ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

245 / 413
第十三章 天地、縫い止める楔
♯238 月の脅威


 

 威圧される、とはこの事を言うのだろう、と誰かがこぼした。

 

 通信回線に漏れ聞こえた弱音を是正するほど、この編成隊の熟練度は高くはない。元々、前回の衛星での大規模戦闘の残りカスのようなもの。型落ち品に等しいバーゴイルが宙域を青い推進剤の尾を引いて行き交う。

 

 ハンドサインを送った随伴機に彼は素直に感嘆していた。

 

「あれが……ブルブラッドキャリアの衛星兵器……」

 

 予め聞き及んでいたとは言え、実際に会敵すればそのスケール比に眩暈がする。識別情報を《モリビトルナティック》という名称に固定し、バーゴイル乗り達は巨体の周囲を囲い込んだ。

 

 小手調べとしか言いようのない作戦であったがやらないよりかはマシだという上の判断である。二機の先行するバーゴイルがワイヤーを張って《モリビトルナティック》へと肉迫する。

 

『しかし……今さら爆導索なんて通用するのかよ』

 

 弱音も仕方あるまい。三機のモリビトは突如として現れた謎の資源衛星――識別信号「月」の軌道上に浮遊しており、先のブルブラッドキャリアの声明が正しいのならばこれを惑星へと落下させるのだという。

 

 だが、旧ゾル国面のお歴々はどこか悠長であった。

 

 大質量人機を惑星へと落とす、という不可能に近いその夢想めいた作戦に対しての嘗め切った態度というわけではない。むしろ、上層部にしては慎重な体勢を取ったほどだ。

 

 だがやはり、人機を落として何になる、という部分が大きいのは事実。

 

「こんなの惑星に落としたって……リバウンドフィールドが」

 

 そう、惑星を保護する虹色の皮膜。プラネットシェル計画の最たるものであるところのリバウンドフィールドは衛星軌道上からのあらゆる攻撃を無効化する。それはかつて旧時代に隆盛を誇ったミサイル兵器であったり、あるいはコミューンへの高高度爆撃であったりしたのだ。リバウンドフィールドは人類に突きつけられた罪の象徴であり、なおかつこれ以上の過ちを犯させないための安全措置。

 

 人は、惑星の檻の中で睨み合いを続けても、非人道的な攻撃に走る事はなかったのだ。

 

 ブルブラッド大気汚染を宇宙まで持ち込まない、という大義名分を抜きにしても、人はまだ平和的解決の糸口があった。

 

 星の人々はまだ理解があった。

 

 しかし、ブルブラッドキャリア――追放者達は違う。

 

 星の外側で手ぐすねを引いていた者達は惑星の内側で燻る炎に頓着などしない。だから、衛星兵器などを考え出す事が出来る。

 

 そう思わないとやっていけなかった。彼らは本質的に自分達とは「違う」のだと。別種の生物とでも思わなければ。

 

《モリビトルナティック》へと爆導索がかかるまでのリミットが表示される。

 

 あと五秒、と念じた彼は敵人機にワイヤーがかかった途端、爆発の光輪がいくつも数珠繋ぎになったのを目にしていた。

 

 通常の艦隊ならば全滅のレベルに値する炸薬を用いた。それをもってモリビトの破壊は成ったと誰もが確信したはずだ。

 

 敵機健在の報を聞くまでは。

 

「健在? ダメージは?」

 

『見られません! どこにも……。なんていう装甲なんだ……』

 

 こぼしたその声音にワイヤーを手繰っていた二機が周回軌道を描いてモリビトの背面を取った。

 

 保持しているのはプレッシャーライフルである。如何に強靭な装甲といえども、リバウンド兵器の前では無意味のはず。

 

 構えを取った二機がそれぞれ機体の中心軸に向けて引き金を絞った。二つの光条が常闇を裂いていく。

 

 突き刺さった感覚はあった。だが、粉塵の向こう側に現出した虹色の輝きに彼らは瞠目する。

 

『まさか……嘘だろ……! これは、――リバウンドフィールド?』

 

 虹の表皮を纏ったモリビトが十字架の側面より火器を引き出す。繋ぎ合わされた大口径の火器を呆然と見つめていた彼らは直後に襲いかかってきたオレンジ色のリバウンド兵器におっとり刀で対応していた。

 

『散れ、散れーっ! 撃墜されるぞ!』

 

 バーゴイルがそれぞれの軌道を描いて散開するも、オレンジ色の光条はまるで目でもあるかのように人機を追尾する。

 

 一機、また一機と爆発の光に包まれていく中、彼は震える操縦桿を必死に押し留め、バーゴイルを上昇させていた。

 

 それでも追いついてくる。死そのものが。膨大な熱量となって。

 

