ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯240 フルスペックモードⅡ

 逃した、という報に渡良瀬は舌打ちを混じらせていた。

 

「両盾のモリビト……それほどまでの戦力だったと言うのか」

 

 口走った渡良瀬に脳内リンクされた情報が同期される。

 

「エクステンドディバイダー……。なるほど、こんなものが。……だが《モリビトルナティック》の破壊には至らなかった。上々だよ、シェムハザ。機体を無事に帰して来るといい。撃墜ほどの価値はそこまで加味していない。今回はせいぜい、傍観者を決め込ませてもらう」

 

 元々、レギオンとブルブラッドキャリアが開こうとしている戦端。それに一枚噛ませてもらったのみ。言ってしまえばおこぼれに預かれればそれだけでも収穫であった。

 

 敵の奥の手が知れただけマシだ。

 

『しかし……クリエイター。あの人機はただの人機の枠を超えようとしていますよ。それこそ、星を砕きかねないほどの兵器へと』

 

 ふんと渡良瀬は鼻を鳴らす。

 

「存外、連中のほうが性質の悪いのかもしれない。ブルブラッド重量子爆弾……ゴルゴダ。得た情報だけならばそこまでの脅威でもない。対策さえ練れば、な。なに、これから先何十年かは人機の滑空でさえも信じられない時代が来るかもしれない。だが我々のやり方には何の支障もない。それどころか、福音とも呼べる。連邦の姿勢が強化されれば、ラヴァーズなどという根無し草も駆逐出来る。声が通りやすくなれば僥倖」

 

 そうでなくとも、ゴルゴダという兵器自体には魅力を感じる。

 

 レギオンの勝手な主義主張を通すための殺戮兵器だが、使い方次第では何も広範囲汚染と爆発を起こすだけの短絡的な兵器にならずに済む。いつの時代とて爆弾を落とすだけならば猿でも出来た。

 

 自分達は高次存在。爆弾を落とすのではなくせいぜい、利用させてもらうとしよう。

 

『ですが、驚きましたよ。あのモリビトの動き。まるで、あれほどの超高出力R兵装を撃ってもまだ余裕があったかのように……』

 

 シェムハザの危機感はそのままアムニスへの危惧に繋がるだろう。ブルブラッドキャリアは思ったよりもやる。少しばかり脅威判定を上方修正しなければならないらしい。

 

「しかし……解せないな。喧嘩を売ってきたのは向こうも同じのはず」

 

 どうしてブルブラッドキャリアが《モリビトルナティック》の阻止に回る。考えられる理由はそう多くはなかった。

 

『組織内部での離反……、そこまで酷くはないと考えていたが思ったよりも深刻なのかもしれませんね』

 

「……月面を支配に置いた連中と、あの舟の連中は別物、と考えるべきか。だがそうすると違和感が拭えない」

 

『ブルブラッドキャリアはどうして、離反兵をそのまま生かしておくのか』

 

 こちらの疑問を読み取ったシェムハザの言葉に渡良瀬は中軌道ステーションから望める宙域を睨んでいた。

 

 こちらはせいぜいイクシオンフレームを高値で売りつけるだけの算段がつくかどうかの話だが、もし敵が二重三重に枝分かれしているのであれば、つけ入る隙は充分にある。

 

「……仮定の話だが、ブルブラッドキャリア内で相当な考え方の相違があったとして、誰が得をするのか。彼らの目的は……いや、翻ればわたしも、か」

 

 古巣の考えを考察するのにこうも皮肉な結果に相成ってしまったのは自分でも苦笑するしかない。それでも、ブルブラッドキャリア上層部の考えははかりかねていた。

 

『モリビトの大量生産だって出来たはず。だというのに、敵はあくまで月面にもう一つのバベルを隠す、という一点のみであった』

 

「そこに疑問点が収束する。バベルを秘匿し、月面をいつまでも誰の手も及ばない最強の要塞にする事は難しくはなかった。だが、その目論見は外れた。他ならぬ自分達の中から出た膿みによって」

 

