月面軌道に入った、と言われても全くピンと来ないのは何も浮かび上がってこないからだろうか。
ニナイは最大望遠、と声を吹き込む。
「ですが……艦長。何もありません。……熱源も何もかも。暗礁宙域ですよ」
自分も目にしている映像がその通りならば、指定された場所には何もない、ただのデブリ帯が広がっている事になる。
まさか茉莉花に担がされたか、と疑ったのも一瞬、現れた当の本人にニナイは問いかけていた。
「茉莉花……依然として何も」
「そりゃそうでしょうね。まだ策敵範囲に入っていないもの」
「策敵範囲って……、これ以上、あなたの言うような大質量があるのだとすれば、近づく事でさえ……!」
「危うい? 心配ないわ。月軌道に入れば自然と引力で着陸出来るはずだし」
「でも、月面都市にはバベルがある。何の守りもないとは思えない」
「そうよね……そのはずなんだけれど」
茉莉花の数式を見る瞳には何が映っているのだろうか。その視野を肩代わり出来ない自分には一生解けない命題だろう。
「ちょっと待ってください? ……これは」
熱源監視モニターには何も表示されないが反応したのは音波探知であった。
まさか、この無重力無音の宇宙に音なんて。
「誤認じゃ……」
声にし掛けて新たな反応がブリッジを激震する。
「これは……確認した事もないほどの……対ブルブラッド反応……?」
「解析、出ます! この音……間違いない、ブルブラッドの永久電磁が放つ高周波そっくりなんだ……」
解析モニターに表示されたのは広大な裾野であった。ブルブラッドの濃度を反転表示させる分析データでようやくその全体像が露になる。
遥か彼方まで続く、星の地平へと《ゴフェル》は至ろうとしていた。
同時に、これほどの大質量、と全員が息を呑む。
「こんなものが……今まで見えなかったなんて」
あり得ない、と口にした構成員に茉莉花は返す。
「いいえ。あなた達何を見てきたの? 《シルヴァリンク》のフルスペックモードに似た仕様があったはずでしょう? あれを、衛星規模で行えばこれくらい、わけないわよ」
「でも、ここは宇宙よ? 血塊炉の加護もなしに……」
「だから、あるのよ。巨大な血塊炉が。反応、出して」
「まだ解析中……」
「いいから。反応を。どうせ相手だって相当なものを用意しているはずだもの」
急かす茉莉花に感知したブルブラッド反応が艦内モニターに拡大表示された。
最初、それはただ漂っているだけのデブリに見えた。だがデブリにしてはあまりにもその質量が巨大だ。
《ゴフェル》と同じか、それ以上の影にニナイは咄嗟に声を吹き込む。
「艦、反転! ぶつかるわ!」
瞬時に制動用の推進剤が焚かれ、激突の直前で《ゴフェル》が慣性移動に移り変わった。流れていく視界の中にニナイはその機体を呆然と見つめる。
艦ほどの大きさが在るそれは、紛れもなく――。
「参照データに反応あり! この巨大質量兵器は……モリビトの識別コードが出されました……」
信じられない心地でブリッジから声が上がる。まさか、とニナイは絶句していた。
「こんなものが、モリビトだって言うの……」
「正確には、モリビトのOSを組み込んだ対艦用特殊人機ね。これは惑星との全面戦争の時まで伏せられているはずの切り札だった」
やはりその特別な眼には視えているのか、得心した様子の茉莉花にニナイは問い質していた。
「秘匿されていたって言うの? 私達に?」
「ブルブラッドキャリア上層部のみが持つ特権措置によってのみ起動する兵器よ。下々が知らなくっても無理はないわ」
「どうしてあなたにはそれが分かるって言うの?」
茉莉花はこめかみを突く。
「見えているのよ。ブルブラッドキャリアの残した数式が。今も変動値を示し続けている」
「ちょっと待ってください……、対ブルブラッド反応炉の熱量が増大! こんな放出熱……!」
「何が起こっているって? 状況を!」
「問い返すまでもないわ」
どこか落ち着き払った様子の茉莉花にニナイは目を戦慄かせていた。彼女は何気ない所作で口にする。
「――こんな場所で呆けていたら、轟沈するわよ、この舟」
