ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯232 歩み出すために

《セプテムライン》が急速に機体を反転させた。その赴く先を理解出来ないほど、刃が鈍ったわけではない。

 

「……《ゴフェル》に何か……」

 

 鉄菜は《モリビトシン》を駆け抜けさせる。その途上で蛇腹剣が進路を遮った。

 

《ラーストウジャカルマ》の妄執の刃をRシェルソードで受け流そうとする。しかし、敵の剣はまるで怨念そのもののように重く、そして決意が固い。

 

「瑞葉はこんなものを操っていたのか……。だが!」

 

 即座に切り返し、Rシェルライフルの銃撃を見舞う。敵機は上方に逸れていった。その一瞬の隙でいい。鉄菜はウイングスラスターを背面に位置させ、リバウンドの斥力で一気に宙域を抜けようとした。

 

 それを《ラーストウジャカルマ》の脚部の剣が阻もうとする。四肢が全て武器。全包囲へと攻撃を見舞えるだけのその性能。

 

「……恐るべき人機だな。それに、この高追従性……ただ強いだけの人機じゃない」

 

 確信を浮かべた鉄菜は《モリビトシン》のRシェルソードで巻きついた剣を跳ね返そうとする。だが敵の膂力が遥かに上であった。

 

 巻き戻す力にRシェルソードを持っていかれそうになってしまう。唯一の武器、と推進力を向上させようとフットペダルを踏み込みかけて、鉄菜は月面に不意に開いた亀裂へと視野を向けていた。

 

《セプテムライン》は迷う事もなく真っ直ぐに亀裂へと機体を走らせる。

 

 あの先に、何かがある。そう感じた鉄菜はRシェルソードを捨てていた。

 

 巻き戻す勢いの強さで《ラーストウジャカルマ》がこちらの刃まで引き戻してしまう。僅かにつんのめった敵へと鉄菜は一顧だにせず機体を駆け抜けさせていた。

 

《セプテムライン》を追わなければならない。使命感に衝き動かされ、鉄菜は敵機と並走する。追加ブースターを相手は捨て去った。推力を絞り尽くした部品のデッドウィエイト化を防ぐための措置だろう。鉄菜は宙域を舞う敵の部品を回避し、《セプテムライン》の下方へと潜り込む。

 

 月面の銃座から激しい火線の応酬が見舞われた。近づく者を全て敵だと判断しているのか、その矛先は《セプテムライン》にも及ぶ。

 

 敵機へと銃弾が浴びせられた。こちらの速度が勝る。しかし、直後に鉄菜は《モリビトシン》が急激に重くなったのを感じていた。

 

 全天候周モニターを振り返ると《セプテムライン》がこちらの足へと縋りついている。

 

「……そこまでするか」

 

『……私は、貴様に成る! 鉄菜・ノヴァリスに成るんだ! こんなところで、墜ちている場合では……!』

 

「それはこちらも同じだ。射程に入ったな、撃墜する」

 

 機体を反転させて鉄菜はきりもみながら月面へと《モリビトシン》を強制着陸させる。

 

 砂塵が舞い散る中、敵機が地面に頭から落下したのを鉄菜は確認しようと首を巡らせた。

 

 刹那、不意に機体がよろめく。

 

 歪んだ照準器の中、《セプテムライン》が殴りつけてきたのだと鉄菜は直感した。

 

「……リバウンド兵器で斬るでもなく、殴るだと」

 

 理解に苦しむ行動であったが、次いで漏れ聞こえた恩讐の声音に考えを改めた。

 

『私は! お前に成るんだ! そのためならば!』

 

 頭部コックピットを押さえ込まれる。敵機の膂力にコックピットの耐久度がイエローゾーンに達した。

 

「させるか!」

 

 蹴り払い《セプテムライン》を転倒させる。つんのめった敵の頭部カメラ位置に膝蹴りを見舞っていた。

 

 仰向けになった敵を突き飛ばして離陸しようとした《モリビトシン》を敵はRソードで牽制する。

 

 砂塵が掻っ切れ、瞬間的な真空波が《モリビトシン》の機体を煽った。

 

『最初から……こうすればよかった……!』

 

