ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯235 pain

《セプテムライン》は離脱時に一回限りのリバウンドフィールドを使用していたが、それが結果的に功を奏した。

 

 敵は追いすがってこない。その事実に梨朱は本隊へと通信を繋ぐ。

 

「《モリビトシン》より離脱を確認。敵は追撃を諦めたようです」

 

『よくやった。梨朱・アイアス。バベルを敵に渡すわけにはいかないからな』

 

『連中は傲慢にバベルまで手にしようとしたようだが、そうはさせんよ。敵の術中に落ちるくらいならば破壊せしめるのが我々の本懐』

 

『左様。だが彼らは無駄な道を選んだ。無用な血が流れるだけの愚策をな。真の賢者は我らだと証明されたようなものだ』

 

 賢者。その言葉に梨朱はせせら笑う。この連中はどれほどに自分が追い込まれ、どれほどの執念で追いすがったのか、気にも留めない。

 

 それだけの傲慢さが宇宙に根を張っている。その事実だけで忌々しい。

 

『バベル本体と新型機の接収、これによって我が方の優位性はまだ保たれている』

 

『月面都市ゴモラをしかし、大部分では引き渡してしまった事になるな』

 

『構わんだろう。まだ我らの手が潰えたわけではない』

 

『《モリビトルナティック》……三機のうち一機しかリンクを張れなかったが、それでも充分に作用するだろう。こちらの手札は尽きていない』

 

 ブルブラッドキャリア本隊はまだ、真の脅威がなんたるかを理解していないのだろう。だからこその無知蒙昧。だからこそのこれほど戦場との理解の隔絶がある。

 

 ――しかしそれこそが。

 

 梨朱は覚えず笑みを形作っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンヘル第三小隊の隊長が……そう、か。他の二名は無事だな? ……ああ、分かっている」

 

 地上で報告を受けた艦長が目頭を揉む。その様子をUDは注視していた。

 

「宇宙の隊列に何か?」

 

「……第三小隊の隊長が殉職した」

 

 その言葉にUDは淡々と返していた。

 

「そうか。惜しい人間を亡くしたな」

 

「アンヘルの中でも人格者に分類される人間であっただろう。どうしていい人間ほど、死に行くのだろうな」

 

「それが世の常だ」

 

 そう返したUDは先ほど提示した作戦書の実行を艦長に目で窺っていた。彼は嘆息をつく。

 

「……承認すれば、こちらのクビも飛ぶ」

 

「心配は要らない。俺の独断だと言ってくれれば」

 

「この艦から《コボルト》を出せば同じようなものだ。……とは言っても止められないのも分かっている。ああ、分かっているさ。この命令にはこちらにも異議がある。だが所詮は、アンヘルの艦隊の一個小隊を管轄するだけ。上に指図するだけの権限はない」

 

「俺が助け出す」

 

「……君は全てを投げ打ってまでその地位に甘んじた。だからこそ、ケジメのつもりだろう。……分かった。作戦指示書に判を押された、という体裁を取る。これでいいのだろう?」

 

「感謝する」

 

 UDはブリッジを抜けていく。その背中に艦長が声をかけた。

 

「だが……君はもう、俗世間とはかけ離れた場所にいるのだと、思い込んでいたよ」

 

「俗世より離れても因果はそそげず。俺もまた、因縁に囚われた人間だという事だ」

 

 エアロックの先に待っていたのは整備が完了した《コボルト》であった。UDは整備スタッフへと声を飛ばす。

 

「修復は?」

 

「完璧です。ですが……本当にやるつもりで?」

 

 艦内ではもう噂になっているのか。今さら隠し立てする事もない、とUDは応じていた。

 

「ああ。これは俺の意見だ。押し通す」

 

「ですが一応は……上の仕立て上げた反逆者という見方もあります。そりゃ、リックベイ少佐には恩義のある連中も多い。同時に、上は快く思っていなかったでしょうね。いつまでも自分達の軍門に下らない……銀狼なんて」

 