その言葉を問い返す前にアラートが劈いた。
「リバウンド熱量反応、急速に増加!」
「先ほどまでより高周波が大きく……。これは間違いありません。敵性人機、稼動!」
「稼動って……。こんな大きさの人機……いえ、これを人機と呼んでいいの?」
大質量の十字架が中央に収まっていた眼窩をぎらつかせた。十字架の中央に磔にされているのは間違いない。
「モリビトが……磔に……」
呆然とするスタッフに比して磔状態のモリビトが痙攣したように稼動し、ほとんど骨身のフレームを揺さぶってこちらを睥睨した。
――罪人。
その言葉が真っ先に脳裏に浮かぶ。磔に処された罪人が今、幾星霜の時を経て、動き出した。
裏切り者を排除するためだけに。
人類の咎を体現させたモリビトの姿。
十字架の形状をした武装モジュールに熱が篭り、オレンジ色に内側から燻っていく。中央のモリビトが無音の宇宙に吼えたのが伝わってきた。
「来る……」
主語を欠いた言葉にブリッジが放たれた残光に焼きついたのは同時であった。
整備デッキを衝撃が激震する。
機関部を破砕されたのではないか、というほどの衝撃に何名かは無重力の中よろめいた。
鉄菜もその一人であった。浮かび上がった身体に桃が手を繋ぐ。その手を強く握り返し、鉄菜は周囲に視線を配った。
「デブリの激突……?」
桃の疑問にゴロウが球体になって床を転がる。
『どうやら違うらしい。……映像を出す。言っておくが、パニックになるなよ』
ゴロウが投射した映像には今の今まで確認されなかった巨大衛星の裾野と、衛星を守護するように浮かぶ三つの十字架があった。
その十字架一つをとってしてみても《ゴフェル》と同じか、それ以上の大質量。
うち一つが火を噴いたのだ、と十字架が輝いている事で察知出来た。
「何だ、これは……」
『この十字架……三機ともどうやら人機のようだ』
「人機? こんな大きいの、人機って呼んで……」
『だがブルブラッドで動く兵器を人機と仮定するのならば、これも立派な人機にカテゴライズされる。内蔵ブルブラッド炉心の数は計測中だが、現状でも六基をゆうに超えている』
「六基だって? あり得ない! そのどれもに火を通すなんて事は出来ないはずだ!」
タキザワが今にもスロープから転げ落ちそうになりながら声を上げる。ゴロウは冷静に返していた。
『月面より給電を受けている。なるほど、考えたな。ブルブラッド炉心を一個ずつ、稼動させるのには遠大な時間が必要だが、外部電源に任せていいのならば、それら一つ一つに単純な命令だけで済む。それに燃費もいい』
「感心している場合? これが敵になるって言うの!」
桃の声音にゴロウは困惑の間を浮かべる。
『……確定情報がない。だが、今言える事はただ一つ。――この距離は、最早至近だ』
爆雷のような衝撃が《ゴフェル》に連鎖する。全スタッフが必死に破砕の爆音に耐えていた。
「……これ、《ゴフェル》に孔でも空いているんじゃ……」
桃の不安げな声に鉄菜は問い質していた。
「ゴロウ。艦内に警告を出せ。ニナイが出せないのならば私の命令でいい」
『案外、艦長は優秀だよ』
その言葉が消える前にニナイの伝令が艦内に響き渡った。
『全員、無事……? 今、《ゴフェル》は攻撃を受けているわ! モリビトの執行者は出撃準備! いえ、スクランブルね。これは……悠長に構えている時間はなさそう』
艦内アナウンスに鉄菜は直通を繋いでいた。
「ニナイ、ブリッジは無事なのか?」
『何とかね……。敵も老朽化が進んでいたせいかしら。一発目は明後日の方向を打ち抜いたわ』
「……見当違いでもこの威力か」
そちらのほうが遥かに脅威である。ニナイは自分達に冷静な対処を求めているようであった。
『……違えないでね、四人とも。この人機……月面を守護するブルブラッドキャリアの敵性人機は排除せねばならない。それと同時に茉莉花から報告よ』
『あー、聞こえている? 執行者の四人。モリビトには乗っておきなさいよ。いざという時、何も出来ずに墜ちるのは嫌でしょう?』
その言葉を受けながら鉄菜は《モリビトシン》の頚部コックピットより潜り込む。桃も《ナインライヴス》に搭乗したところであった。