「嫌だ! 死にたくない! 死にたくない! こんなところで、どうして……」

 

 熱源接近のアラートが喧しく鳴り響く。涙が溢れ、ヘルメットの中を満たした。怨嗟の叫びと懇願の悲鳴がコックピットを塗り固めていく。

 

 高熱源関知、回避不能の文字が大写しになった時、彼は終わりを予見した。

 

 きつく目を瞑ったが、すぐに終わりは訪れなかった。

 

 ああ、これが死ぬ間際の走馬灯という奴か、と彼は死の瀬戸際にしてはあまりに長い時間を感じ取る。

 

 だが、違和感が先についた。

 

 どうして、まだ何も起きない? 目を開き、振り返った彼は一機の不明人機が盾を掲げ、高出力のリバウンド火器を跳ね返したのを視界に入れていた。

 

 識別信号に覚えず声にする。

 

「モリビト……」

 

 両盾のモリビトが右肩に肥大化した盾を担ぎ、十字架のモリビトの攻撃を防ぎ切る。その背中に彼は呆然と見つめるのみであった。

 

 ――まさか、モリビトが自分を守った?

 

 思わぬ事態に脳内が混乱する中、合成音声が繋がれる。

 

『まだ生きているか、バーゴイルの操主。生きているのならばすぐに離脱しろ。お前らでは手に負えない』

 

 淡々と、突き放すかのような物言い。平時ならば噛み付いていてもおかしくはなかったが、今の彼にそこまでの気力はなかった。

 

 戦闘領域を離脱する判断をしたのは何もその言葉に感化されたからだけではない。

 

 自分以外のバーゴイルは全て撃墜されていたからだ。

 

 たった一機、されども惑星を敵に回すと断じた一機にバーゴイル乗り達は矜持を奪われ、その命を散らせていた。

 

 仲間の装甲が宙域を舞うのが視界に入る。

 

 彼は離脱途中、モリビトの背中へと振り返っていた。

 

 あのモリビトもたった一機だ。

 

 たった一機で状況を変えようというのか。

 

 その姿に傲慢さよりも、彼は羨望を見ていた。戦い抜くと決めた者の背中を映し出したモリビトが十字架の人機へと駆け抜けていく。

 

 今は少しでも武運を。そう感じて、静かに敬礼を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《モリビトルナティック》は前回同様、一機のみが稼動している。三機とものリンクが張られているという最悪の想定は免れた形となったか……」

 

 こぼした鉄菜は《モリビトルナティック》がまだ月軌道上から離れていない事を再確認する。

 

『クロナ、この人機、まだ突入軌道には』

 

「ああ、入っていない。だからこそ、ここで――斬り伏せるのみ!」

 

《モリビトシンス》の眼窩が青く輝き、左側の翼のウエポンラックに装備されていたRシェルソードを引き抜いた。

 

 刃の輝きを宿したまま、《モリビトシンス》が駆け抜ける。敵人機が十字架の側面を開き、内奥から大口径R兵装を現出させた。そこから弾き出されたのは幾重にも交差したオレンジ色の光条。

 

 闇を引き裂き、全てを払う熱量であった。通常人機の編成では確実に全滅は免れないだろう。

 

《モリビトシンス》は敵機の火器管制システムの限界領域まで試す事にした。フットペダルを踏み込み、《モリビトシンス》の機動力でその火力を掻い潜る。

 

 一つ一つの威力が高いものの命中精度はそれほどでもない。一回につき、十基前後の火線が瞬くのも手伝ってか、一つを潜り抜ければ二つ、三つとその死の猛火を抜けるのはさほど難しくはなかった。

 

 ――否、と鉄菜はアームレイカーを握り締めながら感じ取る。

 

 これは《モリビトシンス》の性能のお陰か。

 

《モリビトシンス》へとスペックが上がってからというもの妙な感覚がついて回る。今までならば絶望視していたであろう状況に、希望の芽が芽吹いたのだ。

 

 それは何も単純な性能面での向上だけではないはず。

 

 何かが、自分の中で変わり始めている。その何かを明確に結ぶ術を持たなかったが、鉄菜は迷わずに《モリビトシンス》を敵機の近接射程領域へと肉迫させた。

 

「《モリビトシンス》。対象の人機を、脅威SSランクと断定し、これを撃滅する!」

 

 左手の刃が軋り、《モリビトルナティック》の制御系が内包されているはずの中心機へと一閃を見舞っていた。

 

 しかし、その一撃は虚しく空を裂くのみ。確実に当てたはずの刃が弾かれていた。その堅さに鉄菜は歯噛みする。

 

「リバウンドフィールド装甲……。茉莉花の性能判断通りというわけか」

 

 となれば、タキザワの推測した性能は正しかった事になる。鉄菜は出撃前のブリーフィングを思い返していた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。