 離反兵に対しての処分が手ぬるいのだ。本当に月面を譲渡したくなければ殲滅戦を挑んでもまだ足りないはず。

 

 相手は強襲揚陸艦一隻。どうとでもなったはずなのに、ブルブラッドキャリアはそうしなかった。その理由を鑑みると、渡良瀬はとある推測を浮かべていた。

 

「……もしや、ブルブラッドキャリアは自浄作用を期待しているのか……?」

 

『自浄作用……、組織内部を一本化するとでも?』

 

「しかし、それだと語弊があるな。離反兵そのものが、そもそもブルブラッドキャリアに生まれた澱みそのもの……。離反兵を一掃すればすぐに事は成せる。だが、あくまで放置し、月面への侵攻をよしとした。……どこか、誰かの意思が垣間見える……」

 

『まさか。何者かがブルブラッドキャリア上層部駆逐を狙っているとでも? その尖兵に、いつの間にか離反兵が?』

 

「駆り立てられているのだとすれば、恐るべきなのは凄まじい能力を誇るモリビトでも、あるいは今まさに惑星へと落ちようとしている罪の証そのものでもない。……地上で何かあったな? その結果、月面を上層部の考えよりも早く発見した。……いや、探し出した、というべきか。月面の存在はしかし、バベルの底の底……第七深層レベルの情報のはず。そこに至るのには我々調停者レベルの脳内リンクがなければ……」

 

 そこまで口にして、まさかと渡良瀬は硬直する。

 

 シェムハザはその沈黙を悟ったようであった。

 

『……調停者の誰かが裏切った、という可能性は……?』

 

「いや、ない。あり得ないはずだ! 調停者は死んだはずの水無瀬、今も行方を晦ませている白波瀬……そしてわたしだけのはず。だというのに、この見立てでは……調停者が存在する事になってしまう……」

 

 そうだとすれば地上のどこかで調停者が人知れず設計されていた事になる。渡良瀬は深呼吸を一つしてから、考えを纏めようとした。

 

「地上勢力のどこかが……調停者を造ったというのか……地上の蛮族の技術で……」

 

『クリエイター。ひとまず戦闘領域を離脱しました。このままゴルゴダとの合流ポイントまで向かっても』

 

「いや、君は帰投しろ、シェムハザ。如何にイクシオンフレームが安価で製造可能とは言え、何度も失うのは旨味がない。それに……これは内偵を放つ必要があるかもしれない」

 

 身内の裏切りを加味するのが最適解ではある。しかし、そう考えると浮かんでくるのは一つ。

 

 ――自分が上回られた。

 

 その事実だけはどうしても認められなかった。ブルブラッドキャリアを切り、元老院を利用して《キリビトエルダー》の製造まで漕ぎ付けた自分が、まだ何者かの掌の上であったなど。

 

「……ふざけるなよ。ドクトルじゃないんだ。あの人の右腕であった渡良瀬は死んだ。これからはわたしが……クリエイターだ」

 

 創造主の声音を伴わせ、渡良瀬は宙域を睨み据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気味が悪い、と兵士から苦言が漏れる。

 

 常闇に紛れないように赤い塗装が施されたバーゴイルを兵士達は歓迎しなかった。血塊炉を擁する腹部が異常発達しており、手足はそれに比すれば赤子のように短い。

 

 あれはバーゴイルとは呼べない、と数名が口にしていた。

 

 ローカル通信でぼやきが交わされる。

 

『今時、旧世代のスカーレットを利用するなんて……上も変わった事を考えたもんだな』

 

『それもこれも、ブルブラッドキャリアの宣戦布告のせいだろ。質量兵器を落とすって言ってるんだ。そいつはもう、この星がどうなっちまうか分からないってもんだぜ』

 

『どうなのかねぇ……、本当のところ。踊らされているのは同じかもしれないが……』

 

 濁した兵士は牽引されているバーゴイルスカーレットを視野に入れていた。お上の考える事は分からない。それで済ませてもよかったが妙な胸騒ぎがする。

 

 周囲へと熱源を探っていた複座式のバーゴイルがその眼球を一点に留めた。

 