「同感だな。だがこちらとしては助かった。武器は、もうないのでな」

 

『死ねェッ!』

 

 一閃を《モリビトシン》はステップで回避する。だが六分の一Gは容易く馴染んでくれない。僅かに姿勢を崩した隙を逃さず、敵機が懐へと肩口より猪突した。

 

 激震にコックピットが揺さぶられる中、不意に肌を粟立たせた殺気の波に制動用の推進剤を全開にする。

 

 眩く焼き付いた噴射剤の光が相手との距離を離していた。敵はメインカメラを直撃されたはずだ。

 

「……今ならば……」

 

 六分の一の重力の虜から逃れ、《モリビトシン》は月面の洞へと機体を直進させていた。推進剤のステータスが注意色に染まる。イクシオンフレームと、二機の相手に時間を割き過ぎた。

 

「……持ってくれ」

 

 願った瞬間、接近警告がコックピットを劈く。《セプテムライン》がこちらに向けて中距離用のプレッシャーガンを放っていた。間断なく放たれる殺意の弾丸に鉄菜は歯噛みする。

 

「もう少しなのに……」

 

 敵影が不意に消え去った。「LOST」の警告に鉄菜が視野を巡らせた瞬間、上方から敵機が降り立ってきた。首を狩らんと迫った刃を鉄菜は機体を後退させて避け切る。胃の腑に圧し掛かる重圧が何度も血潮をシェイクする。

 

 ブラックアウト寸前の脳内で鉄菜は瞬く間に敵が距離を詰めてきたのを目にしていた。

 

 まさか、と息を呑む。

 

「これは……ファントムか!」

 

『貴様に成るためならば……私は何にでも成ってやる……何もかもを、この身体には習得させられた! ブルブラッドキャリアの技術の粋を!』

 

 またしても機体を軋ませ、《セプテムライン》がファントムを使って肉迫する。振り上げられたRソードの斬撃に鉄菜はフットペダルを限界まで踏み込んだ。

 

「……ファントム!」

 

 幻影を使ってまで自分に追いすがろうというのならば、自分もまた幻影を解禁するしかない。

 

 超加速の域に達した《モリビトシン》が《セプテムライン》の血塊炉に向けて拳を固め、打ち放つ。

 

 これでブルブラッドシステムがダウンするはず、と予想していた鉄菜は《セプテムライン》の眼窩が極限の輝きに極まったのを目にしていた。

 

 ――まだ動く。

 

 そう直感した自分の反応が少しでも遅れていれば狩られていただろう。Rソードが振り下ろされると共にその刃が拡散した。

 

 リバウンド粒子が分散して機体を打ち据える。激震の中、鉄菜は各所が注意色に染まっていくのを視界に入れていた。

 

 ファントムを使用しただけでも相当な負荷のはず。加えて敵とのほとんどゼロ距離での戦闘、空中分解もあり得る機動に機体各部が軋んだ。

 

《モリビトシン》の装甲が剥離し、赤と銀に染まった機体の表層が融解していく。幸いにしてコックピットへの直撃は免れたが、三位一体血塊炉へとアラートが響き渡った。

 

「血塊炉の臨界点……、長引かせるわけにはいかない」

 

『墜ちろォッ!』

 

 薙ぎ払われたRソードの軌跡を鉄菜は読み取って上方へと逃げ切ろうとする。その軌道を《セプテムライン》が仰ぎ見た。

 

「……まだ追ってくるか」

 

『貴様を! 貴様をォッ!』

 

 推進剤を焚いた《セプテムライン》が《モリビトシン》へと追突する。突き上げられ《モリビトシン》は背筋を激しく天井へと衝突させた。

 

 肺の中の空気が全て出たかと思えるほどの身体への過負荷。息を上がらせた鉄菜は眼前の敵を見据える。

 

 ほとんどもつれ合いの状態で《セプテムライン》が《モリビトシン》を抱え込んでいる。鉄菜はアームレイカーを引き、敵機を引き剥がそうともがくが、敵はマニピュレーターを食い込ませて執拗に追いすがった。

 

「……そこまでするか」

 

『私は! 貴様にィッ!』

 