ミキタカ姉妹は予め待機していたのか、伝令には真っ先に応えていた。
『今のは何? 《イドラオルガノン》で出ていいのなら……』
『逸らないの。焦って出た途端に撃墜されるのは癪のはず。まずは敵の射線をこちらで分析するわ。あなた達は敵の射線を潜り抜けて敵性人機……もう隠し立てしても仕方ないわね。敵はモリビトタイプ。とは言ってもこちらとは戦力も火力も大違いだけれど』
「モリビト……。あんな無茶苦茶なものがモリビトだというのか……」
同期された映像の中で三機の十字架人機のうち、一機が中央に磔にされた機体の眼窩を輝かせている。
他二機は沈黙しているのが逆に不気味であった。
『人機だというのならばもしや、と思ったが……。やはりあれはモリビトか。ブルブラッドキャリア本隊はあまりにも重い罪悪を抱えていた事になる』
『どうして残り二つは攻撃してこないの? 三機で挟み撃ちにでもすれば……』
『老朽化が進んでいた、とさっきニナイが言ったでしょう? その通りみたいね。幸か不幸か、三機のうち、稼動しているのは一機のみ。二機はリンクが切れている。再接続までの試算は約二日以上。つまり、この局面で敵になるのは一機のみよ』
だが一機だけとは言ってもそれが戦術級となれば話が違ってくる。モリビト単体で勝利出来るような規模ではない。
「……こちらからの要らぬ忠言かもしれないが、あんなものは人機とは呼ばない。戦術兵器だ」
『同感ね。ああいうのは丸ごと……何もかもを焼き払うのに使うのよ』
『でも……あんなの相手取れるの? あまりにも桁違いじゃ……』
「それでも、やるのがモリビトの執行者。そう言いたいのだろう? お前は」
茉莉花の次の言葉を読んだこちらに、相手は鼻を鳴らす。
『……発破をかけるまでもないみたいね』
「言われるまでもない。《モリビトシン》、出撃シークエンスに。射出タイミングを鉄菜・ノヴァリスに移譲。許可を」
『待って、鉄菜! 許可出来ない!』
ニナイの声が弾け、カタパルトデッキへの移動を中断させた。
「ニナイ。だが今出なければ《ゴフェル》は沈むぞ」
『それでも許可なんて降ろせないわ! むざむざ死なせろというの! あなた達を……私はまた……安全圏で』
彩芽を失った時の感覚を思い返しているのだろう。桃は何も言わなかった。林檎と蜜柑もそうだ。
しかし鉄菜はここで口を開いていた。
「……ニナイ。六年前とは違う、とは言い切れない。私達も、終わる時は案外呆気ないのかもしれない。それでも――信じてくれ。私達モリビトの、執行者を」
信じて欲しい。六年前には口をついて出なかった言葉だ。
沈黙が降り立つ中、鉄菜はそれ以上の言葉を継ごうとも思っていなかった。これで説得出来なければそれでもいいとさえ思っていた。
ただ、ニナイには納得の上で送り出して欲しい。
鉄菜の胸の中にあったのはただその一事のみ。
暫時、砂を食んだようなノイズを挟んだ後、ニナイの声が伝わった。
『……モリビトの執行者全員に告ぎます。絶対に、生きて帰って。これは命令よ』
発進許可が下りる。鉄菜はカタパルトデッキへと移送される《モリビトシン》の中で桃の声を聞いていた。
『……やっぱりクロ、変わったね。あんな事、言えるなんて思わなかった』
「私が言わなければお前が言っていただろう」
『……そのつもりだったけれど、モモも、ハッキリとは言えなかったかもしれない。ニナイの気持ちも分かるもの』
「艦長命令だ。生きて帰るぞ」
『了解。クロ、……帰ったら瑞葉さんに、話してあげて』
「話す? 何をだ」
胡乱そうに返したこちらに桃は直通回線を開いてウインクする。
『クロが思っている本当の事を。心の在り処を』
心。六年前に彩芽に託された代物。そして今、この胸で脈打っている何か。それを心と呼ぶのならば。呼んでもいいのならば。
ようやく心を、この滑り落ちていくだけの手に、掴む事が出来る。
何もかもが抜け落ちていくだけに思えた戦場に、ようやく意味を見出せる。
リニアボルテージの雷光が迸る中、鉄菜は腹腔に力を入れた。
――必ず帰る。
「《モリビトシン》、鉄菜・ノヴァリス。出る!」
