ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯239 エクステンドディバイダー

 ゴロウが投射画面を切り替え、《モリビトルナティック》の断面図を全員に同期させた。

 

 十字架の断面にはいくつかの血塊炉の固有反応がある。

 

「見ての通り、あれは十基前後のサブ血塊炉と、六基相当のメイン血塊炉で成り立っている。……脅威で言えば六年前のキリビトを軽く凌駕する存在だ」

 

 送信されてきた資料に鉄菜は眉根を寄せた。

 

「破壊は不可能だと?」

 

「そうでもない。リバウンドフィールドさえ無効化すれば、通常人機と同じ装甲の厚さのはず。壊せない道理はない」

 

『だがそれは、数値上の話だ。実際にあれを完全に粉砕し、地上への衝撃を限りなくゼロにしようと思えば、相当な熱量の爆薬が必要になるだろう』

 

「それこそ……地上を覆ってみせたあの血塊炉の爆弾ほどには、ね……。悔しいが一歩先を行かれているのは確かなんだ」

 

 地上勢力の放った爆弾の威力は正しく《モリビトルナティック》を破壊せしめるだろう。その結論に桃は手を挙げていた。

 

「でも……それじゃあモモ達の意味はないんじゃ? ……モリビトでも破壊は難しいんでしょう?」

 

『普通にやるのならば、な。モリビトにおける対人機戦闘で今までの火力には限度があった。高火力が強みであるはずの《ナインライヴス》でさえ、前回、Rランチャーの最大出力を弾かれたデータがある』

 

 その言葉に桃は苦味を噛み締めた様子である。弾いた機体はイクシオンフレームであった。

 

「……悔しいけれど、一手ずつ、私達は追い込まれていると思っていい。それくらい慎重じゃないと読み負ける」

 

 ニナイの総括に林檎が声を上げる。

 

「じゃあどうしろって? 分かんないんだったら作戦会議じゃないじゃん」

 

「そうね。分からないのならば、ね」

 

 含みのある言い方の茉莉花に鉄菜は問いかけていた。

 

「当てはあるんだな?」

 

「当然。プラントを一日でも占拠出来れば軽いものよ。ここには血塊炉が揃っている。加えて必要な資財も。実行するわ。モリビトタイプのセカンドステージ案を」

 

 茉莉花が手を払うとモリビトの強化案を示した図柄が次々と投影されていく。それら一つ一つに、タキザワは感嘆する。

 

「よくやるよ、まったく。つい数時間前に占拠したと思ったらここまで?」

 

「設計図は元から練ってあったからね。プラント設備は思ったよりも円滑にその案を推進出来るほどの代物だった」

 

 胸を反らす茉莉花に蜜柑がおずおずと手を挙げる。

 

「でもこれ……。半分の完成度って書いてありますけれど……」

 

 その言葉に茉莉花は肩を竦めた。

 

「時間の制約。その中で最高のパフォーマンスを、って言えば、やっぱり五割以下に成っちゃう。難しいところだったわ」

 

 セカンドステージ案が実行されたと言っても五割を切る程度。それでこのうねりを止められるのか、という懸念を抱いていたのは自分だけではないらしい。

 

「あのさぁ、こんなんで止められるの? 実際使えなかった、じゃ済まされないんでしょ?」

 

「同感。これを実行したとして、今次作戦の成功如何はどこに?」

 

 詰問に茉莉花はこきりと首を鳴らす。

 

「それは、あなた達にかかっているのよ。モリビトの執行者さん達」

 

「私達に? だが、五割以下のセカンドステージ案では」

 

「実行不可? まさかそこまで弱り切っていないわよね? だって今まで、どんな逆境も乗り越えてきたんですもの。まさかこの程度で音を上げるとでも?」

 

 安い挑発だ。乗るまでもない、と断じたのは自分と桃だけで、林檎は食らいついていた。

 

「何言って! 外野はいっつも見てるだけじゃんか!」

 

「そう、見てるだけよ。でも見ているなりに気づける事はある。ニナイ艦長、今回の作戦概要の説明を。……吾が話すとどうしても噛み付くみたいだからね」

 

 仕方なしという形でニナイが歩み出る。投射画面には《モリビトルナティック》の軌道予測データが表示されていた。

 

「この軌道で落ちていくのはほとんど確定のようなもの。だからこの予測進路を阻む。ただし、これには厳重なタイムリミットが」

 