『……ちょっと待て。ポイントD2までの距離は?』

 

『ちょうど五分圏内だが』

 

 前衛を務めるバーゴイルを伴い、複座の探査型バーゴイルが前に出ていた。プレッシャーライフルの銃身を振ったバーゴイルがハンドサインを送る。

 

『何があったって言うんだ? 質量兵器との会敵速度にはまだ』

 

『いや……妙な熱源が捕捉されて……。モニターに同期する』

 

 前衛のバーゴイル乗りが投射画面に入れていたのは楕円の形状をした構造物であった。

 

 しかし、大きさは通常人機と同程度。質量兵器とは思えない。

 

『……何だ? 繭……?』

 

 白亜の装甲からそう推測したバーゴイル乗りに繭が突然に開いた。殻を思わせる装甲が四枚に分裂し、可変翼となって一機の機体を支えている。

 

 その人機の識別信号にバーゴイル乗りは目を見開いていた。

 

『モリビト……? しかしあんな機体は……』

 

 慌ててアンヘルとの信号同期に入ろうとする。その刹那、敵の機体が大型の砲身を構えた。充填されていくリバウンドの光子エネルギーが渦を巻き、流転し、エネルギーの波動となるまでの時間は今まで観測したどの兵器よりも素早い。

 

 こちらが回避運動に入る前に、放たれたピンク色の光軸が闇を引き裂き、前衛のバーゴイルを蒸発させた。

 

 複座のバーゴイルが慌てて離れ、全部隊に信号を放つ。

 

『敵機発見! 目標は高出力R兵装を保持! アンヘルの出動を乞う! 繰り返す……、目標は高出力R兵装を保持!』

 

 照準をつけ直した敵機が複座のバーゴイルを狙おうとする。しかし、策敵機であるこの機体にはアンチブルブラッドの煙幕弾が装填されており、この時それは正常に作動した。

 

 血塊炉を用いる誘導兵装ならばこれで眩惑出来るはず。そう判じていたバーゴイル乗り二人はほとんど誤差もなく、高出力のリバウンドエネルギーの束がすぐ傍を掠めたのに背筋を凍らせた。

 

『どうして……、ロックオン出来ないはずだ!』

 

『それに……こんな素早く装填なんて現状の人機では……。どういう兵器の理屈だって言うんだ!』

 

 逃げ出そうと姿勢制御バーニアに火を点け、身を翻したバーゴイルの背筋を再発射された光線が破る。

 

 超電磁リバウンドの羽根をもがれた形のバーゴイルが手足をばたつかせて宙域をもがいた。上へ下へと流れていく視界の中、四枚の甲殻を翼のように展開した敵機が甲殻の外側から誘導兵器を掃射していた。

 

 アンチブルブラッドの煙幕を貫通したミサイルが突き刺さり、内側から装甲に潜り込んで爆ぜさせる。

 

『この兵器は……ブルブラッド内蔵連鎖炸薬? こんなもの、どうやって……!』

 

 そこから先の言葉は爆発の光に遮られていた。

 

 他のバーゴイル乗り達が先行した策敵機の撃墜にうろたえる。

 

『何が起こりやがった!』

 

『モリビトだ! モリビトが来ている!』

 

『単騎だろ、ビビッてるんじゃ――』

 

『ところが、単騎じゃないんだよね』

 

 通信に割って入った少女の声音と共にバーゴイル編隊へと潜り込んでいたのは甲羅付きのモリビトであった。オレンジ色の眼窩を煌かせ、緑色の斧を払う。バーゴイル乗り達が一斉にプレッシャーライフルを引き絞った。中には重火力装備のバーゴイルも編成されていた。

 

 ミサイルや炸裂弾が殺到する先にいたモリビトは巨大な手甲を保持している。全身に纏った鎧をモリビトが内側に引き寄せた。機体を中心軸に保持したまま、装甲板が回転する。

 

 回転軸から電磁が放出されこちらのプレッシャーライフルを弾き返していた。反射された形の火線がそのままバーゴイルを焼き払っていく。

 