『《モリビトナインライヴス》、桃・リップバーン! 行きます!』
『《モリビトイドラオルガノン》、林檎・ミキタカ!』
『続いて蜜柑・ミキタカ! 発進します!』
モリビト三機が推進剤の軌跡を描いて《ゴフェル》より出撃する。それぞれが見据えた先にはクレーターの大穴を無数に開けた大地が広がっていた。
窪地には迎撃用の銃座が備え付けられており、めいめいに鎌首をもたげた。
「来るぞ!」
『分かってる! 林檎! 蜜柑も!』
『合点!』
『避けてみせる!』
火線が張られ、弾幕が支配する硝煙の宇宙を《モリビトシン》が突っ切っていく。《イドラオルガノン》と《ナインライヴス》に対地迎撃は任せ、自分は巨大なモリビトタイプへと肉迫していた。
接近すればするほどにスケール感の麻痺する巨大さ。絶句する熱量に、鉄菜は気圧されないように深呼吸して息を詰めた。
「《モリビトシン》、目標を脅威判定、SSランクに認定。敵モリビトタイプを……撃滅する!」
抜き放ったRシェルソードが磔にされている中央のモリビトへと剣筋を見舞おうとする。
その刃を不意打ち気味の接近警告が劈いた。
習い性の機体を飛び退らせた鉄菜は、眼前を掻っ切った高機動の機体に目を見開く。背面に高推進力の翼型スラスターを装備した相手の照合データに鉄菜は咄嗟にRシェルソードを掲げた。
円弧を描いて再接近した相手がRソードを抜き放ち、斬撃を打ち下ろす。
「《モリビトセプテムライン》……」
因縁の機体に鉄菜は歯噛みする。ここで阻むか、と振り払いかけて接触通信に滲んだ声にぞっとした。
『鉄菜……鉄菜・ノヴァリスだな……?』
冥界から這い出てきたかのような声に全身が総毛立つ。Rソードを振るった相手から怨嗟の殺気が溢れ出ていた。
「貴様は……」
『私の名前は梨朱。梨朱・アイアスだ』
「……最新鋭の人造血続か」
『違う!』
拒絶の刃に鉄菜は《モリビトシン》を後退させる。《セプテムライン》に装備された増設砲身がこちらの退避軌道を読んだかのように引き裂いていた。
光軸をギリギリで回避しつつ、鉄菜は上へ下へと流れる宙域の視野の中、《セプテムライン》を照準に入れる。
Rシェルライフルの銃弾を満身に浴びつつ、全く衰えない恩讐が研ぎ澄まされた刃となって肉迫した。
「銃撃を避けない?」
『この痛み、この苦渋、この身を走る怨念の数々……。そうか、これが!』
Rソードとの干渉波のスパークが散る中、鉄菜は舌打ちしていた。明らかに以前会敵した時よりも脅威が上がっている。
それに、と鍔迫り合いを繰り広げる相手の剣に宿った怨念を拾い上げていた。こちらへと向かい合ってくるのは命令だけに寄るものではない。純然たる――殺気。
おぞましいほどの気迫がこちらの刃を怯ませる。
「貴様……何を手にした?」
『何を、だと……』
通信先の相手が哄笑を上げる。狂気に染まった笑い声であった。
『全て、だ! 私はお前達、執行者の教育の全てを授かった……最強の血続! 最強の――モリビトだ!』
薙ぎ払われた剣筋にも迷いはない。こちらを墜とすという決意に、《モリビトシン》の内部フレームが軋みを上げる。
《セプテムライン》は赤く染まった眼光を向け、切っ先を突きつけた。
『貰うぞ! その首! そして私が成る……最強の鉄菜・ノヴァリスに!』
「……錯乱しているのか。あるいは洗脳か。いずれにせよ、戦場にまで悲観を持ち込むつもりはない!」
Rシェルソードと敵のRソードが打ち合う。激しいスパーク光が焼きつく中、鉄菜は《ゴフェル》より送られてくるリアルタイムの情報を視野に入れていた。
「……十字架のモリビト。攻撃予測範囲か」
その範囲には《ゴフェル》だけではない。自分達モリビトの活動範囲とさらに言えば月面の武装群も攻撃射程に入っている。
「……諸共、か。どこまでも生き意地の……」
『他所を見るな! 私だけを見ろ! 鉄菜・ノヴァリス!』
《セプテムライン》が無理やりの機動で《モリビトシン》の針路上に割り込む。激突の衝撃が互いの人機を揺さぶる中、先に引き金を引いたのは鉄菜のほうだった。