 予測時間はたったの三時間であった。そんな早く惑星に到達すると言うのか。

 

「速過ぎない? だって、《ゴフェル》で月まで行くのにほとんど半日もかかったのに」

 

「いいえ、これが正しい試算よ。もっと言えば、正しい試算よりも少しばかり早めただけ。これに近い速度で相手は惑星外縁に入ると思っていい」

 

「その論拠は?」

 

 桃の問いかけにニナイは先ほどの断面図を呼び出していた。

 

「六基のメイン血塊炉と十基前後のサブ血塊炉の存在。《ゴフェル》だってほとんどコスモブルブラッドエンジン三基で動いているに近いのに、相手は純正血塊炉でそれも六基。さらにそれを補助する形で十基近く。……単純計算でも《ゴフェル》より足が速いはず」

 

「その数値は僕が導き出した。間違いではないと思う」

 

 タキザワの確証も得てニナイは一つ頷く。

 

「艦より速い質量兵器か……。だが、だとすれば余計に追いつく術はないんじゃ? 一度でも点火されれば」

 

 人機程度の速度、すぐに追い越してしまうだろう。ニナイは視線を自分へと向け直した。

 

「だからこそ、今回のミッションは二段構えにする。まず鉄菜、あなたは《モリビトルナティック》の第一次破壊任務についてもらいます」

 

 その発言に林檎が噛み付いていた。

 

「ちょっと待ってよ! ボクらは度外視だって言うの!」

 

「話を最後まで聞きなさい、林檎。考えが……あるのよね?」

 

 制した桃にニナイは別の経路図を投影させる。

 

「地上から既に何機か上げられているという情報もある。モリビト三機のうち二機はブルブラッドの爆弾の起爆阻止に向かってもらいます」

 

「起爆阻止……。でもそんなの、ボクらの任務じゃ――」

 

「林檎、作戦説明中よ」

 

「でもさ! 起爆阻止って事はデカブツの破壊には参加出来ないって事じゃん!」

 

 どうやら林檎の中では《モリビトルナティック》の破壊にかける情熱が高いようだ。それともこれが大きな貢献度を持っているのだと理解して口にしているのだろうか。

 

 組織の中で自分達の優位性を高めるのには、確かに大質量兵器の破壊は急務である。

 

「林檎……これも大事なの。私達の目的はそもそも、上が作り上げようとしているシナリオの阻止にある。このままじゃ、宇宙対地上という盤面に踊らされるだけじゃない。私達《ゴフェル》のブルブラッドキャリアにばかり矢面に立たされて、上は戦力が出揃うまでの静観を決め込むつもりよ。そうなってしまえば全てがお終い。いい? 私達は生き残る。そして、この計画を打破する」

 

 ニナイのいつになく強気な声音に林檎は気圧された様子であった。

 

「……それでも、ボクと《イドラオルガノン》のほうが強いはずなんだ……」

 

 抗弁のように発せられた言葉を茉莉花が拾い上げた。

 

「そうね。《イドラオルガノン》には期待している。セカンドステージ案で最も機体のスペックが向上するのは《イドラオルガノン》と出た。ゆえに、なのよ、ミキタカ姉妹。あなた達の本当の性能を示すのはまだここじゃないって話」

 

「……上手い事転がそうたって……」

 

「そう? 個人的には割と本当に期待しているのよ? 換装自在であった《イドラオルガノン》、それがもし、換装時のロスもなく全ての状況に順応出来れば、って。そう思った事はない?」

 

《イドラオルガノン》のフルスペック形態。その予感に林檎は目を開いて打ち震えたようであった。自分の機体が強くなるという感覚に昂揚するのは鉄菜でも分かる。

 

「だが、爆弾を阻止するのと敵機の落下阻止、両方を同時に実行するのには無理がある」

 

「そうね。でも、《モリビトシンス》には既にその手は打ってあるとすれば? 後はあなた次第に、もうなっているのよ」

 

 茉莉花の不敵な笑みに鉄菜は自分の機体に何か仕掛けられたのでは、と胡乱そうに見据える。

 

「……何をした?」

 

「害になる事は何も。ただ、確実に強くなっているわよ。あなたのモリビトはね」

 

 そういえば、と鉄菜は思い返す。前回、《イクシオンアルファ》に両断されたと感じた直後に発生した現象に関して、茉莉花にも、ましてやニナイ達にも話していなかった。タキザワくらいには話を通しておくべきだろうか、と考えあぐねている間にこの状況になったのだ。