『リバウンドフォール……。まさかあの機体、全身がリバウンド装甲で出来ているのか!』

 

 生き残ったバーゴイルへと回転をやめたモリビトが睨み据える。

 

 否、リバウンド装甲だけに非ず。

 

 内側からせり上がった装甲の継ぎ目にはミサイル弾頭が密集している。

 

 まず手甲から放たれたミサイルが青白い軌跡を描いてバーゴイルへと発射された。激しく推進剤を焚いて逃げおおせようとするバーゴイルだが、それでも敵の誘導兵器の速度が遥かに凌駕している。

 

 抵抗虚しく、機体が爆発の炎に抱かれ、一条の光線に血塊炉が貫かれる。

 

 幾重にも装甲を着込んだ重装備のモリビトは内側に精密狙撃用のライフルを抱えていた。

 

『こいつ……どれだけ武器があるって言うんだ!』

 

『さぁ! 存分に驚いてくれよ。それでこそ、この機体の華々しい初陣になる! ボクと、《モリビトイドラオルガノンカーディガン》の!』

 

 甲羅が拡張し、手足に仕込まれた砲弾や銃弾が全宙域を照準する。ロックオンの警告が幾重にも響いたのは地獄としか言いようがなかった。

 

『マルチロックオン、フルバースト!』

 

 放たれたミサイルや銃弾が幾何学の軌道を描いてスカーレットを守っていた機体達を灰塵に帰していく。

 

 逃れる術を持たず、バーゴイルの十機編隊近い精鋭部隊はことごとく破壊と蹂躙に踏み潰されていた。

 

『くそっ……だったら!』

 

 一機のバーゴイルが殺到するミサイルから逃れ、推進剤を全開にしてもう一機のモリビトへと駆け抜けていく。

 

『こっちを潰すまでだ!』

 

 引き抜いたプラズマソードが青く輝きを刻みながら白亜の翼を広げたモリビトへと振るい落とされた。

 

 剣筋と砲門が干渉し、火花を散らす。

 

『それだけ大振りならば!』

 

 プラズマソードを捨て、バーゴイルがモリビトの背後へと回り込んだ。確実に死角だと判じたバーゴイル乗りの眼前に迫っていたのは甲殻の翼の内側より迫る無数の支持アームであった。

 

『隠し腕、だとぉっ!』

 

 支持アームがバーゴイルを押さえ込む。細腕の支持アームでありながらがっちりとくわえ込んでおり、バーゴイルには逃れる術がなかった。

 

 そのまま振り返ったモリビトがゆっくりとリバウンドの砲門を頭部コックピットへと向ける。

 

『や、やめろぉっ!』

 

『やめろと言われて、止めていたんじゃ、もうとっくにやめているわよ』

 

 内側からリバウンドエネルギーが充填され、直後、放たれた光の瀑布によってバーゴイルの上半身は跡形もなく蒸発していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えっげつないの、桃姉』

 

 通信網に聞こえてきた林檎の囃し声に冷静に返す。

 

「聞こえているわよ、林檎」

 

『あっ……ゴメン』

 

『林檎ってば、いくらリバウンド装甲が理論上は無敵だからって、無茶しすぎだよ。こんなんじゃどれだけ敵をさばけばいいのか分からない』

 

 蜜柑の苦言に林檎は口笛を吹かす。

 

『勝ったからいいじゃん』

 

 そう口にするだけの事はあって、装甲を多重に纏ったように映る《イドラオルガノン》は周囲一帯の敵を確実に潰していた。

 

 自分は、と言えば未だに機体制御にばかり時間を割く。

 

 コンソール上の数値と、実際の機体の流れ方では随分と差があった。

 

「急造品、って茉莉花は言っていたけれど、その通りみたいね。この多重装甲」

 

《ナインライヴス》を保護する形で四枚の翼型のバインダーが伸びている。甲殻のように堅牢な防御を約束する形には意図があるそうだ。

 

 曰く、「砲撃特化の《ナインライヴス》の長期運用に耐え得る装備」と。

 

