ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯230 燃える月

 

「クロっ! 二機に挟まれて……」

 

 桃は月面都市の制圧任務が充てられていたが鉄菜を放って自分だけのうのうと任務を遂行など出来るはずもない。援護の火線を張ろうとRランチャーで敵を照準する。

 

「《モリビトナインライヴス》、Rランチャー、最大出力モードでっ!」

 

 放たれた光の瀑布に対し、不意に射線に熱源が現れていた。それを確認した時には、Rランチャーの光軸が逸れ、全く別の方向を射抜く。

 

「……どうして。熱源なんて今まで見えなかったのに」

 

 粉塵を引き裂いた敵は前回、鉄菜のRシェルソードを一基破損させた人機であった。ゴーグル型の頭部より射る光が灯される。

 

「機体参照……《イクシオンベータ》。こいつ、まさかモモの《ナインライヴス》の、最大出力Rランチャーを弾いたって……!」

 

 戦慄く視界の中、《イクシオンベータ》が紺色の機体を跳ねさせた。両袖口より金色の粒子束の爪を顕現させる。悪鬼の如き爪が迫り、桃は《ナインライヴス》を下がらせようとした。だが相手の機動力は予測以上である。すぐさまこちらの予測軌道を直角に折れ曲がった敵が爪による一閃を《ナインライヴス》へと浴びせてきた。砲塔で受け止めさせると、スパーク光が焼け付く。

 

 袖口よりリバウンドの剣を顕現させた相手は変幻自在の攻撃網で《ナインライヴス》を追い立てた。

 

 距離を取ろうとするが敵機の速度が圧倒的である。追いすがってくる相手に《ナインライヴス》の溶断クローをぶつけさせた。

 

 敵の爪と激突した直後、破損警告がコックピットに響き渡る。

 

「壊された? まさか、たった一撃で?」

 

 クローの破損に桃は後退しようとするが敵性人機は即座に背後へと回り込んでいた。滑るような動きに桃は舌打ち混じりの応戦を放つ。

 

 アンチブルブラッド兵装のロックを解除し、自機の至近で炸裂させた。敵は純正血塊炉の持ち主のはず。

 

 敵の爪がかかる前に相手の動きが青い濃霧に鈍る。つけ入る好機、と桃はRランチャーを超至近距離で構えた。

 

「絶対に、外さない!」

 

 そのはずの距離で敵は跳ね上がる。まさか、と桃は目をしばたたいた。

 

 アンチブルブラッド兵装を受けてすぐには動けないはず。どうやって、と首を巡らせた直後、敵の爪が装甲を切り裂かんと迫っていた。

 

 片腕を差し出し、爪の高出力に引き裂かれる。肘から先が吹き飛んだ左腕を犠牲にし、桃は敵人機へとRランチャーを手に猪突していた。

 

 単純な質量による圧倒。砲身で殴りつけた敵がよろめいた。

 

「逃がさせてもらうわ。相性悪そうだからね!」

 

 アンチブルブラッド兵装を最大まで照準し、敵と《ナインライヴス》との間に爆風を作り出す。

 

 青い濃霧が舞う中、桃は《ナインライヴス》のステータスを視野に入れていた。

 

「左腕をロスト……。それに敵はこっちよりも機動力、総合性能共に高い。……どうしてだかアンチブルブラッド兵装も上手く効いていない様子。逃げるが勝ちね」

 

 推進剤の尾を引いて《ナインライヴス》が宙域を駆け抜ける。巨大な十字架のモリビトへの攻撃はほとんど不可能となった。

 

 今は、月面の銃座を一つでも減らし、《ゴフェル》の道を作る。

 

 Rランチャーを構えたところで横合いから接近警告が鳴り響く。

 

 アンヘルの《スロウストウジャ弐式》がプレッシャーライフルを引き絞っていた。

 

「……止まれば格好の的ってわけ」

 

 アンチブルブラッドミサイルで弾幕を張りつつ、《ナインライヴス》を月面の地表ギリギリで疾走させる。

 

 しかし純正血塊炉のほうが出力は上である。すぐさま追いすがった《スロウストウジャ弐式》がいくつかの銃撃を見舞った。

 

 機体を翻させ、桃はRランチャーの砲口の下部に備え付けられた低出力の速射プレッシャー砲を放つ。

 

 しかし牽制にもならない。敵は余裕で回避し、プレッシャーソードを引き抜いた。砲身で攻撃を受け止め、桃は歯噛みする。

 

「しつこいってのよ! あんた達は!」

 