時間が余った時でいいだろう、と鉄菜は判断する。

 

「《クリオネルディバイダー》に搭乗してもらう事になるけれど、いいわよね? 瑞葉」

 

 突然に名前を呼ばれ、瑞葉は困惑した様子であった。それも仕方ないだろう。前回、成り行きとは言えかつての自分の乗機との戦いがあった。戦地に再び舞い戻るのには迷いがあってもおかしくはない。

 

「わたしは……きっちりサポート出来るのか……」

 

「出来るわよ。《クリオネルディバイダー》側に誰か乗っていないと逆にどうしようもないもの。今回の作戦の要には、ね」

 

 作戦の要。鉄菜は問い返していた。

 

「何が出来る?」

 

 茉莉花は一拍置いた後にふふんと鼻を鳴らす。

 

「あなた達は多分、聞いて驚くし実際に使ってみても驚く。《クリオネルディバイダー》の真の価値――エクステンドディバイダーにはね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火線が幾重にもこちらを追い込もうとする。鉄菜は機体の両翼を広げて追尾性能を持つリバウンドの光条を追いやっていた。

 

 いくつかの光線は追尾性能を失い、月面に激突する。粉塵が上がる中、機体を翻させてその皮膜を引き裂いた。

 

《モリビトルナティック》はこちらの排除にかまけているだけの時間もないはずだ。本隊の目論見がこの人機の落下にあるとなれば、あまり時間は割きたくないはず。

 

「……取りにかかるぞ」

 

 その声に《クリオネルディバイダー》に収まった瑞葉とゴロウが応じていた。

 

『……了解した。クロナ。でもあの機体、あまりにも』

 

『取り回しが悪そう、だな』

 

 それに関しては同意であった。側面に備え付けられている大口径の連装リバウンド砲は強大な武装ではあるが、一定以上の機能を持つ人機には通用しまい。ある意味では型落ち機の烙印を押されてもいい性能の《モリビトルナティック》を、このまま何の弊害もなく、惑星へと落とすというのか。

 

 それはあまりにも……。

 

「……短絡的。いや、向こう見ずだ。これでは、本隊の計画も成功するまい」

 

『じゃあ、やっぱり最初から……?』

 

 最初から地上との戦争状態を作り出すための詭弁か。あるいは他に何か……。探っていた鉄菜は《モリビトルナティック》の背面が開いたのを目にしていた。

 

「推進剤……! 移動を始めるつもりか」

 

 予定軌道に回り込んでその気勢を削ぐ。《モリビトシンス》が最大出力で敵機の前方へと位置し、予定されていた攻撃の準備を始めようとした。

 

 その時である。

 

 高熱源反応の警告が劈き、鉄菜は機体を後退させていた。

 

 熱源反応に目線を振り向けると、リバウンドの光軸が常闇に光の軌跡を刻み込む。

 

 機体識別に鉄菜は歯噛みした。

 

「《イクシオンアルファ》……。やはり……そういう事か」

 

『ご推察どうも! こちらとて、ただ闇雲に仕掛けたわけじゃないんですよ!』

 

 前回、墜とした機体が装備を新たにしてこちらへとプレッシャーソードを見舞う。浴びせかけられた斬撃に鉄菜はRシェルソードで受けていた。

 

 干渉波のスパークが散る中で問い質す。

 

「お前らは……、最初から《モリビトルナティック》の落下を……!」

 

『知っていましたとも。それこそが、真の意味での統治が近くなる!』

 

 応じる相手に鉄菜は苦味を噛み締める。

 

 茉莉花の推測の一つが当たった事になった。

 

「……単騎戦力でどれほど勝っていようとも、《モリビトルナティック》の落着をそれだけで遂行出来るとは思えない。どこかで糸を引いている第三者がいるという見立ては、当たったようだな」

 

『へぇ……作戦を予期出来るくらいの頭は残っているんですか。そちらにも。ですが! こちらは虐殺天使の上を行く、大天使ィッ!』

 

《イクシオンアルファ》が剣筋を払う。鉄菜は弾かせてからRシェルライフルへと可変させ、銃撃を浴びせかけた。《イクシオンアルファ》はその疾駆に似合う機動力で攻撃を回避する。

 

「……アムニスか」

 

『知っているのならば話は早いですねェッ! アムニスの序列三位、シェムハザ! 前回の雪辱、晴らさせてもらいますよ!』

 