「拠点制圧用って言っても、限度があるからって言ったんだけれど、それも込みで解決してくれたってわけ。恐れ入るわ。この四枚のバインダー、サブ血塊炉が入っている。お陰様で《ナインライヴス》に今までつき物だった貧血はまるで兆候もなし。加えてRランチャーの次弾装填までの時間の極限までの短縮に、速射モードの追加……」

 

 ため息が漏れる。ここまで至れり尽くせりだと作戦失敗などしてくれるな、と圧力をかけられているようであった。

 

『いい事尽くめじゃん。さぁーて。止めよっか。まずは生き残ったスカーレットを』

 

《イドラオルガノン》が攻撃を加えようと構えるがバーゴイルスカーレットは身動きさえもしない。

 

 やはり読み通りの無人機。さらに言えば、咄嗟の回避運動も出来やしない。

 

「……林檎。手はず通りに行くわよ。クロが月面で相当に頑張ってくれたはずだから、《モリビトルナティック》は損耗しているはず」

 

『どうかな? 全然食らっていないかもよ?』

 

 先ほど鉄菜よりメールが入っていた。そこには敵機の損耗率と、撃ち漏らしたという事実が列挙されていたが、林檎達にはあえて共有化していない。知らないほうがいい真実もある。

 

 彼女らの闘争の種を教育係である自分が作ってどうするというのだ。

 

 嘆息を漏らし、桃は《ナインライヴス》の新たなる姿の名を紡いだ。

 

「《モリビトナインライヴスピューパ》。これより惑星圏内に入るであろう、《モリビトルナティック》の迎撃を行う。そのためには、各所に配置されたバーゴイルスカーレットの確保」

 

《イドラオルガノン》が用意されていた推進装置をスカーレットに装備させていた。静かに戦局を離れていくスカーレットを見送りながら、桃は《ナインライヴス》を支える四枚の翼を内側に固定させる。

 

 まさしく「繭」の様相を呈した《ナインライヴス》は甲殻に備え付けられている補助推進バーニアに点火する。直後、宇宙の常闇を弾丸のように疾走した。

 

《ナインライヴス》の機動性能の確保。それもこの《ナインライヴスピューパ》の課題であった。今までの機体では砲撃位置につく事さえも難しかった《ナインライヴス》にとって、一気に距離を詰められるこの追加装備はまさしく理想である。

 

 加えて言うのならば、甲殻じみた追加装甲は飾りではない。

 

 敵の集積地点がぐんぐんと迫ってくる。今度はバーゴイルなどという生易しい敵ではなかった。

 

「……予測ポイントまで残り二十セコンド。《ナインライヴスピューパ》。このまま突っ切る!」

 

《スロウストウジャ弐式》部隊がプレッシャーライフルを構えていた。矢継ぎ早に発射された光条を装甲が弾いていく。暗礁の宇宙に火線が舞い遊んだ。

 

 その中心地に向けて放たれていく繭の形状をした《ナインライヴス》が一気に敵地のど真ん中で制動用の推進剤を焚いた。

 

 急速に胃の腑を押し上げるGはこれでも軽減したほうだという。それでも、桃は一瞬のブラックアウトは余儀なくされた。

 

 奥歯を噛み締め、《ナインライヴス》の甲殻を開く。四枚の羽根を慣性機動に用いて《ナインライヴス》は四方八方を《スロウストウジャ弐式》に囲まれた宙域でRランチャーを保持していた。

 

「……照準、発射!」

 

 放たれたリバウンドの光軸をそのまま薙ぎ払う。何機かの敵人機は巻き込めたもののやはりアンヘルの精鋭となれば話は違ってくる。上方と下方に散開し、それぞれの角度からこちらを狙い澄ましてくる速度も精密さも健在。

 

 自分は格好の獲物だろう。敵陣にむざむざ飛び込んだ馬鹿に見えたかもしれない。

 

「――でも、残念ね。今回ばかりは! 獲物はそちらよ! 《ナインライヴスピューパ》!」

 