 賢しい獣も行き過ぎれば狩人の反感を買う。銀狼を支持する層は圧倒的でありながら上がこの命令に踏み切ったのはアンヘルの発言力を増すためだろう。

 

「リックベイ・サカグチ少佐の処刑命令……看過出来んな」

 

「だからと言って《コボルト》で出るなんて……。無茶ですよ」

 

「無茶でも通さなければならないのが漢というものだ。それを彼に教わった」

 

 それ以上の問答は無用だと感じたのか、整備スタッフが離れていく。UDは腹腔に力を込めていた。

 

 カタパルトデッキへと移送される《コボルト》でアンヘルの収容施設への強襲とリックベイの救出。

 

 出来るか、と胸中に問いかけたのはほんの一瞬である。

 

 あとはやるしかない、という使命感が勝っていた。

 

「UD。《コボルト》、出陣する!」

 

 射出された《コボルト》が海上を引き裂き、落ち行く夕陽をその視野に入れた。斜陽の光景にUDはふとこぼす。

 

「……こんな夕焼けであったか。俺があの人に教えを乞うた、最後の日も」

 

 この身に染み付いた剣術。その師範を救うのにいささかの躊躇いもない。《コボルト》は艦隊より離れ、紺碧の空を飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして……。鉄菜がモリビトなんかに……」

 

 燐華は撤退する機体群の中で不意にこぼす。

 

 今の戦い、隊長を失っただけではない。もっと大きなものまで揺るがされていた。親友を信じるというただの純粋な願いさえも裏切られたも同然であった。

 

 ――鉄菜はモリビトの操主だった。あの日から?

 

 あの日、学園で彼女は命を散らせたと思い込んだあの日からずっと。今まで。

 

 だとすれば自分は騙されていた。鉄菜・ノヴァリスという少女に。その幻影に。

 

 燐華は頬を引きつらせていた。

 

「ずっと……騙していたんだ、あたしを……。何もかも、友達だって言うのも全部……。だったら、だったらあたしは、モリビトを――鉄菜・ノヴァリスを撃墜するのに何も……躊躇いはない……躊躇いなんて」

 

 ない、と言い聞かせていたがその手は震えている。まだ信じたいのだろう。どれほど騙されていたとしても。どれほどに汚い過去があったとしても、それでも一度信じた相手を信じ抜けるのは短慮を通り越して最早、愚直なだけであった。

 

『ヒイラギ。《ラーストウジャカルマ》を先にデッキに戻せ。そいつの損傷がやばい』

 

 ヘイルの声もどこか震えている。無理もない。隊長が死んだのだ。その激情をぶつけたいのに、今は撤退戦。当り散らしどころも見つからないに違いない。

 

「了解……。あたし達は」

 

『何も言うな。……何も……言ってくれるんじゃねぇ』

 

 一番に心を痛めているのだろう。燐華は《ラーストウジャカルマ》をガイドビーコンに沿わせ、整備デッキのネットに向けて一気に収容させた。スタッフが寄り集まり、自機へと取り付いていく。

 

「酷いですね……、元のパーツをそのままも使えそうにないですし新規の装備品に替えなければならないかもしれません……。基盤であるハイアルファーには目立った損耗はないものの、機体各部を修復するのに……」

 

 濁した整備班に燐華は問いかける。

 

「何日程度で?」

 

「……早くても三日は……」

 

 それだけ特殊な人機であったという事なのだろう。燐華は目を伏せ、頷いていた。

 

「お願いします……」

 

「分かりました……。第三小隊の、隊長は」

 

「死にました。モリビトに、撃墜されたんです」

 

 その言葉に整備スタッフが黙りこくる。誰しも気の利いた言葉を発せられない中、ヘイルがデッキを浮遊する。

 

 何を言っていいのか分からなかった。ここで殴られても文句は言えない。そう感じていた燐華にヘイルは無言であった。

 

 何も言わず、通り過ぎていく。その背中を覚えず呼び止めていた。

 

「何も……言わないんですか」

 

「……納得づくの戦いだったんだろ。《ラーストウジャカルマ》を使ったのも、何もかも」

 

「それは……その通りですけれど」

 