「どこでそこまでの怨念を買ったかは知らないが、私はこんな場所まで敵を連れてくるほど……愚か者ではない!」

 

 機体をきりもみさせて鉄菜は《モリビトシン》を自由落下に任せる。波打つ機械が蠢動する中へと自分の機体ごと敵機を押し込んだ。

 

《セプテムライン》が片腕を巻き込まれ、火花を散らせる。《モリビトシン》はほぼ全身に警戒色を引き受けながらも、稼動限界ギリギリまで機体を走らせようとする。

 

『させない……私が負けるなど、あり得るものかァッ!』

 

 敵人機が片腕をパージする。プラント設備に巻き込まれた形の《セプテムライン》が窮地を脱し、《モリビトシン》へとファントムによる激突を見舞う。

 

 周囲の機械を巻き込みながら二機が激しく揺さぶられ、鉄菜はあまりの衝撃に朦朧とした視野でアームレイカーを握り締める。

 

「……機体状況は」

 

 瞬間、《モリビトシン》のウイングスラスターが締め付けられた。プラント設備へと盾の一部が巻き込まれ、そのまま引きずり込まれようとしている。

 

 リバウンドの斥力で吹き飛ばそうとしたその一瞬の隙を相手は見逃さない。

 

 払われた浴びせ蹴りがコックピットを激震した。今まで緊張の一線を保っていた身体が急速に虚脱していく。

 

「まだ、だ……。まだ、私は……」

 

 次いで咲いたのは拡散Rソードの眩惑であった。

 

 直近で放たれたリバウンドの火花が《モリビトシン》の機体を熱で炙る。三位一体血塊炉が急速に機能を縮退させていき、遂には一時的な機能停止が《モリビトシン》を襲った。

 

「まだ……こんなところで……」

 

 伸ばした手の先が無情にも全天候周モニターの暗黒に支配されていく。

 

 敵人機がRソードを振り被ったところで鉄菜の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「外部フレーム形成完了……、続いて内部動力炉の概算に入る」

 

 茉莉花の行動を自分達は見守る事しか出来ない。プラント内で構築されていく新型機は空域戦闘に特化した先鋭戦闘機の様相であった。

 

「これが《クリオネルディバイダー》……」

 

「まだ半分ほどよ。血塊炉があるはず……。プラント設備内の血塊炉を検索。最適のものを搭載する」

 

『了解した。プラント内に該当する血塊炉は二十個存在。……だが、待て』

 

 ゴロウが声にした直後、回線が焼き切られた。直前に茉莉花が素手で有線を引き剥がしていたお陰でゴロウ本体は無事の様子であった。

 

「今のは……」

 

「最悪、ね。血塊炉まで明け渡す気はないみたい。リアルタイムで敵の妨害に遭っている。ゴロウが使えないとなれば、効率は三十パーセントまで落ちる」

 

「そんな……! だとすれば《クリオネルディバイダー》は……」

 

「……このままじゃ完成すらしない。血塊炉さえあれば動く見込みまで構築出来たのに、これじゃ外見だけを繕ったものよ。こんなの、出せない」

 

 絶望的な宣告にニナイは衝撃を受ける前に、プラント設備を爆発が見舞った事でよろめいていた。

 

 タキザワに抱き留められる中、周囲へと首を巡らせる。

 

「来たのね……」

 

 プラント設備の外壁を焼き切るリバウンドの輝きが連鎖する。

 

 片腕を失った形ではあるが、それでも恩讐の念をその眼窩にぎらつかせ、《モリビトセプテムライン》が襲撃していた。

 

『……目標発見。殲滅する』

 

 Rソードに光が灯る。次の瞬間にはリバウンドの灼熱に焼き切られる予感が支配していた。

 

 恐怖に引きつる全員に茉莉花が声を張り上げる。

 

「《クリオネルディバイダー》が完成していれば……。全員、姿勢を沈めて!」

 

 咄嗟に対応出来たのはこの数日間の賜物であったのかもしれない。全員が姿勢を沈めたそのすぐ上をリバウンドの溶解熱が断ち切っていく。

 

 茉莉花が慌ててコンソールに取り付くが、やはりというべきか、プラント設備は沈黙していた。

 