 砲身を振るい、《ナインライヴス》を可変させる。機獣モードとなった《ナインライヴス》が地表へと着陸し、実体弾の攻撃を敵へと浴びせる。

 

「月面に来たからって優位でもないのね。……こけおどし!」

 

《スロウストウジャ弐式》が《ゼノスロウストウジャ》にハンドサインを送る。それを受けて《ゼノスロウストウジャ》が《ゴフェル》へと向かっていった。

 

「……ここは食い止めるって? 嘗めるな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『隊長! ヒイラギの奴、独断先行して……! 両盾のモリビトに喰われますよ!』

 

「いや……案外上手くやっている。ハイアルファーにはいささかの不安要素はあったが、乗りこなしているな」

 

 その評にヘイルはケッと毒づく。

 

『いつの間に習得したんだか』

 

「ヘイル、獣型のモリビトはどうだ?」

 

『こっちで食い止められますよ。幸いにして衛星に縫い止めました。簡単には振り解けないはずです』

 

「よし、では我が方は敵艦を落としにかかる。……高次権限持ちがモリビトを押さえてくれるのならば、こちらは純粋に敵の巣窟を排除出来る」

 

《ゼノスロウストウジャ》を反転させ、敵艦へのルートを作る。敵艦は宙域を遊泳しつつ、弾幕を張って衛星への逃走経路を取ろうとしていた。

 

「……衛星軌道に入ろうというのか。何のつもりか知らないが、その動きは許されない」

 

《ゼノスロウストウジャ》で敵艦の懐へと潜り込み、両腕を突き出す。砲口からリバウンドプレッシャーがいくつも放たれた。敵艦から青白い噴煙を吐き出すミサイルが掃射される。

 

 アンチブルブラッド兵装だ。すぐさま距離を取り、中距離から敵艦を攻め立てた。

 

 月面より激しい銃撃が浴びせかけられる。それは自分達とて例外ではない。弾幕に隊長はある一定距離までの追い立てしか出来ないと判断した。

 

「この衛星……巨大質量がゆえに重力がある程度発生していると鑑みても、この拒絶感……。まさに鉄壁の要塞か」

 

 機体を制動用の推進剤で距離を取らせ、敵艦を注視する。

 

 ブルブラッドキャリアの舟はこのまま衛星の内部へと向かおうとしている。

 

「死出の旅か……。あるいは無策と見せかけての……」

 

 その時、通信網に割って入ったのは別系統の命令であった。

 

『第三小隊に告ぐ。こちらの損耗率は低く見積もれ。敵へと無為な強襲は避けられたい』

 

「その命令の赴くところを知りたい。どういう意味か」

 

『監査中である。ゲストはこちらの部隊と共に……イクシオンフレームの性能試験がしたいと』

 

 その言葉の帰結する先はこの戦場でさえも試金石にしている上の傲慢さが見て取れた。しかし隊長は口を挟むわけでもない。

 

「……了解した。無茶はさせないでおこう。イクシオンフレームの援護に回れ、という意味で」

 

『それで構わない』

 

 イクシオンフレームは一機が両盾のモリビトに。もう一機が機獣のモリビトとの戦闘から抜け、衛星の重力圏に入ろうとする敵艦へと再接近を試みようとしていた。

 

 あくまで脇役。《ゼノスロウストウジャ》を下がらせ、リバウンドの砲撃を見舞う。

 

 機体参照データが送信され、二号機――《イクシオンベータ》が敵艦へと仕掛けようとする。その勢いを削ぐように狙撃のリバウンド兵器の光条が戦場を掻っ切った。

 

 甲羅を持つモリビトが高精度の狙撃用ライフルを構え、《イクシオンベータ》を追い立てる。

 

「……脇役……引き立て役はせめて、だな」

 

《ゼノスロウストウジャ》を衛星の重力圏へと駆け抜けさせる。惑星の重力の約六分の一の荷重がかかる中、隊長は計器を調整しつつ甲羅のモリビトへとプレッシャーダガーを発振させていた。

 

「見極めさせてもらう!」

 

 振るったプレッシャーダガーを敵のリバウンドの斧が受け止める。干渉波のスパークが散る中、敵は武装を持ち替えた。

 

 リバウンドの小銃を片手にした敵の牽制の銃撃を、《ゼノスロウストウジャ》は回避行動を取りつつ、横合いから劈く衛星の防衛システムに舌打ちした。

 

「どこもかしこも……。これでは泥仕合だ」

 