「だったら、俺達は前に進むべきなんだろうさ。隊長ならそう言う。俺は、一人の死人に足を引っ張られるのは御免だね。戦局は移り変わっていく。誰かが死んだからっていちいち悲しんでいたら、どこにも行けやしないんだ」

 

「そんな言い草……、だって隊長はいい人でした」

 

「じゃあ何だって言うんだよ!」

 

 張り上げられた声に燐華は肩をびくつかせる。ヘイルは面を伏せてがなり立てる。

 

「いい人だから、じゃあ悲しめって? 特別な涙を流せって? そりゃあ、そうしたいさ! そう出来たならどれだけ楽か! でもあの人は、部下が何人も死んだからってそうしなかった! だったら、あの人のやり方を否定しないのは、涙しない事だけだろうがよ!」

 

 燐華は胸を打たれていた。涙しない事だけが、隊長への弔い。そんな簡単な事にも気づけなかったなんて。

 

 燐華は瞳に浮かんだ涙の玉を拭う。隊長ならばいちいち泣かないはずだ。

 

 涙するよりも次の戦場で借りを返す。そのようなスタンスだろう。

 

「……すいません」

 

「謝んな。……頼むから、謝らないでくれ。一方的に責めたいのはずっと、同じだ。でもよ、あの人はいつでも飲み込んできた。だったら、あの人の意思を継ぐって事はそういう事だろう」

 

 ヘイルは感情を飲み込んででも前に進もうとしている。自分とは違った。自分は、感情の赴くままに戦おうとしていた。

 

 それは軍属として正しくはないのだ。

 

 仇討ちだけで生きるのならば、獣と同じである。隊長なら、それを諌めてくれるはずだ。

 

 エアロックの向こう側に消えていくヘイルの背中を見送ってから、燐華は自らの頬を引っ叩いた。

 

 乾いた音が整備デッキに残響する。

 

 痛みだけが、唯一の寄る辺であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想以上ね、と声を投げられて、ニナイは振り返っていた。

 

 プラント設備へと《ゴフェル》のメインコンソールが繋がれ、モリビト三機の修復作業が一手に行われている。それを指揮する茉莉花は小さくこぼしていた。

 

「このプラント設備……モリビトを量産出来たわけよ。ほとんど地上に頼らずして、資財だけならば獲得出来る。百五十年かけて貯め込んだ純正血塊炉もまだまだあるし、しばらくは補給には困らないでしょう」

 

 そう言いつつも、相貌には陰が差している。ニナイは尋ね返していた。

 

「……問題点でも?」

 

「あるとすれば、バベルが奪われた事ね。結局、こっちの優位性は書き換えられないまま。ブルブラッドキャリア本隊は未だにあの巨大な人機の権利を持っている」

 

「確か……《モリビトルナティック》だったかしら」

 

 膨大な参照データは月面軌道上に浮かぶ三機の巨大人機の名前を示していた。

 

 投射画面を弄りつつ、茉莉花は嘆息をつく。

 

「どうにも……あの三機を抑えられたのは痛いわね。破壊しようにも、共通して装備されている機構があまりにも強力で……簡単には破壊出来ないようになっている」

 

 投射画面に三次元図として表示された《モリビトルナティック》には機体各所に備え付けられたエネルギーフィールド発生装置による力場が投影されていた。

 

「まさかリバウンドフィールドを地力発生させるだけの血塊炉の持ち主なんて……。かつてのキリビトタイプと同じ……いえ、それ以上の脅威ね」

 

「厄介なのはそれだけじゃないわ。《モリビトルナティック》は質量兵器としての側面も持っている。上を押さえられている以上、あまり動き回れないのよ。癪だけれどね」

 

「いつでも月に落とせる、ってわけか……」

 

 ではやはり本隊に自分達は通用しないのだろうか。翳らせたニナイに茉莉花は、でもと声にしていた。

 

「プラントを押さえられたのは大きいわね。これでセカンドステージ案が通りやすくなった。《ゴフェル》の内部メカニックだけでは不充分だったもの。それを開発出来るだけでも儲け物よ」

 