《イクシオンアルファ》が接近しプレッシャーソードを下段より払い上げる。その剣を打ち合わせ、鉄菜は右の盾に連動する高出力リバウンド砲を充填させた。《クリオネルディバイダー》の両翼に取り付けられたリバウンド砲身が火を噴き《イクシオンアルファ》へと光軸を見舞う。

 

 その軌道を読んだ相手が上方へと駆け上がっていき、真上からリバウンドの低出力連装砲を照射した。

 

 盾で受け流しつつ、《モリビトシンス》を相手の速度に合わせる。その間にも目標は移動を開始する。

 

 鉄菜は舌打ち混じりに盾を払った。優先度では確実に《モリビトルナティック》が勝っている。今は、《イクシオンアルファ》を相手取っている場合ではない。

 

 再び巨大な機体へと近づこうとした《モリビトシンス》の肩口を《イクシオンアルファ》が引っ掴んだ。

 

『機動力ではこちらのほうが上のようですね!』

 

「……しつこさ、の間違いだろう!」

 

 振り返り様に一閃。それを相手は距離を取って回避し、銃撃網を張る。一瞬だけ視野が眩惑されたその隙を逃さず、敵機は肩から追突を極めていた。

 

 衝撃にリニアシートのエアバックが起動する。瑞葉の呻き声が通信に入り混じった。彼女は随分と戦地に出ていないはずだ。これほどの密度の戦いは恐ろしく集中力を要するはず。

 

 消耗は避けたい、と鉄菜は左手を《クリオネルディバイダー》の下部へと伸ばす。こちらの射程を予見した敵機が上方へと逃れた。

 

 瞬時に引き抜いたリバウンドディバイダーソードの剣筋が何もない空を裂く。

 

『二度も同じ手が! 通用するとお思いですか!』

 

 プレッシャーソードを発振させた敵人機が一挙に接近する。RDソードでの射程はまだ自分も慣れていない。基本はRシェルソードで受け流しつつの隙を狙うしかないのだが、《イクシオンアルファ》にはその隙がまるで存在しなかった。

 

 腹腔を蹴りつけられ、プレッシャーソードが頭上に迫る。おっとり刀の後退用の推進剤を全開にし、敵の剣筋を逃れた。すぐさま切り返すが、やはりというべきか刃が読まれている。

 

 余裕で回避した敵機が間断のない弾幕を張り、《モリビトシンス》を翻弄する。

 

『そっちのほうが優れているわけがないでしょう。我々は執行者を越えるために造られた! 最上の天使!』

 

 声と共に一閃が浴びせかけられる。左側の盾で受けたが、それでも受け流しきれなかった衝撃が《モリビトシンス》を後退させた。

 

『クロナ! 《モリビトルナティック》が……!』

 

 月軌道より離れていく相手を逃がすわけにはいかない。しかし眼前に迫るのは《イクシオンアルファ》の攻撃。

 

 鉄菜は刃が差し迫った瞬間に、フットペダルを踏み込んでいた。機体を仰け反らせ、軋んだ刹那には相手の射線を飛び越えている。

 

『ファントムか!』

 

 一発限りしか使えない手であったが、鉄菜は《イクシオンアルファ》の射程からようやく逃れていた。すぐさま《モリビトルナティック》の針路に戻ろうとするが、やはりというべきか、その推進力にはまるで敵わない。

 

『クロナ……このままでは』

 

 瑞葉の懸念ももっともだ。だからこそ、ここで出し惜しみをするつもりはなかった。

 

「……ミズハ、ゴロウ。エクステンドチャージを使う。システム補助を!」

 

 言うが早いか、《モリビトシンス》は黄金の輝きに包まれていた。眼窩が赤く染まり、瞬時に空間を飛び越える。だがそれだけの速度でも《モリビトルナティック》の高推進力を超える事は出来なかった。

 

 否、本懐は相手を超える事に非ず。

 

『システムクリア。……充填完了! クロナ!』

 

 瑞葉の声に鉄菜は右手のRシェルソードをウエポンラックに仕舞い込む。《クリオネルディバイダー》が拡張し、下部より照準補正用のアームが出現した。アームと右手のマニピュレーターを繋ぎ合わせた途端、全天候周モニターが変化する。高精度照準モードに入った《モリビトシンス》がその矛先を《モリビトルナティック》の背面へと向けた。

 

『させませんよ! 砲撃なんて!』

 