「……お前だけを見ろだと? 悪いな。戦場で一匹の敵に頓着していれば足元をすくわれる。痛いほど理解しているのでな!」
Rシェルライフルの銃撃網が《セプテムライン》の関節軸を狙い澄まし、一時的な麻痺状態へと陥れる。
その隙に、と反転した《モリビトシン》は十字架のモリビトタイプへと機体を走らせていた。
宙域を漂う十字架のモリビト自体は緩慢な動作だ。血塊炉さえ破壊すれば、と鉄菜は敵の炉心を探ろうとした。
その時である。
肌を粟立たせた殺意の波に鉄菜は機体を咄嗟に下がらせていた。先ほどまで機体がいた空間を引き裂いていくのは四肢より分裂した蛇腹剣である。
宙域を寸断、両断、灼熱の刃の向こう側に落とし込む敵影に、鉄菜は息を呑んでいた。
「この反応……六年前の……。瑞葉の乗っていたトウジャか?」
だがどうしてその機体が宇宙に? 疑問が氷解する前に敵影が瞬時に接近する。
トウジャタイプ特有のX字の眼窩が赤く輝いていた。
「……《ラーストウジャカルマ》。まだその業を切り離しきれないか」
Rシェルソードを払って敵を引き剥がそうとするが、その時には別方向からの熱源に意識を割く事になってしまった。
デブリ帯より現れたのは未確認の人機である。発見すればまず間違いなく撃墜対象に上るであろうほどのオレンジ色を機体色に引き移した新型に鉄菜は当惑していた。
「新型人機……? アンヘルか」
『《モリビトシン》。アムニスの序列三位を誇るこの――シェムハザ・サルヴァルディ! 《イクシオンアルファ》! 試させてもらう!』
敵がRランチャーに似た兵装で暗礁の空間に光軸を刻み込む。《ラーストウジャカルマ》が《イクシオンアルファ》とやらの機体に阻まれた形となった。
『先を行かせてもらいますよ! これも作戦ですからね!』
《ラーストウジャカルマ》が射程より離れていく中、鉄菜は向かい合った《イクシオンアルファ》を睨み上げる。
「邪魔をするなら!」
『撃ってくるかい? それとも! 撃たれるか! 《モリビトシン》!』
背面に《ノエルカルテット》を想起させる砲塔を仕舞い込み、《イクシオンアルファ》がプレッシャーソードを発振させる。
粒子束の色は高出力の黄色であった。
Rシェルソードで打ち合うも敵の出力のほうが遥かに高い。
後方熱源のアラートがコックピットの中で響き渡る。《イクシオンアルファ》の攻撃を弾いて、《モリビトシン》が踊り上がった。
《セプテムライン》が少しでも油断をすればこちらを照準してくる。その引き金にはいささかの迷いも見られない。
舌打ち混じりに、鉄菜は稼動していない十字架のモリビトの陰へと機体を走らせた。
『逃がしませんよ!』
《イクシオンアルファ》と《セプテムライン》が追いすがってくる。どちらかは撒けるかと思っていたが、《セプテムライン》は《イクシオンアルファ》へと火線を見舞った。
『……モリビト同士が? 分からない事を!』
急速に速度を落とした《イクシオンアルファ》が慣性機動で《セプテムライン》に相対速度を合わせ瞬時に切り裂く。
だがその一閃は読まれていたらしい。Rソードとプレッシャーソードが激しく打ち合う。
「……少しなら、時間は稼げるか」
鉄菜は上がっていた呼吸を整え、十字架のモリビトの裏側で詰めていた息を吐き出す。
《セプテムライン》もそうだが、《イクシオンアルファ》も恐るべき機体だ。二体同時には相手取れないだろう。
「どこかで桃に……。いや、他力本願は私らしくないな。どちらかを撃墜する。そうでしか……」
不意に背後から殺意を浴びせかけられる。十字架のモリビトへと拡張した蛇腹剣による一閃が見舞われていた。稼動していない超大型の機体が雪崩れたように傾ぐほどの膂力。
《ラーストウジャカルマ》がもつれ合った二機を追い越し、こちらへと再接近する。
「……来るか」
Rシェルライフルを速射モードに設定し、銃撃網で翻弄する。敵は全身に装備された補助推進剤で細やかな機動力を実現し、こちらの正確無比な狙い撃ちを巧みに避けてみせた。
「……ただの操主じゃないな」
敵が大きく腕を引き、蛇腹剣をぶつけてくる。その刃から漂う怨嗟に、鉄菜は吼えていた。