 投射画面にいくつかのモリビトの強化プランが映し出される。このまま開発を続けていけば、確実にぶつかるであろう留意点を網羅したのはさすがというべきか。

 

「《モリビトシンス》は? 《クリオネルディバイダー》の再開発をするのに」

 

 その問いには茉莉花は渋面を作る。

 

「難しいのよね。一度ドッキング成功した機体をまた外して再開発するのは。馴染ませたOSが《モリビトシン》とピッタリ合っているのよ。だからあんな無茶な事が出来たわけだけれど。戦闘中に合体なんて」

 

 本来ならば推奨されるプランでもなかったのだろう。あまりの突貫工事に茉莉花は不愉快そうであった。

 

「戻せないって事?」

 

「不可逆性のある代物を強化案として浮かべるわけがないでしょう? 分離は可能よ。ただ、分離したところで今、利益がないだけの話。すぐにでも出せる戦力という点で言えば、《モリビトシンス》は強力そのもの。もし本隊が《モリビトルナティック》による強攻作戦を練ってきた場合、一番に矢面に立って敵人機と対峙出来るのは《モリビトシンス》だけでしょうね」

 

 他の二機では不足が生じる、というわけか。確かに前回の戦闘データを反芻するに、《ナインライヴス》も《イドラオルガノン》も、今のままでは新型機に通用しない事が実証された。

 

「勝てない……って言いたいの?」

 

「悔しいけれどね。勝率は低いままだわ。《モリビトシンス》を優先して修理、修復、及びアップデート。そうしないと読み負けてしまう。今のところ、《ナインライヴス》はどうにかなるけれど、《イドラオルガノン》が、ね」

 

 投射画面が切り替わり、三機のリアルタイムデータが送信されてくる。ニナイはそれらを眺めつつ、《イドラオルガノン》の能力が著しく下がっているのを確認した。

 

「……操主のせい?」

 

「言いたくはないけれどそうね。あの二人の最大の持ち味……連携に乱れが現れ始めている。ウィザードとガンナーの連携が少しでも乱れれば次のセカンドステージ案を実行に移し難い。それは分かるわよね?」

 

 何度か適性を見てきたクチだ。林檎と蜜柑に関しては、自分も一枚噛んでいる。

 

「でも、優秀な操主姉妹のはずよ?」

 

「そう……優秀な、そのはずなんだけれどね。データ試算上は。でも、問題なのはデータに映らないところみたいね」

 

「データに……映らないところ……」

 

 それは精神の面か、とニナイはプラント内に運搬されていくモリビトを視野に入れる。

 

「で? この後の展望について艦長には聞きたいんだけれど」

 

 茉莉花がこちらへと視線を振り向けずに言いやる。ニナイは肩を竦めていた。

 

「正直、ね。あそこまで自分でも啖呵を切れるなんて思わなかった」

 

「こっちから始めた喧嘩よ。後始末はこっちでつけないとね」

 

 耳に痛い。ニナイは現状を顧みる。何とか月面の奪取は成ったものの軌道上には破壊出来ない巨大な人機と、それに大きなアドバンテージとしてのバベルをまたしても失ってしまった。

 

 この状況からの打開は難しいだろう。

 

「……どれだけ《モリビトシンス》一機が優れていても、このままじゃ」

 

「月面に陣取っているのがばれている以上、あまり軽率な事は出来ないわ。有り体に言えば、月面から出る、というやり方自体が下策」

 

 分かっているつもりであった。プラント設備を擁しているという事は、ここに拠点を置く――つまりはアンヘル側からしてみても本隊からしてみても狙いやすくなったというだけ。

 

 地上で海中に身を潜めていた時より好転はしていない。ニナイは拳を握り締める。

 

「でも、何とかしなくっちゃいけない」

 

「その何とか、を知りたいのよ。敵地に攻め込むにしても作戦を下すのはあなたでしょう?」

 

 自分一人の指示でしかし、艦内のスタッフ全員を危険に晒すのは避けたい。どっちつかずの身に、茉莉花はため息をこぼす。

 

