなしに帰還というのはただ単に癪に障る。そう感じていた心の内側を見透かしたように茉莉花が声にしていた。

 

『撃墜数が今は物を言うわけじゃないわ。戻りなさい、《イドラオルガノン》とその操主』

 

「林檎……」

 

 ようやく精密狙撃のスコープから視線を外した蜜柑の窺う眼差しに、林檎は頷いていた。

 

「飲み込むしかないんだろ。……了解」

 

 推進剤の青い軌跡を棚引かせつつ、《イドラオルガノン》は《ゴフェル》の甲板へと降り立つ。《ナインライヴスピューパ》も艦の守りに入っていた。

 

『よくやってくれたわ。上出来よ、林檎、それに蜜柑』

 

「……そりゃどうも」

 

「林檎、機嫌が悪いからって桃お姉ちゃんにそんな言い草……」

 

「別に。機嫌が悪いわけじゃない」

 

 子供じみた抗弁にも桃は殊更言葉を投げてくるわけではない。だが、今はそれが逆に癇に障った。

 

『そういう時もあるわ。気にしないで、蜜柑』

 

「……何だよ。これじゃ、蜜柑のほうが大人みたいに……」

 

 愚痴っている間にも状況は転がる。艦内よりもたらされた伝令に林檎は姿勢を沈めさせた。

 

『全機、爆弾の回収ルートには入れたわね? これより《モリビトルナティック》を完全に破壊するためのミッションに入ります。ブルブラッド重量子爆弾の威力は底知れないけれど、それを単純に破壊のみに留めれば、利用可能なはずよ』

 

「……要は、さ。敵の作った爆弾で敵の作ったレールに乗る、って話じゃないか」

 

「でも、そうじゃないと《モリビトルナティック》の落着で大きな被害が出ちゃう。敵の重量子爆弾も解析すれば、次からは優位を打てるかも」

 

「次って……そう容易く次なんて用意してくれるのかな」

 

 疑問は尽きなかったが、林檎はようやくこちらとの会敵コースに入った《モリビトルナティック》を見据える。

 

 十字架の天辺を失った形ではあったが、半分ほどの質量は保ったままだ。鉄菜が撃ち漏らした、という感触に林檎は舌打ちする。

 

「……旧式がやった失敗は棚上げか」

 

 その悔恨は墨のように林檎の胸中に黒々と広がっていった。

 

 


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