 手に保持されているRランチャーを支持アームが肩代わりし、代わりに甲殻の内側より引き出したのはRハンドガンである。取り回しの強い銃撃が敵人機を打ち据えた。四方八方を敵に囲まれた中で、弾幕が張られ敵をうろたえさせる。

 

 支持アームがRランチャーを放射する。桃は別窓を開き、バインダー内部より新たな武装を取り出していた。

 

 四枚のバインダーの内側で四つに分割された武装が連結されていく。合体を果たしたのは《ナインライヴス》の全長を凌駕するほどの大砲門。

 

「Rハイメガランチャー。敵人機部隊を一掃する!」

 

 Rハイメガランチャーの内側に赤と青の輝きが充填されていき、直後、広大な爆炎が敵人機部隊を焼き払った。

 

 無数の光の輪を発生させながら、《ナインライヴス》が敵を撃墜していく。無論、敵からの応戦の銃撃はあったが、それらを防御せしめたのは甲殻の防御力である。

 

「嘗めないでよね。リバウンドフィールド装甲を!」

 

 自動防衛システムが《ナインライヴス》に鉄壁の防御を敷き、全く別方向を射抜くRランチャーの勢い共々に押され、敵の部隊が退いていく。

 

 ハンドサインを送りつつ撤退する敵機に追いすがるほどの執念はない。

 

「いい子。これで、敵の包囲は取り払った。スカーレットを確保に入る」

 

 予想通り、敵陣の只中にバーゴイルスカーレットが用意されていた。桃は息をついて次のポイントへと指示を飛ばす。

 

「林檎、あと一ポイント。それさえ押さえれば」

 

『ボクらの勝ちでしょ? 案外、余裕じゃん。《イドラオルガノンカーディガン》! 敵陣に分け入る!』

 

《イドラオルガノン》がまだ敵の包囲の強い場所へとその重装備を感じさせない機動力で割って入った。敵人機からのプレッシャーライフルの洗礼に、リバウンドの装甲板を輝かせて反射攻撃を行う。

 

『リバウンド、フォール!』

 

 跳ね返った銃撃を受けたのはしかし数機程度。やはり熟練度の域においてアンヘルを凌駕するのはまだ難しそうだ。

 

「でも、これで二個の爆弾はモモ達の管理下に入った。茉莉花、そっちでモニター出来る範囲には?」

 

 通信を繋いだ茉莉花が忙しくキーを打ちつつ応対する。

 

『あと一個……のはずよ。少なくとも急造品で用意出来る数としては、ね』

 

 含むところのある声音に桃は尋ね返していた。

 

「……隠し玉の存在を?」

 

『否定は出来ない。三つ押さえれば終わり、なんて都合よく話が進むともね。それでも、こっちでは充分に計算をしているんだけれど……バベルの概算する距離があまりにも離れていて……』

 

「《モリビトルナティック》は、まだ有視界には入らないわ。クロは結構……」

 

『エクステンドディバイダーを使ったんだし、それなりの戦果は、ね。ただ、それでも《イクシオンアルファ》を振り払えなかったのは痛いけれど』

 

 今の《モリビトシンス》の援護は得られまい。桃はRハイメガランチャーの次弾を装填し、焼き切れたヒューズを交換する。

 

 撃鉄を起こし、いつでも戦闘部隊が現れてもいいように準備する。平時より数倍のパフォーマンスを実行する《ナインライヴス》はほとんど息切れ状態だ。このままでは全システムの掌握も儘ならない。

 

「……まだまだ、慣れてはくれないか」

 

 それでも、可能性を手に入れられただけマシだ。《ナインライヴスピューパ》ならば最大出力でRハイメガランチャーを照射すれば《モリビトルナティック》を破砕出来る試算はある。

 

 問題なのは目標の損耗率と、こちらの状況。アンヘルの第一隊は撤退に入ったが、《イドラオルガノン》が戦っている第二布陣だけで終わるとも思えない。

 

 必ず、本隊がやってくるはず。

 

 それに備えなければ、今は戦い抜いたとは言えない。

 

 桃はRハイメガランチャーを携え、戦場を睨んだ。

 

「……必ず、戦い抜いてみせる」

 

 


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