 巻き上がったクレーターの壁に身を隠し、隊長は息をつく。

 

 敵モリビトの攻撃力は折り紙つき。両盾のモリビトほどではないが白兵戦も不可能ではない。

 

 だがこちらが適当にあしらえばその狙撃網が《イクシオンベータ》へと及ぶ。

 

 現状、優先すべきはイクシオンフレームの戦果。この場合、自分の役割は一つに集約される。

 

「……悪く思うな、モリビト。あしらってやる戦いほど……どちらもやりにくい事、この上ないがな!」

 

 壁面から飛び出した《ゼノスロウストウジャ》がモリビトへとプレッシャーの砲撃を見舞う。敵はトマホークを回転させて攻撃を弾き返し、そのまま下段より刃を振るい上げた。

 

 プレッシャーダガーと斧が干渉し合う。激しく鍔迫り合いを繰り広げる中、隊長は《イクシオンベータ》が着実に敵艦を攻め立てているのを目にしていた。

 

「引き立て役だろう! ならば全うしてみせる!」

 

 返す刀で敵の肩口へと切り込む。敵モリビトはたたらを踏んだ。その隙を逃さずその機体へと浴びせ蹴りを見舞う。鋼鉄の機体同士がぶつかり合い、衛星の地表で砂塵を巻き起こらせた。

 

 敵が斧を振るい上げ一閃を見舞おうとする。それをステップで回避し、拳を鳩尾へと打ち込んだ。

 

 さらにプレッシャー砲口よりの一撃。

 

 確実に血塊炉を破砕した、と思われた一打は敵が不意に加速度を増した事で逸れてしまった。

 

「甲羅のリバウンド効果か。だが小手先だ!」

 

 プレッシャーダガーを敵の頭部へと浴びせかける。敵はもう一方の手に携えた小銃を捨て、トマホークを両手に保持した。

 

 薙ぎ払った一閃と、打ち下ろした一撃が交差する。さすがに出力負けはしないものの、白兵戦闘はやり辛い。

 

 それでもモリビトに援護の機会を与えない、という本懐は維持している。

 

「機体が逸れているぞ! モリビト!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつ……! ボクらを引き剥がさないつもりか!」

 

 先ほどから執拗に攻撃を仕掛けてくる《ゼノスロウストウジャ》に林檎は歯噛みしていた。

 

 これでは《ゴフェル》へと攻撃を仕掛ける新型機を撃墜出来ない。それどころか、地表に縫い止められて体のいい的にでもなりかねなかった。

 

「林檎……、アンチブルブラッドミサイルを炸裂させて敵を鈍らせる。その隙に……!」

 

「距離を取って離脱! 《ゴフェル》の援護でしょ! やるよ!」

 

 照準器を見据えた蜜柑が引き金を引く。アンチブルブラッドミサイルが拡張した甲羅より発射され、敵機へと追尾性能を取った。

 

 敵が後退する。刹那、炸裂させて青い濃霧を発生させた。

 

 これで敵は不用意に近づけないだろう。《イドラオルガノン》はその間に別の場所へと陣取り、《ゴフェル》の警護に当たるしかなかった。

 

 地表を蹴りつけて逃げおおせるのに六分の一の重力が僅かに邪魔をする。

 

「低重力……、でもこんなにやりにくいなんて……!」

 

 狙撃用のライフルを構え直し、林檎はウィザードとして機体制御を任せられる。

 

 拡大モニターの中に《セプテムライン》と《ラーストウジャカルマ》に追い立てられている《モリビトシン》を発見した。

 

 もう一機の新型機も攻撃を浴びせかけている。

 

「鉄菜さんが……! 援護を」

 

「やめておきなよ。旧式に援護したってしょうがないだろ。ボクらの任務は《ゴフェル》を守る事だ」

 

 機体をクレーターの中に滑り込ませ、林檎は全天候周モニターを叩く。

 

《モリビトシン》は十字架の巨大構造物のモリビトへと破壊工作を試みようとしているようであったが、やはりというべきか敵の攻撃に阻害されている。

 

「……ねぇ、おかしくない? ブルブラッドキャリアが、ミィ達の道を阻むなんて」

 

「おかしくはないだろ。本隊はもう裏切ったものとして見てるんだから」

 

 地軸、重力の変動値を設定。蜜柑の精密狙撃への力添えにする。

 

「……そう、なんだよね。でも、全く対話の余地もないなんて」

 

「そういうもんだよ。あっちからしてみれば勝手に資産を持ち逃げしたも同じなんだし。憎くって仕方ないんでしょ」

 