 その拳が叩きつけられる。

 

「何てこと……! あと少しだったのに……!」

 

 悔しさを滲ませる茉莉花に、《セプテムライン》がリバウンドの剣筋を突きつける。今にも焼かれかねないほどの高熱が支配する最中、敵操主の声が響き渡った。

 

『目標を殲滅……これで成れる……。私が、鉄菜・ノヴァリスに……!』

 

 全員が直後の意識出来ないほどの死を予見していた。

 

『――悪いが、その予定は白紙だ』

 

 響き渡った広域通信と共に《モリビトシン》がプラントへと割って入る。《セプテムライン》がたたらを踏んだ。

 

『貴様……どうやって……!』

 

『プラント設備に巻き込まれた右腕を粉砕させ、離脱した。それだけだ』

 

《モリビトシン》は酷く損耗していた。表面の装甲は剥離し、ほとんど灰色に染まっている。右腕の肘から先を失い、リバウンドの盾も末端は引き裂かれている。

 

 それほどの激闘を経てもなお、鉄菜の戦意は折れない。

 

 雄叫びを上げた鉄菜の《モリビトシン》が《セプテムライン》を押し返す。Rソードの拡散粒子が機体を襲う中、片腕で敵をプラントの内側へと追い込んでいく。

 

 固めた左手で殴り据え、《セプテムライン》の機体を引きずった。新たに咲いたRソードの一閃がコックピットのすぐ脇を掠める。

 

 肩口に突き刺さった光の剣に臆する事なく、鉄菜は《モリビトシン》の全身でもって敵機をカタパルトデッキへと押し出した。

 

『茉莉花! 五番カタパルトだ!』

 

 その声に茉莉花は残っていたコンソールをハッキングする。

 

「任せて……! 五番カタパルト、緊急射出用シークエンス……! これか!」

 

 緊急用の赤いボタンを拳で殴りつけたと同時に隔壁が開き、カタパルトデッキでもつれ合っていた二機が射出される。

 

 リニアボルテージの電磁を纏いつかせ、二機はそのまま月面へと追い出されていた。

 

 呆気に取られる一同は今しがた迫った死の気配を引きずっていた。

 

「……ぼんやりしないで。特にタキザワ」

 

「ぼ、僕かい?」

 

 不意に呼び止められてタキザワがうろたえる。茉莉花はキーを打つ手を休めずに声にする。

 

「プラント内の血塊炉には全て封印措置が取られている。現状では奪取は不可能。でもこれを届けなければ……鉄菜・ノヴァリスは敗北するわ。《モリビトシン》の状態を見たでしょう? あんなダメージで勝てるとは思えない」

 

「だが……血塊炉なんて……」

 

「あるでしょう? 一基だけ、今使えるのが」

 

 茉莉花の言葉の赴く先を予見したタキザワが、まさかと目を戦慄かせる。

 

「あれを使えと? それこそイレギュラーが……!」

 

「そんな事はとっくに分かっているわよ。現状、クリオネルをまだ半分の状態で出す事の下策も。でもこれしかない。クリオネルは自動では動けないわ。――瑞葉」

 

 まさかここで瑞葉の名前が挙がるとは思っていなかった。全員の目線が瑞葉に集る。

 

「……出来るわよね?」

 

 茉莉花の言葉は短いながらも全てが集約されていた。不完全な状態の《クリオネルディバイダー》を鉄菜の下へと届ける。そのためには「操主」が必要だと言う事を。

 

 瑞葉は僅かな逡巡の後に強く頷く。

 

「……わたしが、やれるならば」

 

「結構。タキザワは二分以内に血塊炉を持ってきなさい。システム面ではまだ不安要素が残るわ。ゴロウをコックピットに乗せてサブシステムとして運用する」

 

『異論は、挟めそうにないな』

 

 どこか達観した様子のゴロウに比して茉莉花はヘルメットの中で汗を滲ませていた。

 

「頼むわよ……プラント。あと二分でいいんだから」

 

 ニナイはタキザワとヘルメット越しの視線を交わし合い、《ゴフェル》へと伝達する。

 

「聞こえる? みんな――」

 

 


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