《イクシオンアルファ》が弾丸の勢いでこちらへと迫る。時間もない。鉄菜は右手側のアームレイカーを握り締め、内部に格納されているボタンへと一定のコードを押し込んだ。隠しコードが照合され、《モリビトシンス》の黄金が右側へと充填される。《クリオネルディバイダー》が灼熱に爛れたような純金を纏い、《モリビトシンス》が右手を大きく掲げた。赤く煮え滾った《モリビトシンス》の右盾がリバウンドの瀑布を帯びる。《イクシオンアルファ》からシェムハザが舌打ちを漏らしつつ、リバウンドの砲撃を浴びせかけようとした。

 

「ミズハ! 《モリビトルナティック》撃墜に神経を集中する! 守りは」

 

『任された』

 

『分かっている! 砲撃を仕返すのみ!』

 

《クリオネルディバイダー》の両翼が可変し、リバウンドの砲門が《イクシオンアルファ》を引き剥がす。加えて展開した一時的なリバウンドフォールが相手の猛攻を跳ね返した。

 

『リバウンドフォール……! モリビトの名前に恥じない程度ではある、というわけですか』

 

 システムが出力値臨界を示す中、鉄菜は腹腔より叫んでいた。

 

「エクステンド――ディバイダー!」

 

 放出された赤熱の輝きが《モリビトルナティック》の背筋を割らんと迫る。しかしながらその先端は虚しく空を穿った。

 

『残念ですね! そんなんじゃ、如何に《モリビトルナティック》の図体が大きくたって! 狙い撃つ側の照準精度の粗さじゃ!』

 

《イクシオンアルファ》が再接近を試みようと推進剤を煌かせる。鉄菜は放出した赤いリバウンド力場に対して、アームレイカーを引き上げ、眼前へと掲げた。

 

 シェムハザが消滅しない砲撃の余波に疑念を抱く。

 

『砲撃にしては……随分と残留するリバウンドのエネルギーが……』

 

 疑念を払拭させる前に鉄菜はアームレイカーを押し上げていた。赤熱の輝きがじりじりと動いていく。

 

 砲撃に見えたその瞬きが凝結し、一振りの刃と化した。

 

『砲撃じゃ……ない? これは……リバウンドソードだと言うのか!』

 

 雄叫びを上げ、エクステンドディバイダー――超高出力のリバウンドソードを払おうとする。《イクシオンアルファ》はあまりにも不用意に近づいていたのだろう。

 

 その機体が掠めただけで装甲を磨耗させる。

 

『この熱量……! 射線に近いだけでダメージがあるなんて』

 

《イクシオンアルファ》が制動用の推進剤を全開にして離れていく。赤熱のリバウンドの剣を鉄菜は《モリビトルナティック》の背面に向けて打ち下ろしていた。

 

 十字架の機体に亀裂が走る。

 

 着弾の手応えにそのまま引きずり落とそうとして敵人機の側面武装格納庫が開いたのを目にしていた。

 

 こちらへと注がれるオレンジ色の軌道光条弾。

 

 このまま攻撃を敢行すべきか。あるいは一度離脱して様子を見るべきか――。

 

 そのような迷いが脳裏を掠めたのも一瞬。鉄菜は奥歯を噛み締めていた。

 

「……私は、逃げない。逃げないと、決めた!」

 

 高出力Rソードが十字架を叩き割ろうとする。このままあと十秒もすれば確実に両断出来るだろう。だが、問題なのは出力臨界と敵から殺到するリバウンドの散弾の雨。

 

 エクステンドディバイダーはそうでなくとも血塊炉に負担をかける。ちょっとばかし安定圏に入ったとは言えまだ《モリビトシンス》そのものが危うい代物だ。このまま敵の攻撃を受ければ、それこそ撃墜もあり得るだろう。

 

『クロナ! リバウンドフォールで防ぎ切ろうにも、この数じゃ……!』

 

『手数は相手が圧倒的だな。リバウンドフォールでは弾き切れないのが簡単に概算しても四十発以上はある。《モリビトシンス》は耐え切れないぞ』

 

 瑞葉とゴロウの声に鉄菜はもう少しで敵の核に至るであろう刃を収縮させた。

 

 霧散するエネルギー波に《モリビトシンス》が挙動する。両翼を拡張させて敵の追尾弾幕から逃れていった。

 