「……ねぇ、林檎。ミィ達は本当のところ、誰を撃つべきなのかな……?」

 

「そんな事考えていたらまた《ゼノスロウストウジャ》に追い込まれる。せっかく撒いたんだ。射撃位置より特定される前に、新型機を迎撃する」

 

「……うん。そうだよね……。これ、必要な戦い……なんだよね?」

 

 そんなもの知るものか、と林檎は胸中に毒づいていた。必要な戦いかどうかなど、誰が決めるというのだ。それこそ結果論に過ぎない。

 

 蜜柑は気にし過ぎだ。そんな事に気を取られているから、せっかくの《イドラオルガノン》の性能を無駄にする。

 

「早く狙いなよ。好位置だ」

 

「……うん。《イドラオルガノン》! 精密狙撃に入る!」

 

 敵の新型機が射線を読んで回避する。見る限り機動力、出力共にこちらのモリビトを圧倒している。

 

 あれに目をつけられれば厄介だな、と思った直後、新型機のゴーグル型の眼窩がこちらを睨んだ。

 

「あ、……まずいかも」

 

 咄嗟に機体を引き上げる。逸れた狙撃を敵はきりもみながら回避し、その袖口より爪を顕現させた。

 

「林檎? 敵に見つかって……!」

 

「いや、チャンスだ」

 

「チャンス? どういう……」

 

「舌を噛むよ! 敵との超至近距離白兵戦に入る!」

 

《イドラオルガノン》の推進剤を全開にし、敵機へとRトマホークを振るい落とす。それを受け止めた相手へともう片方の手に握らせた二の太刀を走らせた。

 

 血塊炉を寸断したかに思えた一閃はしかし、敵の装甲を掠める事も出来ない。

 

 後退した相手にアンチブルブラッド兵装を叩き込む。青白い煙を棚引かせたミサイルを敵は袖口より放射した黄色いリバウンドの粒子爆風で止めていた。

 

「そういう使い方も出来るのか……。ただの近接型じゃないって!」

 

 Rトマホークを薙ぎ払わせる。敵は臆せず至近距離に入り、袖口よりレイピア型の刃を作り出した。

 

 敵の剣とこちらの斧がぶつかり合う。スパークの光が照り返す中で、林檎は吼え立てていた。

 

 Rトマホークの出力を上げ、敵を両断しようとする。その一閃を敵はステップで回避し、手首から先のない腕を突きつけてきた。

 

「……来る!」

 

 予感した身体が総毛立つ。敵の攻撃射程を読んだ《イドラオルガノン》が大きく後退していた。

 

 伸長した敵の刃を避け切った機体で安堵の息をつこうとして不意打ち気味の接近警告に《イドラオルガノン》はリバウンドの甲羅の斥力を使って機体を弾かせていた。

 

 先ほどまで機体があった空間をプレッシャーダガーが引き裂く。

 

 いつの間に接近していたのか、《ゼノスロウストウジャ》の介入に林檎は舌打ちする。

 

「お前の相手は、している暇はないんだよ!」

 

 Rトマホークを振るい上げて応戦するも敵は剥がれてくれない。新型機が袖口より低出力の銃撃を掃射し、射線から逃れていく。

 

 また《ゴフェル》を狙うつもりだろう。

 

「させない! 蜜柑!」

 

「分かってる! アンチブルブラッドミサイル、全弾、発射っ!」

 

《イドラオルガノン》に装填されているアンチブルブラッドミサイルが幾何学の軌道を描いて新型機へと突き刺さろうとする。

 

 敵は機銃掃射でミサイルを破壊するも、広域に拡散したアンチブルブラッド濃霧を引き裂く事は出来ないようだ。

 

 これで、《ゴフェル》へと攻撃はさせない。

 

「どうだい! 見たか!」

 

「林檎! 前の敵! 油断しないで!」

 

 そうだ。新型機の動きは抑えられたが地表を踏み締める《ゼノスロウストウジャ》だけはその濃霧の外である。

 

 ここで決着をつけなければならないのは、眼前の人機であった。

 

「来いよ! ボクと《イドラオルガノン》が、駆逐してやる!」

 

 吼えた林檎はその時、巨大熱量放出の警告をコックピットで聞いていた。何が、と振り仰いだその時、十字架のモリビトが淡く輝く。

 

 その巨大構造物から眩い光の渦を発生させ、刹那、月面が灼熱に抱かれていた。

 

 


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