「言っておくけれど、今さら艦長命令に逆らう、なんてのはいないでしょう? だったら、もっと自信を持って命令なさい」

 

 小娘に言われてしまえば立つ瀬もない。しかしニナイは慎重を期す必要があると感じていた。

 

「気になるのよ……。イクシオンフレームとか言うのに、アンヘルに渡っていた《ラーストウジャカルマ》……。瑞葉さんの話じゃあの機体は封印されていたらしいし。何か、私達でも窺い知れないものがアンヘルの中で蠢いているんじゃないかって」

 

「内部抗争? でもそんな事をしたって」

 

「そう、よね……。意味がないどころか空中分解なんて憂き目に遭いかねない。だったら何故、前回、あのトウジャが出てきたのかしら……」

 

 湧き出す疑問を他所に茉莉花は手を休める事はない。

 

「どっちにしたって、今はモリビト三機を万全にする事。それがこっちの役目。艦長の役目を果たせば?」

 

「艦長の、役目……ね。そう簡単に見つけられれば苦労なんて……」

 

 そこまで口にしたところでニナイは通信機に入ってきた声を聞いていた。

 

『……ニナイ。聞こえている?』

 

「桃? あなた何を?」

 

『秘匿通信に設定してある。……いえ、もう秘密にするのも実はよくないのだろうけれど、艦長と執行者四人で話がしたい。出来れば茉莉花も』

 

「茉莉花は……」

 

「いいわよ。リアルタイムで議決を送ってくれれば。対応は出来るわ」

 

 茉莉花にはこの秘匿通信もお見通しらしい。桃が通信先で声にする。

 

『じゃあ、《ゴフェル》のブリーフィングルームに。すぐに来て欲しい』

 

 ニナイはその声を受けて茉莉花の下を離れようとする。

 

「茉莉花、その……」

 

「なに? 検査には何の問題も」

 

「いえ……。ありがとう。ここまでしてくれて。どう感謝の言葉を述べればいいのか……」

 

「そんな事を気にしているの? いいわよ。吾がやりたくてやった事だし。あなたは自分の責務を果たしなさい」

 

 茉莉花のほうが随分と前を見据えている。自分も見習わなくてはならなかった。

 

《ゴフェル》へと渡り、ブリーフィングルームのエアロックの向こう側には既に召集された四人が待機していた。

 

 その中には瑞葉とゴロウの姿もある。鉄菜が必要と判じて呼んだのだろう。

 

「揃ったわね。じゃあ、始めたいと思うけれど」

 

 この場を取り仕切る桃にニナイは尋ねていた。

 

「何かあったの? 秘匿回線なんて」

 

『どうにも……あまり公にはしたくない事のようだな』

 

 ゴロウの指摘に桃は首を横に振った。

 

「艦の全員に知ってもらってもいいのかもしれない。でも、まずは執行者と艦長に、って思ったから」

 

「地上で言っていた、本当に戦うべき、敵の話か」

 

 鉄菜の言葉振りに桃は首肯する。

 

「パーティ会場で、モモは自分と瓜二つの女の子に出会った。でも、それは当たり前だったみたい。モモ達は、百五十年前に、組織が優生だと判断した遺伝子を基にして構築された人造人間……。だから、モモと同じ人間がいても不思議はない」

 

 それは前回の戦闘でブリッジにもたらされた事実と合致する部分があった。ブルブラッドキャリアの人々は多かれ少なかれ地上の人間の模倣であると。

 

「それならば、既に情報として同期しているはず。他にもあるな?」

 

 鉄菜の追及に桃は口火を切った。

 

「パーティ会場のスポンサー連の大元……アンヘルの資金源はかつてモモ達を支援していた調停者……渡良瀬が支配していた。ここまでは、クロにも言ったよね?」

 

「ああ。調停者レベルの裏切りがあった。だが、その先はまだ聞いていなかったな」

 

「……調停者渡良瀬が作り上げた……私設武装組織と言っていいのか分からないけれど、イクシオンフレームに搭乗していた人間は遥かに通常の操主の分を超えていた。多分、相手の切り札なんだと思う」

 