 しかしそれは同時に、《モリビトルナティック》に追い討ちをかけるだけの時間を帳消しにした事実に直結する。

 

 散弾が消滅してから鉄菜は繋いでいた。

 

「ゴロウ……敵の損耗率」

 

『三十パーセント以下だ。予測されていた損耗率との誤差はマイナス二十。これでは惑星圏へとそのまま《モリビトルナティック》は墜落する』

 

 そうなれば、訪れる悲劇は推し量るまでもない。鉄菜はアームレイカーを握り締め、ぐっと悔恨を噛み締めていた。

 

 何も出来なかったわけではない。それでも自分の役目はここまでであった、という事実は消せないのだ。

 

『……クロナ。でも《イクシオンアルファ》が出てきたのに比べればこれでも善戦のはず』

 

 伏兵の存在は予見されていたがまさかイクシオンフレームだとは。鉄菜は宙域に視線を走らせる。

 

 デブリが舞う常闇で《イクシオンアルファ》が狙いをつけているのが窺えた。

 

 先ほどのエクステンドディバイダー、通常の読みならばここでただ単に逃げに徹するはずもない。相手がそれなりの野心の持ち主ならば――。

 

 刹那、肌を粟立たせた殺意の波と共に激しくリバウンドの光条が暗礁を引き裂いていく。

 

《モリビトシンス》で下方に逃れた鉄菜は真正面に位置取っている敵機を見据えていた。

 

『先ほどの攻撃……驚かされましたよ。まさかそこまでの性能だとはね。ですが! あれほどの高出力リバウンド兵器! リスクがないわけもなし!』

 

 鉄菜は翼の下にマウントされていたRシェルソードを引き抜く。相手も抜刀し、こちらへと一挙に距離を詰めてきた。

 

 上段よりの打ち下ろした刃を《モリビトシンス》が受け止める。干渉波が瞬く間にも敵の哄笑は止まない。

 

『勝った! 我が方の作戦があなた達を凌駕した!』

 

《モリビトルナティック》は降下軌道に入っている。このままでは惑星圏の重力に間もなく抱かれるであろう。

 

「……一つ、聞きたい。お前達を動かしている大元は、何のために執行者相当の人造血続を造った?」

 

 鍔迫り合いを繰り広げる中、相手が通信先でフッと笑ったのが伝わる。

 

『血続? 執行者? 何を勘違いなさっているんです?』

 

「何だと?」

 

《イクシオンアルファ》が機体を翻し、振り返り様の浴びせ蹴りを見舞う。よろめいた《モリビトシンス》へと下段から刃が迫った。即座に距離を取り、Rシェルライフルを引き絞ろうとして敵機が刃で無理やり銃口を逸らす。

 

『我々は血続ではないのですよ。そうですね……分かりやすく言えば旧時代の遺物。天使達をより高次に達する事の出来た存在とでも言いましょうか』

 

「答えになっていないが、それでもいいんだな?」

 

 問い返した鉄菜にシェムハザが高笑いを上げる。

 

『何が! ここで墜ちるあなたに選択権など!』

 

 打突の構えを取った《イクシオンアルファ》に鉄菜は咄嗟にアームレイカーを引いていた。半身になった《モリビトシンス》が刃を紙一重でかわす。交差したRシェルソードが相手のプレッシャーソードを弾き落とした。

 

 突然の事に敵は状況認識すら遅れているようであった。鉄菜は言い放つ。

 

「――ここで貴様を、撃墜しても。《モリビトシンス》、目標を……!」

 

 振るい上げたRシェルソードの切っ先に《イクシオンアルファ》が右腕をパージする。外された腕から煙幕が舞い上がった。

 

『スモーク! ……ここでは逃げに徹しさせてもらいましょう。嘗めていると怪我をしそうだ』

 

 舌打ちした鉄菜はそのまま刃を打ち下ろす。しかし、もう《イクシオンアルファ》の機影は見当たらなかった。

 

 周囲を見渡し、完全に敵機が消え去った事と、迎撃目標を射程より逃した事を痛感する。

 

「……ミッション失敗」

 

 滲んだ悔恨に鉄菜は怒りを吐き捨てるよりも、今は次の一手を信じる事に決めていた。

 

 元々、自分一人であれだけの質量を破壊出来るとは想定されていない。

 

『あとは……《ナインライヴス》と《イドラオルガノン》に任せるしかない、か』

 

 こぼしたゴロウに鉄菜は呻くのみであった。

 

 


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