「私も、敵の声を聞いた。アムニス、と名乗っていたか」

 

「アムニス……、それが敵の……アンヘル上層部を牛耳っていると?」

 

 顎に手を添えたニナイの疑問に桃は声に翳りを見せた。

 

「……そこまでは言い切れない。でも、アムニスがこちらの執行者と同じようなものだというのは実際に戦闘したみんななら分かると思う」

 

「《イクシオンベータ》とか言うのもそうだけれど、あの新型機を動かしていたの、ただの操主じゃないと思う。直感的に言うのならば……血続」

 

 林檎の憶測に誰かが口を挟むかに思われたが、案外誰も異論を口にしなかった。

 

「納得……は難しいが、血続だとして、では惑星に血続を保存する術があったのかどうかは疑問だ。もし血続ならばあれだけの高性能機を手足のように動かせたのも頷けるが」

 

「そうなった場合、血続同士の戦闘になる……。その事ね、桃。執行者四人を呼び出したのは」

 

 こちらの言葉に桃は全員を見渡した。

 

「アムニスとやらがどこまでの戦力かは読めない。でも、血続との戦いとなれば必然的にミッションの成功難度が跳ね上がる。……ここで提言するのは、月に残ってもいい、という事」

 

 戦う道からは逸れ、裏方に回ってもいい、と桃は言っているのだ。その理由は分かる。理屈も飲み込める。

 

 月面という拠点を得た。今ならば前線にただ闇雲に出るだけだった状況からは少しだけ離れられると言っているのだ。

 

 だがその提案に是を返す人間はこの場にはいなかった。

 

「桃。私達はもう、後戻り出来ない場所まで来ている。何よりも、私はもう、モリビトを降りる気はない」

 

 鉄菜の決意は固い。視線が瑞葉に向けられた。彼女は戦わなくっていいはずだ。しかし、彼女も強い決意を双眸に浮かべる。

 

「……わたしも、クロナが戦うのならば。それを応援したい。出来る事は何でもやる。だから……」

 

 そこから先を桃は慮っていた。

 

「分かった。ゴロウは」

 

『こちらに自由意志などあるまい。やるとも。《クリオネルディバイダー》はまだ発展性のある、面白い機体だ』

 

 まさかゴロウが前線に出ると言い出すとは思わなかった。だが彼からしてみれば裏切られた借りを返せる立場にある。その叛意はある程度、約束されていたものだろう。

 

「二人は……」

 

 林檎と蜜柑に視線が自然と行った。林檎は軽く言い放つ。

 

「まだ借りを返せていない。ボクはやるよ。たった一人でも」

 

 その言葉が棘を帯びているのを桃はあえて指摘しなかった。二人で一人のはずのミキタカ姉妹に乱れが生じている。ニナイはこの場でそれをありありと見せ付けられるとは思いもしなかった。

 

 蜜柑は暫しの逡巡の後、声にする。

 

「……やります。まだ平和を勝ち取ったわけじゃないもの」

 

 全員の了承が取れた事を確認し、桃は言い放つ。

 

「敵はさらに強くなったと思っていいわ。これまで以上に、厳しい戦いが待っているとも」

 

「だが逃げ出すわけにはいかない。私達はモリビトの執行者。戦うべくしてここにいる存在だ」

 

 ニナイは言葉を差し挟もうとした。そこまで狭く考える事はない、と。だが、この四人の背中を押す事こそが、自分に課せられた役目なのだと悟る。

 

「……みんな、これまでよりも過酷な戦いが待っていると思う。それでも、前に進んでくれる? 私達と一緒に」

 

 最初に桃が頷いていた。

 

「もう、ここまで来れば、ね。《ゴフェル》を守り通しましょう」

 

「やるよ。《イドラオルガノン》はボクの人機だ」

 

 蜜柑はどこか気圧され気味ながら静かに声に力を篭らせる。

 

「……戦います。ガンナーとして」

 

 最後の確認が鉄菜に向けられる。彼女は紫色の双眸に意思の輝きを宿した。

 

「何があっても前に進む。それがブルブラッドキャリアだ」

 

 


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